7 落ちこぼれ+α
班ごとの鍛錬が始まる初日、生徒達はこれから自分たちの班の指導員と顔合わせをするために、第三鍛練場へと集まっていた。
「おー、とりあえず班ごとに固まれ。指導員が来たら、それぞれ互いに自己紹介をして、それからは各指導員の指示に従って鍛練の開始だ。頑張れよ」
カゲトラの励ましの言葉に、生徒達は表情を引き締めて返事を返した。
いよいよ、デザイアの本格的な教育が始まるのだ。皆、その指導を受けられることに誇りを持つと同時に、自分たちの班の指導員が誰になるのかと緊張する。
当然ながら、指導員達の能力も様々だ。組分けは抽選だと生徒達も知っているが、自分の個性を伸ばしてくれるような優秀な指導員につきたいと願うのは当たり前のことだし、カゲトラもその点に関して言えば今回の選別にはかなりの自信があった。
それからすぐに、一人、二人と、花組に割り当てられた候補生たちがやってくると、カゲトラは担当の班に一人ずつ紹介していった。
すでに仲間内での意志疎通がスムーズにいっている班もあるようで、和やかな雰囲気で挨拶する班もあれば、まだまだぎこちなさが残る班もあるようだが、その辺はこれから候補生たちの腕の見せ所だと若い彼らにエールを送る。
なんにせよ、子供たちがこれ先どのように成長していくか、楽しみで仕方がないカゲトラであった。
さて、そんな中、クラウが所属することになる五班はといえば―――
残念ながら、率先して声をかけるような協調性のある人間がいないせいか、皆離れたところに立って会話も全くないまま、重苦しい空気が漂っていた。
木陰に座り込んで、すでに寝る体制に入っている魔人族のユウマは、一日目にエリザベスと言い合ったこともあってか、今ではほとんどの生徒から爪弾きにされていた。尤も本人はその孤立した状態を歓迎しているらしく、自分に近づくなと言わんばかりのオーラを放っているため、最近は近づこうとする者もいなかった。
班分けが決まった今もその攻撃的な態度は変わることなく、仲間の誰とも会話するそぶりは見られなかった。
また、一人群衆から距離を置くように離れて立つニト・ガレシアもあまり友達同士でつるむのが好きではならしい。赤い髪に、赤茶色の獣耳と尾をもつ獣人族の彼女は、休み時間などはいつも自分の席で寝ているか、暇そうに窓の外を眺めるだけで、自分から積極的に行動するタイプではなかった。
昼休みになればだるそうに起き上がり、群がるクラスメイト達を冷めた目で見つめながら早々一人でどこかに消えてしまう始末。これまで誰かと喋っている姿もほとんど見られず、むしろ自分から接触を避けている節もあるようで、完全に孤立状態にあった。
そして、相変わらずもじもじと腕を隠すようにしながら立つエドガーは、巨体のそのいかつい見た目の割には温厚な性格で、しばし男子生徒とおしゃべりする光景も見受けられるが、如何せん、動作が遅い所為か、呆れられてしまうことのほうが多かった。
本人の頑張りとは裏腹に、他の生徒に合わせた行動ができないため、まともに付き合っていられないとクラスメイトから匙を投げられてしまうのだ。心根の優しいエドガーは、そんな風に他人の重荷になってしまう自分を恥じ、ますます巨体を丸めて、おどおどと周囲の視線を気にするばかりであった。当然、自分から仲間に話しに行くことなどできる性格ではなかった。
キラに関していえば、入学したときから孤立した状態は何も変わっていなかった。それどころか、ますます遠巻きに見られるようになり、すでにあきらめの気持ちを持ち始めていた彼女は、終始相棒のアウラだけを頼りにし、その視線は地面を見つめるだけ。入学前に抱いていた明るい日々など影も形もないまま、時間だけが過ぎていった。
そして、当のクラウはというと―――
当然ながら、クラウにそんなコミュニケーション能力を求めても無駄である。
そもそもおしゃべりを楽しむ性格でもない。まして、仲間とつるむことに疑問すら持つような人間だ。誠吾時代から比べればいくらかはマシになったかもしれないが、基本的な部分はあまり変わっていないし、積極的に仲間を取りまとめるような男でもないので、この日もただのんびりと相棒のイアと共に、周りの様子を静観しているだけであった。
