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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第二章 旅路~ザバル村編
61/140

28 奇跡2



 

 「セレス…?なぜ、そなたがまだここにいる……?」


 ぼんやりとわずかに見える懐かしい姿に、レイモンドは震える声でつぶやいた。

 通常、契約の関係にある聖獣は、契約主である人間がこの世を去ると、契約は無効となりその精神は精霊界へと戻りまた新たな契約が結ばれるまで地上には姿を現さないとされているのだ。イノヴェアが死んだ今、彼女がここにいることはありえないはずだと、レイモンドはその意味を探るようにじっとセレスティアを見つめた。


「…愚かな私を、裁きに来たのか?」

『ふん、そうしたいのはやまやまだが、我らにそんな権限はない。人が、そなたがどれほど愚かであろうと、世界の掟の前に我らは従わねばならん』

「やはり、怒っているのだな…」

 言葉が聞こえぬとも、不快そうに長い尾を持ち上げ床にたたきつけるセレスティアの様子に、レイモンドは彼女が腹を立てていることを悟って弱弱しい笑みを浮かべた。



「彼女に、私を会わせたかったのか?」 

 キラと未だつながれたままの手を見つめながら、途方に暮れたように言うレイモンドに、キラは首を振って否定した。それからゆっくりと手を引いて、イノヴェアの下へと導いてやる。

 黒い靄に覆われたイノヴェアの身体は、すでに姿の半部以上が死の向こう側へと融けはじめ、もはや人の面影もはっきりしない塊となりつつあったが、細い骨と皮だけの腕がまだ必死に何かを求めるように伸びて、愛した温もりを探していた。

 キラはイノヴェアの前にレイモンドの身体を押し出し、ちゃんと見るように促した。


「なんだ?何が、あるというのだ…?」

 しかし、ただの人間でしかないレイモンドの目には闇以外には何も映らず、キラやセレスティアが自分に何を求めているのかわからず途方に暮れた。

 あれだけ必死に連れ出されたのだ。セレスティアと会う以外に別の意味があるのかと戸惑いながらも目を凝らすが、やはりわからない。

 やがてじっと見つめる先、きらりと光る赤い光が目につく。

 その形が徐々に見慣れた指輪のものと重なって視界に映ったとき、レイモンドは唐突に理解した。


「ま、まさか…」


 ベルクラウンの鉱石が付いたそれは、紛れもなくレイモンド自身が特別に作らせて贈ったものであった。赤い色が好きだと言った彼女のために、自ら鉱石を取りに出かけ、デザインし一から作らせた世界唯一の証―――

 それが今目の前で何かを求めるように漂っているのだ。

 信じられない光景に、夢だと首を振りながらもレイモンドはそっと指輪に手を伸ばした。


「これは、本物か?なぜ、こんなところに…?」

 指輪に触れた先で、何か冷たい感触にあたる。レイモンドはその「何か」に優しく手を握られた気がした。


「っ……いるのか?イノヴェア、お前なのだな…!?」

 叫びにこたえようとしているのか、黒い靄から抵抗するように白い腕が伸び、そっとレイモンドの頬に触れた。

「ああ、なんてことだ…!わからぬ…、私にはわからぬ!!何も見えぬし、何も聞こえぬ!!いるのだろう!?神子殿、彼女はなんと言っているのだ!?そなたには聞こえるのだろう!?教えてくれ、私には、わからぬのだ!!!」

『あ…』

 取り乱した形相で問われ、キラは咄嗟に胸元の紙の束を探すがそこには何もなかった。あわててあたりを見回し、真っ先に目についた木の棒を持ち上げ地面に字を書こうと力を入れる。しかし、何年もの間風と日光に晒された木は腐り、もろくもあっけなく粉々に崩れ落ちてしまった。

 ならば固い石はないかと探すが、暗い庭ではわからず、必死で地面を這って探す手は何も見つけられなかった。最後の手段と、直接自分の指で地面に文字を書こうとするが、長年水の恩恵を受けずにいた土は固く乾き、文字どころかキラの柔らかい指の皮膚を傷つけるだけだった。


