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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第二章 旅路~ザバル村編
64/140

31 最上の光



 クラウと共にイアの背に乗りガーナへと向かっていたリオは、あまりのスピードに目の前の背中にしがみついているのがやっとだった。

 明かりひとつない暗闇の砂漠を駆けているため景色の変化は感じられないが、うっすらと揺れる目印の旗が次々と流れていく様子を見れば、その速さが尋常ではないことはわかる。にもかかわらず、風圧も揺れもほとんど感じないのだから、不気味さに拍車がかかりリオはただ黙って乗っていることしかできなかった。


「見えたぞ」

「くそっ、ひでぇな…!」


 ザバルを出て、わずか10分ほど。一直線に砂地を駆け抜けたクラウ達の目に、赤く燃え上がる炎と黒煙に包まれた街のシルエットが目に入った。崩れかけた街の正門には魔物が押し寄せ、それを抑えようと必死で戦う兵士の姿が見える。


「どうするんだ!?入り口にうじゃうじゃいるぞ!」

「人が多い、面倒だ。イア、迂回してどこか入れそうなところを探そう」


 クラウの指示通り、イアは入り口には近寄らずに闇にまぎれながら城壁を西側にぐるりと迂回した。だがさすがに鼻が利くのか、魔物の一匹がその気配に気づき雄叫びをあげ後をついてくる様子にリオが焦った声を上げた。

「やべぇ、気づかれたぞ!」

「わかっている。イア、北西に向かって壁沿いを走れ!道は僕が作る」


 リオの急かす声にもクラウはいつもの冷静さを失わず淡々と指示を出しながら、頭の中で以前見たガーナの街並みを思い出していた。ぐるりと囲まれた外壁沿いを駆けながら、どこか人目の少なそうな場所に入れないかと記憶を掘り起こす。

 確か西側の隅に人通りの少ない脇道があったはずだ。民家が並ぶ通りからさらに外れた墓地に通ずる道で、以前もほとんど人の姿を見かけなかった。そこならあまり人の目にも付かないだろうとクラウは判断すると、さっそくイアに近くの壁沿いまで走るように指示した。

 その間も魔物たちが必死で追いかけてきていたが、さすがにイアの俊足にはかなわず、その距離は徐々に開き、やがて見えなくなっていった。


「おい、どうすんだよ!?」

「しっかりつかまっていろ。壁を登る」

「はあ!?の、登るって…これをか?」


 戸惑ったように壁を見上げるリオをよそに、クラウは掌に魔力を集め始めた。

 属性は地属性。有り余る砂漠の砂を隆起させそのまま高い壁沿いに固めて斜めの道を作り上げると、イアはトップスピードを保ったまま、即席の坂道を上り易々と壁を乗り越えた。

 と、そこまでは順調だったが、徐々に見えた光景にリオの怒声が飛んだ。


「!?てめぇ、どこに着地する気だよ!魔物の真上じゃん!?」

「…おっと、これは計算外だ」

「冷静に言うんじゃねーよ!!!」


 乗り越えた壁の向こう側には確かに人影はなかった。しかし、クラウの予想に反して通りには十数匹のゴスゴブリンがうろうろと餌を求めて屯っていたらしい。「飛んで火にいる」とはまさにこのことで、上から降ってきた獲物にゴスゴブリン達は意気揚々と手を伸ばし、その血にありつこうと飛び上がった。

 チッと、イオの舌打ちが鳴る。

「どけっ!てめぇらの相手してる暇はねぇんだよっ」

 叫びながらイアの背中から飛び降り、腰の剣を鞘から引き抜くと、落下の勢いを借りて魔物目がけて振り切る。あらぶった言葉とは裏腹に、ごく冷静に、そして正確にリオの剣先は敵の急所をついていった。ひらりひらりと身軽に動き回り、敵の攻撃をかわしながら一体ずつ確実に仕留めていく太刀筋は、子供にしてはやはり筋が良い。

