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第18話 公爵家別邸へお引越し


『さあて!何つくろうかなっ!』


一頻りはしゃいだ美優は、厨房へ行きご馳走作りに取り掛かることにした。


『春ちゃん、ボサッとしてないで、一緒にメニュー考えてよ。』

『ボサッとって…。さっき何作るのか聞いたら無視したくせに…。』

『そうだっけ?まあ、細かいことは気にしないでさ、何がいいかな?』


『やっぱり和食が食べたいけど、米も醤油もないから難しいよなぁ。』


『そうだねぇ…、小麦粉はあるから、うどんなら作れるかも。汁物よりも塩ダレで焼きうどんの方がみんなが食べやすいかな。でもご馳走感がイマイチだよね。あ、うどん作るなら、ついでに餃子の皮を作って餃子も作ろう。洋食になっちゃうけど、うどん生地とひき肉でラザニアも作れるね。


あとはー、お魚のグリルもいいかな。簡単だし、塩焼きは和食っぽいしね。あ、あっさり塩レモンで唐揚げもいいね。赤い色が足りないから、トマトと玉ねぎと適当な野菜でサルサソースもどきも付けようか。


栄養のバランス的にサラダが欲しいけど、生で野菜を食べないみたいだからポテトサラダ的なものがいいかな。生卵はサルモネラ菌が心配だから、マヨなしでオリーブオイルとゆで卵とピクルスでタルタルソースを作って、タルタルポテサラにしよう。


あと、スープは葉野菜とかき玉のスープ。ねえねえ、ブルースさん、食後にコーヒー飲ませてくれると思う?』


『餃子…、唐揚げ…、じゅるり…。美優、ハンバーグがないぞ?あと、タルタル作るなら唐揚げにもかけたいから多めに作って。』

『タルタルはわかった。でも、ひき肉料理ばっかりになっちゃうからハンバーグはまた今度ね。』


春翔にメニューを考えてと言った割りに、聞く耳は持たないようである。


『ええー、俺ハンバーグ食いたい!ハンバーグ!ハンバーグ!』

『もう、わかったよ。ラザニアを止めてハンバーグにするよ。』

『やった!餃子に唐揚げにハンバーグかぁ、あー、白米があれば!』


『それは無理。』

『ですよね…。』


メニューが決まると、美優はルシアの元へ行き、足りないものの買出しと手伝いの手配を頼んだ。

買出しは手の空いている従業員が行ってくれたので、美優と料理人とルシアの3人で調理に取り掛かった。

春翔はうどん係に任命されて、うどん生地をこねている。

料理人とルシアは何が出来上がるのか想像がつかないまま、美優の指示通りにどんどん野菜を刻んでいった。




数時間が経ち、ちょうど食事の支度が整ったころ、ウィンタースティーン商会にセラフィムが到着した。

店先で今か今かと待ち構えていた春翔と美優は、セラフィムの姿が見えるなり駆け出した。


『春翔、美優、待たせたな。』

『とーちゃん!』

『セラパパ!待ってたよ!今日のご飯は私が作ったんだよ。一緒に食べよう!』

『おいおい、まずは世話になってる店の人にお礼を言わないと。どういう経緯で世話になってるんだ?』


ぐいぐいと手を引っ張る美優を制して、セラフィムが尋ねた。

春翔は、大平原で狼に襲われているところを偶然ブルースの商隊に助けられ、街まで連れてきてもらったことを説明した。


『そうだったのか。そんな危ない目に遭ったんだな…。』

『狼に襲われてた時助けてくれたのはレオンさんで、俺が盗賊に切り殺されそうだった時助けてくれたのはエヴァンスさんって名前だよ。あの赤い髪の人と、茶色い髪の人だよ。』


