16 縁1
関所のイメージと言えば、厳重な門といかつい門兵が終始見張りをし、行き交う人々の挙動に目を光らせている姿が浮かぶが、この世界の事情はだいぶ違った。
――― 変わった関所だな
道なりに進むこと十分ほど、ようやく見えたのは門でもアーケードでもなく、ただの半円の輪だった。
ガルフの説明によれば、例の身分証代わりのディレイスを持ったままあの円の中を潜ると自動的にディレイス内の情報が読み取られ、中央の軍施設へと通達されるらしい。そこで問題なしと判断されれば無事通ることができるし、罪歴など、少し経歴に不備や怪しい点があると、即刻兵に足止めをくらいしつこく質問を受けることになるようだ。
とりわけ、自動改札のようなものかとクラウは納得した。
よく見ると円の中には人が通るたびに何かうっすらと魔法陣のようなものが浮かんでは消えていくのだ。おそらくあの魔法陣にディレイス内の情報を読み取る術式が組み込まれているのだろう。
魔法は無論、魔法陣の応用性が高いことはこれまでにも見てきた通りだが、やはりその便利性は高く、クラウはひたすら感心した。
「確かに便利といえば便利ですけどね。かといって、これだけですべての民をきちんと管理できているかといえば、そうでもないのですよ。抜け道はいくらでもあります」
魔法陣の通過の順番を待つ間、隣に立ったガルフはそう言って緩やかに笑った。
どの世界でも悪知恵の働く輩はいるらしい。現に、クラウはそうした連中のおかげで何事もなく関所を通過できているのだから、皮肉な話である。
「…おお!」
ようやく見えた目的地に、クラウは思わず感嘆の声を上げた。
いたるところに設けられた水属性の魔法陣から噴き出る水のアーチが、日の光をバックに青空に虹を架ける。清らかな水の集まりがいく筋もの川を作り、街中を走って蒼の世界を演出していた。
水の都、ミネアヴァローナ―――
噂にたがわぬ異世界の美しさに、クラウの瞳も好奇に揺れた。
中央に陣取る大きな湖が蒼ききらめきを放ちながら緩やかに波打つ。
その蒼の世界の真ん中に浮かぶのは、代々オーガスト王家が根城としてきた王城と、この国ができた時から守護神として崇められてきた精霊神の石像―――それはクラウもよく知る、水属性最高位であるミネルディアを模したものであった。
「素晴らしいですね!ミディにそっくりです!」
「はは!今この世界でミネルディア様本人と比較できるのは、クラウ様とアリーシャ様だけでしょうね」
ガルフにはなかなか受けたらしい。
下級の精霊ですら見たことがない人間がいる中で、最高位の精霊神と親しい人間などオーウェン家以外にいるわけがなかった。
「『我、その眼に映りし青の世界に、奇跡の恩恵を知れり』―――私もこの街は久しぶりですが、変わりませんね」
「?それは、例の冒険家の言葉ですか…?」
思わずといった風につぶやいたガルフの言葉に、クラウは首を傾げた。
「ああ…、ええ、そうです。…すみません、子供の頃よくレノにせがまれてグノエの冒険記を呼んでやっていたものですから、内容をほとんど覚えてしまっているんです」
と、ガルフは少し恥ずかしそうに笑った。
「その、グノエという方は有名なのですか?」
「それはもう。ずいぶん昔の偉人ですが、この世界でその名前を知らない者はいないと言われるぐらい、有名な冒険家ですよ」
今世の英雄王と並ぶぐらいに知られた名前なのだと聞き、クラウも興味がわいた。
「昔というと、どれぐらい昔の方なのですか?」
「そうですね、クラウ様は世界年号で言うと今が何年になるか知っていますか?」
「今年は世界暦2829年になります」
「さすがですね、正解です」
予想通りの答えにガルフは満足そうに頷いてから、ゆっくりと説明を始めた。