そんな協調性皆無な五班の子供たちに、カゲトラはにやにやと不気味な笑みを向けて見守っていた。
我ながら絶妙なバランスだと自画自賛する。
確かに、今は圧倒的に団結力が足りていないが、これから先うまく調和がとれれば素晴らしい班になるはずだとカゲトラは心から信じていた。
もちろん、準備は万全である。
この五班の成長を補助する秘密兵器として、カゲトラは優秀な候補生を選んでいたのだ。それが、アンソール・ゼモントという男であった。
花組の指導員五人の中に、アンソールが入ったのはかなりの幸運であった。なんせ、実力、経験、実績共に最上位の優秀な男で、カゲトラが誰よりも欲しかった人材なのだ。
加えて、高位魔術師の資格も持つ彼は、当然術や魔法の知識も豊富だし、何よりも指導力に優れているとして学園内でも有名な候補生である。コーディーのように暑苦しい男でもなければ、厳しい物言いもしない穏やかな性格も持ち合わせているため、特にキラの指導にアンソールはうってつけの人物だろうとカゲトラは判断したのだ。
負担が大きいかもしれないが、彼ならばこの個性的な五班をまとめ上げられるはずだと、大いに期待を寄せながら、カゲトラはまたにやついたまま顎をそっと撫でたのだった。
だが、ぞろぞろと指導員達が集まる中、肝心のアンソールの姿がいつまで待っても見えず、カゲトラはふと嫌な予感に駆られた。
すでに予定の時間から二十分が経つ。多少大雑把なところはあるが、時間に遅れるような性格ではないはずなのだが…。
何かあったのかと時計と入り口を交互にそわそわとみつめていると、視線の先に学年主任のデリックが歩いてくる姿が見えた。
「カゲトラ先生、少し話がある。よろしいか?」
「デリック先生…、何か?」
「候補生のアンソール・ゼモントは、たしか貴公の組だったな?」
「ええ、そうですが…。それが何か?」
「実は急な話で申し訳ないが、アンソールは明日からルクセイアの育成舎に助っ人として派遣されることが決まった。よって、花組五班の指導員には別の者についてもらう」
「え!?ちょっと待って下さい!今さら、困りますよ!」
何故このタイミングで、そしてよりにもよってアンソールなのだと混乱しながら、カゲトラは必死に抗議した。
「すでに彼の能力を見越して班の構成も決めているんです!明日から派遣って…、他の候補生ではだめなのですか!?」
「デザイアの名誉のためにも、此処は一番成績上位であるアンソールを送るのが一番だと、会議の場でも一致したのだ。彼以外に適任はおらぬ」
「しかし!」
「すでに学園長様にも許可はいただいている案件だ。拒否は受け付けん。アンソールの穴埋めとして、補欠の候補生にも話は通してある。すぐにここに来るはずだ」
「補欠?…って、まさか…」
カゲトラは、嫌な予感にひきつった笑いを浮かべた。
「補欠といえば、あの男―――クルック・ヴィンセントしかいないだろう」
「……本気ですか?」
「こんなところで冗談など、私が言うと思うのかね?」
「クルックって…あのクルックですよね?」
「ふん、当然だ。あんな男が二人もいては困る」
「いや、まぁ、確かに…そうですけど。いや、そうなんですけど。はぁ、クルックですか…?いや、でもちょっと待ってください」
こいつは困ったことになったと、カゲトラは天を仰いで頭を抱えた。
アンソールに比べれば見劣りするが、能力的に言えばクルックだってかなりのものだ。だが決定的に違うのは肝心の指導力の方で、クルックは多少、いや、かなり不安要素があるのだ。
「……クルック以外の候補生で、誰か変わりは残ってないんですか?」
「残念なことにな」
さほど残念にも思っていない様子で言い返すデリックに、カゲトラは文句を言いたいのを必死で我慢した。
学園長が認めたというなら、すなわちすでに決定した話だということ。今この場でいくら抗議しても無駄だということも、カゲトラはよくわかっていた。