 なす術なく、キラは伝わらないと知りつつも必死で声を上げた。

 手振りを使い、リオが読みとってくれるようにレイモンドにも伝わるかもしれないと口を大きくあけて、一字一句伝える。

 しかし、やはり響くのは人の声とは似ても似つかぬ音のみで、焦燥の眼差しでキラを見つめていたレイモンドの顔がくしゃりと歪んだ。



「…すまない、、、私には、そなたの声も、わからぬ…」

『っ…』



 無慈悲な現実を突き付けられ、ぐっと唇を噛んだキラの目にじわりと涙が滲んだ。

 自分はなんて非力なのか。結局、言葉一つ伝えることすらできないまま終わるのかと、自身の無力さと情けなさに俯き、拳を握る。


『世界の子よ、そなた、人の言葉を使えぬのか…?』

『ぁ…、ごめ、なさい、ごめんなさい…』

 どこか驚いたようなセレスティアの声に、キラはついに耐え切れず泣き出してしまった。

『ごめんなさい、私っ…、なにも…』

『何を謝る。そんな必要はない。そなたは十分動いてくれた』

 自分の非力さを必死に謝罪する少女に、セレスティアは慈愛に満ちた声で答えた。

『我々に会いに来て、あの男をここまで連れてきてくれたのは他でもないそなたの行動の結果だ。結末がどうであれ、最後に会えてあの子も喜んでいる』

『でもっ!』

 導いてやることができないのでは意味がないと、キラは頬を濡らして激しく首を振った。

『構わぬ。贅沢をいえば苦しまずに逝けるよう送ってやりたかったが、…そろそろ我の力も意味がなくなる。やはり、最後の手段を選ぶことになりそうだ』

『最後の、手段…?』

『ああ。できれば避けたかったが、致し方あるまい。我の中に、あの子の魂を取り込むのだ。そのままあの男の想いの届かぬ遠い地で、静かに消化する時を待つ』

『しょ、消化…?それって』


『我が魂の一部となるのだ。よってその魂が再び転生を迎えることはない』


 つまり、それは永遠の消滅―――


『それでも、異形のものとなって闇の向こう側をさまよい続けるよりはましだ』

『そんな…、待って!待って、お願い!今何かさがして…!』

『間に合わぬ。もう、時間がない。このまま苦痛と悲しみだけが巣食う世界でイノヴェアを彷徨わすことはできぬ。我はそれだけは、断じて認めぬ』

『でも!お願い、待って…!』

 キラは必死で何か文字を書けるものがないかあちこちを見回した。だがやはり何も見つからず、焦りだけが募っていく。


「イノヴェア…、なぁ、やはり怒っているのか?

 そうだろう…?

 苦しいのか?悲しいのか?

 私を、恨んでいるのか…?

 ならばいっそ、このまま私も一緒に、連れて行け―――」


『だめ!そんなこと、イノヴェア様は望んでいない!違うの!!!』


 レイモンドの想いに同調するように黒い靄がイノヴェアの腕を這い、レイモンドの身体にまで侵食していく様子に、キラはあわてて叫んで引き留めた。このままではレイモンドまでもが死線を超え、同じ苦痛の世界を彷徨うことになってしまう。だがそれは、決してイノヴェアが望む結末ではなかった。

 キラは叫び、首を振って、レイモンドの腕にまで伸び始めた黒い靄を追い払いながら、後ろに迫る死の影はイノヴェアが呼び寄せたものではなく、救う手だては他でもないレイモンド自身にあるのだと必死に伝えた。

 しかし、彼はすでにあきらめたような顔で寂しげに笑うだけだった。


「…構わぬのだ、神子殿。今、ここで、このままイノヴェアに手をひかれて逝けるなら、これほど幸せなことはない。その先が地獄だろうと、苦痛しかない得も言われぬ絶望の世界だとしても、構わぬ。罪深き私には似合いの結末――いや、私自身がそうしたいのだ、許してくれ…」


『だめっ…!』


 ――― 何が神子様だ。

   

 人の思いをきちんと伝えることすらできないのに、何が選ばれし神子なのかと、自虐の思いが胸を突き、キラの頬を行く筋もの涙が零れ落ちていった。

 人の言葉をちゃんと持ったフェンデルならばきっと簡単に救えたはずだ。だが自分は違う。紙とペンがなければ何もできない己の無力さと、絶えず聞こえるイノヴェアの悲痛な叫びに挟まれ、無垢な心が悲鳴を上げる。



 ――― どうして…?どうして、私の声は、誰にも届かないの…?