 クラウはその剣さばきに感心しながら、自身も加勢すべく、瞬時に魔法を練り上げた。

 着地と同時にイアが吐き出した炎にさらに風の魔法を混ぜて、爆炎をまき散らせば、一斉に飛び上がったゴスゴブリン達は凄まじい炎の壁にぶち当たり、身体を焼かれながら数メートルの距離をふっとばされ外壁に激突した。


「なんだ、案外やるじゃん、お前」

「………」

 ニヤニヤと意外そうな顔で言うリオに、クラウは静かに肩を竦めるだけに留めた。

 いるのはまだ10歳にも満たない子供二人だけ。しかし、その実力は十分大人の戦力に匹敵するものであり、結果、一瞬不利かと思われた状況でも二人と一匹は難なく勝利してしまったのだった。




「で?ここ、どの辺だ?」

 と、最後の敵を沈めたリオが剣を鞘に収めながら言った。

 相変わらず街の中心部は混乱の渦中にあるらしく、炎と煙が立ち込め、むせかえるような熱と焦げ臭い匂いが風に乗って届いていた。

「街の西側だ。この先の通りを更に北東に走れば、城門の真下に出られるだろう」

「ほんとか?」

「ああ。君は先に行け。僕は外のやつらを片付けてから行く」

「…いいのか?」

「心配ない。守るべき仲間がいるのだろう?」

 気にせずに先に行けと言えば、リオは何か言いたげにクラウを見つめていた。


「まだ何かあるのか?」

 と、クラウが聞き返すと、リオは打って変わってふわりと無邪気な笑みを浮かべた。

「お前、変わってるけど、結構良い奴だな」

「……」

「俺、リオディアス―――リオディアス・ライラック。お前は?」

「…クラウ・オーウェン」

「オーウェン、な。お互い生きてたら、またどこかで会うかもな。その時はなんか驕ってやるよ」

「期待はせん。良いからさっさと行け」

 最後まで連れない奴だと、リオはまた笑いながら己の剣を握りしめて仲間の元へと去って行った。



 ―――― 噂通り、いい腕だな


 クラウはリオの背を見送りながら改めて感心した。ココルが言っていたように確かに優秀らしい。敵に物おじせず瞬時に体が動いたところを見ても、場馴れしていることがうかがえた。きっとこのまま精進すれば優れた剣士として世界に名前が知られるだろう。

 また会う機会がるかどうかはわからないが、その時は一度手合せしてみるのも楽しいかもしれない。

 悠長にそんなことを思いながら、クラウは自分も移動しようとあたりを見回した。 


「さて、もう少し死角になる高いところの方が都合がいいな」


 これまで極力人前での戦闘は避けてきたクラウである。正門突破を回避したのもそのためで、できればもっと人目につかない場所へ移動し、天人族一行と鉢合わせしない場所で戦いたいというのが本音だった。リオと早めに別れたのも、一応理由があってのことだ。

「イア、どこか全体を見渡せる場所に上ろう」

 相棒に声をかけると、クラウは一番手近な民家の屋根へと軽やかに飛び上がった。






 ****




「状況はどうですか?」

「まずまずってところね。それよりそっちはどうなの?意外と元気そうじゃない」

 ようやく空の敵を対処し終えたころ、城から外に出てきたエルトリアの様子にココルは首を傾げた。怪我人をまかせっきりで、一人で回復を行っていた割には元気そうに見えたからだ。

