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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第一章  アルフェンの里編
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5  予兆



 クラウがユルグのもとでいろいろな説明を受けていたころ、里の中央広場では何やら人が集まり、にぎやかな雰囲気があたりを包んでいた。その騒ぎに、作業の手を止めて走っていく女性もいるほどだ。

 丘の中腹あたりで畑の土の状態を調べていたアリーシャは、何事かと広場の方を振り返った。

「アリーシャ様!ハンス様たちがお戻りになられたみたいですよ!」

「まぁ、予定より早かったのね」

 様子を知らせに走ってきた女性の言葉に、アリーシャは驚いた。ハンスは先代の族長の孫で、今は調達班のリーダーを務める男である。彼らは一か月前に里を出て、物資の調達と情報収集のために外の大陸に渡っていたのだが、今帰還したらしい。


 ――― 予定ではあと一週間ほど先のはずだったのに、何かあったのかしら?


 不思議に思いながらもアリーシャは広場の方へと歩いて行った。

 ざわざわと多くの人間が集まり、騒がしい。久しぶりの家族の帰還に嬉しそうに話す女たち、子供たちは 運び込まれた荷物に興味津々で、荷台から降ろされるものにくぎ付けだ。

 アリーシャはそんな人の波に割って入りながら、中央にいる男に呼びかけた。

「ハンス!」

「アリーシャ様!」

 きっちりとアリーシャの声を雑踏の中から拾い上げ、嬉しそうに破顔したのは、エルフの中でも比較的年の若い一人の男性だった。自慢の銀髪をさっぱりと刈り上げ、さわやかな笑顔が似合うイケメンの名は、ハンス・グルーノス。彼はアリーシャのもとへ駆け寄るとその前に跪き、頭を垂れた。するとほかの男たちもみな一様に跪き、アリーシャに頭を下げた。

「ただ今戻りました、アリーシャ様」

「お帰りなさい。みなさん無事のようで、何よりです」

 一人一人を見返し、けがもない様子にアリーシャは笑ってねぎらいの言葉をかけた。皆の顔にも笑顔が浮かぶ。この一言が、彼らは何よりもうれしいのだ。


「報告がいろいろとあります。一緒に族長のところへ来てもらえますか?」

「ええ、わかったわ」

「あとは任せる。終わったら各自休んでくれ」

 ハンスはそばにいた副官の男にそういうと、アリーシャを連れて集会場へと向かった。

「予定より早かったのね」

「ええ…。そのことでいろいろ相談せねばならないことがあります。いま、オジキにみんなを集めてもらっています」

「…なにかあったのね?」

 ハンスの深刻そうな顔を見て、アリーシャは不安になった。この森に逃げ延びてから今まで、結界外の魔物に注意する以外、特に危険なことはなかったのに…。胸に広がる不安を押しとどめながら、アリーシャはハンスの後をついて行った。


 広場のすぐそばに建てられた、ひときわ大きな建物に二人は入っていった。長い階段を上り、里全体が見渡せる高さのところに主に集会場として使われている広い部屋がある。

 二人が入っていくと、すでに一人の年配の男が上座に腰を下ろしていた。

「オジキ、今、戻りました」

「うむ、無事で何よりだ」

 相棒の槍をわきに携え、神妙にうなずく男の名は、ジーク・グルーノス。この里の現族長であり、ハンスの伯父にあたる。白いあごひげを伸ばし、長い銀髪を後ろに流し、齢500歳を超えてもなおその肉体は衰えず、見た目は壮年のそれと変わらない。