『届いてるよ』


『っ………』


『泣かないで、キラ。大丈夫。キラの声、ちゃんと届いているよ』


『…アウラっ…』


 ふらりと舞うは、闇夜に光る天の愛――

 アウラはにっこりとキラに向かって微笑むと、イノヴェアとレイモンドの間へと降り立った。それからゆっくりとイノヴェアとレイモンドの手を取ると、そっと手の甲に口づけた。

 瞬間―――


 庭中にまぶしい光の粒子が溢れ、弾け、一陣の風と共に夜空へと舞いあがった。

『あっ…!』

 キラの目に最初に見えたのは、レイモンドが握った白い指の先だった。それが誰の指かを悟った瞬間、一気に黒い靄が霧散し、淡い光に包まれた空間の中に一人の女性が姿を見せた。

 それはキラが肖像画で見た姿と同じ、生前のイノヴェアそのものであった。


「ああ……何てことだ…、見える、私にも、見える…!イノヴェア、本当に、お前なのだな…!?」

「レ、イ…?まぁ、信じられない…、こんな…」

『なんということだ…』


 自分の身に起こったことが信じられないのか、きょとんとした顔で首を傾げるイノヴェア―――

 その姿だけではなく、声までも人のそれとして届く様子に、キラもレイモンドも、セレスティアすらも皆信じられないと立ち尽くした。


「これは、奇跡だ…。また、お前に会えるなんて、…」

 レイモンドは震える手で愛しいその頬に触れた。まるで腫物を触るように、そっとそっと大事に撫でる。握っていた手の先同様、体温は感じられないが、それでもレイモンドには生きていたイノヴェアの肌の感触がよみがえるようで、たまらず泣き崩れた。


「許せ、イノヴェア…、私は、どうしても選べなかった…、選べなかったのだ…!!」

「レイ…」

「許せっ…私は、王失格だっ!国を選べず、民を選べず、…優柔不断な決断が、お前さえも失った、ゆるせ…ゆるせ、イノヴェア…」


 すべて、私のとがだ――――


 項垂れ、ただただ謝罪する変わり果てた王の姿に、イノヴェアの頬にも涙が伝い落ちていった。

 そこには、イノヴェアが知る王としてのレイモンドの面影はどこにもなかった。身体中傷だらけで、目の下に隈を作り、痩せこけ、無精ひげも剃らずに伸びたままの顔で縋る様は、ただひたすらに自分を責め続けた哀れな男の姿であった。

 

「ああ……

 私が出会った人は、こんなにも意気地のない男でしたでしょうか?

 私が選んだ人は、こんなにも情けない男でしたでしょうか?

 私が、誰よりも愛した人は、こんなにも弱い男でしたでしょうか…?

 

 いいえ…いいえ!!


 しっかりしなさい!レイモンド・ガルーシャ!!

 あなたは何ものですか!?」


「イノヴェア…」


「歴代の王が受け継いできた意志をお忘れですか!?

 その背にある証が意味するものを、初代王が目指した、ガーナの本当にあるべき姿を、あなたはすべて忘れてしまったのですか!?

