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第1話 はじまりを告げる雷鳴



ここで死ぬのだろうか。


轟々と音を立てながら激しく揺れる機内で、男は命の危機に晒されていた。

悲鳴や怒号の飛び交う中、キャビンアテンダントが落ち着くよう必死に呼びかけている。


男の搭乗する飛行機は、数分前に落雷の直撃を受け、制御不能となり急降下しつつあった。

機体が立てるガタガタという異音や人々の悲鳴にかき消されながら、雑音交じりのひび割れたアナウンスが流れ、機長の緊張した硬い声が聞こえてきた。


「こちらは当機の機長です。当機は左翼に落雷を受け、燃料タンクが破損し操縦不能です。

これより緊急着水に入りますので、至急シートベルトを締め、頭を下げて緊急着陸態勢を取ってください。

着水までおよそ3分です。」


あと3分?妻と子を残して俺はここで死ぬのか?

男は焦燥にかられ居ても立ってもいられず、睨む様な眼差しで窓の外を見た。

ぐんぐんと急速に高度が下がっていくのが感じられ、目視できる距離まで海面が迫っている。


「いや。こんなところで死ねない!俺は家に帰るんだ!」


男はついに叫んだ。

その時、男の目が赤く染まっていたが、それに気付くものはなかった。


そして、大勢の人間を乗せた機体は、海面に激突し大破した。

乗員乗客224名中、死者208名、行方不明者16名の犠牲者を出す大事故だった。




---




朝から降り続いていた雨が上がり、曇り空が広がっていた。

放課後の教室で長身の生徒が帰り支度をしていると、廊下をパタパタと走る音が近づいてきた。


「春ちゃん!今日一緒に帰れる?自転車乗せてって。」

「おう、美優。」


幼馴染の香山美優が教室の出入り口からひょっこり顔を出した。

生徒の名は春翔・ジョーンズ。父がアメリカ人、母が日本人のハーフだ。

春翔は中学3年生にして187cmの長身で、黒髪以外は全て父親に似た整った顔立ちの少年だった。


「今朝大雨だったから、パパが送ってくれたの。春ちゃんを迎えに行ったらもう学校に行ったって言われたから、海翔だけ乗せてったんだよ。」


隣の家に住む美優の父親が春翔の弟の海翔を小学校に送ってくれたようだ。

普段は美優も自転車通学で、20分程の距離を一緒に通っていた。


「春の大会が近いから今日から朝練ある筈だったんだけど、学校に着くころになって朝練中止のLINEがきたんだよ。俺も車で来たかった。」

「うん。でもまあ、春ちゃんが自転車で来てくれたおかげで私は楽できるから良かったよ。」


「ちゃっかりしてんな。ま、電車で帰ると40分位かかるからな。学校も家も駅までが遠いんだよなぁ。」

「それで今日部活は?」

「あー、グラウンドどろどろだから今日は練習なしだってさ。」

「やった!じゃあ帰ろう。」


二人は連れ立って校門を出て、きょろきょろと周りを警戒しながら人気のない裏道へと歩いて行った。


「…そろそろいいかな?」

「大丈夫そうだよ。」


声をひそめ、ぐるりと辺りを見回して誰もいないことを確認する。


「じゃ、見つからないうちに早く後ろに乗れ。」

「うん!道路交通法違反だね!」

「分かってるなら違反させるなよ。」


春翔は文句を言いつつ走り出した。心地よい風が頬にあたる。

春翔の自転車は、中学校の入学祝いに母方の祖父が買ってくれたマウンテンバイクだった。

元々荷台はついてなかったのだが、美優が自分の座る席が必要だと強く主張したため後付けしたものだった。

そして美優の主張通りに、今日も今日とて足にされている春翔であった。

美優は春翔の背中につかまり、流れる景色を見ながら幼いころの出来事を思い出していた。


「えへへ。あ~、自転車に二人乗りしてると思い出しちゃう~。」

「なんだよ、思い出し笑いなんかして。とーちゃんにめっちゃ怒られた時のことか?」



それは春翔と美優が小学1年生になった春の出来事だった。

家族ぐるみの付き合いの二家族は、その日も一緒にバーベキューに出かけていた。


数年前に新しくオープンした運河沿いのバーべキュー場は、テーブルと椅子の上を覆うように屋根の部分だけテントを張ったバーベキュー場の他に、ティピー状に常設したテントをコテージのように貸し出しており、宿泊することもできるようになっている大規模な施設だった。