世界の歴史は古い。それこそ人が誕生する以前から、この世界には精霊や聖獣といった長い時を生きる存在があり、その歴史は人間の想像を超える膨大な時間の集積である。
彼らはただ流れる時に身をゆだね、意志の赴くままに生きるのみで、時間に名前を付ける必要などなかった。しかし、世界に『人間』という新しい輪廻の輪が加わってから事情は一変した。
この世界で最初に生まれた人間―――地球の神話で言えばアダムとイブのよう存在は、名をアルトとイリスといい、始祖神『アルテイリス』が生まれ変わったのちの姿がこの二人の人間だと言われている。エルフの民が古くから信仰の対象としているのもこの『アルテイリス』であり、一説ではイリスの子孫がエルフだと言い伝えられているのだ。
やがて人間の輪廻の輪が世界に定着し始めると、精霊や聖獣、影魔といった中で寿命を全うした魂が、本来の輪廻の輪から飛び出し、人間として転生する存在が出始めるようになる。そうして生まれたのが、今の5種族の人間の祖先である。
天人族はとある有翼の精霊が生まれ変わった一族と言われ、獣人族と地人族は聖獣、魔人族は影魔、そして純人族はイリスの片割れであるアルトの子孫ではないかと、歴史上ではそう語られている。
魂の循環における輪廻の輪の交わりは、こうした新しい人間の誕生を増やすこととなり、今世の人の集まりにつながっているのである。
「ほんの数百年の内に人間の数は増え、言葉を交わし、交流を図り、多くの知識と技術を身に着けました。やがて集落をつくり、村をつくり暮らしていく中で人は時間という概念に気づき、そこに名前を付けたることを思いついたのです。そして、最初の人間であるアルトとイリスが生まれた年を最初として、世界暦として年を数えることに決めたのです」
つまり、世界暦は人の歴史の年月そのものを意味していることになる。
「このグノエ・スノートマンという男は、世界暦800年ごろに生まれたと言われています」
「そんなに昔の人なのですか?」
クラウは単純に驚いた。昔の人と言ってもほんの数百年前の人物かと思っていたのだが、もう2000年以上も前の人物らしい。
「ええ、ですから本当に彼の記録が残っていること自体奇跡に近いことなのです。彼の偉業はまだまだ種族の交流など皆無であった時代に、世界一周の旅を実現させたことにあるのです」
当時、世界歴800年という時代は、自分達一族の存続と繁栄に力を注ぐのに精いっぱいで、周りの存在に目を向ける余裕などなかった時代である。そんな中、自分の故郷に早々に見切りをつけ、16歳という若さで世界を渡り歩く決意を決め、彼はおよそ30年という長い年月をかけて世界一周という夢を実現させたのだ。
しかし、不幸にも病を患い、わずか47歳でこの世を去る。
「彼は旅立ったその日から細かく日記をつけて、自分が見た物、聞いたもの、感じたことをすべて記して歩いたのです。そして今でもその記録は受け継がれ、子供向けの絵本から、歴史書の専門書としてまで多くの形で広く活用され、今も人気の高い一冊なんですよ。クラウ様も一度機会があれば読んでみてはどうですか?結構、世界のいろいろなことがわかって面白いかもしれませんよ」
「はい、ぜひそうします」
ガルフの説明にクラウはひどく興味をそそられた。地図だけではわからない歴史を知れる良い一冊かもしれないと思い、いつか必ず読んでみようと思った。
それからガルフはクラウをいろいろなところへ案内してくれた。
以前の街よりも大きな中央通りには様々なお店が並んでいた。野菜や果物などはクラウが目にした事のない珍しいものばかりで、そうかと思えばなじみ深い真っ赤なリムの実も並んでいる様子に、この実が大好きな仲間の姿を思いだしクラウは懐かしさに目を細めた。
アリーシャが喜びそうな花屋や、ククリが入り浸りそうな名物のお菓子が売っている店もある。きれいな裁断生地が売っている店など、リザが飛びつきそうな店もあった。