気が付くと、商会の面々が揃ってセラフィムを迎えに出てくれていた。

セラフィムは商会の皆に向き合うと、頭を下げてお礼を言った。


「皆さん、子ども達を保護していただき、本当にありがとうございました。運良く皆さんに会えなければどうなっていたことか。お礼の言葉もありません。」

「いいんですよ。当然のことをしただけですから。さあさあ、食事の支度が出来ておりますので、こちらへどうぞ。」


セラフィムは、ブルースに招かれて2階へあがると、テーブルにずらりと並んだ料理の数々を見て目を輝かせた。

唐揚げ、餃子、ハンバーグ、焼き魚、焼きうどん、ポテトサラダ、かき玉スープが所狭しと並んでいる。


『おお!日本の食べ物ばかりだな!懐かしいな。』

『白米はなかったから、かわりに麦飯を用意したよ。麦100%だからおいしいかどうか分からないけど。』


人生の大部分を日本で過ごしているセラフィムにとって、日本の食べ物は懐かしい故郷の味だった。


「うまい!」

「ほんとおいしいわ!」

「ルーチェもおいしいー!」


どれも好評だったが、唐揚げと餃子とハンバーグは特に人気で、見る見るうちに売れていった。

皆でわいわい食事を楽しんでいると、ブルースがセラフィムに尋ねた。


「ところで、今夜はどちらにお泊りに?もしよろしければ私どもの客室をお使いください。」

「ありがとうございます。ですが、実は先ほど代官より屋敷を賜ったのです。本日からでも住めるように準備を整えてくれているそうですので、子ども達を連れてそこへ行ってみようと思っています。お前たちもそれでいいよな?」


「「はい!」」


「そうですか、2人がいなくなると寂しくなります。」

「とちゅうのおしごとは、明日からかよっておてつだいする!」

「おお、それは助かるよ。でも明日は休んでゆっくりしておくれ。積もる話もあるだろう。」


「仕事?お前たち何の仕事をしているんだ?」

「ミユはおりょうりと、『アイデア』を出すかかり!」

「ハルトはじてんしゃではいたつをしています。あっ、じてんしゃもいっしょにここに来ました。」

「…お前らの話し方を聞いていて思い出したよ。俺がお前らに教えたアレクサンドロス語な。あれ、子どもの話し方だったんだ…。俺は7歳までしかこの国にいなかったからな…。」


