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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第三章 魔導学園デザイア編
97/140

25 目指すもの



 その日、クラウは仲間が書いてくれた調査票と、クルックが毎日細かく記録していた鍛錬観察帳を照らし合わせながら考えていた。

 個人の能力も大体把握でき始め、クラウは己が考える一番効率的、かつ有用的な5班のあり方を、すでに明確なビジョンとして描いていた。もちろんまだまだ課題は多いし目標には程遠い。だが、思った以上に4人とも素質と特異性が備わっているので、やりがいもあるとクラウ自身は大変満足していた。

 しかし、いくら順調とはいえ、このビジョンはあくまでもクラウが勝手に設定したものである。肝心の本人達の意思は反映されていない上に、クラウはクルック以外の仲間にはそんな目標を掲げていることを何も知らせていないのが現状だ。

 いずれ、リオ達星組1班と肩を並べる戦士に育て上げる―――

 そう宣言した以上、クラウは何としてもやり遂げるつもりだが、今のところはクラウの利己的な願いでしかない。


「―――やはり、ここで一度、本人の意思を確認しなければならないな」


 体力も付き始め、これからさらに本格的な鍛錬に入る前に各自の希望をちゃんと聞いて、不満や確執がないように綿密に話し合う必要があるのではないか―――…




「というわけで、今から、ミーティングをしたいと思うのだが、どうだろうか?」

 午後に仲間が集まって開口一番、クラウは徐に提案した。

「…どういうわけだよ。大体が突然だよな、お前って…」

「みー?」

 意味が分からなかったエドガーがのんびりと首を傾げる。

「ただの話し合いだ。いろいろ相談したいこともあるし、面談もしたいしな」

「面談って、僕たちの?何で?」

「この間書いてもらった調査表をもとに、これからの君たちの課題、目標の設定を明確にしておきたくてな」

「ふーん。なんだか、すごいね!」

 わくわくと目を好奇心いっぱいに輝かせるエドガーは、毎日が楽しいらしく、最近は例の愛嬌のある笑顔をよく見せた。クラウはとりあえずいつもの準備運動が終わったら木の下に集合してくれとみんなに告げた。

「エドガー」

「なあに?」

「ずいぶんと身体が引き締まったな。その調子で頑張れ」

 と、軽く励ましの言葉をかけてから、クラウは颯爽とクルックの方へと歩いて行ったのだった。


「うぅーー、僕、褒められた!?」

『よかったね、エドガー君!』

「うへへ!嬉しいなぁ。僕、いままであんまり誉められることなかったから」

「―――ていうか、未だによくわかんねぇよな、あいつの性格…」

 キラとエドガーのほのぼのとした空気の後ろで、ユウマのため息が漏れた。

「無口だし、何考えてるかよくわかんねぇし。無関心なところがあるかと思えば、こうやって突然誉めるんだぜ?しかも、たぶん無意識に」

「……それが彼のいいところなんでしょ。少なくとも無駄に熱血な性格よりは、全然ましだと思うけど」

 一定の距離を保ちながらも、ちゃんと見てくれていることがわかるからこそ、皆に慕われているのだろうと、ニトはニトなりにクラウを分析していた。

「ますます、同じ年だってのが信じられねぇ…」

「あんただって十分規格外よ」

「ああ?俺のどこがだよ?」

「口の悪さ」

「…チッ、うっせぇな。魔人族なんて、みんなこんなだぜ?」

 故郷のジゼルでは女性ですらこの口の悪さがデフォルトなのだ。それに、普段猫をかぶっているセンリなんてもっと性格が歪んでいるのだから、自分なんてかわいいもんだとユウマは顔をしかめた。

「…あんたのそれが普通で通るんだったら、相当いかれてるわよね、魔人族って」

「ケッ、獣人族も人の事いえねぇよ。普通、女の髪を勝手に切ろうとするか?気持ち悪すぎ」

「まぁ…、確かに。否定はしないけど」

 ニトは軽く肩を竦めると、ニコッと無邪気な笑みを浮かべた。


「―――ふん。あいつらにもそうやって笑い飛ばして、“このゲス野郎”って一発、殴ってやればよかったんだ。それだけのこと、お前は受けてきたんだろ」

「……そう、なんだろうけど。あの人たちが怖がる気持ちも分かるのよ。私だってこんな髪じゃなかったらあの人たちと同じことしていたかもしれないし…。でも、だからって私が堪えなきゃいけない義務もないんだろうけど」

