18 旅立ち
「どうすんだよ、兄貴」
レノは、深いため息をついてガルフを見やった。
場所はクラウが泊まっている部屋の向かいの一室で、サイルスも一緒だ。
「いつまでここにいる気だよ?」
イライラした様子で足を揺らす。どうもご機嫌斜めらしい。
無理もない。なぜなら、ここ二日ほどクラウが部屋に籠りきったまま、出てこないからだ。いくら本人の自由にさせると言っても、何もせずただ部屋に籠ったまま一向に行動しようとせず、この先どうやって一人でやっていくのか。レノは、やはり最初から無謀な話で、もう自分たちの庇護下において面倒見るかいっそ里に連れ帰るべきだと兄に向って強く主張した。
「レノ、まぁ待て」
「十分待ってるっつの」
「………」
ガルフは弟のしびれを切らした様子に苦笑いを漏らした。確かにこのままでは時間だけが過ぎていくし、自分達だってそこまでクラウだけのことに時間を割くわけにはいかないのだ。
ミネアヴァローナについてから五日。クラウは最初の日こそ、外にいろいろ出かけて、街の様子を見て回っていたようだが、それも二日もたてば、彼は一日中宿の部屋にこもるようになってしまったのだ。
もう少し詳しく言えば、一度早朝に出かけいつの間にやら手にした資金で様々な食材屋に出かけていろいろ物色して戻ってくると、あとはそのまま日が暮れるまで部屋から出てこないのだ。あとは夕食と恒例の風呂に浸かるときにようやく姿を見せるのだが、終始ぶつぶつと何かを考えているようで、まともに会話もせずにまた部屋へと戻ってしまうのだった。
突然の奇行にガルフ達はどうするべきか対応に困り、結局好きなようにさせていたのだが、レノでなくても心配するのは当然のことであった。
「…どうしたんすかねぇ、あんなに生き生きしてたのに、籠ったまんまでらしくないっすね」
サイルスまでもがつまらなそうにつぶやく。確かに、新しい世界に目を輝かせていた姿しかしらない彼にしてみれば、こんな風に部屋にこもってぶつぶつと作業しているクラウの姿は異様に思えるのだろう。
だが、ガルフだけは今クラウがしていることが決して意味のないことだとは思わなかった。彼には何か思うところがあってそうしているはずだとガルフは考えていた。だいたいあんなに人に気を使っていた子供が、ガルフ達を放置したまま自分の時間を優先するわけがないではないか―――
無駄にも思える今のこの時間が、クラウにはとても必要な時間なのだと、短い付き合いの中でも、ガルフなりにクラウのことを理解しつつあった。
「でも、俺もレノさんの意見に賛成っす。なんなら俺、クラウ様と一緒にここで住んでもいいっすよ!」
年中旅するのも悪くはないが、クラウとの生活もなかなか楽しいものになりそうだとサイルスは自ら立候補した。それに難色を示したのはレノだった。
「てめぇは料理もろくにできねぇ癖に、何言ってんだ」
「あ、レノさんにだけは言われたくないっす」
「……。もっと適任は他にいるっつーの。お前は却下。子供に子供の面倒が見れるか」
「えー!?何でですかぁ」
むっと膨れるその様子がすでに子供だと言いたいのを抑え、レノはガルフに詰め寄った。
「サイルスの冗談は置いといて。それより、そろそろ本気で考えねぇとダメじゃねぇの?兄貴さぁ、いくらアリーシャの息子だからって、甘すぎるんじゃね?」
「…そういうつもりはなかったが」
まさかそんな風に思われているとは考えもしなかったガルフは、軽く笑った。
確かに特別といえば特別だ。アリーシャの子供であることももちろんだが、何より、本来ならば王族としてしかるべきところで何不自由なく一流の教育を受けて過ごせるはずだったのだ。それが、現状はその正体を隠し、一般の教育を受けるために自ら資金を稼ぐと言うギリギリの生活を強いられているのだ。
王族として生きることが果たして幸せかと問われればガルフには答えられないが、少なくともクラウが望む勉強はなんだってできたはずだ。
可能性ある子供の未来を少しでも明るくしてやりたい。