『『ええっ?子どもの話し方だったの??』』


『道理でやたらと幼く見られると思ったわ。』

『お前はまだいいだろ。俺なんてこのガタイで幼児語って…。』

『お前らどっちもマシだぞ。俺なんてこっちに来たとき33歳だったぞ…。』


そう言ったセラフィムは遠い目になっていた。



「さあさあ、私どもウィンタースティーン商会の看板商品であるカフエスを是非ともご賞味ください。」


食事が終わる頃を見計らって、ルシアがコーヒーを出してくれた。


「ああ、私は街の料理屋でいただいたことがありますよ。こちらのお店の品だったのですね。」


見た目からして日本のコーヒーよりもずいぶんと濃い色をしている。

ひとくち口に含んだ春翔と美優は、あまりの濃さに目を白黒させた。


『うっ、濃い…。』

『ほんと濃い…。コーヒーの粉と砂糖と牛乳を鍋にぶちこんで、グラグラ煮立てましたって感じだな…。』

『お前ら。おいしそうな顔をしろ。見られてるぞ。』


「「お、おいしい…。」」


「はは、子どもにはまだ早かったかな。ルーチェもこれは苦いと言って飲まないんだよ。」

「ミユの国とつくりかたちがう!ブルースさん、ミユにおまかせするがいい!」

「う、うん?ミュウの国の作り方でカフエスを入れてくれるということかな?」

「そう!」

「それはいいね。今度来る時に入れてみておくれ。」

「はい!おまかせする!」


『ふう…。せっかくのコーヒーが台無しじゃもったいないもんね。これで私達のコーヒーは救われたよ。』

『うまいコーヒー期待してるぞ!』

『美優は相変わらず色々すごいな。「おまかせするがいい」って何て言いたかったんだ?』

『えっ、良かったら任せてもらえませんか?って言いたかったんだけど、何か間違えてた?』

『ははっ、だいぶ間違えたな!』



皆で和気あいあいと過ごす楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けば夜も深まっていた。

春翔と美優はお世話になった人達に別れを告げ、セラフィムと共にウィンタースティーン商会を後にした。

セラフィムを真ん中に挟み、3人並んで歩きだす。


『美優、優士は元気か?』

『うん、元気だよ!』

『そうか。』


優士とは美優の父親のことだ。

ジョーンズ家と香山家は家族ぐるみの付き合いをしている。

もともと、美優の母親の美月と莉奈が中学時代からの親友で、お互いの結婚、妊娠を機に隣同士の家を購入したのだ。


『春翔、莉奈と海翔は元気なのか?』

『元気だよ。』

『そうか。……莉奈は、いまでも…。』

『どうしたんだよ、とーちゃん?』

『いや、その…。』


セラフィムの心中を察した美優は、察しの悪い春翔に代わりセラフィムに言った。


『セラパパ。莉奈ママは、いまでもセラパパを待ってるよ。セラパパなら泳いで無人島にでも着いてるに違いない、ぜったい生きてるから帰ってくるまで皆で待ってようねって言ってたよ。』


『っ…、そうか、莉奈が、そんなことを…。』


5年も夫が行方不明になっていれば、諦めて他の相手を見つけていてもおかしくはない。

ましてや、セラフィムの場合は飛行機が海に墜落し、生存は絶望的な状況だったのだ。

愛する妻が今でも自分を待っている喜びと、会いたくても会えない切なさで、セラフィムは目頭が熱くなるのを抑えられなかった。




商会を出て30分ほど経ったころ、セラフィムが賜った屋敷に到着した。

それは、さすがは公爵家の別宅と思わせる、瀟洒な邸宅だった。

屋敷の豪華さに尻込みしている春翔と美優に構わず、セラフィムはさっさと門をくぐって敷地の中へと入っていった。

そして正面玄関の扉の前に着くと、ゴンゴンとノッカーを鳴らして自分達の到着を知らせた。


「代官からこの屋敷を賜りました、ジョーンズです。これは息子のハルトと娘のミユです。」

「まあ、ジョーンズ様。ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りくださいませ。」


迎えに出た女性はケイラと名乗った。

夫のマルクと共に住み込みで使用人をしているそうだ。

重厚な扉が開かれ中へ足を踏み入れると、そこには15畳ほどの美しいホールがあった。

玄関の調度品の時点で、一目で高級品と分かる逸品があちらこちらに飾られている。


「夫はただいま浴室でお湯の支度をしておりますので、また後でご挨拶させてください。先にお食事はいかがでしょうか?」

「すみません、ここへ来る前に食事は済ませてしまいました。」

「さようでございますか。それでは、お屋敷をご案内いたしましょう。それともお茶を召し上がりますか?」

「いえ、案内をお願いします。」

「承知いたしました。」


玄関扉を背にして右手に20畳ほどの居間兼応接室と、その奥に書斎があった。

左手には15畳ほどの食堂と、その隣に10畳ほどの続き部屋があり、続き部屋の奥には12畳ほどの厨房があった。

そして、厨房から裏庭へ出ると井戸があり、厨房の下には地下室まであった。


ホールに戻って階段の横を通り抜けた奥には、トイレと浴室がある。

2階は15畳ほどの主寝室が1つと10畳ほどの寝室が4つあった。

3階には使用人部屋があるそうだが、使用人夫婦は屋敷内には住んではおらず、庭の隅にある庭師用の小さな家に2人で住んでいると言っていた。


『うわあ、うわあ!すごい豪邸だね!あの天蓋付きのベッド見た?お姫様になったみたい~。』

『ほんと、すごいなあー。あれ、とーちゃんは?』


貴族の屋敷の豪華さに気を取られているうちに、いつの間にかセラフィムがいなくなっていた。

心配になった春翔は、セラフィムを探して1階へ下りてみることにした。


春翔が居間を覗いてみると、そこには、壁にかけられた1枚の大きな絵を見つめ、一人たたずむセラフィムの姿があった。



『…とーちゃん?』







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