第20話 使命と対価
どこからきたのか、大量の赤い薔薇と共に、突然男が部屋の中に現れた。
薔薇の花びらは落ちることなく、ずっと男の周りをひらひらと舞っている。
男はやたらとキラキラした美形な男で、髪も目も金色に輝いていた。
そして着ている服は薔薇の色に合わせたのか、金糸の刺繍がふんだんに施された、ジュストコートのような形の赤い服だった。
『えっ、はっ? なに? 誰?』
『なんか僕の話をしてる気がしたから~、来ちゃった、テヘ』
『来ちゃったって…、え、僕の話って?』
『話してたでしょ? 神サイテー!!!って。』
『『ええええええええええ!』』
『つーか、この薔薇なんだよ?』
『匂いで頭がクラクラする…。早く片付けてよ!』
『薔薇のように美しい僕に似合うと思って演出したのに酷いよ~。あっ、そうだ。これならどう?』
自称神がパチッと指を鳴らすと薔薇は跡形もなく消え、代わりに謎のキラキラが神の周りをキラめかせていた。
派手な衣装まで金糸の刺繍の黄色い服に変わっている。
『うわっ、何だよこれ。砂…、じゃないな。砂金?』
『うわーっ、ジャリジャリする!』
『げっ、口に入った! ペッペッ!』
『これもダメなの? まったく我がままだな。じゃあこれは? 神々しい僕にお似合いだと思うんだあ~。』
そう言ってまたパチッと指を鳴らすと、今度は後光のように自称神の背後からいきなり強烈な閃光が放たれた。
『うぎゃー、目がっ、目がぁっ!』
『つぶれるぅ~!』
あまりの閃光に目がくらみ、春翔と美優はどこかの大佐のように悶絶していた。
『お前ら。ふざけるのもいい加減にしろ。』
セラフィムはカオスとなった場をなんとか治め、自称神に向かって問いかけた。
『それで、貴方が本当に神だとして、私たちに一体何用でしょうか?』
目がなれると、神の衣装は白地に金糸の刺繍に代わっていた。
金糸の刺繍に並々ならぬこだわりがあるようである。
『そうそう、それなんだけどさあ。ちょっと女神、あ、女神って僕の奥さんなんだけどね? 女神に刺さった破片を抜いてくれないかなあと思ってさ。』
『破片とは?』
『さっき話してたでしょ。僕の子どもが殺されそうになった時に僕が助けたって。その時さあ、とっさに結界張って攻撃を防いだんだけどね? なにしろ向こうも女神だけあって強くってさあ。僕の結界が割れちゃったのよ。バリン!っつってね?
それでその破片が僕の奥さんの胸に刺さっちゃってさあ。それ以来2千年も僕の奥さん荒れまくりなんだよね。いやー、参っちゃうよね。これ、何とかするの、君の使命ってことでよろしくできないかな?と思って会いに来たんだよね。』
神は自分が引き起こした事態の収拾を、使命という名に変えてセラフィムに押し付けるために来たと言う。
女神の胸に刺さった破片を除去できれば、元の性格に戻ると思われるが、戻ったところで正気で殺人をやってのける女だ。
元々の性格も推して知るべしである。
『自分でやりなよ。』
あまりに身勝手な神の言い分に、いらっとした美優が冷たく言い放った。
『えー、だって僕が近づくとすごいんだよ、荒れちゃって荒れちゃって。結婚したころは美人だったのに、顔も変わっちゃってさぁ。あんなの恐ろしくて、とてもじゃないけど無理。』
神は悪びれる様子もなく、しれっと言ってのける。
『その神でも無理なことを、他人の、しかもただの人間に押し付けるなよ!』
誰が聞いても春翔の言い分の方が正論であった。
『あははー、やだなあ。ただでやれとは言ってないよ。上手にできたら僕からご褒美を、あ・げ・る、ウフッ』
そう言ってパチンとウインクをする神を見て、三人の背にゾワッと悪寒が走った。