「心配には及びません。キラとアウラ様が手伝ってくれましたので。私の出る幕などなく、もうほとんどの負傷者が回復し終わっています」

 機嫌よさそうに言うエルトリアの言葉に、ココルは納得した。

「そういうことね…。で?二人は?」

「今は控えの間で休んでいますわ。…それより、外の状況はどうです?」

「空の敵は排除したわ。地上はフェグレス様の部隊が圧倒してるし、じきに終わるでしょう。避難もだいぶ済んだみたいだし、すぐにでも結界が起動されるはずよ」

「そうですか。以前よりは少ない犠牲で済みそうですね」

「ま、あたしたちがいるんだから、そうじゃないと面目が立たないわよ。…でも街は結構やられたわね。先に火を沈めなきゃ」

 まだ燃え続ける街の様子を見つめながらココルはどうしたものかと頭を抱えた。

「ですが…、さすがにここではたいした水魔法は使えませんわ」

「そうよねぇ。ベステ<生成>はほとんど機能しないし、かといって私もそんなに魔力残ってないし」

「仕方ありませんわ。貯蓄の水を回して、なんとか消化するしか…」

 と、そこへ城下街からフェグレス達一行が戻ってくるのがみえた。


「エルトリア殿、状況はどうだ?」

「フェグレス様、皆さま、お疲れ様です。ええ、キラとアウラ様のおかげで、けが人はすべて治療済みですわ」

「ほう、それは…」

 エルトリアの報告に、フェグレスは感心したように頷き優しい笑みを浮かべた。

 びくびくと人の視線ばかりを気にして、何をするにしても周りの反応に怯えていた少女を憐れんでいた彼だったが、この数日でいつの間にか成長したらしい様子にどこか誇らしさを感じたのだった。


「さて、少しは落ち着いたようだが…、エルトリア殿はどう見る?」

 事態を把握しようと報告に耳を傾けるレイモンドたちの脇で、フェグレスはエルトリアへ話しかけた。

「…何とも言えませんね。少し、静かすぎる気もしますが…」

「ああ俺もだ。何か嫌な予感がするのだ」

「…と言いますと?」

「この状況、この感じ…、あまりにも四年前の状況に似すぎている。ならばおそらく、『奴』が来るはずだ」

「奴?まさか…」

 フェグレスの言葉に、エルトリアは眉間にしわを寄せて唸った。

「…そう簡単に現れるものでしょうか?」

「わからん。万一の場合は俺が相手をするが、レイモンド王にも手を貸してもらわねばならんだろう。憂慮に終わればそれに越したことはないが…、何とも胸騒ぎがしてならん」

 と、フェグレスが苦い顔であたりを見合した時―――


「フェグレス!!!上だっ!!!」


「!?リオ様?」

 

 聞き覚えのある少年の声にフェグレスが振り返ると、燃え盛る大通りの100メートルほど先を、剣を片手にリオが走ってくる姿が目に入った。

「何故あんなところに…!?リオ様、急いでこちらへ!」

 昨晩から姿が見えず、てっきりキラと共にいるのだとばかり思っていたフェグレスは、予想外の事態に頭を抱えた。

「フェグレス!上だっ、上に何かいる!!」

「上?」

 リオの焦ったような声に、訝しげに大人達が空を見上げた時、異様な雄叫びが街全体に響き渡った。




 ギャアアアーーー




「な、なんだ、あれは…?」

 見上げた人の目に最初に映ったのは、暗闇の奥、雲の切れ間から見える赤い文様だった。

 幾重にも枝分かれして走る赤の線は、どこか血管のようにも見える。

 やがてフェグレス達地上の人間はその正体に気づき、愕然と立ち尽くした。


「じゅ、呪魔…、なんてでかさだっ…!」


 漆黒の巨大な翼に走る赤い文様。先ほどまで旋回していたデスフライトと姿形は同じだが、その大きさは二倍、いや三倍近くあり、はるか上空で悠然と羽ばたきながら地上を見つめていた。

 突如として現れた『脅威』に、ただ唖然と見上げることしかできない人間を後目に、呪魔の醜い口が大きく開くと、見る見るうちに魔力が集結し、巨大な炎が形成されていく。


「リーファンっ、結界をはれーーー!!!!」

「皆、さがって!!!」

「リオ様!!!お逃げください!!!」


 我に返ったレイモンドが張り上げた声と同時に、ココルは騎士たちに自分の元へ集まるよう叫び、ありったけの魔力を解放した。一人通りの向こうに取り残されたリオにフェグレスがその場から離れろと叫んだ次の瞬間、呪魔の口から放たれた攻撃が地上に激突した。

