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第16話 凱旋パレード



「うん?どうしたんだい?」


ブルースは、突然興奮し出した春翔を不思議そうに見た。


「ブルースさん、このにおい!これは飲みものですか?」


それは紛れもなく、日本で慣れ親しんだコーヒーの香りだった。

春翔はコーヒーが大好きで、日本にいた頃は毎朝必ず飲んでいたため、この発見に胸を弾ませた。


「なんだ、知っているのかい?そうだよ。ウィンタースティーン商会はこのカフエスと、もう一種類のソコラタという飲み物で財を築いたんだ。」


「カフエスとソコたら…。」


「ははっ、ソコラタだよ。ソ・コ・ラ・タ。子どもはソコラタの方が好きだと思うよ。」

「そうなんですか。」


「ソコラタはまだ準備が出来ていないけれど、カフエスはもう豆の選別も終わって、焙煎の段階まで行っているから明日には飲めるよ。飲んで見るかい?」


「はい!飲んでみたいです!」


扉を開け放したまま戸口で話し込む2人に、中で作業をしていたふくよかな従業員の女性から声がかかった。


「ブルースさん、風が吹き込んで豆にごみが入っちまうよ。早く扉を閉めておくれ。」

「おお、すまないね。新しい従業員のハルトを紹介しようと思って連れてきたんだよ。」


「ああ、そういえば昨日見かけたよ。あたしはアンだよ。よろしくね。」

「ハルトです。こんにちは。」


「アンにはこの作業所を取り仕切ってもらってるんだよ。カフエスの加工が終わったら次はソコラタだからね、楽しみにしてなさい。」


「あはは、子どもはソコラタが大好きだからね!」


ソコラタがどんなものか想像が付かないため、楽しみにしているようにと言われてもなかなか難しい。


ソコラタの実を見せて貰ったが、見たこともないような大きな黄色い実だった。

作業所内の従業員たちと挨拶を交わし終えると、ブルースと春翔は母屋へ戻って行った。




その夜、春翔は自分の部屋へ戻ると、倉庫棟にある作業所でコーヒー豆を見つけたことを美優に報告した。


『えっ、コーヒー豆があったの?わあい、カフェオレが飲める~。嬉しいなっ。』

『あとソコラタって言う飲み物があって、子どもに大人気なんだってさ。』

『へえ?』


『なんかダチョウの卵くらいありそうなデカい黄色い実で、見た目は不気味だったな。いや、ダチョウの卵もどれくらいの大きさかわかんないけどさ。』


『ふうん。あー、コーヒーって言われたら日本の食べ物思い出しちゃったよぉ。チョコレート、一粒食べちゃおうか?』

『チョコレート!食いたい!』

『うん。ちょっと待っててね。』


美優はごそごそとかばんを漁ってチョコレートを取り出すと、春翔と一粒ずつ分け合った。

二人は、口に広がる懐かしい味を堪能しながら、遠い日本に思いを馳せていた。






翌日は凱旋パレードが行われる日だった。

昨日の朝、英雄がエリミアの街に到着したことを知らせる通達が代官より出され、今日の午後からパレードが行われることになったのだ。


数日前から大通りは横断幕や花などで華やかに飾り付けられ、いつ英雄が到着してもいいように街を挙げて準備していた。


今日は朝から様々な屋台が出ており、街全体が活気に満ち溢れている。

午後になってからは更に大勢の人々が、花や旗を片手に大通りにどっと押し寄せてきた。

春翔と美優も商会の人達と一緒に店先に陣取り、英雄の通過を今か今かと待ち構えていた。


ほどなく、通りの奥の方からわあっとひと際大きな歓声があがった。

英雄の乗った馬車が姿を現したようだ。



『え?』


馬車が近づくにつれ、だんだんはっきりと見えてきた英雄の顔に、春翔は目が釘付けになった。

隣で美優が『セラパパ…?』と小さくつぶやいた。

春翔は放心状態になったまま、微動だに出来ないでいる。


『セラパパ!セラパパ!』


春翔よりも先に状況を把握した美優が必死にセラフィムの名を叫ぶが、周りの歓声にかき消され声が届かない。

美優の身長では周りに埋もれて英雄からは見えないのだろう。

英雄はこちらに気づかないまま通り過ぎようとしていた。


『春ちゃん!セラパパを呼んで!』


美優にしがみ付かれてようやく我に返った春翔は、声を限りに叫んだ。


『とーちゃん!』


英雄は気付かない。


『とーちゃん!!』


英雄は春翔と美優の存在に気付かないまま、目の前を通り過ぎてしまった。


『とーちゃん!セラフィム・ジョーンズ!こっちを見ろーーーっ!』


その時、春翔の叫びがついに英雄の耳を捉えた。

