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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第二章 旅路~ザバル村編
41/140

8  誓い



 クラウの旅立ちの話は、あっという間に里中に伝わっていった。

 まだ幼い子供の突然の別れに仲間たちは皆戸惑い、中には考え直すべきだと、クラウやアリーシャに直接言いに来るものもいた。しかし、これはすでに決まったことであり、アリーシャも了承していることだとジーク自らが皆を諌めて回ったこともあり、今はどうにか収まりがついていた。

 時節は、後一週間で今年も終わりという、年の瀬。

 クラウはすでに、新しい年明けとともに里を出ることを決めており、旅支度もほとんど終え、外の大陸までの案内もちゃんとガルフに頼み終えていた。


「かあさま、少し出てきます」

「ええ、行ってらっしゃい」

 庭で作業していたアリーシャに声をかけ、門を抜ける。


 あれから―――


 クラウもアリーシャもこれまでと変わらぬ時間を送っていた。あの決闘以降、アリーシャが旅の話を持ち出すことはなく、クラウも特別口にすることなく、二人とも残りの日数を淡々と過ごしていた。

 ハンスはまだ納得はしていないものの、賭けに負けた以上口を出すつもりがないのか、変わらぬ日常を送ろうと必死に努力しているように見えた。

 以前同様とはいかないまでも、少しずつ関係の修復ができつつあるハンスとは逆に、関係がこじれてしまった人間がいた。

 最後の家族である、リザである。

 クラウがハンスとの賭けに勝利し家へと戻ってから、クラウの口から直接旅の話を聞いたリザは、あまりのショックに泣きだし一日部屋から出てこなかったのだ。

 その翌日、いつも通り家事を行うために部屋から出てきたものの、クラウの姿を目にすると泣くのをこらえきれないらしい。反対するような言葉は口にしないが、やはり納得できないのか、話すことを避けている様子だ。

 クラウと自分の気持ちの葛藤で苦しんでいるのかもしれない。今は時間が必要なときだろうと、クラウはあえて何も言わず、そっとしておくことにした。


 いつも通りルカの背に乗り、森への道を進んでいく。

 見慣れた家の前まで来ると、しばらくそこから出てくる子供の気配を待ってみるが、10分、20分待っても現れない様子に、クラウはルカに「行こう」と先を促した。

 リザだけではない。ククリもまた、ここしばらく家から出てきておらず、あんなに好きだった森にも顔を見せない。

 ――― 泣かせたいわけではないのだがな…。

 できることなら、笑って別れたい。

 しかし、幼いククリには理解よりも悲しみの方が大きいのだろう。

 ここ一年、いろいろあったし、受け入れられないのは当然かもしれない。



「ルカは、気づいていたのか?」

 のんびりと丘の合間を移動しながら、クラウはルカに聞いた。

『…一緒にいる時間が長いからな。何となくは、察していた』

「それでも何も言わなかったんだな。何故だ?」

『ふん、言ってどうなる。我が何を言おうと、お前は決して聞かぬだろう』

「……」

 やはり一番間近でその成長を見てきただけあって、ルカは誰よりもクラウのことを理解していた。

『遅かれ早かれ、お前がここを出ていくことはわかっていた。何より、世界がそれを望んでいるのに、我一人、反対などできぬ』

「世界…?」

『お前の中に流れる血こそ、お前の運命を決める導。望むまま、進め。それが、お前のあるべき姿なのだ』

「ルカ…」

 時々、何かを思い出すように遠くを見つめながら言うルカは、まるで先の未来を見据えているかのような口ぶりをする。さすがに長い年月を生きているだけあって、多くの歴史を知っているのだろうが、やはり言葉を選んでいるようで、クラウが確信を得るようなことは一切言わなかった。



 おなじみの泉では、心なしかしょんぼりとした仲間たちがクラウとルカを待っていた。

 彼らにもきちんと里を出ることを伝え、ククリのことを頼んだのだが、やはりどこか納得できないのか、ここ最近はずっとクラウのそばを離れたがらなかった。

 いつも通りトレーニングを終えた後は、仲間にせがまれ、今日は一日のんびりと過ごすことにした。

 もっぱらククリの仕事となっていたブラッシングをしてやり、森中を使ってかくれんぼし、黙って作ってくれたリザのお弁当を広げる。いつもはククリの所為で争奪戦になる昼食も、今日はのんびりと穏やかに過ぎていった。最後は皆にせがまれ、笛を聞かせてやる。クラウはこんなに子供らしい一日を過ごしたのは初めてのような気がした。