 私を失ったからと言って、すべてを捨てて去る免罪符にはならないのよ!」


「すまない、すまない…」

 

「謝らないで。あなたの悪い癖よ。どうしてそんなに自分ばかり責めるの?罪があると言うのなら、それは私たちに選択を迫ったあの男のはず。そして、選んだのは他でもない私よ」

「だが……」

「ほら、そうやってまた自分を責める。優しいあなたのことだから、自分を責めて、いろいろ抱えて潰れちゃうんじゃないかって心配で…。だから、セレスティアに無理言って魂をこの庭につなぎとめてもらったの。なのに、あなたったらずっと部屋に籠って出てきてくれないし、ちっとも気づいてくれないんですもの」

 それはイノヴェアの優しい嘘であった。

 彼女がたどるべき道を歩めずこうして長い時を苦しみの中で彷徨ったのは、他でもないレイモンドが原因だ。彼の強すぎる後悔の想いが世界の魔力に呑まれ、イノヴェアの魂を現世に縛り付けたのだ。

 しかし、イノヴェアは決してそのことを責めはしなかった。


「私のためにレイが死んでも、私はちっとも嬉しくないのよ」

「…すまない。だが我には何の力もないし、何も聞こえなかったのだ。神子殿と、精霊様がいなければ、お前には決して会えなかった」

「ええ、そうね…本当に奇跡ね。でも、その奇跡も、もうおしまい―――」

「イノヴェア!?ま、待ってくれ…!」

 光に包まれた体が、うっすらと透けていく様子に、レイモンドが悲痛の声を上げた。


「さあ、もう泣き言はおしまいよ。

 立ちなさい!

 立って、その足で前に進むの!

 あなたは王なのよ!

 正真正銘、誰が何と言おうと、今、このガーナの『王』はあなたなのよ!

 その役目をちゃんと果たしてから、私に会いに来てちょうだい。

 あなたならきっと大丈夫―――」


「……、今、この時ほど、背の証を重く感じたことはない。名ばかりの無能な王だ。今更、誰もゆるしてくれないさ…」

 不甲斐ない王を責め、笑うものはいても、以前のような敬愛を示してくれる人間はいないだろうと、レイモンドは自嘲気味に笑った。

 まだそんな泣き言を漏らす情けない男の頬を、ぺちりと白い手が叱責した。

「バカね。大丈夫、信じなさい。あなたの民を―――」

 もうほとんど透けてしまった体で、それでもイノヴェアは慈愛に満ちた笑みを浮かべて愛する男を抱きしめた。

「レイ。世界で一番、いとしい人。これでお別れだけど、私はいつだってそばでみているわ。だからどうか、あなたと私が愛した民を、守ってあげてね―――」

 それからキラとアウラを見つめて礼を言う。

「ありがとう―――

 会いに来てくれて、声を届けてくれて、ありがとう―――



 地面から伸びた鎖が粉々に崩れていく。そして、光の先へと消えていくそのはかない残像にすがるように、レイモンドは最後の光が天に上るまでずっと見送った。





『アウラ…』

 一人たたずむレイモンドを残し、アウラがキラの方へと戻ってくる。笑みを浮かべ飛んでくる相棒の身体を、キラは思いきり抱き留めた。

『キラ、ニコニコ?』

『うん、ありがとう、ありがとう』

 そんな二人の様子を、セレスティアは優しく見つめていた。

『…やはり、すでにお生まれになっていたのだな。通りで世界が騒ぐはずだ』

『…え?』

『いや…。世界の子よ、我からも礼を言おう。ありがとう』

『私は何も…。アウラのおかげだから』 

 自分に礼をいう必要はないと寂しげに笑うキラに、セレスティアは首を振って否定した。

『そなたは何もわかっておらぬのだな』

『え?』

『彼らが何故、力を使うのか。…幼いお前にはまだわからぬかもしれぬ。だがいずれその意味を知るとき、そなたはきっと世界のだれよりも優しき存在になっているだろう』

『ぁ…。セレスティアさん、いっちゃうの…?』

 同じように身体が透けていく様子に、キラは彼女もまたここから去っていくことを悟った。

『ああ、我の役目は終わった。だいぶ長い時を生きたが、少し、休もうと思う。あの子との思い出と共に―――

 さらばだ、愛しき世界の子よ。

 そして、光の神に、我が最上の敬愛を―――』

『…さようなら』

 アウラも笑顔を浮かべて、キラの腕の中から手を振った。


『ああ、最後に、もう一つだけ―――

 気をつけろ。とても邪悪なものが、すぐそこまで来ている』


『え…?』


『何かはわからぬ。だが暗く、強い、とても恐ろしい「想い」だ』

 