「あたりめぇだ。身に覚えのないことで勝手に責められて、傷つくぐらいならいっそ大暴れしてやればいいんだ。結果がどうだろうと、喧嘩は最初に始めた奴が悪いんだからな」

「…あんたのその性格、少しうらやましいわ。…そうね。今度、“機会”があったら一発かましてみようかしら?」

「おー、そうしろそうしろ」

「もしそれで反撃されたら、あんたの所為にするから。ちゃんと仇、取ってよね」

「はあ?何でだよ、めんどくせぇ。てめぇのことはてめぇできっちり片つけろや」

「あら、私たち、仲間なんでしょう?」

「………チッ」

 盛大な舌打ちをかますユウマと、楽しげに笑うニトの声が鍛錬場に響き渡った。


「……なんだか、ガレシアさんとユウマ君、仲良しだね」

『う、うん』

「二人だけ仲良くなって…。僕たちも、仲間に入れて欲しいよね」

『うん…』

「てめぇ、エドガー!何くだんねぇこと言ってんだ!」

「だって…ねぇ?」

『うん…』

 うらやましいと、離れたところからじとっと見つめてくるエドガーとキラに、ユウマが意味もなくぶちぎれるその後ろで、クラウはクルックと共に、せっせと会議の準備にいそしんでいたのだった。




「さて、みんな終わったようだな。ではさっそく始めよう」

「いやいやいや、待てよ!?なんだよ、この机と、椅子…!」

 4人でワイワイやりながら準備運動を終える頃、いつの間にか木の下には大きなテーブルと、人数分の椅子が作られていた―――もちろん、クラウが地属性の魔法で地形変化を起こして作った即席の会議場である。

 それを見たユウマが、意味が分からないとクラウに噛みついた。

「お前、風魔法使いじゃなかったのか?地属性魔法まで使えんのかよ!?」

「ああ、そうだが?」

「えええ!?クラウ君、2属性の魔法が使えるの!?」

 エドガーの驚きの声に、まだ言っていなかったかとクラウは首を傾げた。実際は二つどころか全属性扱えるのだが、そこまで正直に答える必要もないので、クラウは簡単な地属性魔法なら扱えると適当に応えた。

「うほう!さすがクラウさんですね!」

 ここぞとばかりにクルックがとび跳ねて誉めちぎる。


『…あれ?でも、クラウ君あの時、水の魔法も…』

 と、キラが思わず口にしたとき、クラウが黙っているようにと意味ありげな視線を送ってきたので、キラは咄嗟に口を噤んだ。


「キラ、どうしたの?何か言った?」

『う、ううん!何でもないの、ニトちゃん!』

 幸いというべきか、クラウ以外キラの言葉を理解できないので、今のキラの暴露は誰にも伝わらずに終わったのだった。

 それでも、何か言いたいことがあるなら遠慮せずにちゃんと紙に書いてほしいとニトが気を使ってくれる様子に、キラは本当に大丈夫だとぎこちない笑顔を浮かべて首を振った。


 ――― これって、黙ってろってことだよね…


 クラウから届いた、今の一瞬の視線はそういう意味だろうとキラは理解し、黙った。

 よくよく考えれば、キラはあの砂漠の地下世界でクラウが地属性と風属性、そして“水属性”の魔法を使うところを目撃しているのだ。盛大に失敗してはいたが…、今更ながら2つどころか、3つの属性を軽く扱えるほどの魔術の才をクラウが持っているという事実に気づき、驚く。と同時に、自分たちの間にまた『二人だけの秘密』が増えたことに、キラは一人どきどきと胸を高鳴らせたのだった。





「では、第1回、花組5班のミーティングを始める」

「はーい!」

 エドガーの大きな返事と、みんなの拍手に包まれ、話し合いが始まった。


「まず、先にこれからの予定を言っておくと、クルックさんにも伝えてもらった通り、君たちの体力づくりのための鍛錬をしていくつもりだ。だが、それとは別にもう一つ、優先的に取り組まなければならない課題がある」

「あ?なんだそれ?」

「ユウマ、エドガー、それからガレシアの3人の筆記試験対策だ」

「う……」

 クラウの指摘に、3人の顔が気まずげに歪んだ…。


「正直、キラと僕の成績だけでは補えきれないほど、君たちの成績はひどい。特に、ユウマ。君にいたっては学年最下位という不名誉なものだ。これは下手をすれば我々5班の進級の合否に影響を及ぼしかねない」