そのためには本人のやる気だけではなく、周りの環境もとても大事なのだとガルフは思ったからこそ、クラウの学校に行きたいと言う願いにも反対しなかったし、それこそどんな後押しも援助も惜しむ気はなかった。―――最も、早々に本人に断られてしまったが、その気持ちは今も変わっていなかった。
「まぁ、もう少しだけ待ってみよう。クラウ様にはクラウ様の考えがあるのだろう」
「……それって…」
ガチャリ―――
その時、噂をすれば何とやら。ガルフ達のいる部屋の扉があいたかと思うと、そこにはクラウが立っていた。当然のようにイアがその横にちょこんと座っている。
「すみません、お待たせしました。ちょっとお腹が空きましたので、みなさんで食事に出かけませんか?もちろん、僕のおごりです」
「………」
妙にすっきりとした顔で言われたクラウの言葉に、大人三人は顔を見合わせた。
サイルスの一押しだと言う店に皆で出かけ、久しぶりに肉をたらふく平らげたレノとサイルスは大いに満足したらしい。それまでのイライラはどこかに吹っ飛んだように終始上機嫌で、宿に戻る頃には歌まで歌い出す始末。
どうも二人はクラウに皆で食事に行きたいと誘われたことが相当嬉しかったらしい。なんせ出会ってから今日まで、クラウが自ら何かをしたいと大人たちに甘えたのはこれが初めてだったからである。
「…クラウ様、本当によろしかったのですか?」
帰りの夜道、ガルフはずっと申し訳なさそうな顔でクラウの後ろを歩いていた。約束通りクラウが食事の代金を払ったのがどうしても納得できないらしい。店で自分が払う、払わないの問答を繰り返し、結局クラウの舌にうまく丸め込まれ引き下がったガルフだが、店を出てからも自分達が驕られる理由がないと受け入れられないらしかった。
「気にしないでください、と言っても気にするでしょうけど。これは最初から考えていたことなので、素直に受け入れてくれると僕もありがたいのです」
クラウは前を向いたまま、静かに語った。
「旅に出ると決めてから出発の日まで、ユルグさんとも相談して、すぐに買い取ってもらえそうな薬草類をあらかじめ準備していたのです。なので、今日のお金は里から出してもらったようなものなのです。本当なら自分で稼いだお金で食事をごちそうしてあげたかったのですが、今の僕には少し難しいですから」
「…、ありがとうございます」
そこまで言われてはガルフもどうしようもない。
ガルフはそれ以上何も言わず、黙ってクラウの後をゆっくりとついて行った。
翌朝、朝もやが残るまだ日も上りきらない時間にクラウは目覚めると、身支度を整え、紙に文章を連ねそれをベッドの上においた。その隣に以前ガルフから預かった小さな笛も添えてから、リュックを背負い、相棒を振り返る。
「行こう、イア」
クラウがこれからどうしたいのかちゃんとわかっているらしく、心得たようにイアは隣へとやってきてクラウの顔を見上げた。
二人で頷きあい、部屋を出ると、サイルスとレノが泊まっている向かいの部屋の前で深々と頭を下げる。
「お世話になりました」
顔を見ずに言うのは礼儀に反するかもしれないが、今日だけは許してほしいとそのことも謝り、クラウは静かに宿を後にした。
今日も晴れやかな天気になるらしい。霧が徐々に晴れて、光が地面を照らし始める中、イアと共にゆっくりと人のいない道をゆく。途中、店先で掃除をする主人が、こんなに朝早くから鞄を背負って歩く子供を不思議そうに見送った。
やがて、外の街道にでる北門へ差し掛かったころ。その柱に寄りかかるようにして人影が見え、クラウは珍しく傍目にもえわかる笑みを浮かべていた。
「ガルフさん」
「…やっぱり行くのですね、クラウ様」
ガルフ・ブランド。里一番のイケメンは、少々飽きれたような顔をしていたが、やはりイケメンだった。
珍しくいつも頭に巻いているバンダナを外しているため、エルフの象徴ともいえる銀髪が朝焼けの中で光り輝く。そのまぶしさにクラウは目を細めた。
「よく、ここだとわかりましたね」
自分の考えなど見抜かれているだろうことはわかっていたが、よもやこの門を通ることまで見透かされていたと思うと、クラウは少しだけ悔しかった。