 気をつけろ―――

 



 スッと光の中へ消えていくその姿を、キラは不安げに見送った。

 





「キラ!」

『エル…』

 自分の名を呼ばれ、キラが入り口を振り返ると、こちらに向かって必死に中庭を駆けてくるエルトリアの姿があった。その後ろにはココルもいる。

「よかった無事で…。もう!黙って出ていくなんて、二度としないでちょうだい!」

『ごめんなさい…』

「いつも言ってるでしょう!?何かをする前には必ず誰かに話してからにしてちょうだい!心配する方は身が持たないわ…」

 キラの身体をその腕に抱き、苦しげに言うエルトリアの様子に、キラは迷惑と心配をかけてしまったことを詫びた。

「ちゃんと私の相棒が付いてるから心配しなくてもいいって言ったのに。ほんと過保護よねぇ、あんた」

 呆れ気味に言うココルも、どこか安堵したような笑みを見せた。キラの姿が無いと青ざめた顔で部屋に駆け込んできたエルトリアに、ディゼットが付いているし、他でもないアウラという心強い見方がいるのだから心配ないと何度も言い聞かせながらここまで来たのだが、こうしてちゃんと無事な姿を確認できて安心したようだった。



「あまり、叱らないであげてくれるか。彼女の…神子殿のおかげで、我らは救われたのだ。誉められこそすれ、怒られる責はない」


「あなたは…?」

 あまりに夢中で、キラ以外が視界に入っていなかったエルトリアは、そこで初めてキラが一人ではないことを知り、同時に驚きに目を見開いた。

「ガルーシャ王…!?」

 どこかくたびれたような顔であったが、エルトリアはその男がこの国の王であることはすぐに分かった。身なりや出で立ちはひどいものだが、その顔にはどこか面影が残っている。しかし、つきものが落ちたようにすっきりとした顔で淡い笑みを浮かべる様子は、とても自ら死を望み続けた人間の姿には見えなかった。

「い、一体、何が…?」

 リーファンの話を聞いたばかりだったエルトリアはやはり信じられず、唖然と聞き返す。そんな様子にレイモンドはどこか申し訳なさそうに力なく笑った。


「本当に、私にも何と言っていいのかわからぬ。…不思議なものだな。ろくに食事すらとっていなかった身体だが、だるさも痛みも消えている。昔に戻ったように、とても身体が軽いのだ。これが精霊という絶対的な力なのだな」

「では、アウラ様が力を…?」

「さよう。大の男がこのような醜態をさらし、なんとも情けない話だが…。対して神子殿は強い方だな。こんなにも幼いのに、誰も叶わぬ慈悲の心を持っておられる」

「キラが…?それはどういう…」



「…?しっ!」


 詳しい話を促そうと口を開きかけたエルトリアに向かって、突然ココルが黙るように抑えた。

「今、何か聞こえなかった…?」

「なんですか、いきなり…?特には何も聞えませんが…」

 ココルの言葉にエルトリアもレイモンドも耳を澄ましてみるが、何も聞こえず、困惑したように見合った。

 しかし、この場でただ一人、キラだけがしっかりとその『音』を拾っていた。



『あ………泣いてる!誰かが、泣いてる!!!』

 それは城の外から聞こえた、無残な悲鳴の雄叫びであった。



「ガルーシャ様!!!」

 同時に、中庭へ必死に駆けてきた一人の兵士があげた呼び声に、一同は振り返った。

「?なに事だ!!!」

「も、申し上げます!西方より、また、魔物が…!このガーナに―――!!!」





 それは、繰り返される悲劇の幕開け。 

 さまざまな思いと強欲が生んだ完璧なシナリオの第一幕―――






「さぁ、始めましょうか。世界の頂点に生きるものの力がどれほどのものか、お手並み拝見といきましょう」



 誰に聞こえることもなく、愉悦に湧く声がひっそりと響き、やがて闇の空へと消えていった―――











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