「………」

「そこで、ガレシアにはキラ、エドガーにはクルックさん、ユウマには僕がつきっきりで勉強をみることにする。そのための時間を、鍛錬終了間際の一時間と、夕食後の二時間、毎日設ける。いいな?」

「……1日3時間もかよ」

「第二試験の日程はおそらく、6月下旬ごろになるはずだ。やるなら少しでも早い方がいい」

 すでに5月の半ば。あと一か月半でどこまでできるかはわからないが、とにかく赤点回避を目標に精進しろと、クラウは悲壮な顔で黙り込む3人に発破をかけた。


「休日は教える側の判断に任せる。もっと時間が必要だと思ったなら、自主的に行ってくれてかまわない。三人はその指示に大人しく従うように」

「……くそっ、なんで学力試験だけ全員必須なんだよ。他の試験みたいに代表者だけでいいじゃねぇか」

 憂鬱だとぶつぶつ言うユウマは、相当勉強が嫌いらしい。

「学生の本分は学業なのだから、当然だ」

 そもそも、育成舎の一番の目的は、教養と知識を身に着けさせることにある。

 一年に五回ある試験の内、全員が受けなければならない筆記試験だけ、個人の合計点数がそのまま班の点数として加算されるのもそのためだ。やたらと点数の比重が大きいこの筆記試験をないがしろにすれば、当然後で泣きを見ることになるだろう。進級の合否も、第一、第二、第五試験をきちんとクリアできていれば、十分合格圏内の点数を稼げる仕組みになっているほど、大事なものなのだ。

 あとの第三試験と第四試験に関して言えば、試験というよりも一種の能力アピールのようなもので、点数の配分もずいぶんと少なく設定されている。代表者以外の参加も可能で、多くの貴族や有権者が見学にくるので、今持てる自分の能力を存分にアピールし、育成舎を卒業した後の進路を少しでも有利にしたいと望む者が意欲的に参加するのが通例だ。


「本格的な鍛錬は、育成舎を卒業して、それぞれの研究科や軍施設に入ってからだ。ここでは、あくまでも自分が何に向いているかを見極めるための導入的なものに過ぎない」

「わぁってるよ!」

 くどくどと説明を垂れるクラウに、ユウマはここ一番のふくれっ面を披露した。

「わかってるけど、ここの試験、明らかに難しすぎなんだよ!言っとくけどな、俺は別に頭のできがわりぃわけじゃねぇぞ!お前らができすぎなんだ!」

 今まで散々最下位をいじられてきたが、そもそも、この学園に集まる学生のレベルが高すぎるだけなのだと、ユウマは真っ当な意見を叫んだのだった。

「何も、君の頭が悪いとは言っていない」

 もちろん、クラウもそんなことは重々承知だ。

 世間一般の10歳に比べたら極めて優秀な部類に分けられるだろうし、地球人と比較するまでもなく、この世界の子供は成長速度が早い。

 さすがに口の悪さまでは擁護できないが…、ユウマのこれまでの喋り方や言葉の選び方、考え方を考慮すれば論理的なもののとらえ方ができる人間だとわかる。

 だが、それはそれ、これはこれだ。

 実際に最下位の成績を残しているのだから、弁明より、誠意ある態度で示せと、クラウは容赦なかった。


「とにかく、学力試験対策はそういうことで進める。次に、これはクルックさんからの要望だが、いい加減5班の班長を決めろと、カゲトラ先生から再三お達しがきているらしい。それでみんな集まったことだし、これから相談して――――」

「そんなもん、お前でいいだろ。なあ?」

「うんうん!賛成!」

「あなた以外にこの班をまとめられる人なんていないと思うけど…」

『わ、私も!クラウ君が良いと思う!』

「…そうか。ならば、引き受けよう」

 せっかくだし、チームらしく熱い答弁を繰り広げて決めようと思っていたのだが、5人中4人に推薦されてしまったのでは引き受けないわけにはいかない。あっさりと決まってしまい、クラウはいささか拍子抜けしたのだった。