「何となく、そんな気がしただけです」
ガルフは穏やかな笑みを浮かべた。
最後の最後に、クラウの意表をつけて嬉しいらしい。
「決めたのですね?」
「はい。ユルグさんにはここで暮らすのが一番だと助言をもらい、僕もその予定でいましたが、少し計画を変更しようと思います。…いろいろ考えましたが、どうしても見ておきたい場所があるのです」
「…そうですか」
ガルフはしばらく、クラウの姿をじっと見つめていた。
「クラウ様」
「はい」
「あなたの目から見て、この世界はどうですか?」
ガルフのひどく大雑把な質問に、クラウはその眼をしっかりと見つめ返しながら答えを返した。
「好きですよ。僕は、この世界が好きです」
何よりアリーシャが愛した世界だ。実際に旅をして、クラウはもっとこの世界について知りたいと思う気持ちが強くなっていた。そして必ず己の望みをかなえてみせると―――
「いい答えです。ならばもう、これ以上私は何も言いません」
クラウのその答えに、ガルフは満足そうにうなづいた。
「あなたは賢く、強い方だ。きっと我々が想像する以上に―――。
里での誓い、決して忘れないでください」
「はい」
「あなたの望みが叶うよう、応援しています。
同じこの空の下で、いつまでも―――」
「はい。今日まで、大変お世話になりました」
「行ってらっしゃいませ、クラウ様」
「はい、行ってきます!」
感謝の気持ちを込めて、一礼する。
「行こう!イア!!」
クラウの言葉にイアがかけていく。クラウもその横について走り出した。
決して振り返らない。
前だけを見て、ひたすらに走る。
あっという間に門から遠ざかり、遠い距離にうっすらとその影が見える位置にきてから、クラウはようやく立ち止まって後方を振り返った。
「お世話に、なりました」
――― この恩は、決して忘れません。
クラウはもう見えないその人に、いつか必ず恩を返すことを固く誓って再び歩き出した。
改めてリュックを背負い、今度は走らずにゆっくりと歩く。地図によれば目的地まではまだまだ先は長いので、ここからは少しでも体力を温存しながら行こうと無理をしないように進む。
そんなクラウの心情を察してかどうかはわからないが、しばらくしてからふとイアが立ち止まった。
クラウもつられて歩みを止める。
すると突然、イアは足に力を入れて踏ん張ると、ブルブルっと身体を震わせた。
「イア?その姿…!」
見えた光景に、クラウは思わず笑い出していた。
「おまえ、そんなことができたんだな!」
珍しく声をあげて楽しげに笑う様子にイアも大満足なのか、少し自慢げにクラウの前で頭を下げた。
なんと、イアは体が一回り大きくなっていたのだ。
そしてどうやら自分の背に乗れと言っているらしい。
「まいったよ、僕より役者だな!」
クラウは尚も笑いながら、その背に飛び乗った。
こんな風に大きくなれるのなら、谷でチャットを背負って走れたはずだ。だがイアはそれをしなかった。
おそらくルカと同じで他の人間をその背に乗せるのを嫌がったのだろう。クラウが頼めばまた話は違ったかもしれないが、あいにくクラウはイアがこんな風に身体の大きさを変えることができるなど知らなかったのだから無理な話だ。
――― なかなかいい性格してるな
不思議と怒りはなかった。ただその徹底した態度に呆れると同時に、自分だけに向けられる信頼に、先の旅がなかなか楽しくなりそうだとクラウは満足げにうなづいた。
――― 確かに、僕にぴったりの相棒だな
ルカの選定は間違っていなかったらしい。頼もしい相棒の背で、クラウは遠い地にいる友に改めて感謝した。
「さあ、今度こそ出発だ。行こう」
人を背負っているとは思えない軽い足取りで、イアが野を駆けていく。
これまで全力で走る場面が少なかった所為か、左右に広がる草原の中を走るその姿は実に楽しげで、クラウは次々と流れる景色を存分に楽しみながら以前体感したルカの走りを思い出していた。
