第17話 幼い日の記憶
セラフィムは、凱旋パレードの最終地点である旧アクティース公爵邸に到着した。
今では公爵家の血筋は絶えてしまい、王家から派遣された代官がこの屋敷に住んでいるのだという。
屋敷をぐるりと見渡すと、懐かしさがこみ上げると同時に、全てが奪われたあの日の記憶が蘇り胸が締め付けられた。
セラフィムの父はアクティース公爵家第17代当主アドニス・アクティース、母は王家から降嫁した元王女セレーネ・アクティースだった。
二人の間に生まれたセラフィエル・アクティースは、一人息子として大切に育てられ、何不自由なく暮らしていた。
母は王家の血を引く者のみが持つ神力を兄である王太子よりも強く有しており、その母の息子であるセラフィムにも強い神力が受け継がれていた。
父もまた数代前の王家の血が流れており、妻と息子よりは少ないながらも神力を持っていた。
今から32年前のある日、第56代国王の譲位に伴い、新国王の戴冠式が行われた。
そして、新国王の戴冠と同時に、新国王の5歳の息子も王太子として立太子されることになった。
新国王はアクティース公爵夫人の実の兄で、セラフィムから見ると伯父に当たる人物だったため、まだ6歳の子どもであったセラフィムも、両親と一緒に戴冠式に出席することを許されていた。
ザワッ…ザワザワザワ…ザワ…
戴冠式で初めて公に姿を現した王太子とセラフィムを見比べた貴族たちは、みな一様に驚いた表情を浮かべ、何ごとかをこそこそとささやき合っていた。
貴族たちの不穏な雰囲気を敏感に感じ取った幼いセラフィムは、おびえて母のドレスにしがみついた。
「あらあら、どうしたの?」
「おかあさま、みんながぼくを見てなにかいってるよ。」
「あらそう?きっとセラフィが可愛いから、あの可愛い子は誰かしらって噂してるのね。」
「ちがう。なんかいやなかんじだもん。」
「そうかしら、お母様はそうは思わないわよ?さあ、陛下にご挨拶をして屋敷に帰りましょうね。」
「おじさまにごあいさつしたら帰っていいの?」
「いいわよ。でも今日から伯父様のことは陛下とお呼びしてね。」
「はい。」
セラフィムを安心させるように優しく微笑む母だったが、どことなくいつもとは様子が違っていて、何かを警戒しているようにさえ感じられた。
戴冠式からおよそ1年後のある夜、それは起こってしまった。
深夜に黒ずくめの賊がアクティース公爵の屋敷に押し入ったのだ。
公爵家の護衛騎士が懸命に応戦するも、賊の数の方が圧倒的に上回っていた。
じりじりと戦力を削られ、追い詰められた公爵一家は屋敷の最奥の部屋に立て籠もり、神力を使って結界を張った。
部屋の外からは激しくぶつかり合う剣の音が聞こえていたが、その音もやがて途絶えた。
ほどなくして、パチパチと木がはぜる音に気付いた。
廊下側からも窓側からも火の手があがっている。
このままでは、神力が枯渇したとたんに焼け死ぬことになるだろう。
公爵夫妻は怯えて泣きじゃくるセラフィムの頭上で視線を交わすと、息子だけは必ず守ると覚悟を決めた。
「あなた、セラフィ、本当にごめんなさい。私の血筋のせいで愛する二人をこんな目に合わせてしまった。」
「君のせいではないよ。こうなる予感があったのに、回避できなかった私の責任だ。」
「そんなこと!」
「さあ、もう時間がない。」
「そうだったわね。」
公爵夫人はセラフィムを強く抱きしめると、別れの挨拶をした。
「私の可愛いセラフィ、お母様に約束してちょうだい。一人でも幸せになるって。復讐しようなんて考えてはだめよ。あなたの幸せだけがお父様とお母様の望みなの。」
公爵も妻ごとセラフィムを抱きしめ、指にはめていた指輪を外した。
「可愛いセラフィ、そばで成長を見守れなくてごめんよ。でもお父様もお母様もお空の上からセラフィを見ているからね。寂しくなったらお空を見上げてごらん。さあ、この指輪を受け取って。これは公爵家の守護精霊が宿る指輪だよ。この指輪がセラフィを安全な場所へ連れて行ってくれるからね、大切にするんだよ。」
そう言って、公爵夫妻は指輪にありったけの神力を注ぎ込んだ。
指輪へ神力を注ぐのと同時に部屋の結界が消え、荒々しく扉が蹴破られた。
「放て!」
