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第15話 春翔だってがんばってます



美優がグラノーラの実演販売をしていた頃、春翔は自転車を使って小口のお得意先への配達に勤しんでいた。


自転車に乗せて貰いたいルーチェが道案内を買って出て、食堂やパン屋への納品に付いてきてくれている。


自転車の荷台に配達する荷物をくくりつけ、ルーチェをサドルに座らせて、春翔はハンドルを捌きながら歩いた。


「ハルチャン、たのしいね~、たのしいね~。」

「はい。ルーチェが楽しくてよかった。」


ルーチェは美優を真似て、春翔をハルチャンと呼んでいた。

ペダルに届かない足をブラブラさせながら、春翔を見上げて楽しげに笑っている。


「これ、ルーチェが大きくなったら一人で乗れるようになるかなあ?」

「女の子にはすこしおおきいから、ちょっとむずかしいかもしれないです?」

「え~、でもルーチェも乗りたいよぉ。」


「うーん…、『キックボード』という子ども用の乗り物なら乗れるかもしれないです。」

「なあに、それ?どんなもの?」


「この乗り物よりずっと小さくて、もしかしたらハルトは作れるかもしれないです。」

「ハルチャンが作ってくれるの?やったぁ~。あっ、ここのパン屋さんが最後の配達先だよ!」



春翔が自転車を止めて荷台から荷物を降ろしていると、ちりんちりんとドアベルが鳴り、中から男の子が出てきた。


「ルーチェ、変なのに乗ってなにしてんだ?」

「あ、アンディ。ルーチェはもうすぐ9歳になるから、今日はお店のお手伝いしてるんだよ。」


「座ってるだけのどこが手伝いなんだよ?それにおれだってあと2ヵ月で9歳だ!」

「ふ~んだ。道案内してたんだもん。ルーチェはあと5日で9歳だからアンディよりおねえちゃんだもん。」


「あー、ルーチェ、ハルトはとどけに行ってくるから、なかよく待っててください。」


ちびっこ二人を残し、春翔は品物を抱えて店に入って行った。

そばかすが散った、やんちゃそうな顔をした男の子は、春翔の姿が見えなくなるとルーチェに尋ねた。


「あいつは?見ない顔だけど新しいじゅうぎょういんか?」

「そうだよ、ちょっと前にパパが大平原で見つけてきたの。迷子だったんだよ。」


「えっ?大平原で迷子!?すげえ、あいつ強いんだな!」

「うーん?そうかな?」


「子どもが大平原に行ったらおおかみに食べられちまうって院長先生が言ってたぞ。」

「そうかあ!じゃあ強いね!」


春翔の知らぬ間に勝手に評価が上がったようである。

再度ちりんちりんとドアベルが鳴り、春翔が戻ってきた。


「ルーチェ、はいたつ終わりました。お店にかえりましょう。」

「うん!ねえねえ、さっき言ってた乗り物、今日作るの?」


「うーん、ブルースさんがいいと言ったら作ります。」

「なに作るんだ?おれも見たい。」


乗り物を作ると聞いて、アンディも興味が沸いたようだ。


「アンディ、今日はおしごと終わったの?」

「ここのパン屋に届け物して終わりだよ。あとは夕食のじゅんびの時間まであそべるぞ。」

「じゃあ、アンディもうちであそぼう!」


「えっ、ハルトはあそべるかわかりません。アンディ?はこんなに小さいのにはたらいていますか?」


「おれはもう大きいから院長先生の手伝いをするんだ。おれより小さい子がたくさんいるから、大きい子ははたらいてお金をかせがないといけないんだ。」


「いんちょうせんせい?」

「おれたちがいる孤児院の院長先生だよ。」


「こじいん…。」


春翔は、こんなに小さな子どもが働いてお金を稼がなければならない現実に胸が痛んだ。

自分に出来ることはないかと考えてみるも、春翔自身もお金がなく、ブルースに衣食住の全てを頼っている身である。

春翔はアンディにかける言葉を失って立ち尽くした。


「ぼけっと突っ立ってどうしたんだ?早く行こうぜ!あそぶ時間がなくなっちまうよ。」


「そうだ、アンディも乗っていこうよ!たのしいよ~。」


「乗りたい!」


きゃあきゃあと楽し気に騒ぐ子どもたちに、はっとした。

そうだ、いまの自分に出来ることは、自転車に乗せて少しでも楽しませてあげることくらいしかない。


春翔は、たとえ短い時間でも思い切り遊んであげようと心に決めると、アンディを持ち上げて自転車の後ろに座らせ、ウインタースティーン商会へと歩き出した。





ウィンタースティーン商会に着くと、さっそくルーチェがブルースの膝にぺたりと張り付いておねだりを開始した。


「パパ~、ハルチャンがルーチェに乗り物作ってくれるんだって!いまから作ってもらってもいいでしょ?アンディも見たいって。」


「おお、ルーチェ。おかえり。ハルトが何か作ってくれるのかい?じゃあパパも一緒に見学するとしよう。」


金色の巻き毛を揺らして小首をかしげる愛娘に即陥落したブルースは、鼻の下を伸ばしながら二つ返事で了承した。

大喜びのルーチェは、アンディの手を取り裏庭へたたたっと走り去って行った。


「ーーあなた。」


「ル、ルシア?怖い顔してどうしたんだい?」


「あまりルーチェを甘やかさないでっていつもお願いしているでしょう?そんなに甘やかしていたら我儘な娘に育ってしまうわ。」


「いやいや、私は甘やかしてはいないよ?今のは、私もハルトの作るものに興味があったからいいと言ったのだよ。考えてもごらん、ミュウの作る料理はとても斬新だ。これからハルトが作るものも、目新しいものかもしれない。どこに商売の種が転がっているかわからないと商人の勘が言っているのさ。はは、ははは。」