もちろん、武器屋や防具屋といった初めて見る店もある。それらを軽く見て歩き、時間の許す限り街を案内してもらう間、クラウはすっかり感心してしまった。
――― さすがにいい街だな
ユルグが進めるのも当然だと、クラウは納得した。普段の生活に必要な店だけではなく、役所、診療所、さらに規模は小さいが学校もちゃんとあるようで、暮らすにはかなり好条件な場所に思えた。中でも、クラウが一番気に入ったのは図書館である。
クラウがずっと求めていた知識の宝庫。デザイアやサーペンタリアなどと比べれば規模はとても小さいものらしいが、それでも今のクラウからしてみれば十分役立つ施設である。
――― いっそここで雇ってもらえないだろうか
無理だと知りながらも、なんとか方法がないかとあれこれ真剣に考えてしまうほど、この時のクラウは『知識』を渇望していた。
「兄貴!」
「レノ、着いたのか」
聞き慣れた声にガルフが振り向くと、レノの姿があった。
「サイルスはどうした?」
「今、ローデスからの定期連絡受けてる」
「そうか」
「兄貴、これからどうすんだ?」
と、レノは少し離れた場所で、ベンチに座って街の様子を眺めているクラウを覗いながら聞いた。
ガルフ達大人三人はクラウをミネアヴァローナまで案内するためについてきたのだ。もう目的の街に着いたのだからお役御免になるはずで、これから先クラウをここに一人残して行って本当に大丈夫なのかと、レノは兄に詰め寄った。
「やっぱり誰かついた方がいいんじゃないのか?」
「それはクラウ様自身が望まれないからな、無理だろう」
「んなこといってもよぉ。住む場所ぐらいは知っておいた方がいいんじゃね?」
いつも状態を見張れなくても、せめて定期的に様子を見に来られるようにクラウが住む場所を探す手助けをしてやってもいいのではないかというレノの意見に、ガルフも「そうだな…」と考えるように頷いた。彼もやはり心配なのだ。
だが―――
ガルフにはクラウの意志を変えるような気の利いた言葉など、全く思いつかなかった。
「…まぁ、とりあえず今晩の宿を探そう。そうだ、例の宿を手配しておいてくれないか?クラウ様、ずいぶん楽しみにしていたみたいだからな」
「あ?ああ…、あそこか」
ガルフの言う場所がどこか、レノはすぐに検討がついた。
「今は彼がどうするか話してくれるまで、俺たちは見まもるだけだ」
力が欲しいと言われれば貸すし、一人でいいと言われればまたいつもの日常に戻るだけだ。
レノはまだ納得はできないものの、兄の言うことに逆らう気はないのか素直に頷いてきた道を戻って行った。
◇
「おお!これは、素晴らしいですね!」
本日二度目になる、クラウの感嘆の声ががらんとした一室に響いた。
「お風呂好きなんて、クラウ様はやっぱり里っ子ですねぇ~」
クラウの興奮した様子に、室内からサイルスがからかうように言った。
「おれはあんまり慣れねぇけどな。里でも毎日は入らなかったし」
と、サイルスのそばで一人お酒をたしなむレノが言いった。もともと大陸生まれのものは、湯につかるという習慣がなかったために、そこまで風呂好きというわけではないらしい。
「俺は里生まれですから、生まれた時から知ってますし、好きっすけどね~」
「ま、たまに入るのは良いよな」
そんな穏やかな会話を遠くで聞きながら、クラウはうっとりと湯に身をゆだねていた。
里を出て以来、実に5日ぶりのお風呂である。
ガルフの記憶通り、この街唯一の風呂付(しかも露天風呂!)宿で、値段は少々お高くなっているようだが、この際クラウは気にしないことにした。いずれまとめてガルフには返すつもりだ。その付けに今回のお風呂代もつけておこうと、たっぷりと張られた湯につかり、とろとろと溶けてしまいそうな気持ちよさに目を閉じた。
