第10話 盗賊との戦い
今日の昼には街に着くと聞いていた春翔と美優は、日の出と共に目が覚めた。
春翔の腕時計の時間は5時5分を指してる。
ここアレクサンドロスには日時計しかないため正確な時間は分からないが、一日は地球と同じ24時間らしい。
一週間は6日、一月は30日、一年は360日と聞いた。
休日は、街では週に1日休めるが、農村部では決まった休みはないそうだ。
「おはよう。ずいぶん早く起きたのね。」
「「おはようございます。」」
「今日は、ここを出たらすぐに川渡りがあるのよ。川向こうは盗賊が出るかも知れないから気を付けてね。」
「えっ、と、盗賊ですか!?」
「こわい!」
「大平原側は狼が出るし、隠れる場所がないから盗賊は出ないのだけど、川向こうは林や森があるから隠れる場所はいくらでもあるの。街道も村もあるから襲う対象がいくらでもあるしね。
アクティース公爵様が亡くなられてから、税の取立てが厳しくて随分と治安が悪くなってしまったのよ。 以前はこの国で一番裕福な領だったなんて、今となっては夢物語のようね。」
「どうしてこうしゃくはなくなってしまったんですか?」
「今から30年程前のことだから、私も聞いた話なのだけれど…。当時の公爵様と奥方様、そして幼いご子息が屋敷に押し入った何者かに皆殺しにされてしまったの。
その時は前公爵様と奥方様、公爵様から見るとお父様とお母様ね、そのお二方もご存命だったのだけれど、公爵一家の悲報を聞いた前公爵の奥方様が臥せってしまわれて、ひと月もしないうちに後を追うように亡くなられたのよ。
前公爵様も一旦はご当主に復帰されたのだけれど、ご家族を次々に亡くされてお辛かったのでしょうね。前公爵様もご家族が亡くなられて半年も経たないうちに亡くなってしまわれたの。
公爵一家の殺害を皮切りに、大貴族が殺害される事件が立て続けに起こったのだけれど、結局犯人は分からずじまい。この領地だけではなくて、他にも跡継ぎが殺されてしまった領地がいくつもあって、それらは全て王家直轄地になったのよ。」
「そ、そんなことがあったんですか…。」
「とくした人があやしい!とくしたのはおうけ!」
「ミュウ。そんなことを口に出してはだめよ。誰かに聞かれたら捕らえられて牢屋に入れられてしまうわ。」
『だって…どう考えても犯人は王家の人じゃない!?気に入らない人皆殺しにして領地を取り上げたんだよ。こんなことがまかり通るなんて法治国家とは思えないよ!』
『いや、ここは日本じゃないからな?…この国では王=法律なんじゃね?なんだか中世の暗黒時代みたいだな…。』
『人を人とも思わない非情で強欲な国王が罪のない人々を虐殺したんだよ!たぶん!』
「ミュウ、ハルト。街に入ったら王族や貴族を悪く言ったらだめよ。殺されてしまうかもしれないわ。ちゃんとわかった?」
「「はい。わかりました。」」
「なんだか朝から暗い話になっちゃったわね。さあ、朝食の支度をしましょう。」
「う…きょうも石パン」
「お昼には街に着くからこれで最後よ。もうちょっと我慢してね。」
「ミユが作る!」
「ふふ、お願いね。今日は何を作ってくれるのか楽しみだわ。」
『春ちゃん、また砕いてね。』
『へいへい。これ硬いから結構手が痛くなるんだよなぁ。』
「ステラのくだもの少しつかいたい。」
「いいわよ。」
美優はりんごのような果物を手に取り、少し切り取って味見をした。
日本のりんごと比べて酸味がなく、マンゴーのようにとろりとした果汁が滴る甘みの強い果物だ。
『うーん、石パンをパンケーキ風にしようかな。りんごソースをかけて。』
鍋に湯をわかして、昨日と同じようにマッシュポテトを作る。
砕いた固焼きパンに少量の茹で汁を加えてふやかし、マッシュポテトと混ぜ合わせてパンケーキ生地の代用にした。
もったりした生地を1cmほどの厚みに丸く延ばし、両面を焼いていく。
鍋底サイズに何枚も焼いて、焼きあがった生地をピザのように切り分けた。