無情な号令と共に、燃え盛る扉の向こうから一斉に矢が放たれた。
「おとうさま!おかあさま!」
セラフィムが最後に見たものは、自分をかばって矢に射抜かれ、くずおれる両親の姿だった。
そしてセラフィムは、賊の目の前で一瞬にしてかき消えた。
気が付くと、日本に転移していた。
両親の死に最初は塞ぎ込んでいたセラフィムだったが、保護してくれた養父母や、後に妻となった幼馴染に助けられ徐々に元気を取り戻した。
それから26年間幸せに暮らしていたが、海外出張から戻る際に飛行機事故に遭い、アレクサンドロスに舞い戻ってしまった。
海に激突して死ぬしかないような状況だったにもかかわらず、気が付いたら大平原に倒れていたのだ。
遠くに見える山脈も、この大平原も、両親と共に旅をした際に見た記憶があったため、アレクサンドロスに転移したことにはすぐに気づいた。
「俺の帰りたいところは家族の待つ日本の家だったんだけどな…。」
セラフィムの口から、ぽつりと言葉がこぼれ出た。
「何かおっしゃいましたか?」
凱旋パレードに同行していた護衛騎士に尋ねられた。
「いや。何でもないよ。」
セラフィムは護衛騎士に先導され、代官の待つ屋敷内の一室に案内された。
代官は50代くらいの、口ひげを生やした痩せぎすで神経質そうな男だった。
「ジョーンズ殿、お待ちしておりました。この度はこのエリミアの街をお救い頂き、心より感謝しております。さあ、どうぞこちらの席にお掛けください。ただいまお茶を持ってこさせます。」
「いえ。どうかお構いなく。実は子どもを待たせているので、暗くなる前に迎えに行ってやりたいのです。」
「おお、お子様がお待ちですか。わかりました、それでは早速ですが、こちらをお納めください。」
そういって代官は金貨の入った袋をテーブルに乗せ、セラフィムの方へずずっと押し出した。
「金貨100枚が入っております。それから、旧公爵家の別邸をお納めいただくよう、陛下より申し付かっております。」
エリミアの街の平均的な4人家族が、1年間暮らすのに必要な金額は金貨20枚ほどだ。
金貨100枚は、4人家族が5年間は暮らせるほどの大金だった。
「別邸…?」
「はい。本来であればもっと報奨金をお納めいただきたいところなのですが、獅子竜の被害で村が3つも壊滅状態とあっては、こちらとしても全く支援しないわけにも参りません。そこで、報奨金の代わりに屋敷を物納させていただきたいのです。」
「そうですか。私の方に依存はありません。」
「おお、そうですか!ご了承いただけて良かった。住み込みの使用人が2人おりますので、今夜からでもお泊りいただけますぞ。使用人の給金は今まで通りこちらで支払いますので、ジョーンズ殿に負担はございません。」
「それは助かります。」
「いいえ、屋敷を空のままあけておいても、いずれにせよ屋敷を管理する使用人の給金はかかりますからな。それでは、今から別邸にご案内いたしましょう。」
「いえ。場所はわかりますので案内は不要です。私だけで屋敷を尋ねても問題ないでしょうか。」
「もちろん構いませんとも。」
帰りがけに代官は、国王への謁見が許されなったことを詫びた。
国王はここ数年体調を崩しており、公務は最小限にしているとのことだった。
獅子竜が討伐されなければ、このエリミアの街が壊滅していたのかもしれないのだ。
たった一人で未然に防いだセラフィムの功績は、本来であれば国王に謁見できるほどの偉業であった。
だが、実のところ、セラフィムは国王に会わずに済んでほっとしていた。
王宮へなど行ったら、セラフィムに両親の面影を見い出す人物がいないとも限らない。
何しろ前国王は血のつながった伯父であり、現国王は従兄弟なのだ。
セラフィムは用件のみで早々に旧公爵邸を辞し、春翔と美優の待つウィンタースティーン商会へと急ぐのだった。
金貨20枚=200,000ロス=2,000,000円
金貨100枚=1,000,000ロス=10,000,000円
ここまでお読みいただきありがとうございました。
明日は短編「天使が見上げる空」を投稿します。
幼いセラフィムが日本に転移してからのお話です。
興味を持っていただけたら読んでいただけると嬉しいです。
連載は2/18(日)に続きを投稿します。




