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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第二章 旅路~ザバル村編
70/140

37 道の先



「先輩ったら、いつになったら戻ってくるんでしょうねぇ…」


 キラ達ルクセイアの一行がガーナを去ってからさらに一か月が過ぎたある日、いつものように週末を聖堂騎士団の詰所で過ごしていたクラウは、聴こえたミシェーラの声に読んでいた本から顔をあげた。

 ガーナが国中の手を借りて必死の復興を行っている中、砂漠には以前の静寂が戻り、クラウもまた勉強と資金稼ぎに精を出す日々に戻っていた。

 しかし、皆が日常に戻っていく中で、なぜかココルだけが未だに詰所に戻っていなかったのだ。


「確か、聖宮にいってらっしゃるのですよね?」

「ええ…。手紙にはちょっと用事で聖宮に行ってくるって書いてはありましたけど…」

 そもそも聖宮嫌いのココルがわざわざ戻るなんて信じられないとミシェーラは首を傾げた。

「私ひとりじゃできないことも多いのに、どこで油売ってるんでしょう。あっ!もしかして、どこかで天使と出会ったとか何とか言って、ついて行っちゃったんじゃ…?」

「……」

 クラウはココルの名誉のためにも否定しようかと思ったが、存外、ありえないことではないと思い直し黙ってしまった。

「もう!あの変態ったら!帰ってきたら、これまでの分きっちり働いてもらうんだから!」

 ぷりぷりと怒るミシェーラだが、その実帰りが遅いココルのことを心配しているのだった。証拠に、数時間おきに手紙が届いていないか確認したり、騎士の人たちが外を通るたびにそわそわと視線を向けて確認している様子がよくクラウの目に留まった。

「とても強い方ですから、心配はいらないと思いますよ」

「才能だけ見れば無駄に天才的ですからね…。ていうか、先輩のことはどうでもいいんです!人様の子供に変なことしてご迷惑おかけしていないか、そっちの方が心配なんです!!」

 なんて言ったって、ドが付くほどの変態なんだからとミシェーラが叫んだ時、入り口の扉の向こうで誰かの盛大なくしゃみがさく裂したのだった。


「ちょっとミシェーラ!!今、私の悪口言ったでしょう!!?」


 扉を蹴破る勢いで押し開き、不満の声を上げたのはまさしく今噂に上っていたココル本人だった。

「あんたが噂するから、鼻がムズムズするじゃない!」

「先輩!もう!今まで何してたんですか!?」

 ミシェーラは口で文句言いながらも、安堵したように笑みを浮かべてココルの元へと駆け寄っていった。

「何って、大事な仕事よ。し・ご・と!」

「それにしたって、連絡ぐらいくれてもいいじゃないですか!」

「なによ。ちゃんと聖宮に行ってくるって手紙出したじゃない。相変わらずうるさい子ね」

 ココルは纏わりつく後輩を面倒くさそうにあしらって、ソファにどっかりと座り込んだ。

 それからお茶を入れるように指示し、窓際に座るクラウを見つめてにんまりと笑ったのだった。

「…うわ、先輩、何ですかその顔…」

「うっさいわね、疲れてんのよ。だいっ嫌いな顔見てきたからクラウの顔を見て穢れを浄化してるのよ!」

「嫌いな顔って…、もしかして、ベイン様に会いに行ったんですか?」

「…そうよ。あーやだやだ、思い出したら鳥肌が出た!クラウ、癒して!」

 ココルは大げさに身震いし、肌をさするとクラウに飛びついた。ねっとりと撫でまわすその手つきは相変わらず変態的だ。


「…そんなに嫌なら、なんで会いに行ったんですか?」

 と、ミシェーラはお茶をココルに渡しながら呆れたように言った。

「ま、ちょっとした交渉を、ね」

「交渉?何をです?」

「何って、報酬よ、ほ・う・しゅ・う!あんなあぶない目にあったんだから、それ相応の手当もらって当然でしょう?」

 確かにただのお世話係として命じられた仕事にしては割に合わないかもしれないと、ミシェーラも頷いた。

「…それで報酬に何を望んだんですか?」

「うっふっふ!いい質問ね!」

 と、ココルは意味ありげに含み笑いすると、ミシェーラに自分の荷物を漁るように言った。

「鞄に書類が入ってるでしょ?」

「えーーと、あ、これですかね?………え?ああっ!!」

 何やら紙の束を天にかざし、驚いたような声を上げるミシェーラの様子に、クラウも何事かと見つめた。



「せ、先輩これ…!!!どうしたんですか!!?」

「どうしたも何も、報酬としてもぎ取ってきたのよ。ま、あたしにかかればこれぐらい楽勝よ」

「きゃー!!!先輩素敵!私、初めて見直しました!!」

「ちょっと!?初めてってどういうことよ!?」

「ほらほら!クラウ君!見てくださいっ」

「なんでしょうか?」

 ひどく興奮したミシェーラに促され、クラウは首を傾げながらその書類を受け取った。




 [デザイア育成舎入学・推薦状――――]