「…わかりました。アンソールのことはあきらめましょう。ただし、もう一度割り当ての見直しをさせてはいただけませんか?正直、アンソールの手腕に期待していた部分が大きかったので、このまま五班をクルックに任せるのは、いささか不安が残ります」
カゲトラはせめて指導員の担当班を変更させてくれと頼みこんだ。
だが、デリックは何を言っているのだと言いたげな顔で、怪訝そうに首を傾げたのだった。
「何故だ?私には、変える必要などないように見えるが?」
「…それは、どういう意味ですか?」
「ふん、そのまま言葉通りの意味だが」
「……」
カゲトラは、デリックの侮蔑の籠った視線を睨み返しながら、ぎりっと歯をかみしめた。
「そもそも、よくこれだけ落ちこぼればかりが集まったものだ。
一人は、素行も態度も悪く、剣技も大した腕もない上に、学年最下位の学力。
一人は、野蛮な犯罪者
一人は、ただ力が強いだけの役立たず
一人は、己の力など微塵も期待されていない出来損ない
最後は、これと言って何のとり得もない、極々平均的な生徒―――
正直、こんな班にアンソールのような優秀な候補生とつけようとしていた、貴公の判断の方を私は疑うがね」
冷めた目付きで遠くに立つ五人の子供たちを眺めながら、そう評価するデリックを、カゲトラは信じられない思いでみつめた。
色眼鏡越しのものの見方しかできないなど、それでも誇りあるデザイアの教職者かと耳を疑う。どんなに底辺の生徒であろうと、その存在を否定していい理由にはならないはずだ。
「…今の言葉、撤回してください!彼らは彼らなりに頑張っているのです!なのに、そんな言い方…!」
「ふん、落ちこぼれをわざわざ偽りの褒め言葉で称して、何になる?落ちこぼれ集団に、補欠の落ちこぼれ候補生――――実に似合いだと思うが?」
「…本気で、おっしゃっているのですか?」
「君こそ、自分の言動にはよくよく気を付けることだ。とにかく、これはすでに決定事項。選別のやり直しも、指導員の入れ替えも認めん。以上だ」
話は終わりだと踵を返して去っていく背中に罵詈雑言を吐きつけたくなる衝動を、カゲトラはぐっ拳を握って堪えた。
前々からそりが合わない男だと思ってはいたが、此処まで性根が腐っていたとは…。
学園の名誉と、己の地位にしか興味のない男なのだ。正直、フェンデルが何故あんな男をここに置いておくのかカゲトラは理解できなかった。
だが、結局自分も一教師でしかなく、命令には従う以外にないという現実に空しさが募る。
所詮、その程度なのだ。
自分を信じ、キラを託してくれたディアナには申し訳ないが、今の自分の立場ではろくに言い返すことすらできないのだ。そんな自分の意気地のなさを歯がゆく思いながら、カゲトラは五班の生徒がいる方へと歩いて行った。
「あー…、そういうわけで当初の予定を変更して、五班の指導員は、クルック・ヴィンセントが担当することになった」
カゲトラはとりあえず隣に立つ、小柄な純人族の男に挨拶しろと促した。
「フヒヒ、いや、光栄です、ええ、もう、素晴らしい!!なんたる奇跡!このクルック、万全の誠意をもって、みなさんの観察…、いえ指導の方を行っていきたいと思う所存です!はい!」
「あー…クルック、少し落ち着け。いいな?」
ぼさぼさの髪にそばかすが散らばった童顔の、身長百六十センチしかない小さな男は、興奮状態のまま異様に瞳を輝かせて、ねっとりと五班のメンバーを見つめていた。
「いやいやいや、カゲトラ先輩!僕は今、感激の最中にいるのです!ずっと補欠のまま今年も終わるのかと思っていたのに、ここにきてまさかの配属!それもこんなに素晴らしい『生体』がそろった班の担当にしていただけるなんて、僕はもう感激に吐いてしまいそうです!」
「あ、そう……」
「おお、おお、君が例の赤毛ですね!なるほど、見事な色です!それにそのしっぽの形…ガロウ族に近い気がしますが、君はその生き残りってやつですかね?それにしては少し丸っこい気もしますが…」
「ちょっと!触らないでよ!」
