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第19話 ありえない神話


『とーちゃん、どうかしたの?』

『…いや、何でもないよ。』

『でも…。』

『さあ、2階に行こう。春翔はどの部屋が気に入ったんだ?』


春翔とセラフィムは連れ立って2階へ上がり、美優と三人でどの部屋を使うか話し合った。

美優は天蓋付きベッドのある、白を基調とした可愛らしい部屋を気に入り、そこを使いたいと言った。

春翔は青を基調とした爽やかな雰囲気の部屋を選び、セラフィムは一番広く豪華な主寝室を使うことに決まった。


部屋割りが終わり再び1階へ下りると、三人は話をするために居間のソファに腰を落ち付けることにした。

セラフィムはお茶を運んできたケイラに、風呂の準備が出来たら今夜はもう下がるようにと伝えた。


『やっと落ち着いて話せるな。』

『他の人がいると出来ない話もあるもんね。』

『それで、何で俺たちこんなことになってんの? 日本に帰れるの?』


春翔は早速セラフィムに尋ねた。


『それは俺にもわからん。ただ、日本に帰ることは可能だとは思っている。』

『えっ、帰れるの? なんでそんなに自信もってるの?』

『それは、俺が7歳の時に、一度アレクサンドロスから日本に転移しているからだな。』


セラフィムの言葉に、春翔と美優は顔を見合わせた。


『俺、アメリカ人と日本人のハーフだと思ってたのに、アレクサンドロス人と日本人のハーフだったの? なんだか、A型として育ったのに、ある日突然じつはB型でしたって言われたような気分だ。』


春翔はぶつぶつとどうでもいいことをつぶやき、美優はなぜかドヤ顔でふんぞり返っている。


『やっぱりね! 状況から考えてそうとしか思えなかったけど、セラパパはアレクサンドロス人なんだね。前からアメリカ人にしてもかっこよすぎると思ってたんだよ。外国人どころか異世界人ならなんか納得だな。


バレンタインの時なんて毎年ダンボールいっぱいにチョコレート貰っちゃってさ。私達が保育園の頃から園ママたちがセラパパのファンクラブ作ってたし、異次元のモテっぷりだったよね。』


『えっ、そうだったの? ファンクラブがあったなんて知らなかった。』

『そのファンクラブ、先生まで入会してたからね?』

『ええっ!』


どこまでも終わりの見えない美優の話をセラフィムは制止した。


『美優、話が進まないからその話はまた後でな。』

『はぁい。』


『…でも、そっか。とーちゃんは7歳までこの国で育って、それで日本に転移したのか。なんで日本に行ったの?』


7歳の幼い子どもがなぜ一人で転移するような状況になったのか、春翔は不思議だった。


『俺が7歳のとき、殺されそうになったんだよ。それで俺の両親が俺を助けるために安全な場所へ転移させた。』

『ええっ!! こ、殺されそうって、なんで7歳児が狙われるんだよ? 殺人犯はロリコン野郎だったのか?』


セラフィムが7歳の時に殺されそうになったことに驚く春翔に、美優は呆れ顔で言った。


『春ちゃん、小さい男の子が好きな変態さんはロリコンじゃなくて、ショタコンっていうんだよ。』

『そんなのどっちでもいいだろ? 変態は変態だ。』


『ははっ、ほんとお前ら相変わらずだな。懐かしいぞ。でも話が進まないから、美優はちょっと黙ってような?』

『はぁい』


何度も話の腰を折られながらも、セラフィムは気を取り直して三たび説明を続けた。


『どこから話せばいいかわからないけどな。この領地は元々はアクティース公爵領だったのは知っているか? 俺はそのアクティース公爵家の一人息子。』


『えええ!!! こ、公爵!』

『そういえばアリシアさんから聞いた、賊に襲撃された公爵家の話に息子出てきた! その息子は実は生きてて、それがセラパパってこと?』


春翔も美優もアクティース公爵の名はたびたび耳にしていたが、まさかセラフィムがその話の当事者であったとは思いもよらなかった。


『そういうことだな。この屋敷は元々はアクティース公爵家の別邸だったんだ。ここには当主を引退した俺の祖父母が住んでいて、俺も小さい頃はよく遊びに来ていた。さっき俺が見ていた絵は、俺と、俺の両親と、父方の祖父母の姿絵なんだ。』