運河への転落防止の柵がついているため川遊びはできないが、子どもが水遊びするための浅いプールも設置されており、家族連れやサークルの学生達など大勢の人で賑わっていた。


「おーい、そろそろ焼き始めるぞー。」


はしゃいで遊んでいた子ども達を、準備が出来たと大声で呼ぶのは春翔の父親のセラフィム・ジョーンズだ。

父親の呼ぶ声を聞きつけ、春翔は大喜びでセラフィムに向かって自転車を漕ぎ出した。


「にーに!待ってよー!」


4歳の海翔が置き去りになっているのも構わず、自転車の後ろに美優を乗せ張り切って漕いでいる。

春翔は運河沿いの舗装された遊歩道を全速力でこぎ、セラフィムの手前で急ブレーキをかけハンドルをきった。


「きゃー!」


急ブレーキをかけ方向転換したことで、体重の軽い美優が遠心力で運河に向かって放りだされてしまった。


「美優!」


春翔はとっさに自転車を足場にして飛びあがり、空中で美優をキャッチしたが、このまま落ちたら二人とも川の中だ。


「ハルト!ミユ!」


セラフィムは一瞬で柵を乗り越え、柵につかまりながら身を乗り出し、息子の襟首を捕まえ二人を捕獲した。


「「「「おぉーーー!!」」」」


悲鳴を聞きつけ、成り行きを見守っていた周囲から拍手が巻き起こった。



「すごい!」

「なにあれ、映画の撮影?」

「あれってハリウッドのイケメンマッチョ俳優じゃない?」

「ああ!○イティ・ソーだ!」

「金髪だし、本人じゃない!?すっごい背が高い!2mくらいかな?」

「かっこいい!」



興奮してざわめく周囲に目もくれず、怒りのオーラを発するセラフィムは、知らず知らずのうちに目が赤みを帯びた紫になっていた。


「ハルト!なんて危ないことをするんだ!二人とも川に落ちるところだったぞ!それに弟を置き去りにするな!」


ゴチン!と春翔の頭にげんこつが落ちた。


「「ごめんなさーい!」」


涙目で頭を押さえる春翔につられて美優も頭に手をやり、二人は同じポーズで謝った。




--




「セラパパ、すごく怒って目が紫になってたよね。キラキラして綺麗だったな。」


セラフィムの普段の目の色は、光の加減によって緑にも青にも見えるが、感情の起伏に伴って段々と目の色が赤みを帯びてくるのだ。

セラフィムの息子である春翔と海翔も、同じ目の色を受け継いでいた。


「ああ、怒ると紫になるんだよな。かなり大騒ぎしたのに、俺のかーちゃんもお前んちのおじさんも

まったく気付かず呑気に肉食ってたよなー。」

「ーーセラパパ、本物のハリウッドスターよりずっとかっこよかった。…今、どこにいるのかな…。」


セラフィムは出張の帰りに飛行機事故に遭い、5年前から行方不明になっていたのだ。


「かーちゃんは、とーちゃんなら泳いで無人島にでもたどり着いてるに違いない、どこかで絶対生きてるし、連絡できないだけだから皆で待ってようねって言ってるけどな。」

「うん…。」

「うちは皆生きてるって信じてるよ。なにしろ人間離れしてるからな。」

「うん…。うわ、また雨が降ってきたよ。結構降ってる。レインコート着るからちょっと止まって。」


二人が雨具を着込むうちにもだんだん雨脚が強くなり、瞬く間に空は厚い雲に覆われていった。

ゴロゴロと重い雷鳴が聞こえてくる。


「雷だ!近道しよう。早く乗れ。」


低く唸るような雷鳴がどんどん近づいてくる。

近道をしようと公園に入り、大木の傍を通りかかった瞬間にピカッと稲妻が光った。

雷はまるで春翔達の行く手を追いかけてくるようだった。


ガラガラガラ!


「うわっ!」

「きゃあっ!」


春翔は落雷を目視した瞬間、命の危機を感じた。あれが当たれば死ぬ、そう思った。

死にたくない、美優のことも助けたいと強く願った。春翔の目が赤く煌く。


ドーン!


激しい落雷の音。悲鳴。覚えているのはそこまでだった。









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