 地を揺るがすほどの衝撃と爆音に、城門前の噴水広場が吹っ飛び、結界外が一瞬にして更地へと張り果てた惨状にその威力のほどを知る。

 しかし、まさに間一髪。

 激突より一歩早く城の結界石が解放され、構築された巨大な魔法防御結界とココルが放った包囲結界によって、呪魔の攻撃は衝突の勢いだけを残してやがて消滅した。

 なんとか全滅を回避し安堵の空気が流れる中、フェグレスは一人取り乱した様子で結界のそとへと飛び出した。


「リオ様!!!?」


 彼は更地になってしまった広場を駆け、一人結界の外で防御の術なく攻撃にさらされた少年の姿を探した。舞い上がる砂塵の中、名を呼び続けながら駆ける足が次第に大きくなる不安に震える。それでも手がかりをもとめ必死で叫ぶフェグレスの視界に、ようやくゆらりと小さな影が見えた。


「フェグレス、ここだ」

「リオ様!ご無事ですか!?」

「おー、なんかしらねぇけど、無事だよ」


 煙の向こうにうっすらと映った少年のシルエットが、こちらに向かって手を振り返す様子にフェグレスは安堵の息をついた。あの一撃を食らって無事でいられるはずがないのだが、どういうわけかリオの周りにはいつの間にか一人分の結界が張られていたのだった。


「あの結界は…?ハーマット、あなたですか?」

「………違うわよ、私じゃないわ」

 エルトリアの問いに、息も絶え絶えの様子でココルは首を振った。

 

 ――― 冗談じゃないわ


 あまりに突然の攻撃に、ココルは兵たちを守る結界を張るだけで精一杯だったのだ。距離の離れた、それもあんな完璧な完全結界を、数秒で的確に構築できるほどの技量はさすがにココルも持ち合わせていなかった。

「ではいったいだれが…?」

「…さあね。あんたじゃないってんなら、…別の、誰かでしょ…はぁーーーきっつい!」

 ココルはエルトリアの質問に答えながら、がっくりと膝をついて荒い息を吐いた。魔力を一気に解放した所為か、体力を消費し、疲労が足にきたのだ。

「ココル・ハーマット!?」

「…うっさいわね、大丈夫よ。しっかし、とんでもない衝撃ね、腕がまだしびれてるわ…」

「魔力の使いすぎです!」

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃない」

 実際ココルが結界を張らなければ、城の結界外にいた人間すべてが消し炭となって骨も残らなかったに違いない。それほどすさまじい破壊力を前に、一聖導師としては何もせずに突っ立ているわけにはいかない。


「次が来るぞ!皆備えろ!」

 呪魔が再び攻撃態勢に入る様子に、レイモンドが叫んだ。

「私が変わります!」

「全力でやりなさい!少しでも気を抜くと、つぶされるわよっ!」

「わかっています!」

 二発目が放たれると同時にエルトリアの結界が形成された。一撃目と変わらぬ威力の爆撃をなんとか結界で防ぎ切り、ほっと息をつく間もなく、三発目、四発目と放たれる猛攻に、地上の人間たちは防御するだけで精一杯だった。

「だ、ダメ!これ以上持たないわ!」

「しっかりなさい!今あんたが崩れたら、全滅よ!エルトリア!」

「わかってますっ!しかしっ」

 

 ギャアア――――


「まずいっ!城の結界が持たないぞ!」

 フェグレスの声に、レイモンドもココルもまさかと振り返る。

 地上をえぐり削るほどの威力に、幾度と戦に耐え抜いた城の結界ですら均衡が崩れ始め、壁がグニャグニャとゆがんでいった。


「このままじゃだめだわ…」

 ココルは必死に勝機を見出そうと頭をフル回転させた。今この場にいる人間の中で呪魔に傷をつけることができるのは、おそらく黒剣を持つフェグレスと、聖獣の力を宿した王剣を持つレイモンドのみ。だが、攻撃を与えるには先に上空から呪魔を引きずりおろさなければならない。