「では次に、この間の第一試験ついての調査結果だが―――」

「何かわかったのか!?犯人は?」

 ユウマがぐっと身を乗り出して聞くその隣で、ニトが身構えるように体をこわばらせた。

「結論から言えば、目的も、誰があんなことをしたのかはわからずじまいだ」

「…なんだよ、期待させんなよ。なら、いたずらかそうでないかもわからないってことか?」

「そうだな。確かなことは言えない。クルックさんの聞き込みによれば、お題の決め方は事前に5つずつ植物を選び、まとめたものを、くじ引きでそれぞれの班に割り当てたそうだ。そして、試験の前日にその割り当て表をもとに、各担任が自ら札と他の用具を鞄に詰め、準備した―――」

「え…?じゃ、じゃあ…、まさか、カゲトラ先生が…!?」

『そ、そんな…』

 エドガーもキラも、青ざめた顔で信じられないと首を振った。

「確かに、札を抜き取ることができた人物としては彼が一番可能性は高いだろう。しかし、おそらく彼は無関係だ」

「あん?何でだよ?」

「皆も見たはずだ。あの日、僕が札を川に落としたと言った時の彼の反応を。不思議そうにしてはいたが、僕が見る限り事情を知っているような反応ではなかった」

 みんなはどう感じたかとクラウが問えば、4人ともおかしな反応はなかったと思うと頷いた。そもそも、真っ先に疑われやすい人間が自らあんな手の込んだ嫌がらせなどしないのではないか。ともすれば、真相はどうなるのかとみんなまた考え込んでしまった。


「単純にカゲトラ先生がドジったとかじゃ…?」

「でも、準備が終わってから、夜にでも保管場所に忍び込んだ人がいる可能性もあるんじゃないかしら?それだったら、別に教師じゃなくても指導員でも、生徒でも、誰でも犯人になり得るじゃない」

「いえ、それはおそらく不可能です。保管室は準備が終わってすぐ、入り口を結界魔法陣で封鎖していたそうですから。扱いづらい光属性に加え、鍵付き、しかも7ケタと4ケタの二重結界ですよ?仮に全部の数字を知っていたとしても、そこまで高難易度の魔力操作を行える人物は極々一部に限られます」

 学生はもちろんのこと、指導員でも、他の研究生でも無理だとクルックは断言した。

「それに、保管庫は常時警備の方が見張っていますからね。夜の暗がりで光属性魔法なんか起動すれば、大抵はばれてしまいますよ」

 当日の警備担当だった職員に聞きこみを行ったものの、怪しいことは何もなかったとすでに証言を得ている。


「じゃあ、結局何もわからねぇまんまってことかよ。チッ、つまんねぇ」

「不甲斐ないことだが、今はまだそういうことだ。もし、本当にガレシアへの嫌がらせだったのなら、きちんと犯人を見つけて謝罪を求めるつもりだったのだが、すまないな」

 と、クラウは律儀にニトに向かって頭を下げた。

「や、やめてよ…!そんなこと、あなたが謝る必要なんてないわ。私の為って、そんなのいいのに…。それでなくてもあなたにはいっぱい感謝してるもの…。もちろん、皆にも」

『ニトちゃん…』

「こんなわたしを仲間として扱ってくれて、と、友達だなんて言ってくれたのは、あなたたちが初めてだもの。私、それだけで、今までの嫌なこと全部、忘れられるわ」

『んーーー!ニトちゃん、好き!』

 もう十分だと笑うニトに、隣に座っていたキラがたまらず飛びついた。それを真似してアウラもニトにぴったりと抱きつく。

「な、なによ、キラったら…、アウラ様まで…!」

 照れ隠しにくすぐったいから離れろとニトが言っても、キラはくっついて離れなかった。女子二人がキャッキャッと戯れる図は、何とも言えない愛らしさがあふれ、自然とみんなも笑顔になる。


