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第13話 ウィンタースティーン商会



大通りを10分ほど進んだ左側にブルースの店はあった。

焦茶色の梁がアクセントになった、チューダー様式に似た造りの3階建ての建物で、壁は清潔感のあるクリーム色に塗られており、食品店にふさわしい佇まいだった。

竜車のガタゴトと言う音が店の前で止まるのを聞きつけて、店の男が表に出てきた。

30代くらいの温厚そうな男だ。



「旦那様。お帰りなさいませ。」

「うん。ただいま。荷卸しの手配と、ステラたちの世話を頼むよ。おやつを食べさせたら牧場に送っていってくれ。」

竜と馬は街中で飼うには大きすぎるため、街門近くにある広い共同牧場で放し飼いになっているのだ。



「承知いたしました。おおい!旦那様のお帰りですよ!おや?この子たちはどこの子ですか?」


店の男は春翔と美優の姿を見つけて、ブルースに尋ねた。


「ああ、大平原で見つけたんだよ。外国から来たらしいんだが、親と逸れてしまったそうでね。大平原に置き去りにするわけにいかないから連れてきたんだよ。」

「大平原に?君達、旦那様に見つけてもらえて幸運でしたよ。君達だけなら死んでいたでしょう。」


「はい、ハルトとミユはたすかってよかったです。」

「ハルトとミュウ?君がハルトかい?」

「はい。ハルトです。こんにちは。」

「ミュウです。こんにちは!」

「私はマルクスですよ。よろしくお願いいたしますね。」


『お前、ミュウでよくなったのか。』

『自己紹介する度に訂正するのめんどくさくなったよ。もう私はミュウでいいよ。』

『小さい頃のあだ名だしな。』



パタパタと小さな足音がして、金色の巻き毛のかわいらしい女の子が店の外に走り出てきた。


「パパ!おかえりなさい!」

「おお、私の可愛いルーチェ。いい子でお留守番出来たかい?」

「うん!ルーチェはいい子だったよ!パパ、おみやげはなあに?」


ブルースはぴょんと飛びついてきた愛娘を抱き上げて目尻を下げた。

ルーチェの丸い頬にキスをしたが、「パパ、おひげがいたい!」と手でぐいぐいと顔を押しのけられてしまった。


「あなた、おかえりなさい。」

「ルシア。ただいま。」


ブルースは娘を抱いたまま、迎えに出てきた妻と抱擁を交わした。

ブルースの妻は金髪で、30代後半くらいに見える優しそうな女性だった。

ルーチェは妻に似たようだ。


「ルシア、この子達はハルトとミュウだよ。大平原で助けた子ども達なんだ。親と逸れて困っているからしばらく家の従業員部屋に泊めようと思ってるんだが、二部屋空いていたかな?」