 ならば――――


「ああ、いやだいやだ!こんなの聞いてないし、絶対、特別手当ふんだくってやるわ!」

 叫ぶように悪態をつきながら、ココルは一人結界の外へと進み出た。

「エルトリア、防御は任せたわよ」

「ココル・ハーマット!?何をするつもりです!」

「何って、守ってるだけじゃ勝てないでしょう…!」

 訝しむエルトリアを横目に、ココルは先ほどと同じように呪魔の身体を拘束するべく光魔法を発動した。さすがに複数の同時発動は魔力が持たず、一本しか発動できないが、魔法陣で創り出した光の鎖で呪魔の後ろ足を拘束する。

 そのままありったけの魔力を総動員して、巨体を地上へ引きずり下ろす勢いで引っ張るが、抵抗する呪魔の力に引きずられびくともしない。こちらはフルパワーの出力にも関わらず、なかなか思うように拘束できないジレンマにココルの額に汗が噴き出す。手のしびれがいよいよシャレにならないくらいひどいものとなっていた。


 ―――― さすがに、きついわね…!


 こんな重労働になるなんて聞いてないと、ココルはミシェーラに見送られて浮き足立って出てきた自分を今更ながらに悔やんだ。確かにキラという極上の餌につられ引き受けた自分も悪いが、地方勤務の聖導師が担う仕事にしては割が合わないと、元師匠の顔を思い出しながら悪態をついてみるが、それで状況がよくなるはずもなく、ついにココルの魔力が底をつき始めた。


「ああああーーーー!!神様でも、だれでもいいから、なんとかしてーー!!!」


 ココルのやけくそにも似た懇願が戦場に響く。

 特別、本人は何かを期待したわけではなかったが、その時、不思議なことが起こった。


「……な、なに?ちょ、なになになにっ!?」


 ココルが発動していた鎖が急にぐっと力を増し、一回り太く成長したかと思えば、そのまま破壊的な力で呪魔の身体に巻きつき、締め上げていったのだ。


 ギャア、ギャアッ!!


 ギリギリと皮膚を伝い骨まで締め上げられる苦痛に呪魔の悲鳴が上がり、ついにその巨体が空から落ちていく。衝突の振動と衝撃波をなんとか踏ん張って耐え抜いた一行は、何が起こったのかと目を凝らすが、いまいち状況が呑み込めなかった。

「ハ、ハーマット殿か?」

「…だから、あたしじゃないってば」

 そんな余力など残ってないと仲間に示すように、ココルはひらひらと手を振りかえした。ならば今見えている光景はなんだと一行が混乱した頭で考える中、ココルは一人己が感じた違和感に震えた。


 ――― …冗談でしょ。今、誰かが加勢した?


 今の一瞬、確かに自分以外の魔力が加わり、魔法の威力が爆発的に上がったのだ。つまりそれは、ココル以外の誰かの魔法がココルの魔法に重ね掛けされたということだ。

 そんなことあり得ないとココルは即座に自分の考えを否定しようとするが、ほかに納得できる考えも思いつかばずますます混乱してしまった。

 他人の魔力に自分の魔力を合成させるのは、確かに不可能ではない。難しい技だが高位術者ならできないことはないだろう。だが光魔法を扱える人間は限られている上に、魔法陣経由なしで発動するにはそれなりの技術が必要なはずだ。エルトリアとアウラを除外して、今この場で光魔法を扱え、さらに他人の魔力の波長に同調させることができる器用な人間など、ココルには見当もつかなかった。

 そんな都合のいい人間がいるのかとあたりを見回すが、それらしい人影は見当たらなかった。


「…あっそう、あくまでも補助の立場で助けてくれるってわけね。ずいぶんと照れ屋さんじゃない。いいわ、どこのだれかは知らないけど、手伝ってくれるって言うなら利用させてもらうわよ!」