「わぁ、みんなガレシアさんと仲良しさんだね。いいなぁ」

「ならお前も飛びつけよ、エドガー」

「えええ!?そ、そんなこと、だめだよ!犯罪だよ!」

「クク!犯罪ってなんだよ?冗談に決まってるだろ」

「だ、だってぇ…」

 真っ赤になって狼狽えるエドガーに、ユウマの馬鹿笑いが響く。

 そんな子供たちの様子を、クルックがニマニマとした締まりのない笑みを浮かべて見守っていた。







 それから10分の休憩を挟んだ後、さっそく個人別の面談を開始することにした。

「では、始めようか。まずはユウマから」

 前にユウマ、隣にクルックが座った状態で、クラウはあらかじめ準備していた資料を基に要点だけをまとめ、手早く進行していく。

「今の気持ち、要望、わからないことなどあれば何でも言ってくれて構わない」

「お、おー」

 と、ユウマはけだるげにしながらも少し緊張をはらんだ声で答えた。


「とりあえず、君に聞きたいことは二つある。まず―――将来は剣指を目指すつもりのようだが、魔法についてはどう考えているんだ?」

「あ?魔法?」

「そうだ。君は魔力量も恵まれているし、ここには一応初級の火属性魔法を扱えると書いてあるが、これまで魔法を極めたいと思ったことはないのか?」

「んー……まぁ、興味がねぇとは言わねぇよ。確かに剣指になるつもりでいるけど、剣技一辺倒ってのも味気ない気もするしな。できれば、剣技と組み合わせた魔法技が使えればって、考えなくもないし…」

「ほう、珍しいですね」

 と、クラウの隣で記録を取っていたクルックが興味深いと頷いた。

 そもそもが再生のための魔力であることから、こと剣指になりたがる人間は大抵、剣技のみで己の実力を誇示したがるもので、ユウマのように魔法を視野に入れた鍛錬を積む剣指はあまりいないのだ。


「別に俺、そういう縛りみたいなもんはどうでもいいんだ。剣指だろうが、騎士だろうが、魔術師だろうが、どんな力でも、強い奴が勝つ。それでいいじゃん」

「―――なるほど、道理だな。では、別に魔法を扱うことに抵抗があるわけではないのだな?」

「まあな。それが自分に必要だって言うなら、文句なんてねぇよ」

 だからと言って高位魔術師のように極めるつもりはないと、ユウマは付け加えた。

「わかった。ちゃんと君の意志は尊重させてもらう。では次に、その肝心の剣技についてだが―――君は誰か師事を仰ぎたい剣術使いがいるのか?」

「まぁ、いないこともないけど…」

 と、ユウマは少しだけ考えるようなしぐさをした。

「何か問題が?」

「…あの人、もう弟子はとらないって宣言してるんだよ。だから、師事を乞うのは絶対に無理だし、ほかにはこれと言って下につきたいって思う人もいねぇし…」

「そうか。ならば、卒業後はどうするつもりだ?」

「………そんな先のこと、まだ考えてねぇよ。どっかの軍養成所で鍛錬できればいいって思ってるぐらいだけど―――なぁ、ていうかこの質問、何か意味あんの?」

 まだ入学したばかりの状態で、卒業後の進路を聞かれても困るとユウマは渋い顔をした。

 だが、クラウとしては今だからこそ確認しておかなければならない質問だったのだ。

「なんでだよ?」

「君たちの鍛錬に力を尽くすと言ったのは本当だ。だが、僕にも教えられるものと教えられないものがある。特に剣術に関しては、素人が下手に教えるべきではないと思っている」

 これまでクラウは武器らしい武器を持たずに、魔法と肉体のみで戦闘を行ってきたのだ。もちろん、誠吾時代の経験を活かし空手を基本とした体術的な戦い方はある程度知識があるが、こと武器においては全くの素人だ。

「君が剣技を極めたいとするなら、クルックさんに頼んで、誰か別の指導者を探してもらって、その人の下で一人鍛錬を積むほうが君のためになるのではないかと思ったんだ。もちろん、身体の方を十分鍛えてからの話になるがな」

「…ふーん」

 と、ユウマはどこか他人事のように気のない返事を返した。


「ぼ、僕たち指導員は、そういった橋渡し的な役割も担っているんです。デザイアは能力主義で、生徒一人一人、得意なもの、目指す道も違いますからね」

 当然教える側の指導員にだって能力や得意分野には違いがある。指導員同士で協力して互いの生徒を教え合ったり、生徒がより適した環境で学べるよう、研究生や教師に交渉したり、外部の人間に臨時指導を申し込むのも指導員の立派な役目なのだ。

「と、とはいえ、あまり期待されても困りますが…。ぼ、僕は、ほら、この通り、嫌われていますし…。快く協力してくれる方が、いるかどうか…」

「別に、初めから期待してねぇけど」

「………。そ、そこは、そんなことねぇよって、気を使うところでしょうが!ひどいですね、全く!」

 子供の様に口を尖らせ拗ねてみせるクルックに、ユウマは、

「俺、意味のない世辞は嫌いだから」

 と、からかうように笑った。


「あのさ、真剣に考えてくれて嬉しいけど。別に、剣技のノウハウまで教えてもらおうなんて思ってねぇよ。強くなりたいってのは、本心だぜ?けど……、クラウやあいつを見て、思ったんだ。俺にはまだまだ足りねぇもんが多いんじゃねぇかって。それがなんだかわからないうちは、いくら技を磨いたって、きっと俺は一生弱いまんまじゃねぇのかって…」

