第14話 美優はがんばります
「ふんふふふ~ん、ふんふんふん♪オ~イェ~♪」
「おやおや、ミュウは今日もご機嫌だね。保存食の試作品の具合はどうだい?」
鼻歌交じりに厨房で一人くるくると働いている美優を見かけ、ブルースが声をかけた。
春翔と美優がウィンタースティーン商会で働くようになって3日目の午後、美優は保存食の試作に取り掛かっていた。
昨日は材料を茹でたり干したりといった下準備に費やし、今日はオーブンを使用して焼き上げているところだ。
「ブルースさん!もうすぐできる!あと、これ、ちいさくちいさくしたい!どうする?」
「うん?木の実を小さく?包丁で切るのかい?」
「ううん!もっともーっとちいさい!こな!」
「こな…粉?小麦粉みたいに粉にしたいのかな?」
「そう!」
「すり鉢があるよ。ほら、これでいいかい?」
「ありがとう!あとこれ持ってて。」
そう言ってブルースにすり鉢を押さえさせ、一晩水に浸しておいたアーモンドに似た木の実を鉢に入れてすり始めた。
…が、一向にすれる様子がない。
「はは、交代しようか。ミュウはすり鉢を押さえててくれるかい。」
「はあい。」
ブルースの手によって、ごりごりとあっという間にすられていく。
合間に少しずつ水を足し、ミルク状になったら出来上がりだ。
「へえ。木の実が牛乳のようになったね。これはおもしろい。」
「これだけ飲むときは、ぬので『漉す』うーん、うーん。こうする?」
言葉が出てこないため、手元の布巾を使ってジェスチャーで説明した。
「おお、布で漉すんだね。わかったよ。」
「『グラノーラ』にかけるなら、そのままかけてたべる!」
「ぐらのうらと言うのはなんだい?」
「いま焼いてるほぞんしょく!あっ、わすれてた!見てみる。」
アーモンドミルクの作成に気を取られて、うっかりオーブンの様子を見るのを忘れていた。
日本のオーブンとは違って温度設定も焼き時間設定も出来ないため、つきっきりで見ていなければならないのだ。
「あ、ちょうどいいみたい!さまして干したくだものとまぜる。そしたらできあがり!」
美優はオーブンから鉄板を取り出し、台の上に乗せた。
数種類のドライフルーツは、同じくらいの大きさになるようにカット済みだ。
「ほう。いい匂いだね。これはどれくらい持つんだい?」
「わかんない!いれものによってかわる。ミユの国の『グラノーラ』はなんかげつもたべれる。」
「何ヶ月も?それはすごいな。だけど、とりあえずは手に入る入れ物で何日持つか実験する必要があるね。」
「はい!じっけんだいじ!」
グラノーラの甘い匂いにつられて厨房に人が集まってきた。
「おーい、ミュウ。俺の保存食できたのかぁ~?」
「エヴァンス!できたよ!たべる、じっけん。」
「実験ってなんだよ?変なもんが入ってるんじゃないだろうな?」
「はは、いやいや。何日くらい日持ちするのか実験する必要があるねと話していたんだよ。」
「あ~なるほど~。」
「そろそろ冷めただろうし、食べてみようか、ミュウ?」
「はい。おさらに入れる、まっててね。」
器にグラノーラを入れ、アーモンドミルクをかけて集まった皆に手渡していく。
「ぎゅうにゅうをかけてもおいしい。でもぎゅうにゅうはほぞんできないから木の実のミルクにした。」
「木の実のミルク?なんだそりゃ?まあ、とりあえず食べて見るよ。」
さくさく、ぼりぼりといい音をさせながら次々にスプーンを口に運ぶ。
「うん、うまい!」
「ほんと、おいしいわ。」
「ルーチェもおいしいと思う!」
「うんうん、これは期待以上だね。味は文句なしだが、商品化するには保存が問題だな。」
「「「「商品化?」」」」
「ぐらのうらも良いが、木の実のミルクが素晴らしいよ。冬場は牛乳が中々手に入らないから牛乳の代用品にちょうどいいよ。」
「冬はぎゅうにゅうがないの?どうして?」
「冬場は餌になる草がなくなってしまうからね、冬になる前に大部分を潰して食肉にしてしまうんだよ。」
「ミユはわかりました。木の実のほかにも豆でもミルクつくれる!やってみる!」
「パパ~。ルーチェ、もっと食べたいよ!」
「おお、よしよし。ミュウ、お代わりはあるのかな?」
「きょうは少ししかつくってない。これ、じっけんようにのこす?」
手に持った一皿を見せ、ブルースに尋ねた。
「そうだね、いまから追加で作れるのかい?」
「あと1回やけるざいりょうがある。もっと作るならじゅんびがひつよう。」
「ルーチェのお代わりは必要ないわよ。夕食が食べられなくなっちゃうわ。」
「えぇーっ!」
「それは日持ちの実験に使ってね。でもまだ味見してない人も食べたいでしょうから、後1回分焼いて貰えるかしら?焼いてる間に明日の分の仕込みをしましょう。私も手伝うわ。」
ルシアの仕切りで手伝いの人数も増え、さくさくと下準備が進んで行った。