「今、皆を呼びに行っている。アリーシャ殿も、しばしお待ちくだされ」

「はい」

 二人はジークの隣に腰を下ろした。


「そういえば、クラウ様は元気ですか?もう一月もあっていませんけど、相変わらずですか?」

 ハンスの問いかけに、アリーシャは頬を緩めた。

「最近はユルグのところによく行っているのよ」

「ユルグ?それはまた珍しいところに…」

 堅物で、植物と研究にしか興味のない男だが、果たして子供の相手など務まるのか。しかも相手はあのクラウである。不思議がるハンスにアリーシャは笑みを深くした。

「あの二人、以外と似ているのよ。無愛想なところなんてそっくり。朝、挨拶を交わすでしょう?それっきり何も話さないんだけど、お互い変なところで気を使うから、見ていて面白いのよ」

「想像できないな…」

 やはりうまくいくとは思えず、ハンスはずっと不思議がっていた。そんな風にとりとめのない世間話をしていると、やがて階段を上る音が複数聞こえ、里の重役たちが集まりだした。



「さて、帰郷早々われらを呼び集めた理由を聞こうではないか、ハンスよ」

 口火を切ったのは、入り口付近に座った男だった。ざっと1000年の時を生き、盲目の賢者として親しまれるこの里最年長の老エルフ、ガライアス・ハーゲンである。

 一族の眼がハンスへと集まる。

「まずはこれを」

 ハンスはそう言って、一片の紙をジークの方へ差し出した。

「これは?」

「西の偵察を行っていたコモルからの伝言です」

「ふむ…」

 ジークはそっとその紙を広げ、目を通した。

 書かれていた文字は、エルフが暗号として使うものだった。急いで書いたのか、かなりの走り書きで崩れているが、その内容はしっかりと読み取れた。


『グルテン山領主の屋敷に、仲間がとらえられている可能性あり。名はガーランド、ほか数名』

 皆にもその内容を伝えると、あたりに緊張が走った。


「まさか…!」

「なんということだ…」

 皆が信じられぬと、ハンスを見返す。

「確かなのか?」

「…わかりません。何せ、情報は今これだけなので…」

 と、ハンスが悔しそうに言った。

「さすがに判断のしようがないな…。ガライアス様、このガーランドという名に覚えは?」

 ジークがガライアスにそう問うと、彼は神妙に頷いた。

「ふむ…。ドープの子供がそんな名だった気がしたが、確かではないの」

 古い記憶をたどってみるが、あまりはっきりとは断言できなかった。

「そのドープという方は?」

「600年ほど前に一の里を出て、三の里へ行ったんじゃが…。あそこは真っ先に「狩り」にあった場所じゃからの。無事でいるとは思えん」

「…罠の可能性は?我々をおびき出すための嘘かもしれません」

「子供だけ逃がし、生き延びたという可能性も…」

「事実ならば早急に動くべきじゃが…、さすがに情報が少なすぎるのぅ。ガルフはなんていっておる?」

 と、ガライアスがハンスに聞いた。里一番の戦士として名高いガルフは、長年外の大陸で偵察班のまとめ役を務める優秀な男である。

「ガルフさんも慎重に動く必要があるとおっしゃっていました。今は情報を集めるのが先決だと、3名ほど連れてコモルと合流するため別れました。我々はとりあえず荷物と、このことを伝えるためにいったん帰還したというわけです」