 今はうだうだ考えている場合じゃないと気持ちを切り替え、ココルは主のわからない魔力の流れに後押しされるまま、呪魔の翼ごと締め上げた。

 呪魔が巨体を引きずり、地を割る勢いでのた打ち回る中、この好機を逃すまいとフェグレスとレイモンドが呪魔へと立ち向かっていく。しかし、さすがにこの大きさの三分の二の血液を失わせるには一筋縄ではいかず、二人は苦戦を強いられた。

 さらに厄介なことに、騒ぎを聞きつけてか残党らしきゴスゴブリンが集まりだし、混乱に乗じて餌にありつこうと襲い掛かってくるのを、兵士たちは総出で凌いだ。


「てめえらは出てくんじゃねぇよ!」


 リオも兵士に交じり、自分にできる精いっぱいの行動すべく剣をふるった。ココルが必死で呪魔の拘束に従事する中、その穴を補うべくエルトリアは兵たちを結界で守りながら、後方から自身も光魔法で応戦した。普段は筆と書類しか持たないリーファンも仲間に交じり、慣れない剣片手に敵に立ち向かっていく。

 王があきらめない限り―――

 ぼろぼろになろうと、最後の一人になろうと、この地にしみついた執念で敵の首を狙って駆ける。

 かろうじて焼け残った家屋も衝撃に崩れ、ますます激しくなる砂塵に視界を奪われながらも、人間たちは持ちうる力のすべてで対抗した。


 やがて永遠に想えた戦いにも、ようやく終わりが訪れる。

 ついにフェグレスの一撃が、呪魔の翼を一つ切り落としたのだ。


 グウォォォォーーーー!


 呪魔は苦しみにおぞましい断末魔をあげながら、バランスを失い倒れそうになるのを、最後の足掻きと地に着いた後ろ足に力を入れ、その場に踏ん張った。

 羽を失った部分から激しく流れ出る血液に呪魔の目が血走り、身体中の血管がさらにぼこぼこと浮き出ていく。漆黒の皮膚が渇きひび割れ、めきめきと血管だけが膨れ上がり、ついには破れ四方にどす黒い血の雨が飛び散る。それでも呪魔は後ろ足に力を入れたまま天を仰ぐと、耳を引き裂くほどの雄叫びを上げ続けた。


「はぁはぁ、な、何だ…?奴は何をする気だ!?」

「わかりません!しかし、とてもまともじゃない…!」


 レイモンドもフェグレスも鼓膜が破れそうな音の振動に耳を塞ぎながら、まだくたばらないのかと肝を燃やした。どちらも満身創痍でこれ以上長引けば勝機は遠のくだろう。できればこのまま死滅して欲しいところだが、敵は思った以上にしぶとく、すでに瀕死の状態にもかかわらず戦意を失う様子がなかった。

 今のうちにもう一撃くらわせてとどめを刺すべきかと、フェグレスが剣を構えたとき、呪魔の後ろ脚にグッと力が入った。

「なんだ!?」

 瞬間、バランスの崩れた体制のまま、呪魔が地をけって飛び上がった。

 片羽のまま巨体が浮き、ずしんと地響きを伴い舞い降りた先は、城門の目の前だった―――


「ぇ…?どう、して……?」


 いきなり自分の目の前に現れた黒い巨大なシルエットに、エルトリアの唖然としたつぶやきがこぼれる中、呪魔の極限まで圧縮された魔力の塊が火を噴いた。


「エルトリアーーーー!!!」


 ココルの叫びは、放たれた攻撃の爆音にかき消され、エルトリアの耳に届くことはなかった。









「なんと、いうことだ…」

 レイモンドは呆然とその場に膝をついた。


 ―――私は、また、失ったのか…?