数種類の穀物、ドライフルーツ、木の実、黒糖が主な材料だが、穀物の下準備が一番の手間だった。
「穀物を茹でて、潰して、干す。この作業、結構大変ねぇ。」
「ミユの国では干してあるものがうってる。ここにはないの?」
「潰してあるのはないわねぇ。パンにするために粉にするか、おかゆにするために丸のまま干すかのどちらかよ。なぜ茹でてから干すの?」
「いちどゆでると、りょうりする時間がみじかくなる。あと、そのままでぎゅうにゅうかけてもたべられる。」
「えっ、干したままで食べられるの?」
「はい。オーブンでやいて干したくだものをまぜたのが『グラノーラ』で、やかないで干したくだものをまぜたのが『ミューズリー』。」
「ぐらのうら、と、みゅうずり、ね。変わった名前だこと…。ここで売り出す時はもっと簡単な名前を考えたほうがいいわね。」
「ふくろはどうする?」
「とりあえずは小麦粉用の小袋を使いましょう。そうだ、袋に詰める時に一緒にこれを入れたらどうかしら?」
そう言ってルシアは戸棚から竹炭のような小さな黒い棒を取り出した。
「それなあに?」
「これは湿気取りよ。粉ものを保存するときに一緒に入れておくと長持ちするのよ。」
「わあ、ミユもつかいたい!」
わいわいと大人数で下準備をし、翌日はオーブンを一日中フル稼働させて大量のグラノーラを作り上げた。
春翔もアーモンドを擂る係りに借り出され、大量のアーモンドの粉を作った。
『美優、俺に楽させてくれるって言ってたよな。俺いま腕がパンパンで超辛いよ…。』
『春ちゃん、何言ってるの。ローマは一日にしてならず!千里の道も一歩から!千里の道の先に楽園はきっとあるはず!』
『そんなに遠かったのかよ…。はあ…。』
「いらしゃいませー!さくさくおいしいほぞんしょくはいかがですかー?ただいま『キャンペーン中』!たべてみてくだたーい!」
ウィンタースティーン商会の入り口脇に陣取り、声を張り上げるのは美優だ。
商会に買い物に来た客にグラノーラの味を知って貰おうと、ブルースに実演販売のアイデアを出したところ、美優が売り子をするのがいいという事になった。
子どもが差し出したものを邪険に断る大人はいないだろうとの読みである。
一度口にして貰えれば、味の良さには自信があった。
「ははっ、これは可愛い売り子だな。きゃんぺんちゅうとは何のことだね?」
店の客だった初老の男性が、孫を見るような目で美優に話しかけてきた。
「『キャンペーン』…うーん?いつもよりやすい?」
「いつもより安いのかい?うん?これは初めて見るな。これはなんだい?」
「新しいほぞんしょく!たべてみてくだたーい!これむりょうです!はいっ。」
「おお、ありがとう。どれどれ。…うん、これはおいしいね。」
「あら、私も食べてみたいわ。一つ貰えるかしら?」
「はいっ。たべてみてくだたーい!」
「俺にも一つくれ。」
「はいっ。たべてみてくだたーい!」
無料と聞きつけ、我も我もと人だかりが出来た。
そこへルシアがすかさずフォローに入り、今日は新商品のお試し販売で、これから売り出すときの値段よりもお安くしているんですよと営業していた。
日持ちはまだ実験中のため、期限を早めに設定して、15日くらいで食べきるようにと説明した。
「小さいふくろは一つ40ロス、大きいふくろは一つ80ロスです!大きいふくろをかったひとはこのけいりょうスプーンをおまけします!このスプーンはべんり!こうやって木の実のこなをひとさじうつわに入れる。
水でこなをとかして、ぎゅうにゅうのかわり!こっちのさくさくを5さじうつわに入れる!はい、できあがり!ちょうしょくにもべんり!」
「おお!この白いのは木の実の粉かい。牛乳代わりか、これはいいね。木の実の粉はいくらだい?」
「一つ80ロスです!」
「それじゃあ、大袋一つと木の実の粉を一袋いただこう。」
「わあ、ありがとうございます!」
「私も大袋一つと木の実の粉を一袋いただくわ。朝食作りが楽になるわ!」
「ありがとうございます!」
「俺は大袋二つと木の実の粉も二袋もらうよ。ちょうど明後日から5人で旅に出るところだったんだ。」
「わあ、ありがとうございます!たくさん買ってくれた、これ、おまけです!」
そう言って美優は、グラノーラを固めて焼いてから棒状に切ったシリアルバーを2つ手渡した。
まだ数が揃っていないため、今のところ販売は見送っている。
「うん?これは何もかけずにこのまま食べるのか?」
「はい!じかんがなかったり、みずがないとき、かんたんに食べれてべんり!うまにのったままでも食べれる!」
「へえ、こいつはいいな。これは売ってないのか?」
「まだつくってるとちゅう。たぶんらいしゅうくらいにできる?」
「そうか、そいつは残念だな。それじゃあ、次の機会にまた寄らせて貰うよ。」
こうして美優の実演販売は大盛況のうちに幕を閉じた。
40ロス=400円
80ロス=800円