「やはり、親子ですね」
あまりにも幸せそうなクラウの様子に、酒を片手に月を眺めていたガルフが笑った。
「…とうさまのことですか?」
「ええ、あの方もかなりの風呂好きだったようですよ」
「………」
そういう情報は口にしてもいいことになっているのか、ガルフは続けて話してくれた。
「お風呂も、お米も、アルフェンの里にあるものは、すべてあの方の趣味だそうですよ。我々が移り住んで初めて見たときは、なんて変わった人だろうと、皆あまり近寄りたがりませんでしたが…、まぁ、慣れれば確かにいいものばかりでしたね」
クラウにしてみれば当たり前の日常だが、地球でも日本人が異常に風呂好きなだけで、よその国ではあまり見られない習慣なのだから、この世界でも根付かないのは仕方がないのかもしれない。現にこの宿に泊まっている人間はクラウ達4人と、年老いた純人族の男性一人だけで、あまり繁盛しているようには見えなかった。
「その辺は仕方がありませんよ。こうして贅沢に水を使用できるのは、この地の魔力の質によるものですからね。いくら魔力が無限にあると言っても、ほかの地ではなかなかこうはいきません」
「そうなのですか?」
「ええ。各地の地形や気候は、その地の魔力の質に大きく関係しているのです。ここミネアヴァローナは、先ほど見たように、もともとはミネルディア様が暮らした土地ということもあって、かなり水属性の性質に寄った魔力で成り立っているのですよ」
だからこれほどまでに大規模な魔法陣を組み立て、水魔法を際限なく使えるのだと言う。
逆に、ここからすぐ北に行った砂漠地方では、水魔法はほとんど使用できない。
「砂漠ではベステ<生成>の魔法陣で水魔法を発動しようとすると、ほとんどが機能しないのです。もちろん自身の魔力を使えば水魔法も発動できますが、やはり少し使いづらいようですね」
しかし、あの辺一帯は地属性に特化した性質を持つ魔力で成り立っているので、錬成などの魔法には適した土地らしい。
――― 魔力の質、か
これまで便利な点しか見えていなかったクラウは、魔法にも意外な盲点があったことに驚いた。個人が持つ魔力に質の差があるという話は、アリーシャに結界魔法を習ったときにも聞いたことが、大気中の魔力にも通じる話だとは思わなかったのだ。
アリーシャが言っていた通り、これらは人の目では認識しづらく、魔力を目視できるクラウですらその差がわからなかった。もし本当にこの地の魔力が水属性に近いと言うのなら、空気中の魔力も青色に見えてもいいはずだ。しかし、クラウの目には濃度の差はあれど、アルフェンの里と同じ靄のようにしか見えない。
そもそも、人の体内の魔力と大気中の魔力では性質そのものが異なるのかもしれないが、もしこの先魔力に彩られた世界を見ることができたなら、それはどんな世界なのか――――
なかなか奥が深い世界のしくみにクラウの興味は尽きなかった。
翌日、クラウは朝早くからイアを伴い一人街へと繰り出した。
「出かけてきます。お昼前には戻りますので」
ガルフにそう言い残し、宿を出ていくその手には何やら袋を下げている。
クラウは昨日案内してもらった時に見かけたとある店に向かって一直線に歩いた。広く複雑な街だが、一度通った道筋は頭の中に記憶されているので早々迷うことはない。
歩くこと10分ほど、ようやく見えた目的地に入るとクラウはそのカウンターへと赴き、徐に手に持っていた袋をテーブルに乗せて店員に見せた。
「おお?なんだ、子供が一人でこんな場所に…」
「すみません。これをお金に換金してもらいたいのですが、おいくらほどで引き取っていただけますか?」
「ああ?換金だって?お前ぇさんが?」