 



「ココルさん…、これ」

 表紙の一番上に書かれた文字に、クラウは思わずココルを振り返った。

「もちろんあんたによ、クラウ。推薦者は泣く子も黙る大聖導師、ベイン・クック。まぁ、形だけのちょっとした試験を受けなきゃなんないけど、クラウなら余裕でしょ。面倒な面接はなし、さらに授業料免除に助成金10万メル付き!どう?破格の条件でしょ?」

「まさか、そんな…」

 うまい話あるはずがないとクラウは首を振った。推薦枠を受けられるだけでなく、面接もないなんて到底信じられない。 

 しかし、ココルはそんなクラウの反応にケラケラと軽く笑い返し、紛れもなく本物だと宣言した。

「まぁ、確かに一般の推薦じゃありえないでしょうけど。なんていっても、今回は推薦者が大聖導師よ。その名前だけで十分合格になるくらいの信頼度がついてくるのよ」

「でも、よくあのベイン様が承諾してくれましたねぇ…」

 と、ミシェーラが不思議そうに首をかしげた。

 いくら報酬の代わりと言えど、六聖宮の大聖導師が見も知らぬ子供の推薦状を書くなど前代未聞の話なのだから、ミシェーラが訝しがるのももっともであった。

「そういう大人の裏事情はどうだっていいのよ。ただ、あの人には大きな貸しがあったから、この機会に返してもらっただけよ。それよりほら!これで晴れて、来年からクラウもデザイアの生徒よ!!」

 もっと喜びなさいとココルに促されても、クラウはまだ現実として受け止めきれていなかった。

 手の中の推薦状とココルの顔を交互に見つめて、困ったように黙り込む。ココルの行為はとてもありがたいし、嬉しいのも事実だ。しかし、そう簡単に受け取ってしまっていいのかクラウにはわからなかった。

 

 

「あら、クラウもそんな顔ができるのね。まぁ、あんたの性格じゃ躊躇するのもわかるけど、今回は遠慮なんてしたらさすがのクラウでも張り倒すわよ」

「ココルさん…」

「あのね、ずっと頑張ってるあんたのために何かしてやれたらなって思ってたのは本当よ。でも、それは今回の理由の3割にも満たないわね。あたしは誰かさんみたいにお人よしでもなんでもないし。自分にとっての利益がないのに誰かのために手を尽くすなんてまっぴらごめんよ」

「先輩、自己中ですからね」

「ちょっとミシェーラ…、あんたは黙ってなさい」

 遠慮のない後輩からの横やりに、ココルはじろりと睨みつけた。

「だって本当のことじゃないですか。でも、今回はどんな理由であれ、私、本当に先輩のこと見直しました。ふふっ」

「………何よ、気持ち悪いわね」

「あー、先輩ったらせっかくほめたのに、素直じゃないんだから!もう!」

 嬉しそうにからかうミシェーラの様子に、ココルも珍しく返す言葉がないのかしかめっ面したまま頭を掻いたのだった。


「まぁとにかく、クラウの意見も聞かずに勝手したことは悪かったわ。でも、私は私でどうしても欲しいものがあったのよ。その欲しいものを手に入れるために、あんたのことが交渉の材料にうってつけだったから、手ごまに使わせてもらっただけってのが残りの7割の理由よ。おかげで私も、今すごく満足してるわ。だから、その御節介は素直に受け取っておいてくれると私も嬉しいんだけど?」