『『えええ!!! よく見てなかったよ!』』


春翔と美優は、壁に掛けられた大きな絵に目をやった。

天使のように可愛らしい子どもを中心に、両親と思しき若く美しい男女と、優しそうな祖父母が描かれていた。


『セラパパかわいい…。お父さんにもお母さんにも似てるね…。』


小さい頃に何度も訪れていたのなら、セラフィムがこの屋敷に慣れた様子だったのも頷ける。


『俺は神力が強くてな。その力のせいで命を狙われたんだと思う。』


『『し、しんりき! …って、なにそれ?』』


春翔と美優は耳慣れない言葉に首を傾げた。


『この国の初代国王は、神と人間との間に生まれた子どもなんだ。そのせいで初代国王は生まれながらにして神力を持っていた。神の力のほんの一部なんだろうが、人間にとっては大きな力だ。


初代国王の母親が殺された後に、神は7人の人間と7体の守護精霊に生まれたばかりの赤ん坊を託し、初代国王は守護精霊のおかげで生きながらえることができた。』


『母親が殺されたって、誰が殺したんだよ?』 

『神様は守ってくれなかったの? 神様の奥さんなんでしょ?』


『…それな。』




昔々、話はアレクサンドロス王国が建国される前に遡る。

神には、妻である女神がいた。

しかし神は、妻がいる身でありながら、人間の娘を見初めた。


人間に姿を変えた神は、娘には結婚している事実を隠し、半ば強引に娘を自分のものとした。

娘は自分が愛人の立場であるとは夢にも思わず、ごく普通の夫婦として神と共に幸せに暮らしていた。

娘が子を宿すまでに、さほど時間はかからなかった。


自分が愛人であることも、神の子を産み落としたことも知らない娘は、ある日突然目の前に現れた女神に殺害されてしまう。

愛人と子どもの存在を知ったその日のうちに、嫉妬に狂った女神が問答無用で殺してしまったのだ。


娘を殺しても怒りがおさまらない女神は、揺り籠で寝ている子どもまでも手にかけようとしたが、女神の後を追ってきた神によって、子どもは殺される直前に救いだされた。


娘が既に殺されてしまったことを知った神は、その死を悲しみ、娘の遺体を緑、青、紫、赤へと色を変える美しい宝石に変えた。

神は、その石に娘の名を取って「アレクサンドリア」と名づけ、娘が産んだ子どもに与えた。


自ら子どもを育てることの出来ない神は、7人の人間に子どもの養育を任せ、雷・光・火・風・水・氷・土の7体の精霊に子どもと7人の人間を守るよう命じた。

7人の人間は神の子を初代国王として建国し、神に下賜された宝石の名を男性名に変えて、「アレクサンドロス王国」と名付けた。


やがて時が経ち、初代国王が老衰で亡くなってからも、女神は夫である神の浮気を思い出すたびにアレクサンドロス王国に天災をもたらした。

ここアレクサンドロス王国は、建国から現在に至るまで、執念深い女神による八つ当たりの神罰に脅かされ続けている、そんな国だった。




『…ひでーな。』

『なんなの? 全部浮気者の旦那が悪いんじゃない! 旦那一人に制裁を加えればいいのに! 奥さんのいる身でよそに子ども作って、しかも殺される前に守ってもくれないって! それでも神なの?』


『自分で子どもを育てもせずに他人に丸投げってなんだよ? ほんと無責任なダメ男だな!』

『死んで宝石に変えられて喜ぶとでも思ってるのかな? 殺される前に助けろよボケ!としか思えないよね。』


『『神サイテー!!!』』




『ーーー呼んだかな?』










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