地人族らしい店主の男は、珍客を胡散臭そうに上から下までねめつけるように観察した。胡乱げにしながらも、その手はきっちりとカウンターに置かれた物資に伸びているところはやはり商売人。客がどんな人間でも関係なく、儲けになるかならないかが彼らの判断基準なのだ。
「おっと、こいつは…」
店主は驚いた。正直子供が持ってくるものなど、おもちゃ同然の価値のないものばかりだと思っていたのだが、意外なことに、手にしたものはなかなか珍しい代物だったのだ。
「…坊主、これをどうやって手に入れた?」
「それは言えません。換金していただけるのかどうかだけ、答えてください」
「………」
可愛らしい見た目とは裏腹に、はっきりというクラウの返しに、店主は、小生意気なガキだと眉間にしわを寄せた。
「…ここは鉱石の売り買いが専門だ。こいつはギルドの横にある換金場で買ってもらえ」
「なるほど。ありがとうございます」
ちゃんと情報をくれたことに感謝し、クラウはさっさと店を後にした。
その後ろ姿を店主がじっと見つめる。やがて、カウンターの上に置いたベルを手に取り鳴らすと、奥の部屋から男が二人出てきた。
「…おい、あのガキの後をつけろ。ご主人様がいるはずだ。何者か調べるんだ。いいな?」
「…へい」
店主の命に、彼らはこそこそと店を出て行った。
「イア、構わない。放っておけ」
しきりに後ろを気にするイアを促し、クラウは次の目的地へと向かった。もちろんついてくる気配には気づいていたが、かといって何かするつもりもなく、クラウはそのまま気づかないふりをして足を進める。
―――少し早計だったか…
クラウにしては珍しく、後悔交じりの溜息をついた。
ユルグにも場所は選ぶように言われていたのだが、まさかこんなにあっさりと目をつけられるとは思わなかったのだ。
それだけ、クラウが手にしているものが貴重だとういうことだろうか―――
しかし、目をつけられたところで、どうにかする気はなかった。無駄な争いで目立つのも得策ではないし、ここは放っておくのが無難かと、クラウは後ろからこそこそとついてくる人影は気にしないことにした。
ミネアヴァローナのギルドは前の街より倍以上の規模があり、ひときわ目立つ建物なので遠目でもすぐにわかる。クラウはギルドの前まで来ると、歴史を感じさせるその作りに感心しながら全体を見上げた。
それにしてもでかい建物である。これだけの建造を行うのにどれほどの時間が必要なのか。もっとも、地球とは違い、建築に関しても魔法が主体なのだろうから、かかる時間などクラウには予想もつかなかった。
――― そうだ、ついでに登録していくか
きっとこの先、幾度とお世話になる場所だろう。換金の前に自身の登録も済ませてしまおうとクラウは大人たちの間に割って入り、朝早い時間にも関わらず列を作っている受付へと並んだ。
「次の方、どうぞ~」
呼ばれ、カウンターに近づいたクラウは、テーブルの端に手をかけ、腕の筋肉を使って体を持ち上げると、ひょっこりと顔を出した。
まだまだ成長途中のため、テーブルが高すぎて受付のお姉さんの顔が全く見えないのだ…。
「まぁ、かわいいお客様。本日はどういったご用件ですか?」
純人族の女性は、見えたかわいらしい客にニッコリと微笑んだ。
「すみません、冒険者登録をお願いしたいのです」
「え?…ごめんね、登録は本人しかできないのよ。誰かに頼まれたの?」
「いえ、僕が登録したいのです」
「………」
お姉さんが絶句する様子がクラウにも伝わった。彼女だけではない。両隣の列の客も、後ろに並んで待っていた客も皆、今しがた自分が耳にした言葉は現実なのかと疑うようにお互いの顔を見合った。
「えっと…。君が、登録したいの?誰かに頼まれた、とかではなくって?」
「はい」
「…何歳かしら?」
「6歳ですね」
「おい、6歳で冒険者だとよ…」
「けっ、ガキの遊びとはちげぇんだよ。親は何やってんだ?」