「何を弱気なことを。君らしくありませんね?」

「―――ハッ、俺らしいって、なんだよ?これが俺だ。どうしようもなく、弱いのが俺ってやつなんだよ。けど、そんなことここでうだうだ言ってたってどうしようもねぇんだ。あいつに対する恐怖心も消えたりしねぇし、あいつらが俺より強いっていう事実も変わらねぇ。…当然だよな。だってあいつらは、生まれた時から家名背負って、人一倍努力してきたんだからな―――けど、俺は…」

 甘い環境で不自由なく育ち、ただ憧れ、夢を語るだけで、強くなれると思っていたのだ。

 だが、現実はそんな夢物語のようにはいかない。

 そして、その幻想をぶち壊したのは、皮肉なことにあのセンリだったのだ。

「腕へし折られてやっと自覚するとか、ほんと、馬鹿すぎるだろ、俺―――」

 ユウマは自嘲気味に言いながら自分の右腕を握った。

「…腕?腕が、痛むんですか?」

 心配そうな顔をするクルックに、ユウマはそうじゃないと首をふった。


「―――6歳んときにさ、姉貴が出る剣術大会に俺も出るって駄々こねて、無理やり出たことがあって。そこで…、初戦で当たったのが、あいつ……センリだったんだ」

「エドガーから採取袋を奪っていったという生徒だな?」

 と、クラウが確認するように聞いた。

「そう、そいつ。ガマって言うんだけど、ガマ・センリな。あいつ、今は俺たちと同じ学年だけど、歳は1つ上なんだ」

「ああ、例の大地組の生徒ですね。以前も何やら問題を起こして、ジゼルでしばらく謹慎処分になっていたとか…」

 と、クルックが思い出したように言った。

「そう。もうずっと会わなかったし、まさか今年デザイアで復帰してるとは思わなかったけど…。で、まぁ、とにかく、俺はその大会で見事にあいつに惨敗したわけ。そん時に……、めいいっぱい、腕、へし折られて…それも二か所な。念入りに踏まれて、肩の付け根と腕先をバキバキにやられた」

「ひ、ひぇぇ…!」

 その光景を想像してしまったのか、クルックは顔を引きつらせて身ぶるいした。


「別に、ジゼルじゃたいして珍しくもねぇんだけどな。どの大会も、血は出るわ、骨は折れるわでえげつないしな。センリも、俺の再生が早いことを知ってたからあそこまでやったんだろうけど。…ただ、あの頃、無邪気に憧れて、夢だけ見てた世間知らずの俺には、強烈な『洗礼』だったんだ。…で、今もこうして引きずってるってわけ」

 さすがに追い打ちをかけるように剣を振りかざし、折れた腕にさらに突き刺そうとしたところで大人が介入し、センリのあまりにも目に余る行動が問題視されたのだ。子供の所業にしては陰湿で度が過ぎていると、当時の大会の委員長が警告し、反省させるために一年、センリを一般の幼稚舎には通わせずに監視下に置いて教育を施したのだ―――


「…結局、効果はなかったみたいだけどな。あいつの性格は一生治らねぇだろ。意味わかんねぇぐらいとち狂ってるから。…でも、たぶん、俺やコハクよりもずっと覚悟決めてて、誰よりも剣指に近い、強ぇ奴なんだ」

「そ、そんな物騒な世界に憧れる気がしれません…」

 と、クルックは顔を真っ青にしてさらに震えあがっていた。確かに一般の感覚では決して共感などできない世界だろう。


「一つ、疑問なのだが―――」

「あ?なんだよ?」

「なぜ、“剣指”なのだ?さっき君が言ったように、強さを追求するなら騎士や軍人だってどんな道だろうと、己を高めることはできるはずだ」

「それは……」

「君たち魔人の一族がそこまでして剣指という存在に固執するのは、何故だ?」

「………」

 じっと押し黙るユウマを、クラウは静かに見つめた。

 