「ふむ。今はガルフの持ち帰る情報を待つしかないようじゃな」

 場が重い空気に支配される。各々が、未だに苦しんでいるかもしれない仲間を想い、その胸を痛めていた。


「それからもう一つ…」

 と、それだけ言って、ハンスは少しの間言葉を噤んだ。

「なんだ?お前らしくもない。早く言え」

 伯父のせかす声に、ハンスはようやく口を開いた。

「噂を、聞きました…」

「噂?」

「…北の方で、呪魔じゅまを見たものがいるそうです」

「なんだと!?」

 ざわり、空気が揺れた。

「そんな…!」

 アリーシャも今聞いた言葉が到底信じられず、首を強く振った。

「何かの間違いじゃないの?そんな、だって…!」

「アリーシャ殿、落ち着かれよ」

 動揺し、不安げにハンスに詰め寄るアリーシャに、ジークは優しくその背をさすって慰めた。

「ごめんなさい…。急なことで、びっくりしてしまって」

「仕方ありません。その噂が本当ならば、我々もとても平静ではいられない」


「ハンス、その噂の出どころは?信憑性のほどは、どのくらいだ?」

 と、里の指導役を務める男が聞いた。

「出所は西の都のギルドです。一か月前まで、北のノース・ダグドムで護衛を請け負っていた男が言うには、北西の山脈を越えようとしたとき、一匹の魔物に出くわしたそうで、姿は低級のベオウルフのようなものだったそうです。ただ、普通の魔物とは違い、身体が異常に黒く、身体の血管があちこちにぼこぼこと浮き出て気味が悪かったと」

「確かに、呪魔の特徴に一致するが…。その男はどうしたのだ?呪魔相手では、無事では済まないだろう」

「それが、奇妙なんです。その呪魔は特別何かするわけでもなく、数分後にはその場で溶け、蒸発したと…」

「溶けた?そんな話は聞いたことがないぞ」

 その場にいた皆が顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべた。


 呪魔は、その名の通り、身体に黒の呪いを受け異常体質となった魔物だ。その皮膚は黒光りし、さらに普通の刃など簡単に折れてしまうほど硬質化する。そして、最大の特徴はその表面に浮き出た異様な血管である。


「本来、奴らを倒すにはルカ様のような浄化の魔法か、体内の三分の二の血液を流させ失血死させるしかないはずだ」

「その体が溶けて、蒸発するなど…。呪魔ではないのでは?」

 あるいはそうかもしれない。しかし、特徴が似すぎている点は無視できない。

「この件に関しても情報が少なすぎるのう。いずれにせよ、ガルフたちの帰還を待つしかあるまい」

 と、ガライアスが静かに言った。その言葉にジークも頷く。

「アリーシャ殿、万一の時のために一応ルカ様に今の話をお伝えいただけるか?情けない話だが、呪魔相手では我々は無力だ。もしもの時はルカ様のお力を借りねばなるまい…」

「…はい、わかりました」

 アリーシャは緊張した面持ちで頷いた。

 すべてが嘘であってほしいと思う。エルフの仲間のことも、噂のことも。しかし、アリーシャは胸の奥に、小さな不安の種を植え付けられた様な感覚を覚えていた。



「ジーク、その呪魔の噂が本当なら、我々も黒剣こっけんを入手する必要があるのではないですか?」

 重い沈黙の中、一人の女性が静かに言った。オリエント・ジーンは、この里唯一の最高位魔術師である。

「ふむ…。確かに、黒剣ならば呪魔の硬質化した体にも致命傷を与えられるが…」

「…入手は難しいでしょうね。まず一番東にある地人族のローグロゼリア大陸までいかねばなりません。それに、黒剣を作れるのは地人族の中でも極めて限られた人物だけだと聞きます」

 と、ハンスが言った。

「何より、我々にはそれを買うだけの元手はない」


 黒剣とは、この世界で最高の強度を持つといわれる闇黒石を加工し作られた特殊な剣のことで、一振りが中流貴族の総資産額と言われるほどの高値である。いくら薬草で資金を稼いでいるとはいえ、とても払える額ではない。


「やはり今はルカ様のお力を借りるしかないようだな…。アリーシャ殿、後程我も挨拶に伺うつもりだが、くれぐれもよろしくお伝えくだされ」

「はい、大丈夫です。ルカには私からちゃんと話をしておきます」

 本来、ルカは里のことには口を出さない。彼はあくまでも森の番人であり、里のことは、できるだけ自分たちでやっていこうと最初に決めたのだ。しかし、今回の呪魔のことに関しては仕方がない。それほど厄介なものなのだ。