「まあ!大平原に子どもだけでいたの?危なかったわねぇ。空いてる部屋は一部屋しかないのだけど、子ども同士だし良いわよね?さあ、入って入って。部屋に案内するわ。」


「「ありがとうございます」」


「おにいちゃんとおねえちゃん、ルーチェのお家にお泊りするの?ルーチェがつれてってあげる!」


ルーチェはもぞもぞと身を捩ってブルースの腕から下りると、春翔と美優の手を引っ張って行った。


「1階はお店だよ。それでね、2階にルーチェとパパとママが住んでるよ。3階と屋根裏部屋はみんなが住んでるよ。」

「ルーチェ、みんなじゃ分からないでしょう?3階と屋根裏部屋は従業員部屋よ。3階は2人部屋で

屋根裏部屋が1人用なの。今空いているのは3階の部屋よ。」



店の奥にある階段を上り3階に着くと、一番奥の部屋に案内された。

扉を開けると6畳ほどの部屋にベッドが2台とクローゼットが2つあった。

必要最低限のものしかないが、清潔感のある部屋だ。


『わぁ~、ベッドだぁ。今日はベッドで寝れるんだね。嬉しいよー!春ちゃん、良かったね!』

『おおー!ブルースさんに感謝だ!』


「疲れたでしょう?ここで一休みする?それともお風呂やお手洗いの場所を一通り案内して、下でお茶でも飲む?」

「おふろ!おふろに入れますか?」

「まだ準備が出来ていないけれど、夕食の後なら入れるわよ。」

「わぁ、おふろ~!おうちのあんないをお願いします!」


小躍りして喜ぶ美優につられてルーチェもぴょんぴょん跳ねて嬉しそうにしている。


「ルーチェがあんないしてあげる!こっちだよ。」


1階にある風呂、トイレ、厨房、別棟の倉庫などの案内を終えると、2階の食堂へ案内された。


「まだお昼を食べていないでしょう?簡単なものを用意しているからここに座って待っててね。」


大きなテーブルが2つ並び、そのうちの一つに既にブルースたちが座っていた。

レオンとエヴァンスも詰所から戻ってきている。


「ハルト、ミュウ、こっちに座りなさい。」


ブルースに手招きされ、席についた。


「部屋は気に入ったかな?」

「はい。ありがとうございます。おふろがたのしみです。」

「ミユもおふろたのしみー!」

「はは。そうかい。ああ、昼食が届いたようだね。」


ブルースの視線の方を見ると、ルシアがスライド式の扉を開けているところだった。

厨房が1階で食堂が2階のため、手動式の小さなエレベーターで食事の上げ下げをしているようだ。


「揃ったね。では、いただこうか。」

「「はい。」」


「わぁ、パンがやわらかい!おいしい!」

「ふふ。よかったわね、ミュウ。やっと噛み切れるパンを食べられたわね。」

「はい。石パンはもういや!食べたくない!なんであれを食べる?」


「ブハッ、おいおい。好きで食べてるわけないだろ~?旅の間はあれしかないから食べるんだよ。柔らかいパンは3日くらいしか持たないからなぁ。」

「うーん、でももっとおいしいものもっていけばいい!ミユがエヴァンスに作ってあげる。」

「おおい、エヴァンスだけかよ?俺の分はどうした?」


レオンも美優の作るおいしいものに興味があるようだ。


「ミュウは料理がうまいからね。期待できそうだ。もし上手く作れたら次回からの旅に持って行こうか。石パンはひと月持つから、最低でも15日は食べられるものがいいね。」

「わかった!ミユはかんがえる!」



「それはそうと、ハルトとミュウはこれからどうするんだい?行く当てもないだろうし、ここで仕事をしてみるかい?ここにいれば住む所と食事には困らないよ。」


「はい。ハルトはここで働きたいです。」

「ミユもがんばる!」


「そうかい、そうかい。それじゃあ、ミュウは料理が上手いから厨房の仕事を手伝ってもらおうかな。ハルトは…とりあえずは力仕事かな?倉庫から店への品出しや、配達用の荷車への荷積みなんかを頼もうか。」




遅い昼食が終わると、春翔と美優はそれぞれの仕事を教えられた。

料理人は通いの年配の女性で、厨房の手伝いをすることになった美優を大歓迎してくれた。

美優は順応が早く、夕食の手伝いにも何の問題もなかったが、春翔は慣れない力仕事に四苦八苦していた。

なにしろアレクサンドロスの男達は皆大きい。

その男達が運ぶことが前提となっている荷物は、一つ一つがかなりの重さである。


仕事と夕食が終わると、待ちに待った風呂の時間だ。

何しろ4日ぶりの風呂だ。

旅の間は体を拭く程度のことしかできなかった。

風呂の時間は、ブルース一家、従業員の女性、従業員の男性の順番になっている。

今日こそはゆっくり湯舟に浸かれるものと楽しみにしていたら、お湯は体を洗った後に流す程度にしか使えないとレオンに教えられた。


「おう、ハルト!風呂の使い方はわかるか?この石鹸の木の実を煮出した汁を手に取ってこすると泡が立つからな。これで髪と体を洗って、この桶で風呂のお湯をすくって泡を流せ。使っていいお湯は一人3杯までだぞ。大勢いるからな。」


「さ、3ばい…わかりました……。」


「なんだあ?元気ねえな?筋肉が足りないから疲れたんじゃねえか?もっと筋肉をつけろ!」


バンバンとたたかれた背中が地味に痛い。



むさくるしい大男に囲まれて風呂を使う羽目になった春翔は、へとへとになって部屋に戻り、ぼふんとベッドに突っ伏した。


『俺…やっていけるのかな…。』

『春ちゃん、ファイトだよ!そのうち私が一発当ててやるから、そしたら楽させてあげるからね!それまで頑張って!』

『なんというポジティブさ…。俺はお前の性格が本当に羨ましいよ…。』










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