 運命を呪い、こんなことがあり得るのかと目にしたすべてを拒絶してしまいたかった。だが、変えられない現実に世界はなんと無慈悲なまでに残酷なのだと乾いた叫びが喉をつく。

 命を捨てる覚悟などとうにできていたはずのフェグレスでさえ、言葉を失うほどの絶望であった。

 気づけば、城の半分が消し飛んでいた。

 城門は跡形もなく吹き飛び、そのままエルトリアと城の結界を突き破って城壁に直撃したのだ。幸いにも大広間に直撃することなく二階から上部分が消し飛んだようだが、多くの民が崩れたがれきの下に埋もれていた。

 周囲にいたリーファンも兵士も魔物も数十メートルの距離を吹っ飛び、誰ひとりとして立ち残っているものがいなかった。

 唯一後方に取り残されたレイモンド、フェグレス、そして相変わらず不思議な結界で守られていたリオだけが無傷の状態で力なく立ち尽くしていた――――


「ハーマット殿…!」

 結界外にいたココルも爆風に巻き込まれ、壁に衝突した勢いで気を失っていた。フェグレスが気づき、駆け寄るとまだ息はあるようだが、頭を打ったのか呼び賭けても返事がない。

 

「キラ!!?キラ!どこだ!?返事しろ!」

 一方リオはがれきに埋もれた中を必死でかき分けながら、幼馴染の姿を探した。アウラがそばにいるならきっとどこかで無事なはずだと思いながらも、不安が押し寄せ、焦りに手が震える。

「キラぁ!!!」


 チリン。


「!キラ!?」


 チリチリン。


 わずかに聞こえた鈴の音に、がれきを押し退けるとやがて強固な結界に守られたキラが不安そうに顔を出した。

『リ、オくん…?』

「キラ!無事か!?」

『う、うん、私は大丈夫だよ。アウラが守ってくれたから。でも…』

 手を伸ばし隙間から引っ張り出してやりながら、リオは傷一つないキラの様子に安堵の息をついた。

「よかった…」

『リオ、くん…?』

 キラは一人わけがわからず、困惑した顔で幼馴染の顔を見つめていた。

 ふと気づけばがれきに埋もれていた自分。しかし傷は何一つ負っていなかったし、服一つよごれてはいなかった。

 なのに、なぜ城が崩れているのか。

 広間で助けたはずの人たちはどうなったのか。

 魔物の襲撃は終わったのか。


「キラ…」

『…リオくん、みんなは…?エルは?ココルさん達は?』

「………」

『ねぇ、エルは、どこ?すぐに、終わるからって、もう大丈夫だからって…、ねぇ、エルは…?』

「キラ…」

『…なんで、誰もいないの?』

「………」


 キラはそこで初めてあたりの異常さに気が付いた。

 あんなに頑丈に見えた城が無残にも崩れ、その下にたくさんの『何か』が埋まっている。

 隙間から見えるものが人の手足だとようやく認識したころ、キラの叫びがこだました。


『ぁ…いや、いやああああああ』

「キラ!落ち着け!」


 あちこちで痛みに苦しむ『声』が、一気にキラの耳へとなだれ込み、心が悲鳴を上げた。

 置き去りにされた数多の『想い』がキラの小さな体を駆けていく。


 手をつないで歩く母子。

 談笑する兵士たち。

 微笑み合う家族、絆、愛。

 陽の下で揺れる、白いローブ。



『ぁ…、エル、エル…!エルッ!』



 キラはふらふらと城門があった場所へと向かった。

 瓦礫の山の下に見慣れた白いローブの裾を見つけ、あわてて駆け寄る。

『エル!?」

「………キ、、、ラ?」

『エル!ぁぁ、ひどい、な、なんで…?何で!?』

「だい、じょ……よ。これ……い、じぶんで、治せるわ…」

『エルっ…』

 仰向けで倒れたエルトリアは体中にひどいやけどを負った上に、身体は瓦礫の下敷きになり、胸から下が完全につぶれていた。何とか自力で治癒しようと動く右手を胸に当て魔法を発動しようとしても、意識がもうろうとしている所為か、魔法陣を正常に動かすこともできない状態だった。