「さて、今できることと言えば、見回りの強化ぐらいのものだが。里の者には今一度、結界の外には出ぬよう注意させよう。ほかに何かあるか?」

 ジークが一同を見渡す。

 特に意見は出なかったので、今回の会合はそれでお開きとなった。



 家まで送るというハンスとともにアリーシャは丘の坂道を歩いていた。すでに日が沈み、街灯に明かりがともされ始めている。

「ハンス、次の調達はいつ立つつもり?」

「予定はしばらくありませんね。今ある蓄えで十分ですし、ほかの者には休暇を取らせ、そのあとは里の警護に当たらせるつもりです。俺は連絡が入り次第ガルフさんと合流するつもりです。あの情報が本当なら、人手は多い方がいいですからね」

「そう…」

「もし、今も尚苦しんでいる仲間がいるなら、一刻も早く助けてやりたいんです」

 アリーシャにはハンスの気持ちが痛いほどよくわかった。

 100年だ。あれから100年も経っているのに、世界はまだ彼らに厳しいままで何も変わっていない。その事実がアリーシャは悲しかった。

「うち、寄っていく?クラウに会ってやってちょうだい」

「そうですね。じゃあ顔だけ見ていこうかな」

 アリーシャの申し出に、どことなく嬉しそうにハンスは答えた。


 門をくぐり家の中に入ると、夕食のいい香りが二人を出迎えた。今日のメニューはエンギダケを使ったシチューらしい。

「あ、アリーシャ様、ハンスさんも、お帰りなさい!」

 奥から出てきたのはしゃもじのようなものを片手にもったリザである。いつだって明るいその声が、今の二人にはありがたかった。

「丁度夕食が出来上がったんです!ハンスさんも、一緒にどうぞ!」

「いや、俺は…。いいのか?」

 遠慮し、一度は断ろうかと思うものの、ハンスは期待の眼差しを向けた。実は戻ったきり何も口にしていないのでかなりお腹が空いていたのだった。

「大丈夫ですよ!きっと一緒に戻ってくるんじゃないかって、クラウ様がいうので、大目に作ったんです。さすがクラウ様ですよね!」

 なぜかリザが自慢げに話す。鼻歌を歌いながら部屋に入っていくその後ろ姿を見つめながら、アリーシャとハンスはお互い顔を見合わせた。

「…さすが、というべきですかね?」

 まだたったの4歳の子供に、頭が上がらない大人達であった…。



「クラウ様、お久しぶりです」

「お帰りなさい」

 リザの呼びかけに自室から出てきたクラウは、母親の横に立つハンスの姿に一言そういっただけだった。彼に感動の再会を期待する方が間違いなのである。

「くくっ、相変わらずっすね。会えなくてさびしかったとか、一言あってくれた方が俺はうれしいんですけどね」

 何がツボに入ったのか、笑いながらクラウを相手にするハンスはかなり楽しそうである。自分の席に着いたクラウの横にちゃっかり座り、ちょっかいをだし始める。一方のクラウはというと、めんどうくさそうにその顔を見つめるだけだった。


「いや、何も変わってないみたいで安心しました。クラウ様は、俺のここ一番の癒しなので」

「……」


 ――― 1か月そこらで人格が変わるわけがない。大体、癒しとはなんだ?僕は治癒魔法はまだ使えてないのだが…?


「リザじゃないけど、俺もクラウ様にはいろいろ興味があるんです。あ、変な意味じゃないですよ!」

「……」


 ――― 変な意味?よくわからん。


 クラウ本人には全く通じていないことに気付くことなく、ハンスは続ける。

「そういえば、最近ユルグのところに行ってるって聞いたんですけど?本当ですか?」

「…はい、とても有意義な時間を過ごさせていただいています」

「はへー。本当に、気が合うんですね~」 

 あれを気が合うといえるのかは謎だが、と内心首をかしげながらクラウは無表情にハンスの顔を見返した。

「今日は何をしていたんですか?」

 いつもはアリーシャがする質問をハンスがすると、クラウは少しだけ表情を和らげ話し出した。

「今日は実にいろいろなことを教えていただきました。薬学のことも、魔法陣のことも、精霊についても、僕はまだ知らないことばかりなので、大変ためになりました。あ!それから、帰り際に本を貸していただきました。とても親切な方です」