あろうことかニトの背後にまわりみごとなしっぽを撫でまわすクルック、もとい変態に、ニトはその手を想いっきり叩き落とした。だが無礼を詫びるわけでもなく、むしろ楽しげにニトの身体をなめまわすように見てくるあまりの不気味さに、ニトは鳥肌を立てて逃げて行ってしまった。
「おやおや?君はなんですか!?素晴らしい体ですね!ん?腕に鱗があるのですかね?なるほど、獣人と地人の相の子というわけですか。フヘヘッ、初めて見ますね。いや、それにしても素晴らしいがたいです!」
次のターゲットはエドガーらしい。
ペタペタ、ペタペタと、自分よりも大きな体をあちこち触りまくって、その感触を確かめては満足そうに頷く。例の腕をまじまじ見つめ、手の甲に生えた固い鱗に触れながら物珍しげにじっと思案するクルックに、エドガーはどうしていいのかわからず固まってしまった。
「おい、クルック!いい加減に…」
「おや!?おやおやおや!君は、確か、カガチの末っ子ですな!?」
カゲトラの注意も空しく、クルックは次なる標的を見つけて突進した。
「ああ!?」
「ウヒョ!その、人をゴミのように見る目つきはまさに魔人の一族!カガチ家はご兄弟が多く、能力もばらばらだと聞きますが、ほうほう噂は本当のようですね?」
「てめぇ、何が言いてえんだよ!あ!?」
ぎろりと迫力のある目で睨まれてもなんのその、クルックは図太くも、ユウマが腰に下げている剣を勝手に引き抜いて観察しだした。
「フヘヘ、コハクさんとは違い、さすがに黒剣はまだいただけてないようですね。しかし見事な一品。一度、剣技のほどをご披露…」
「チッ、勝手に触るんじゃねぇよ!くそがっ!」
剣を奪い返し、ユウマはそのまま唾を吐き捨ててどこかに行ってしまった。
「おや、何を怒っていらっしゃるのでしょうかね。…ん!?やや!き、き、き、君は、まさか…!!!」
『ヒッ…!』
チリッと、怯えた音が鳴る。
かわいそうに、次の狙いは隅の方で隠れるように立っていたキラだった。
「な、なんと!その、神秘の声…!素晴らしい!まさか、かの有名な神子様のご神体を、これほど間近で観察できるとは…!そして、尊き、その御姿は、せ、精霊様!はぁはぁ、なんとこれは、まさに神のおぼしめし!!!!」
「こら、クルック!いい加減にしないか!」
「ぎゃふん!」
さすがにブチ切れたカゲトラの鉄拳が、クルックの脳天に落とされ見事に気絶したのだった…。
「はぁーーー、ほんとうにすまない」
カゲトラの心底疲れたような謝罪に、残されたキラとエドガーは困ったように笑うしかなかった。もちろん、極限までひきつった笑いではあったが、他にどう反応していいか分からなかったのでしょうがない。
そして、クラウはといえば―――
クルックのその挙動が、どうにも変態代表のココルと重なって見えて、一人だけ懐かしんでいたのだった…。
結局、初日はクルックの暴走により鍛練どころかまともな自己紹介すらできずに終わってしまった五班だが、それは次の日も大して変わらなかった。
ユウマはすでにまともに受ける気がないのか鍛練場に姿も現さないし、ニトも初日の接触が尾を引いている上に、再びクルックの猛烈な視線攻撃を受けて早々に出て行ってしまったのである。
残ったのはエドガーとキラとクラウだけだが、やはりクルックは指導をする気がないのか、終始三人をなめまわすように観察し、果てはイアやアウラの愛らしさに気持ち悪い雄叫びを上げて身悶えるだけであった。
―――― 重症だな
まさに、変態の極み、ここにあり―――
クルックは、ココルで免疫があるクラウですら扱いに困るほどの生物マニアだったのだ…。
「一つ、聞きたいのですが」
クルックに撫でまわされそうになったイアを背後に庇いながら、クラウはさすがにしびれを切らして口を開いた。
「ん?なんでしょうか??…君のその相棒は素晴らしい方ですね。黒い毛並み、金の瞳、…一体どこで出会ったのでしょうか!?是非、なれ初めなど詳しく…!」
「指導を行う気がないなら、僕は自分の時間を優先したいのですが?」
「へ?」
「これから毎日僕らを観察だけして、午後をつぶすつもりですか?」
「そ、それは…」