 それでもキラの不安を取り除こうと笑みを浮かべるエルトリアに、キラはどうしようもない悲しみと怒りで胸が張り裂けそうだった。


『どうして…』


 こんなにも残酷な世界があるのか。

 戦争はもう遠い昔に終わったはずだ。

 なのにどうして、罪もない人の命が無残に散っていくのか。理不尽な世界に怒りがわくと同時、自分さえもっとしっかりしていれば救えた命があったはずではないかと強烈な後悔が襲った。


『どうしてっ…!?』

「キラ!!」

『どうして!どうして、こんなっ…!こんなの、ダメ、ダメだよっ…!』

「キラ!落ち着け、俺を見ろ!」

『アウラ、アウラっ!!』

 宥めるリオの姿も認識せず、キラは必死に相棒の名を呼んだ。


 精霊アウラ―――


 彼は変わらずそこにいた。

 いつものようにじっとキラを見つめるあどけない表情。でもどこか、深い慈愛に満ちたその瞳に、キラは無条件で自分が守られているのだと気づかされる。

 確かに自分に力はない。けれど、『選択』はこの手の中にあるのだ。

 ならば、自分と同じ力なきものの命を紡ぐことこそが、聖導師を目指す自分の使命ではないか―――


『アウラっ』

 キラの瞳から、とめどなく涙があふれ、止まらなかった。



『お願い…エルを、みんなを―――、


 助けて―――』




 瞬間、激しい天光が地を突き、大地が揺れた。

 アウラの体を中心に光の洪水がはじけ、凄まじい衝撃がガーナ全体を襲った。小さな体から発せられた光の波動が四方へと飛び、街中を縦横無尽に駆け回る。

「っ!な、なんて魔力だ…!」

 周りで様子を見守っていたフェグレスたちはあまりの衝撃に身を竦める。しかし、不思議と魔力の波動を受けた体には何の傷も痛みもないことに驚き、ふと気づけば、いつの間にかガーナ全体を巨大な結界が覆っていた。

 何ものをも寄せ付けぬ完全な結界は、そこに存在していたすべての『悪』を消し去り、今まさに地上を徘徊していた魔物すら跡形もなく消滅していく。

 光の波動をその体に受けた彼奴等があっという間に浄化され、光の粒子となって霧散して行く光景に、取り残された人間は唖然と魅入ることしかできなかった。

 人では決して扱えない、光属性の中でも最も高位とされる浄化の魔法。

 それはすべての穢れを払い、呪いに犯された呪魔の身体までも簡単に天に帰すほどの威力を発揮した。




 ――――これが、最上の光の力…


 フェグレスは目にした光景が信じられず立ち尽くした。

 アウラの力は聖宮でもずっと未知のものとされてきたのだ。大聖導師ですら図ることができなかったその力は想像をはるかに超え、一種の脅威すら感じさせるほど強大なものであった。

 やがて訪れた静寂の中、雪にも似た光の結晶がどこからともなく舞い降ちてくる。


「み、みろ…皆の傷が…!」

「ま、まさか…!」


 天からキラキラと光の粒子が降り注ぎ、傷つき倒れた人の肌へと浸透していく。人の力を超えた最高級の治癒魔法―――その暖かな魔力の結晶は、人が負った傷のすべてを癒し再生させいった。


 人の領域では決して到達できないそれは、まさに神の所業。

 降り注ぐ光の中で、悠然と佇む一人の少女と精霊―――

 唯一絶対の絆に結ばれた二人の姿に、一人、また一人と意識を取り戻した人間たちは、己の身に起きた奇跡に感謝した。

 


 

 一人離れた場所から様子を見ていたクラウも降り注ぐ光のまぶしさに目を細め、空を見上げた。思い出されるのはアルフェンの里で見た光ゴケの胞子が一面に飛ぶ光景――

 懐かしいその記憶と重ねながら、久しぶりに聞こえた精霊の歌声にじっと耳を傾けた。




  ――――『選びし愛の息吹に 世界の鼓動が木霊する

      弱く儚くも届く幼い光に 愛を唄おう

      進むは不確かな未来なれど つないだ絆に 道続く

      嗚呼、我らが愛しき 世界の子』―――









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