「……」

 いきなり饒舌になりだしたクラウの反応に、ハンスの顔が何とも微妙な表情にゆがむ。さすがに水を差すようなことは言わないが、とても4歳の子供が喜ぶ話の内容には思えなかったのだ。


「…ちなみに、何の本か聞いても?」

「はい。世界薬草図鑑と解説書、薬学基礎知識です」

「はは…、よ、よかったっすね…」


 ハンスの呆れたような乾いた笑いが漏れる。何となく予想はしていたが、もっと子供向けのものはなかったのかとユルグに文句を言いたくなりそうなものばかりだが、クラウにしてみれば余計な御世話だろう。


「クラウ様、よかったですね!もうこの家にある本という本はすべて読み終えてしまったので、退屈なさっていましたもんね~」

 と、リザが夕食のトレイを運びながらいった。

「すごいんですよ!帰ってきたらそれっきり、部屋から出てこないでじっといただいた本にかじりついていたんですから。クラウ様は本当に本がお好きなんですね」


 インターネットはもちろんのこと、新聞もテレビもラジオもない世界である。当然、知識を得るには本を読む以外に方法がないのだからしょうがない。

 知識だけではなく、人の考え方、歴史、思いなど様々な情報を得ることができ、人とのコミュニケーションが苦手なクラウにはとても重要な情報ツールなのである。



「クラウ様、今からそんなに詰め込んで、どうするんです?何か目指しているものがあるんですか?」

 この小さな頭に大人顔負けの情報が詰まっていると思うと、末恐ろしい。凡人の自分には到底たどり着けない領域だとハンスはため息をついた。

「はぁ~、俺としては、剣術を教えて立派な里の戦士に育てようと思ってたんだけどなぁ。クラウ様、剣に興味はありませんか?」


 ――― ふむ、剣か。


 ハンスの誘いに、クラウの目が輝いた。

 少しだけクラウの興味を引けたことが分かったのか、ハンスはまんざらでもない顔をする。

「今は少し忙しいので無理ですが、時間ができたら、一緒に修行しましょう。絶対才能あると思うんですよね、クラウ様」

「あ!だめですよ、ハンスさん!クラウ様は立派な魔術師様になる予定なんですから!」

 と、剣術勧誘をするハンスに気付いたリザが反対の声を上げた。

「この里二人目の光魔法師、そしてオリエント様と並ぶ最高位を目指すんです!ね、クラウ様」


 ――― ふむ、最高位魔術師か。


 位にこだわるつもりはないが、魔術に関してはきっちりとすべての分野をマスターしておきたいと思っているクラウには、リザの提案もなかなか興味が湧くものだったらしい。それに気づいたリザが嬉しそうにクラウに抱き着いた。

「なんていってもクラウ様ですから!アリーシャ様と同じで、きっと光魔法だって使えちゃいますよ!」

「…そりゃあ、光魔法を扱える人間が増えればいいとは思うけど…。やっぱりクラウ様は男だし!剣術に興味がありますよね!?」

「男だから、とか。そんなんだからハンスさんはモテないんです!学問に差別はだめなんですよ!クラウ様はきっと立派な大魔術師様になるんです!」

 どちらも押しつけでしかないが、ハンスもリザも譲らない。バチバチと火花を散らしながら相手を牽制する二人の様子に、座席についたアリーシャがくすくすと笑った。

「まぁ、モテモテね、うちの子は。でもとりあえずその辺にして、今は夕飯にしましょうね。せっかくのご飯が冷めちゃうわ」

「はぅ、すみません、アリーシャ様!」

「いいのよ。二人ともクラウにほんとよくしてくれて、私も嬉しいわ」

 少し変わってはいるが…、それでもアリーシャには何よりも大事な一人息子である。自分の子が皆に好かれ、大切にされているのを見るのはとても幸せなことだと、アリーシャは感謝した。