 ニッコリと笑っていうココルに、さすがのクラウも突き返すことはできなくなってしまった。

 わざわざ嫌いだと豪語する人物にまで会いに行ってとってきてくれたのだ。その好意をはねつけることがただの遠慮ではなく、「失礼」にあたることはクラウにも理解できた。

「…ココルさん、ありがとうございます」

 クラウは推薦状を胸に抱き、深々と頭を下げた。

「どういたしまして」

「クラウ君がいなくなるのはさみしいですけど、でも、ずっと頑張ってきたんですもんね!よかったですね!クラウ君!」

 飛び切りの笑顔で答えてくれるココルとミシェーラの顔を、クラウはしっかりと脳裏に焼き付け、この恩に報いるだけの努力をしようと心に誓った。



「ところで先輩、こっちの荷物はなんですか?あ!もしかして、私へのお土産ですか!?」

「ちょ、ちょっとミシェーラ!?そっちは関係ない、ダメよ!見ちゃダメ!!!」

 ココルの焦ったような声は一歩及ばず、勝手に荷物を覗き見たミシェーラの顔が、瞬間、般若のように変化したのだった。

「み、ミシェーラ…?」

「せーんーぱーいーー?これ、なんですか!?きちんと!納得できるように!説明していただけますよねっ!!?」

 出てきたのは、何やら結界に包まれたタオルであった。そしてさらに奥から出てきたのは明らかに少女のものだとわかる白いローブだったのだ。

 これにはさすがのミシェーラもあり得ないと首を振り、ばつが悪い顔をしているココルにどういうことか説明しろと迫った。

「後生大事そうに結界なんかに詰めて…!それに、これ!!聖宮の子供用のローブですよね!?どこで手に入れてきたんですか!?あ…、まさかっ、とうとう盗んで…!」

「失礼ね。ちゃんと本人にもらったんだから良いでしょ?」

「よくありませんよ!どんな悪手を使ったのかしりませんけど、その子、絶対自分のローブが先輩みたいな変態の妄想に使われるってこと知らないでしょ!?」

「あ~ら、ミシェーラ。別に妄想だけなんだから、いいじゃない。言っとくけど私、これまで子供相手に手を出したことはないわよ」

「当然ですよ!そんなこと自慢げに言わないでください!」

「何よ、ほんと堅い子ね。…ああ、なら、私が欲求不満にならないように大人のあんたが相手してくれてもいいのよ?ちょっと趣味から外れるけど、まぁいいわ。とびっきりの天国に連れてってあげる」

「っへ、変態!馬鹿!へんたーい!!!」

 怒っていたのは自分だったのに、いつのまにか逆に追い詰められてしまったミシェーラは、真っ赤な顔で涙目になりながらココルに吠え立てた。

「きゃはは!かっわいい~。ほんと、あんた、なんであたしよりでかいのかしらねぇ」

「知りませんよ!むしろでかくてよかったです!」

 わあわあぎゃあぎゃあとじゃれる二人の声をバックに、ようやく戻ってきた日常に安堵と心地よさを感じながら、クラウは離れた席に座って推薦状をじっと見つめた。



 多くの反対を押し切って、里を出て必死にお金をためてきたがそれでも足りず、今年は見送ることに決めたのはクラウ一人の力では今の状態が限界だったからだ。

 一生懸命やっても届かないものはある。

 分厚い壁は、少しずつでいいから一歩一歩進めれば十分ではないか。そう自分自身を納得させて出した結論だ。

 ほかでもない自分の人生だから、誰かの手を借りるつもりもなかったし、自分の力で道を開くことが当然だと思っていたのだ。

 しかし、こんなにも簡単に手の中に落ちてきた「機会」を前に、クラウは戸惑いと嬉しさで奇妙な気分だった。


 表向きは冷静を装って納得しているようにふるまってはいたが、実際は煮え切らないジレンマがあったのも事実だった。

 クラウの中には、いつだって焦りが付きまとっていた。

 未来の保障などどこにもなく、奇跡的に手にしたこの二度目の人生がいつ幕を閉じるかもわからない。

 もし、今突然自分の人生が終わってしまったとしたら、残されるアリーシャはどうなるのか―――

 リカが言っていたように、夫と息子を失って途方もない悲しみの中で一人取り残されて泣くアリーシャの姿を想像するとクラウはたまらなく胸が苦しくなるのだった。

 いつだって、幸せの中で笑っていて欲しい。

 そのためにも一日でも早く父親を見つけ出して、連れて帰ってやりたい。

 今、この瞬間もアリーシャが寂しさに泣いているかもしれないと思うとじっとしていられず、一歩でもいいから、真実にたどりつきたいと焦るのだった。

 そんな焦燥に駆られるのは、一度目の人生があんなにあっけなく幕を閉じてしまったからだろうか―――


 しかし、こうして突然降ってきた「機会」を前に、クラウは自分が歩む道の隣にはたくさんの人の道があることを改めて実感したのだった。

 この広い世界の上には、クラウの想像もつかない多くの人生が並行して同じ時間の流れの中にあるのだ。

 どこかでお互いの道がぶつかったり、交わったり、あるいは反れてしまうこともあるかもしれない。それでも、人は出会いと別れを繰り返し、互いの道に影響を与えながら生きていくのだ。

 いや、人だけに限らず、精霊も聖獣も、世界に生きるすべての生あるものが、絆という見えないつながりの中で支えあって生きているのだ。

 里のエルフの仲間たちに始まり、ザバルの人たち―――

 ルカやククリ、それに古の森に生きる愉快な仲間たちは元気しているだろうかと、隣に寄り添うイアの頭を優しく撫でながら思う。それからふと、キラとアウラの仲良さげなやり取りを思い出し、クラウは小さな笑みを浮べた。

 きっとこれから神子として多くの苦労があるだろうが、彼女にも笑って歩める道が続くといいなと願う。



 クラウはもう一度推薦状を見つめ、大事そうにそっと撫でた。

 さまざまな縁によって手元に届いたそれは、クラウの道の先に今一番の希望を示し、一際輝いて見えた。

 そしてクラウは荷物からいつもの紙の束を取りだすと、アリーシャに宛てて今の素直な気持ちをしたためていった。




 かあさま、元気ですか―――

 

 僕は多くの支えの中で、元気に生きています―――











ようやく二章終わり。

次はデザイア学園編となります。

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