「…どなたでしょう?」

 一曲吹き終えた頃、ふと人の気配を感じて振り返ると、木々の陰からなぜかガルフが姿を現した。その後ろにジーク、ガライアスまでもがそろっている様子にクラウは驚いた。

「どうしたんですか、みなさんで…」

「お邪魔して申し訳ない。クラウ様、あなたに話したいことがあるのです。しばし時間をいただきたいのだが…」

「はい、構いませんが…、ルカも皆も一緒で大丈夫ですか?」

 クラウの周りに多くの仲間が集まっている様子に、ガルフは目を細めてかすかに笑った。

「ええ、もちろんです。ハンスから話に聞いていましたが、本当に懐かれているのですね」

「ふむ、やはり我々人間よりも、彼らの方がよくわかっているんじゃろうて」

 ガライアスはそう言って笑うと泉のほとりに腰をおろし、近くの気配に手を差し出した。そばにいたリリアとブラックは大して怯える様子もなく、ガライアスの掌へと駆け上ると、そのまま腕を走って肩へと落ち着いた。

「ほっほ、ここにくるのも久しぶりじゃて、皆、変わらず元気で何よりじゃ。森の空気も昔と何一つかわらん」

 深く息を吸い、その空気を満喫しながらしみじみと頷く。

「そういやぁ、確かジィはずっと昔にここに来たことがあるって言ってたな」

 そんなガライアスの隣にジークも座り、いつもより砕けた様子で話しかけた。

「わしが子供の頃の話じゃて、もう千年も昔のことじゃがのぅ。あの日のことはよく覚えておるよ」

「…ジィの子供のころとか…。想像できねぇな」

「なぁに、お前さんほど生意気ではなかったがのぅ、よく当時の族長に怒鳴られたもんさな」

「俺はそこまでひどくねぇよ」

「なんじゃお前、忘れたか?ほれ、お前が3つの時…」

 何やら仲よく昔話に花を咲かせる二人のそばで、クラウはガルフと共に腰を落ち着けた。

 そのすぐそばにルカがゆったりと寝そべり、仲間たちは寝ころぶようにして日向ぼっこを始めてしまった。早くもグレンのスピスピと鼻を鳴らす音がクラウの耳に聞こえてきていた。



「先ほど…」

 何とものどかな時間が過ぎる中、ガルフが静かに言った。

「え?」

「先ほど、吹いてらっしゃった笛は…」

「ああ、これですか?ちょっとした縁で、去年練習してみたのです」

 クラウが笛を取り出すと、ガルフは眼をほそめた。

「いや、懐かしい音色でしたので、少々驚きましてね。まさか、またその音色を聞けるとは思ってもみませんでした」

「それって…」

 ガルフの口ぶりに、クラウはどことなく違和感があった。

「ガルフさん…、もしかしてこの笛のこと、覚えていらっしゃるのですか?」

「ええ、覚えていますよ」

「この笛が誰のものかということも?」

「はい」

「では、とうさまのことも…?」

 ガルフは一瞬の沈黙の後、静かに頷いた。

「…ええ、覚えています」

「…なるほど。話と言うのは、そのことと関係が?」

 クラウの質問攻めに、ガルフは穏やかに笑った。

「やはり、鋭い方だ」


 やがて、ガルフは大きな息をつくと、

「クラウ様、」

 と、固い声で話し始めた。その声に、他の二人も会話を止め、クラウに向き直る。

「クラウ様は、アリーシャ様が天人族であるということはご存知ですね?」

「はい」

「では、聖戦についてはどこまでご存知ですか?」

「聖戦、ですか?」

 クラウはガルフの質問に正直に答えた。知識と言っても、ハンスにもらった英雄記の本で得たものしかなく、詳しい事情などほとんど知らないのだが。

「なるほど、ハンスがそんな本を…」

「それが今回のお話と何か関係が?」

「……はい。あなたには、どうしても話しておかねばならないことがあるのです。それは、アリーシャ様のことです」

「かあさま?」

「ええ。…先ほども言ったようにアリーシャ様は、天人族です。我々と共にこの里に移り住んで、とある方と一緒になりアリーシャ・オーウェンとなりました。

 …そして、旧姓は―――


 アリーシャ・オルブライトと言います」




「オルブ、ライト…?まさか……」

 ガルフの言葉に、クラウの心臓がどくりと脈打った。




「ええ、ご想像の通りです。アリーシャ様は、天人族の先代王、ミゲルハイン・オルブライトの娘、そして――――英雄王、グレンディス・オルブライトの姉君になられます。


よって、あなたもまた王族の血を引いていることになるのです、クラウ様」




 ――― 王族?僕とかあさまが…?