 その後、話の内容はハンスが外の大陸で見聞きした珍しいものに移り、久しぶりににぎやかな食卓になったのだった。




 さて、その日の夜更け。

 夕食を平らげ、さらに泊まっていくことになったハンスを含め、大人たちが居間のテーブルで顔を突き合わせて何やら密談を行っていた。


「では、今からオーウェン家家族会議を開きます」

 リザの言葉に、残りのアリーシャとハンスはそっと拍手を送った。もちろんクラウが起きるといけないので、心の中でだが―――

 そんな三人に胡乱な眼差しを向けながら、ルカが床に寝そべっている。アリーシャの号令に珍しく参加している森の王は、少しめんどくさげであった。


「さて、本日お集まりいただいたのは、他でもない、来月12日の予定について話し合うためです。もちろん、その日が何の日かは皆さんお分かりですね?」

 二人が頷く。

「そう、1年でとても重要な日、…クラウ様のお誕生日ですっ」

 よほど興奮しているのか、リザの鼻息が荒い。それでも大声を出さないところはさすがである。

 この世界は1日が24時間という部分は地球と変わらないが、1か月が30日、1年が15か月の合計450日で終わる。そして来月、13月12日は、クラウの5歳の誕生日である。


「ハンスさん、ちゃんと今から予定を開けておいてくださいね」

「できるだけ調整するさ」

 例のガルフの情報次第では参加は難しいかもしれないが、なんとかして時間を作ろうとハンスは頷いた。血のつながりこそないが、ハンスにとってもクラウは大事な存在である。ちゃんと祝ってやりたい気持ちはアリーシャやリザと同じだった。


「さて、食事、飾り付けの方は、我々女性陣にお任せいただければ結構ですが、問題は贈り物です」

「……」

「困ったことに、クラウ様は一切ものを欲しがりません。これまで一度もです。今年で5回目を迎えるこの日ですが、我々はいつも頭を悩ませてきました」 

 リザは腕組みをして、深い深いため息をついた。


 1歳の誕生日には、エルフの民が昔から子供用のおもちゃとして与える人形を贈ったのだが、残念なことにあまり興味をひかれるものではなかったらしい。大事に部屋の棚に飾られてはいるが、それでクラウが遊んだことは一度としてなかった。

 2歳の誕生日は、さんざん悩んだ挙句、結局遊べるものがいいだろうと考え、絵札板という、薄い板に絵が描かれたカルタのようなものを贈った。遊べて、文字や言葉の勉強もできるという一石二鳥の優れものである。しかし、それも3日とせずに棚のインテリアに成り代わってしまっていた。最初は興味を示したものの、ほんの1・2回遊んだだけでクラウはそのすべてを覚えてしまったらしく、以来手にしているのを見た者はいない。

 3歳、4歳の誕生日は、ついに困ってしまった大人たちは、クラウが唯一興味を示す本を送ることにした。子供向けの絵本と児童書、さらに言葉を習得し始め、文字の読み書きに励むクラウのために用紙と羽ペンを付けて送ったところ、これは大当たりし大変喜ばれたのであった。

 そして今回は5回目である。


「やっぱり本がいいんじゃないかしら。時間があれば何かしらの本を読んでいるんだもの、よっぽど好きなのよ」

 これはアリーシャの言葉である。

「そうですねぇ。クラウ様の持っている本、何回も読み返しているせいで全部ボロボロですもんねぇ」

 と、リザが賛同する。

「うーん…。もう少し大きくなったら剣とか送りたいんだけどなぁ」

 最後はハンスである。よほどクラウに剣術を仕込みたいらしい。

「じゃあ今年も本を送るとして、内容はどんなのがいいですかねぇ。今は薬学に興味がるようですし、それ関連のものにしますか?」

「そうねぇ。今のはユルグの本だし、私はあげられる本が何もないから…。口で教えてもいいんだけど、あの子きっと遠慮するわよね」

 教えてほしいと頼まれれば、アリーシャとしてはやぶさかではない。もちろん仕事があるのであまり時間は割いてやれないかもしれないが、問題はクラウがそれを望まないということである。