四肢をフルに使ったしなやかな走り。空気の抵抗も気にせず、風を切って走るその姿は、まさに獣そのもので、聖獣の本来あるべき姿なのだろう。人が生まれる以前はこうしてただ自由に地を駆け、世界を思うままに渡り歩いていたのかもしれない。
やがて見えた光景に、クラウは頭に記憶した地図を思いだし、行くべき道筋を確認した。
「イア、そのまま北西だ」
目的地は砂漠地方。
関所を超えるとがらりと一変したその景色は、昔何かの本で見たエジプトの広大な砂漠と似ていた。
イアは特に砂地に足を取られる風でもなく、むしろさらにスピードを上げてクラウを確実に目的の場所へと導いていった。ずっと走り通しでもさほど疲れないのか、ゆっくりと進む行商人のキャラバンを後目に優雅にかけていく。
やがて、クラウの目に以前山脈の上空から見たエリアが映った。
「確かこの辺りだったな」
そう、この当たりの主として君臨する、聖獣ロックマイアンの縄張りである。
イアも当然同族が住んでいることはわかっているはずだが、彼女は特に気にすることなくスピードもそのままに縄張りの文様を超えていった。
『闇の空、すなわち我ら先住の天下なり。汝、光の恩恵を受けし身をもってのみこの地を渡るべし』
走り過ぎるクラウの面前に警告文が浮かんで消えていった。
存外、聖獣という生き物は古臭い言い回しが好きらしい。なかなかすんなりと頭に入る文章ではないが、要するに部外者は日中だけここを通ってもいいという意味である。
「なんだ?」
イアの進むままその背の上で砂の地平線をみつめていると、突如、ぐらりと地面が揺れた。
ゴォォォっという地響きを伴い揺れる感覚に、クラウはイアに気を付けるように言うが、彼女は気にせず、前を向いたまま駆ける足を止めなかった。
やがて次第に大きくなる音と共に、クラウ達が走っているほんの30メートルほど隣の砂地が渦を巻き始め、まるで流砂のように地面がくぼんでいった。
「あれは…?」
その中央、地下から生えてきたのは、二本の立派な角だった。乳白色の象牙のような太さ1メートルにも及ぶそれがゆっくりと砂の海から現れると、次に見えたのは同じように立派な牙をもったいかつい顔と、固い石膏のような背中だった。
聖獣ロックマイアン―――
以前の予想通り、やはりその姿は大きい。
横を走るクラウは首を思いっきり沿って見上げても、その背中のてっぺんなど到底見えなかった。
「すごいな…!」
ルカも相当大きかったが、その比ではない。
クラウはただただ感動するばかりで、言葉にすることもできずに唖然と見上げた。
イアは特にロックマインを見るわけでもなく、颯爽と駆けていく。
その横に、まるで寄り添うように砂地の中を走るロックマイアン。器用に前足で重い砂の地面をかき分けながら、泳ぐようにして進むその姿は、ごつい見た目とは裏腹に優雅で美しかった。
『グォッ、グォッ!』
時々、『声』ならぬ鳴き声を上げて、ロックマイアンは首を長く伸ばして天を仰いでいた。何やらご機嫌でまるで歌でも歌っているかのように見える。
――― 仲間にあえて嬉しいのかもしれないな
イアは特にそんなそぶりはないが、きっと長い年月を生きているはずだし、彼らがお互い知り合いでもおかしくはないだろう。
やがて1キロ近くに及ぶ距離を走ると、ようやく縄張りの切れ目が見えた。ロックマイアンはその手前で足を止めると、クラウ達を見送るかのように最後に一声遠吠えのような咆哮をあげた。
縄張りを超えてから、イアはようやく足をを止め、砂の海に悠然と佇む同胞を振り返った。
また一鳴き、天を駆ける声が二人の耳に届く。
「なんといっているのだろうな。お前にはわかるのか?イア」
だが、答える声はない。
やがてイアは同胞に背を向けると、再び走り出した。
本来ならば人の足で最低は三日かかると言われる砂漠地帯を、ほんの数時間ほどで駆け抜けてしまったクラウ達は、目的地である砂漠の北西にある街へと到着した。
「ここか…」
ガーナ―――
今や悲劇の街として知られる、砂の街。
あの日、アルフェンの里と同じ襲撃を受け、そして呪いで死んだとされるイノヴェアの存在―――