歓声の中から聞こえる日本語に気づいた英雄が漸く振り向いたのだ。

英雄が振り向いた先には、自分によく似た若い黒髪の男が立っている。

その男の涙をたたえてキラキラと輝く目は、青にも紫にも見えた。


『セラパパ!セラパパ!』


美優がぴょんぴょん飛び跳ねている。

そうしている間にも馬車はゆっくりと進み続け、あっという間に距離が出来てしまった。

その刹那、英雄は動いている馬車の淵に手を掛け、ひらりと飛び降りた。

英雄は人混みを掻き分けながら春翔達に近づいてきた。


『その目…、春翔、なのか…?』


『とーちゃん!息子の顔がわからないのかよ!薄情だな!』


『とーちゃん…、春翔はパパって呼んでただろう?』


『俺、もう15歳だよ!』


『そうか、もう15歳になったんだな…、こんなに大きくなって…。』


実に5年振りの親子の再会だった。

セラフィムは春翔の頬に手を添え、確かめるようにじっと顔を見つめると、春翔を自分の胸に抱き寄せた。

二人はとめどなく溢れる涙を拭いもせず、ただきつくお互いを抱きしめあった。



『セラパパ!美優もいるよ!』

『おお、美優か!……美優は大きくなった、のか?』

『むう、私も15cmくらい大きくなったよ!』


『春翔、莉奈と海翔も一緒なのか…?』

『ううん、俺と美優だけ。雷に打たれて気付いたらここにいたんだ。』


『そうか…。』

『うん…。』


妻ともう一人の息子は今も日本にいると聞いて、セラフィムは悲し気に目を伏せ小さく息を吐いた。


『春翔、どこの宿に泊まってるんだ?俺は今から代官に会わなくてはならないんだ。用事が済んだらすぐに迎えに行くよ。』


『俺も美優も、ここのウィンタースティーン商会にお世話になってるんだ。』


春翔は後ろを振り向き、ウインタースティーン商会の建物を指し示した。

まだまだ積もる話があったが、英雄としての予定がある。

用事が終わり次第迎えに来ると言い残し、ひとまず別れることになった。





「ハルト!英雄様と知り合いだったのかい?」


商会の人々に矢継ぎ早に英雄との関係を尋ねられたが、さすがに違う世界から飛ばされてアレクサンドロスへ来たという部分は言えずに、言える範囲で説明することにした。


春翔の父親は、5年前に故郷から遠く離れた海で事故に遭い行方不明になった。

その事故から生還した人には、生存は絶望的だろうと伝えられた。

だが、春翔の家族は父親の生存を信じ、帰ってくるのをずっと待っていた。


春翔と美優も故郷を出ることになり事故にあったが、どんな事故だったかは記憶があやふやになっている。

この国に流れ着いたのは偶然で、どうやって来たのか、どうやって帰るのかもわからず彷徨っているうちに商隊に遭遇し、この街に来ることができた。

英雄の凱旋があるというので見物していたら、そこに父親の姿を発見した、ということにした。


「そうだったのか…。」

「大変だったのね。」

「ハルト、父ちゃんが見つかってよかったな!」

「ハルチャン、ミュウおねえちゃん、よかったね!」


商会の皆は春翔たちの再会を喜び、口々に祝福してくれた。


「事故に遭ったのは災難だったけれど、事故に遭ったおかげで5年も行方不明だったお父さんが見つかったとは。まさに禍福は縒り合わせた縄の如しということだね。」


ブルースは腕を組み、感じ入ったようにうんうんと頷きながら言った。


「カフク…?」


「幸福と不幸は表裏一体で、より合わせた縄のように代わる代わるやって来るってことだよ。不幸の後に幸せがあったり、幸せだと思ったら不幸になったりね。」


「おおー、なるほどー。」


「今日はご馳走を用意して英雄様がお見えになるのをお待ちするとしよう。」

「ええ、是非そうしましょう。」

「わあい!ごちそうだ、ごちそうだ!」


ブルースがルシアと食事の支度について相談をしていると、美優は自分が作ると申し出た。


「ミユの国のりょうりをミユが作りたい!」

「おお、それはいいね。きっと喜んでくださるに違いないよ。」

「わあい、わあい!」


ルーチェはご馳走と聞いて大興奮だ。


『ねえねえ、春ちゃん。セラパパ、何時ごろ迎えに来るのかな?』

『わからないけど、公爵邸まで行って、代官に会わないといけないんだろ?多分夜になるんじゃないかな。』


『早く迎えに来てー!』

『ところで美優、晩ごはん和食なの?』


『ああー、待ち遠しいよー!』

『ごはん…。』


はしゃぐルーチェの両手を取り、くるくると回り続ける美優に春翔の声は届かなかった。






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