 これまでの言動からも、ユウマが異常に“強さ”に固執していることはわかる。

 だが、何をもって“強い人間”とするのか―――

 その定義など人さまざまだろうし、クラウにとっても、誠吾時代にずいぶんと考えさせられた難題でもあった。

 “強い人間”を目指せと言われて、放り込まれた場所は空手道場で、誠吾は誠吾なりに考えた強い男を目指して努力し続けた。だが、やがて相手がいないほどの技術と体力を身に着けても、誠吾にはどうしても届かない存在がいたのだ。

 それが、母である小百合である。

 彼女のいう“強さ”は、誠吾が見出した答えとは全く違っていた。

 財力、腕力、権力、知識、人材―――

 そんなものはあくまでも手札に過ぎず、その手持ちの札をいかに有効的に使い、最終的な勝利をつかむことに意味があるのだ。


 物事のあらすじを見極め、その場を支配し、自らが望んだ結末へと“導く”力。

 勝利への道筋を組み立て、”実行する”力。

 己が望む勝利の瞬間まで、あらゆる物事に”尽くす”力。


 彼女の言う“強い人間”の意味するものが、決して物理的な強さだけではなく、精神的タフさ、あきらめない根性、信念を貫く気概、己を信じきる誠実さ―――それらすべてを兼ね備えたうえで成り立つ存在だと知った時、誠吾は天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたものだ。

 そして、彼女が示す強さは、いつだって己の正義を貫くための物差しでもあった。




「―――君は、センリという男を理解できないと言いながらも、剣指にもっとも近い男だと言ったな。ならば、君は彼と同じ土俵に立って、同じものを目指して、何を得るつもりだ?」  

 剣指であるということは、どこまでも貪欲であり続け、時に非情さをもって相手を打ちのめしていかなければならないのだ。

 そんな狂気じみた覚悟の上で成り立つ世界で求める、理想の“強さ”とは、何か。


「……んな難しいこと、俺は馬鹿だから、わかんねぇよ。けど、俺はどうしても強くならなくちゃいけないんだ。そう、あいつと約束したからな」

「約束?」

「……まぁ、あいつはもう、覚えちゃいねぇだろうけど」

 それでも、自分にとっては大事な約束なのだとユウマは力なく笑った。


「お前が言いてぇこと、何となくわかってはいるんだよ。俺だって、剣指の世界がまともだとは思っちゃいねぇし、覚悟が足りてないことも認めるさ―――けど、これだけは言わせてくれ。

 俺が憧れたのは、剣指っていう”世界”じゃねぇ。

 俺がだれよりも憧れた“強さ”は、剣王ミダイ・ナナキ、その人なんだ。

 あの人の全部に憧れて、あの人がいたから、俺は剣を握る道を選んだ。だから、あの人と同じ道を歩んで、同じ場所に立てば、憧れと同じ強さを手にできると思ったんだ」


「それが、人を蹴落とし、血反吐を吐いて、命を削りながら下剋上を繰り返す―――そんな逸脱した世界でもか?」


「――――ああ。

 それで、あいつを守りきる“強さ”が手に入るなら俺は何だってやるし、お前が課すどんな鍛錬にだって耐えて見せる。

 口先だけの強さなんてもんは、もう要らねぇ。

 俺が憧れた英雄が、人の世界を守り抜いたように、大事なもんを守り抜くための“本物の強さ”が欲しい」


 まっすぐクラウを見つめるその赤い瞳には、確かに彼なりの覚悟が宿っているように見えた。

 守るための力―――

 それもまた強さの一つであり、今のユウマにとっての信念なのだろう。


「…お前にばっかり寄りかかって、情けねぇし、すまないって思ってるけど。今の俺に、何が足りないのか―――お前の隣でなら、その答えを見つけられる気がするんだ。だから、力を貸して欲しい」



「わかった。もとより、そのつもりだがな」 

 クラウが頷き返すと、ユウマの顔にほっとしたような笑みを浮かんだ。

 その無邪気な笑みを前に、クラウは改めて思うのだった。

 

 求めるものが何であれ、この純粋な瞳の先が悲しい血の色に染まるようなことだけは避けなければならない。

 今一度ユウマの覚悟と思いを知り、人と関わり、人の歩む道に踏み入ることの責任と重大さを、クラウは胸に刻み直したのだった。






会話が多いですね…。

読みにくいかもしれませんが、申し訳ない、まだ続きます…(汗

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