最初の街で商人たちの話を聞いてから、クラウはどうしてもここへきて今のガーナの状態を実際に自分の目で見ておきたかったのだ
イアの背から降り、クラウはゆっくりと街の入り口へと入っていった。
門兵らしき武装した人間が数人、街へ出いりする様子をチェックしているらしい。もともとは関所と同じように身分を検査する魔法陣のゲートがあったのだろうが、両脇の柱が壊れ、その機能は失われてしまっているようだ。復旧もされないまま、人間の目で一人ひとり確認していくしか術がないのか、門外には通過の許可が下りるのを待つ人の列ができていた。
クラウも最後尾に並び、ようやく街の中へと通されたのは、それから一時間以上も後のことだった。
――― 思った以上にひどいな
それが街の様子を見たクラウの率直な感想だった。
魔物に襲われたとはいえ、もう一年も前の話だ。それなりに復旧が進んでいてもおかしくないはずなのに、壊れた建物はそのままの状態で放置され、直そうという気配すら見られないのだ。
行き交う人もまばらで、皆表情が暗く、覇気がない。
クラウは街の一番奥にある城の前まで来ると、さらに深刻な有様に目を見張った。
城のいたるところで黒い布の旗がはためき、街よりも一層暗い空気が城全体を取り囲んでいた。
「これでは、復旧が進まないのも無理はないな…」
見る限り、中央政府がうまく機能していないようだ。
国を動かすには民だけでは限界がある。やはり上に立って指揮を執り、導く者が必要なのだ。しかし、本来その役目にあるはずの王がその力を発揮できず、国は衰退をたどる一方で、民は飢えるばかり―――
これが現実とは、なんて悲しいことだろうか。
クラウはとりあえずゆっくりと時間をかけて街を一周してみた。
時々人の間で交わされる話を聞いたり、店やギルドでの情報を拾い集めて最初の門まで戻ってくるころにはクラウは大体の事情を把握していた。
やはり、王であるレイモンド・ガルーシャが、王妃イノヴェアを亡くして以来、一切の職務を放棄し閉じこもったままらしい。
被害の状況は思った以上にひどく、ギルドで聞いた話では、魔物の集団はここから西にほんの二キロほど離れた古い遺跡から現れた様で、防衛の術もなく街の中まで侵入を許してしまったようだ。
無理もない、あの数だ。さらにいるはずのない呪魔の存在は、人間に更なる不安と恐怖を与え、あっという間に壊滅寸前まで追い詰められたらしい。
この街は聖導騎士団の詰所が街の反対側にあり、距離が離れていたことも災いし、見回りの騎士団では対処しきれず、結果、多くの民の命を失った―――
城で起こった惨劇については詳しくはわからなかったが、どうやら例のイノヴェア様についての噂―――呪いによって死んだというのは本当らしい。
中央から箝口令が布かれているのか、詳しい事情は教えてもらえなかったが、使用人がイノヴェアの身体に黒いあざのような傷を見たらしく、遺体も残らなかったらしい。十中八九、呪いの症状とみて間違いないだろう。
「あれほどの数の魔物、一体どこから来たんだろうな」
もう何度も考えた疑問だが、クラウにはその答えになるような手掛かりはつかめなかった。その辺の謎について、この街も解明のために何かしらの成果を得ているのかと期待していたのだが、どうやら無駄だったらしい。
復興の兆しが全く見えない街の様子を前に、クラウは改めて思った。
悲劇を悲劇のままでとどめておくことは、無残に命を落としたものに対して失礼ではないかと―――
王がこのままでは、この街はいつまでも進むことができないだろう。王の復活を待つか、あるいは内乱が起きて、新しい指導者の下に生まれ変わるか。いずれにせよ、今のクラウにはどうこうできる力はないし、するつもりもなかった。
自分にできることなど限られているのだ。ならば、限られたその一つ一つに全力で取り組むことが、クラウが前世で植えつけられた生き方であった。
今、自分がすべきこと―――それは世界を知り、より多くの知識を身につけること。
「行こう、イア」
クラウはガーナの在り様に少しだけ失望しつつ、砂の街を後にした。