先ほどから勝手なことばかり言う自称神に、いい加減イライラしていた三人だったが、このウインクで我慢の限界を超えてしまった。
『なんかムカつくね!』
『つつしんでお断りだ!』
『そうだな、断るか。』
『ちょ、ちょっと! 君達の一番望んでいる願いを叶えてあげるって言ってるんだよ?』
セラフィムも春翔も美優も、神の言葉を綺麗に無視して、くるりと背を向けた。
『会いたいんでしょ!? …家族に。』
その言葉に、三人は一斉に振り向いた。
家族を思う心に付け込むとは、とても神のすることとは思えない所業であった。
しかし、家族を持ち出されては致し方ない。
三人は渋々ながらも、神の話に耳を傾けることにした。
神は、セラフィムが使命を成し遂げた場合には、対価として一つ願いを叶えるという。
春翔達がアレクサンドロスから日本へ転移するか、それとも残された家族を日本から呼び寄せるか。
転移の成功率は、春翔とセラフィムが持つ神力を発動できるかどうかによって変わるなどと、尤もらしいことを言っている。
それよりも、そもそもこの神を信用していいのかという不安のほうが大きいが、それでも希望だけは持っていたい。
『セラフィムと春翔の神力があれば三人の転移は可能は可能なんだけど、今はそもそも神力の発動をコントロールできてないからね。仮にまぐれで発動しても、三人が同じ場所に転移できるとは限らないよ。』
『そうなの?』
『そうなの。でもこの僕がちょちょいと調整してあげれば皆で家族の元に帰れるよ。』
神の言葉に、三人はパアッと顔を輝かせた。
『おお!』
『やった! 3人で帰ろうぜ!』
『うん!』
日本に帰れると聞いた三人は、手を取り合って喜んだ。
『あーやっぱり帰りたいかぁー。そっかそっか。じゃあこの国は見捨てるってことでいいね。はい撤収撤収ー。』
神は喜ぶ三人をじっと見ながら不穏なことを言い出した。
『・・ん?』
『なぬ?』
『見捨てるとは穏やかじゃないな。どういう意味だ。』
神が言った、見捨てる、という言葉の強さに不安を覚えたセラフィムが尋ねた。
『ほら、この国のさー、国王? 神力がほとんどないでしょ? それに子どももいないし、わずかに王家の血を引く貴族たちにも神力の強いものは残っていない。』
『神力がないと問題があるのか? 子どもは養子を取ればいいだろう。』
神は首を横に振りながらセラフィムの言葉を否定した。
『神力がないとこの国が滅びるのさ。この土地はもともと、人が住めるような土地じゃなかったからね。』
『なぜ滅びることになる?』
『この国は僕の神力で作ったからねぇ。代々の国王が執り行っている神儀ってわかる? あれが結構重要でさ。あれ実は、僕からアレクサンドラちゃんと子どもへの愛の証なんだけどね? 条件が揃わないと儀式ができないようになってるんだよね。それで、儀式を通して僕の力をこの国に注いでるってわけ。』
『ケチケチしないで神力分けてあげれば?』
ここに来る暇があるなら神としての仕事をしろとばかりに、美優が口をはさんだ。
『そう出来たらいいけど、最初の設定で僕の子どもの神力を絶対条件にしちゃったからさあ。っていうか、もし出来たとしてもやる気ないけどー。僕の血を引く子がいるわけでもないし気が乗らなーい。』
軽い口調であっさりと人間を見捨てると発言する神に、三人はドン引きした。
『えぇ…、人は等しく神の子なんじゃないの…?』
『何それ? 他人の子より自分の子がかわいいのは神も人も同じなんだけど。』
『滅びると分かっていて見捨てるなんてできないな。俺にとってはこの国は生まれ故郷だ。何か方法はないのか?』
故郷の凋落を憂うセラフィムが神に尋ねると、神は思わせぶりにニヤリと笑いながら言った。
『あるよ。』