じっと、クルックの瞳を見つめながらいうクラウは、完全な無表情である故か、不気味と迫力があった。
クラウ本人は特に怒っているわけではない。ただこうしてみられるだけなど、はっきり言って時間の無駄でしかない。こんなくだらないことで時間をつぶされるぐらいならば、好きに自由行動させてくれとクラウは申し出たのだった。
「い、いやぁ、ぼ、僕だって、ほら、一応、指導員ですしね!そりゃ、少しは…」
「では、どういった指導をいつから、どこで行うつもりなのか。詳しく決まったらお知らせください。それまで僕は図書館の方にいますので、用があるときは声をかけてください」
クラウはそれだけ言うと、さっさとイアを連れて歩きだした。
大体今さら基礎的な鍛錬など必要ないクラウにしてみれば、堂々と図書館に籠ることができるので都合がいい。
そしてこの日を境に、花組五班のメンバーが一か所に集まることはなかったのである―――
◇
「おや、また今日もきたのかい?一年生も、すでに午後の鍛錬が始まっているんじゃ…?」
「本日もお世話になります」
すでに顔なじみとなった図書館の係りの人間に怪訝そうに声をかけられたクラウは、余計なことは言わず、丁寧にあいさつだけ交わして定位置となっている二階の自習室へと上がっていった。
初めて図書館を訪れたのは、入学式を終えた次の日であった。それから空いた時間を見つけては通い詰めていたクラウは、何気に皆勤賞であった。
魔導歴全書に、魔導方位学書、魔導法全書、魔法陣形成起動指南書―――
壁際にずらりと並んだ書物は、ミネアヴァローナの図書館でもお目にかかれなかった専門書で、クラウの好奇心を刺激してやまない。
この夢のような宝物庫が、一館では済まず第三館まであるというのだから退屈するはずがない。
そして鍛練という単語を早々に頭の隅に片付けてしまったクラウは、閉館ギリギリまで図書館に籠り、一人充実した時間を過ごしていたのだった。
クラウがこのデザイアで調べたかったことは、大きく分けて二つある。
一つは当然、呪いについてだ。
呪いというものがどのようにして出始め、広まり、またその症状や進行具合がどういったものなのかまで、歴史書に始まり、薬学書、医学書を片っ端から引っ張り出して調べてみるが、残念なことにあまり有益な情報は得られなかった。
というのも、呪いに関する情報はほとんどが機密扱いとなり、聖導騎士団と聖宮の管理下に置かれているらしい。
この学園にも関連する書物があるらしいが、すべて第三図書室の最上階にある、魔法陣で封鎖された部屋に厳重に仕舞われているため、当然一生徒であるクラウは閲覧できない。中に保管されている書物はどれも門外不出の『禁書』に指定されたものばかりで、中に入る資格があるのは現英雄王の五人と、六聖宮のみに限定されるほど管理は厳重だ。
さすがのクラウも、リスクを犯してまで禁書に手を出すつもりはなかったが、思ったよりも情報を集められずにがっかりしたのだった。
そして、もう一つ調べたかった父親についての情報も、これといった決め手になる書物もなく早くも暗礁に乗り上げていた。
影魔から聞き及んだ『陰』の魔力についても調べてみたのだが、どうも人の間ではそういう魔力の存在はあまり伝わっていないらしい。まだ調べ始めたばかりではあるが、こっちの道もなかなか前途多難になりそうだ。
とはいえ、向上心の塊のようなクラウが探究の手を止めるはずもなく、ならば他の知識を頭に詰め込もうと貪欲に書物を漁っていく。
今、最も興味があるのは魔法陣についてだ。
ミネアヴァローナでは忙しくて余裕がなかったが、今なら時間もある。ここはひとつ、念願の魔法陣制作に取りかかってみるのもいいかもしれない。
調べによると、魔法陣を作るためには特殊な粉が必要らしい。
名をランクル<源魔硝石>といい、魔導具に使われる結晶石の原料となる鉱石を砕いたもので、それに魔力を込めると粉が再結合して結晶化し、魔法陣としての働きを持つというのだ。
とにかく、百聞は一見にしかずということでクラウはランクルを求めて購買へと向かった。しかし、隅々まで探しても目当てのものが見つからず、クラウはカウンターのお兄さんに聞いてみることにした。