「基本、自分が他人の仕事の邪魔をすることを嫌いますものね、クラウ様」

 と、どこか感心したようにリザは言うが、親としては少しさびしい気もするアリーシャだった。

「そういえば、ルカ様は何かないんですかね。この中で一番クラウ様と一緒の時間を過ごしているのはルカ様ですし」

 リザの言葉に、「確かに」と、他の二人もルカを見やる。

 当の王は半ば浅い眠りに入ったところを起こされ、少々ご機嫌斜めのようである。感心なさげに無視を決め込んで、そっぽを向いてしまった。


「ルカ」

『……』


 しかし、結局アリーシャの無言の圧力に負け、しぶしぶ口を開く。何かとこの親子には甘いルカであった。

『…光関連の魔法を学びたいらしい。それから魔法陣にも興味があるようだ。薬学に関しては今ある本でも十分な知識を得られると、満足していた』

 クラウがこの場にいたら、ナイスアシストと絶賛したに違いない。

「ですよね!さすがルカ様」

 アリーシャが言葉が理解できない二人に通訳すると、魔術師押しのリザが喜んだ。


「…光魔法なら、私にだって教えられるのに…」

 と、拗ねたようにアリーシャが言うのを、ルカは呆れたように見返した。

『あの子にそれができないことはお前もわかっているだろう。子供のなりはしているが、考え方は立派な大人のそれだ』

 もっとも、どうしてそういう風に育ったかはルカもアリーシャもわかっていないのだ。まさかクラウが前世の記憶を引きついでいるとは想像もつかないだろう。


「それはわかってるわよ。でも、私だって少しは親らしいことしたいじゃない…」

『感謝はしているはずだ。毎日働きに出るお前をよくほめているからな』

「ほんとう?」

 息子に認められているとわかって、アリーシャは嬉しそうに笑った。

『あの性格はなかなか治らんだろうから、お前もその辺はあきらめろ』

「ルカって、私よりずっとクラウのことを理解していわよね。仲もいいし…、ずるいわ」

『……』

 そんなことを言われてもどうしようもないと、ルカは黙ってしまった。


 クラウが生まれたときからそばにつき、いろいろな危険から守ってきたのはほかでもないルカである。ベッドの中で動き回り、危うく落ちそうになるのを支えたり、泉の中をのぞき込みすぎて、落っこちそうになるのを咥えて阻止したり。忙しいアリーシャたちに変わり、ルカは周りに目を光らせいろいろと補助をしてきたのだ。クラウもそんなルカに信頼を寄せるのは当然と言えば当然だ。


「あなたが守ってくれているから、あの子はあんなにすくすく育ったってこと、わかってるわ。すごく感謝もしているけど、やっぱり少し悔しいじゃない?」

『…今は贈り物の話をしていたのではなかったか』

 話の矛先が怪しくなり始めたのを感じ、ルカは軌道を修正した。自分はちゃんと質問に答えたのだからもういいだろうと、早々に目をつぶり寝る体制に入ってしまった。


「魔法書に、魔法陣の解説書ですか…。ハンスさん、どうにかなりそうですか?」

「お金、足りなければ私の蓄えから出すわ。入手は任せることになるけど…」

「何とかしますよ、もちろん。任せてください」

 ニカッとさわやかに笑い、ハンスは力強く頷いた。



 こうして5度目の密会は、ルカのおかげで比較的スムーズに幕を閉じたのだった。








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