何故かダラダラと汗をかきながら早口で弁明するブルースであった。

ルーチェを甘やかしている自覚はあったらしい。


「口から出まかせにしては中々良い言い訳だったわ。仕方がないわね、今回だけよ。」


ルシアは、ハアとため息をつきながら渋々了承した。


「それで、ハルトは何を作るつもりなの?」


「『キックボード』という子どもののりものです。あと5日でルーチェのたんじょうびと聞きました。ルーチェにあげたいです。」


「おお!そうなんだよ。ルーチェももう9歳になるんだ。この間まで赤ん坊だったのにあっという間に大きくなって。


この前ミュウから買った文房具は誕生日の贈り物にするつもりでね。来年から学校だからね、ちょうどいい贈り物が手に入って本当に幸運だったよ。ああ、ルーチェの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。」


愛娘への愛を熱く語るブルースを呆れ顔で一瞥して、ルシアは首を振り振り去っていった。



「ハルチャン!はやくはやく~!」


いつまでも庭に出てこようとしない春翔をルーチェが大声で呼んだ。


「今いきます。」





実は春翔は小学生の時に、夏休みの自由工作でキックボードを作ったことがあり、大体の作り方は分かっていた。

しかし、その時は車輪部分をホームセンターで買ってきて取り付けただけだったため、車輪の製作が最難関だ。


材料は、その辺にあったいらなくなった木箱と、薪割りする前の木、そして工具箱から見つけた太い釘だった。


まずは木箱の釘を抜いて板の状態にばらす。

そのまま加工なしでボード部分に利用できそうだったが、見た目をよくするために角を丸く削った。


次に、木の枝の細い部分をルーチェの身長に合う高さにのこぎりで切り、表面の皮を剥いで棘が刺さらないようにやすりをかけた。


それから、枝の根元の太い部分を3cmほどの幅で2つ切り出し、同じように皮を剥いでやすりをかけて車輪にする。

車輪用の丸い板の中心には小さな穴をあけ、釘が通るように少しずつ削って広げていった。


『これ、上手く回るのかな?うーん、耐久性が微妙だよな。子どもの体重なら行けるかな。』


「ハルチャン、どうしたの?」

「おもい人はのれないです。ちょっとしんぱいです。」

「ルーチェは軽いよ?パパは、ルーチェは妖精のように軽いっていつも言ってるよ?」


『うっ、今更できないとは言えない雰囲気…失敗したらどうすんだ、これ…。』


期待した目で見つめられ居たたまれなくなった春翔は、安請け合いしたことを後悔し始めていた。

しかし、ここで投げ出すわけにはいかないので、とりあえず耐久性は横に置いて組み立てに取り掛かることにした。



「できました!」

「やったあ!」

「なんだこれ?ヘンテコな板。かっこわるい。」


「これは、手でここを持って、かた足を乗せて、乗せてないほうの足でじめんをけってすすみます。」


春翔が実演するには体重が重すぎるため、ルーチェをボードに乗せてハンドルを握らせ、使い方を説明した。


「わあ!動いた、動いたよ!」

「ルーチェ、おれも乗りたい!」

「あれえ、かっこわるいんじゃなかったの~?」


「ハルト、これはなかなか面白いね。子ども用の玩具もいいが、もっと丈夫な作りの大人用があれば売れるかもしれないね。」


「しゃりんがむずかしいです。」


「知り合いの大工に聞いてみるよ。馬車の修理も請け負っているやつでね、これくらいの車輪なら問題なく作れるだろう。まずは子ども用をいくつか作って貰って、店に置いてみようか。」


「はい!」


春翔は、自信がなかった車輪を自作せずに済むことにほっとした。

ブルースもまた、結果的に嘘から出たまこととなったことに、ほっと胸を撫で下ろしていた。




キックボードで遊ぶ子ども達をしばらく眺めていると、春翔はあることに気がついた。

裏庭に建っている倉庫の正面扉からは逞しい大男ばかり出入りしているが、側面の扉を出入りするのは、女性や細身の男性ばかりなのだ。

不思議に思いブルースに尋ねた。


「ブルースさん、よこのとびらから出てくる人はなにをしていますか?」


「横の扉?ああ、作業所の扉のことかい?作業所では木の実や豆の加工をしているんだよ。そういえば、作業所の連中は通いの者ばかりだから、ハルトのことはまだ紹介してなかったかな。作業所を見てみるかい?」


「はい、見てみたいです。ブルースさん、正面のとびらから出てくる人はみんなつよそう。どうしてですか?」


「ははは、強そうかい。彼らは仕入れの旅に出るときは護衛役なんだよ。店にいるときは倉庫で力仕事をしてくれているんだ。ハルトも倉庫で働いて貰ってるから、倉庫側の面々はもう知っているね?」


「はい。」


「それじゃあ作業所の方を案内しよう。」


そう言ってブルースは、春翔を伴って作業所へと歩き出した。


「今はちょうど、この前港町で仕入れてきた南の島の豆の加工をしている筈だよ。」


ブルースが扉を開けた瞬間、中から芳しい香りが漂ってきた。



『こ、これは、まさかっ!?』






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