ざわざわと四方から戸惑いと批判の声が聞こえるが、クラウは特に気にすることなく平然とした様子でさっさと登録を済ませて欲しいと願い出た。
「えっと…」
「ディレイスがあれば誰でも登録が可能だと聞いたのですが?」
「は、はい。じゃ、じゃあ、ディレイスを調べますので、こちらの魔法陣の上に腕を掲げてください」
そういってお姉さんはテーブルの上に魔法陣を一つ起動させた。
言われた通り、クラウはその上にディレイスをはめた腕を掲げようとするが、腕で体を支えているため片手ではなかなかバランスがとりづらく、魔法陣まで手が届かなかった。しょうがないので一度ディレイスを手首から外そうと思った、そのとき―――
クラウの身体がふわりと宙に浮いた。
「これでどうですか?」
「…ありがとうございます」
いつの間にか真後ろに立っていた男―――前の街で出会った魔人族の男が、おかしそうに笑いを耐えながらクラウの身体をその腕に抱っこしてくれたのだ。
軽々と後ろから抱えられてしまい、クラウとしては少々面白くないが意地を張ってもしょうがないと身をゆだねる。
「いやぁ、役得ですねぇ」
「……」
「くくっ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないですか。これも天の采配による君と俺の縁。いやぁ、まさかここでも会えるとは思いませんでした」
クラウは顔を見なくても男がにやけていることがわかった。
面倒なのに出会ったなと思う。
あの時はもう二度と会うこともないだろうと思っていたのに、こんな早々に再開するということは、男の言う通り何かしらの縁があるのかもしれない。尤も、この出会いが『故意』ではないと言い切れない限り、クラウがこの胡散臭い男を信用することは絶対になかった。
「はい、結構ですよ。しばらくお待ちください」
ものの数分で検査が終わり、床に下ろしてくれとクラウは後ろを振り返った。
「おや、もうしまいですか。残念ですね」
男は尚もにやにやと口元をゆがめながらクラウの身体を解放した。
「ありがとうございました」
「いえ、これぐらい。…それにしても、相変わらず場違いですねぇ、君は」
上から下まで、クラウの姿をじっくりと観察してしみじみと男はつぶやいた。
確かに武装した大人たちばかりが集まる中で、武器一つ持たず、聖獣だけを連れた子供の姿は異様に浮いてしまっているが、そんなことをクラウに言われてもどうしようもない。
「…あなたは何故ここに?」
「それはこっちのセリフですよ。君がまさか本当に冒険者になるなんて。やっぱり変わった方だ」
「…そんなにおかしいことでしょうか?」
周りの皆の驚き様を見ても、あまり例のないことなのだろうと予測できる。しかし、規約上、年齢制限がないのだからあれこれ言われる筋合いはないはずだ。
「いやぁ、まぁ、珍しいでしょうねぇ。戦時中ならいざ知らず、今の世の中、子供は皆、大人の庇護下で守られて過ごすのが当然ですから。君のように魔法すらろくに使えないはずの年齢で冒険者稼業に首を突っ込むのは、ただの自殺行為ですよ」
「…なるほど。道理ですね」
「ククッ、あははっ!」
いつものように淡々と答えるクラウの様子に、男はついに耐えかねたようにげらげらと腹を抱えて笑い出した。
―――― よく笑う男だ
クラウのどこか呆れたような視線も気にせず笑い続けるその姿は、妙にハイテンションで楽しげだ。
元々細い目が、笑うとより一層細くなる。なかなか整った顔だけに女性受けはするだろうが、あいにくクラウに響くものは何もなかった。
「ありがとうございました」
クラウは丸々男を無視して、登録が済んだことをお姉さんに確認すると、さっさとギルドを出て行った。
「ちょ、ちょっと!?おいていかないでください!」
相手にされずに無視された男は、慌ててその小さな背を追った。