『なんかモチモチしてて、パンケーキと言うより芋もちっぽいかも。』
りんごソースにする果物は、皮付きのまま小さく切り、生地を焼き終わった鍋に入れて少量の水を加えて煮詰めていく。
『ちょっと甘さが足りないかな?飴も混ぜてみよう。』
手持ちのミルク飴を3つほど小さく砕いて、りんごソースに加えた。
『うんうん、甘さとミルクのコクがプラスされてさっきより良くなったね。
あとは、夕べ寝る前に鶏がらでだしを取ったスープを温め直して、具なしはさびしいから干し肉と玉ねぎでも入れようっと。』
朝食の準備が整ったあたりで皆が集まってきた。
「おはよう。なんか甘い匂いがするな?」
「今日のあさごはんだよ!じゅんびできたから食べよう!」
「おっ、今日も固焼きパンじゃないんだな。どれどれ。」
「甘くてうまいな。この上にかかってるのはなんだ?果物を煮たのか?」
「そう!」
「こっちのスープもうめえな。ただの干し肉のスープとは思えねえぞ。」
「とりのほねを煮てスープをつくったよ!」
「ほ、骨?骨って食えるのかよ~?」
「煮たらほねはすてる!」
「うん?なんかよく分からないけどうまいからいいや。えらいぞ、ミュウ!」
エヴァンスにぐりぐりと頭をなでられ、『髪が乱れるよ!』とふくれる美優だった。
朝食を終えると、一行は街に向けて出発した。
しばらくすると、アリシアの言ったとおり遠くに橋が見えてきた。
近くで見ると、橋の長さは30m程、幅は5m程はあり、かなり頑丈に作られていた。
橋の両側には柵があり、一行はいったん止まって閂を開けて通り、通り終えたらまた閂をかけた。
橋を渡り終えるところにもまた柵があり、そこでも同じようにして通り抜けた。
「どうして橋にかぎがかかってますか?」
「大平原には狼がたくさんいるから、狼が人の住む街や村に入ってこないように橋に柵を作ってるのよ。」
「たくさんいる?狼は3日前に見てから見てないです。」
「ああ、それはステラが一緒だからよ。狼は頭がいいから、自分たちよりも強い獣がいるところには現れないわ。」
「ステラは強い?」
「強いわよ。普段は大人しいけれど、襲ってくる相手には容赦なく尻尾をたたきつけるのよ。」
「ギャオォーーーン」
「ステラが警戒している!静かに!」
レオンが鋭い声で警告した。
ヒュンヒュンーードスッ、…ヒュンッ
身構える間もなく、前方から矢を放つ鋭い音が聞こえてきた。
「右手前方から襲撃よ!ミュウ、竜車の奥に行って荷物の陰に隠れて!ハルトは竜車の陰に隠れて!」
レオンとエヴァンスが馬を操り、剣で矢を払い落としながら襲撃地点へ向かった。
ランスはステラの傍に行くと、ステラの体から竜車を固定するベルトを外した。
ブルースも手に剣を持ち、御者席から降りて竜車の後方に走りこんできた。
「前はレオンたちが守るから大丈夫だ。後ろに回り込まれるかもしれないから気をつけるんだよ。」
「は、はい。ととと盗賊ですかっ?」
「この辺りはよく出るんだよ。おっと、噂をすれば。」
ざざっと木の葉を揺らし、林に隠れていた男が数人現れた。
皆、薄汚れた格好で、手に剣や槍を持っている。
「ハルトは下がっていなさい。ステラが守ってくれるからランスと一緒に御者席辺りにいなさい。」
「は、はいっ。」
「へっ、こっちは6人いるんだぜ?お前一人で戦うつもりとはすごい自信だな?」
「おあいにくさま。私もいるわよ。あいつらを檻に閉じ込めてちょうだい!」
アリシアがそう言うと、あっという間に水の檻が現れ、盗賊達を取り囲んだ。
「な、なんだよ、こりゃ?」
「落ち着け!ただの水だ!」
「いてえ!切れたぞ!くそっ、出られない!」
「魔法使いがいるなんて聞いてねえぞ!」
水に少し触れただけで肌が切り裂かれてしまう。
そんな水の檻に捕えられた盗賊達は、もはや為す術もなかった。
ブルースはゆっくりと盗賊達に近づき、厳かに言い放った。
「さてと。覚悟はいいかね。」