「ランクル?ああ、それならここじゃなくて研究塔の方の購買で売っていると思うが…、育成舎の学生は買えないんじゃないかな?」
「何故でしょうか?」
「あれは扱いが難しいから、術開発の研究生か、特別に学園側が発行した許可証がないと売ってくれないはずだよ」
「そうですか…。では、その許可証はどこでいただけるのでしょうか?」
「え?あー、そうだなぁ、俺もそこまで詳しくないからな…。担任の先生に申し出てみたらどうだい?」
力になれなくて済まないと謝る相手に、クラウは感謝の言葉を述べ、今度はカゲトラに会いに職員室に向かった。
「ランクル?そんなもの買って、どうするんだ?まさか、自分で魔法陣を作ろうって言うのか?」
「はい」
ランクルを買う目的など一つしかないのに、なぜそんなことを聞くのだと不思議に思いながら、クラウはカゲトラの顔を見返した。
「はいって、お前…。あれは結構扱いが難しいんだぞ?下手な魔法陣を書けば、魔力が暴走してえらい目に合うことだってあるんだ。だから、術の扱いに慣れた研究生にしか使わせないようにしてるんだ」
「そうですか…」
そこまで厳重扱いされているとは知らず、クラウはしばし考え込んだ。どうにかしてランクルを手に入れたいのだが、さて、どうしたものか―――
「術開発の研究生になれば、誰でも手にすることができるのですか?」
「あ?ま、まぁ、研究科の学科試験に受かる技術があれば、相応の知識があるってことで認められるが…。なんでそんなこと」
「では、この学園には飛び級制度などはあるのでしょうか?」
「はあ!?飛び級!?」
いきなり何の話だとカゲトラは素っ頓狂な声を上げた。あまりの大きさに周りの教師たちの目が集中し、居心地の悪さにカゲトラは無理やりクラウを引っ張って職員室を出ると、隣の相談室へと押し込んだのだった。
「ま、まぁ、とりあえず座って、落ち着け、な?」
「僕は落ち着いています」
「……」
確かに、どう見ても動揺しているのはカゲトラだけで、クラウは相変わらず余裕が有り余った様子でカゲトラをじっと見つめていた。
その悪意など何もありませんと言いたげな顔で、あの爆弾発言をかましたのかと思うとカゲトラの方が頭がおかしくなりそうだった。
「…いいか?飛び級って簡単に言うけどな、そんな手軽にできるものじゃないんだぞ」
「わかっています」
わかってはいるが、できないとも思っていないクラウである。
とはいえ、何も今すぐに飛び級したいというわけではなかった。まだまだ入学したばかりだし、目立つつもりもない。クラウとしては、そういう制度が認められるのかどうかを確認したかっただけなのだ。
今はまだいろいろなものが目新しくて、やることも多いが、いずれ手につけるものがなくなってしまったときは、早々に卒業して研究生になるのも一つの手ではないかと考えての質問であった。
「ていうか、お前は薬学に興味があったんじゃないのか?あれだけ成績がいいんだ、進むならそっち関係の研究科がいいんじゃないか?」
「いえ、薬学に関しては大抵のことは理解しているつもりですので、今さら必要ありません」
「そ、そうか…」
クラウの答えに、カゲトラの顔が引きつった。
「なら、将来は魔法陣の術開発に進みたいのか?」
「そこまでではありませんが、興味はあります」
だが、ランクルを手に入れらないとなると、自分で魔法陣を作れるのは当分先の話になるだろう。実に残念だと、クラウは小さくため息をついた。
そんなクラウの気落ちした様子を哀れに思ったのかは知らないが、カゲトラはしばらく腕組みしてうねりながら考え込むと、一つ、ある提案を持ち出した。
「…まぁ、お前がそこまで魔法陣に興味があるって言うなら、一人、そういうことに詳しい先生がいるから、紹介してやらんこともない」
「本当ですか?」
「ああ。だが、その代わりと言ってはなんだが…ひとつ、条件がある」
「条件?」
訝しげに聞き返すクラウに、カゲトラは何やら意味ありげな笑みを浮かべたのだった。