「…それは、確かなのですか?」

「間違いありません。あなたとアリーシャ様はオルブライト王家の人間です」

 あまりの衝撃に、クラウはしばらく黙り込んだ。

 アリーシャが天人族であることは知っていたが、よもや王族だとは思いもしなかったのだ。しかも、先代の王の娘…。

 それはつまり、アリーシャの父親でありクラウにとって祖父にあたる人物が、ここにいるエルフの仲間を襲ったということ―――



 それがすべて本当の話ならば、なんて残酷なのだろうか。





「…そのこと、里の皆さんもご存知なのですか?」

「はい、皆知っております。我々が出会った当初、アリーシャ様が自ら身分を明かしましたので」

「…そうですか」

 今は皆笑って共に支え合いながら生きているが、過去にはきっとクラウが想像する以上の苦しみと悲しみがあったのだろう。

 その残酷な時の中で母であるアリーシャが負った傷と痛みのことを思うと、クラウはまるで自分のことのように胸に痛みを覚えた。


「今の話を踏まえたうえで、クラウ様、本日我々はあなたにどうしても誓っていただきたいことがあって、こうして出向いてきました」

「…誓う?いったい何を…?」


「この先、外の大陸でアリーシャ様のことについて一切しゃべらないと、約束してほしいのです」



 思いもよらない話に、クラウは眉をひそめた。

「……その理由は?」

「アリーシャ様の存在を、天人族に知られる訳にはいかないからです」

「…それは、かあさまが王族だからですか?」

「確かに、それも理由の一つです」

 ガルフはそこでいったん言葉を区切り、黙ってしまった。

 代わりに、ジークが話の続きを引き継いだ。

「俺たちはアリーシャ殿が二度と傷つかぬよう、この里で守ることを誓った。だから、本人が自ら帰りたいと望まぬ限り、アリーシャ殿を天人族の奴らに渡すつもりはない」

 いつになく厳しい顔で断言するジークの様子に、クラウは今一つ納得できず眉間にしわを寄せた。

「事情は分かりませんが…。仮にもし、かあさまの存在が天人族に知られたとして、それが何か問題があるのでしょうか?」

「別に問題があるかどうかはわからん。だが、まず間違いなく奴らはアリーシャ殿を自分たちの下へ連れ戻そうとするだろう。中でも、弟のグレンディスは今もアリーシャ殿を捜していると聞く。見つかれば確実にこの里から連れて行かれるはずだ」

「…それは、かあさまにとって、幸せではないと…?」


 ――― だから皆でこの里で守っているといいたいのだろうか?

 しかし、理由としてはいささか弱い気がして、クラウはどうもすっきりしなかった。


「天人族の地がかあさまの故郷で、まして王族であるなら、彼らがかあさまを傷つけるとは思えませんが?」

「そりゃそうだろう。奴らはアリーシャ殿を誰よりも大事にし、てっぺんに飾ってたんだからな」

「飾ってた…?」

 ジークの物騒な発言に、クラウは訝しげに問い返した。

「これ、ジーク。そんな言い方はよさんか」

「ふん!本当のことでしょうが」

 ガライアスの注意に対しジークは吐き捨てるように言った。

「奴らにとってアリーシャ殿は光の象徴。それこそ大事に大事に庭に閉じ込めて、そこで微笑んでくれてさえいればよかったんだろう。何も知らないまま、教えられないまま、ただ一族のために笑っているだけの存在なんて、人形といっしょじゃねぇか。……そんな生き方のどこに幸せがあるってんだ。この里で、俺たちと過ごした方がよっぽど人間らしいだろうが」

「それはそうじゃがのぅ…」

 苦しげに言うジークに、ガルフもガライアスも黙り込む。そんな3人を静かに見つめながら、クラウは一人考えていた。


 天人族がどういった種族なのかは知らない。だからどちらがアリーシャにとって幸せなのか、クラウには判断のしようがなかった。しかし今のところはジークの言う通り、アリーシャはこの里にいる方が安全だろうと思う。少なくともルカが守るこの結界内にいればその身が危険にさらされることもないだろうし、万一また呪魔や呪いの危険が迫っても、そとの大陸よりもこの島の方が安全なはずだ。これから離ればなれになることを考えるとクラウもそちらの方が安心できた。


「…わかりました。まだすべてに納得がいったわけではありませんが、かあさまのことは一切喋らないと誓います」

「ありがとうございます。…それからもうひとつ。これはクラウ様自身のことですが…」

「なにか?」

「クラウ様は、光属性魔法がきわめて貴重だということはご存知ですね?」

「はい」

「ならば、世界には聖宮という光魔導士だけを集めた機関があることをご存知ですか?」

「せいきゅう?ですか?…いえ、知りませんでした」

 新たな情報にクラウは首を振った。

「クラウ様が光属性を扱えると聖宮に知られれば、十中八九、彼らはあなたに接触してくるでしょう。聖宮は光属性を扱える人間を保護することが一番の目的ですから」

「…そういうことですか、わかりました」

 ガルフがいわんとしていることを早々に理解し、クラウは頷いた。

「つまりその聖宮に目をつけられるのは、得策ではないと言いたいのですね?」

「…ええ、そうです。もちろん、彼らとかかわりを持つかどうかは、クラウ様の自由です。ただ、その場合、アリーシャ様のことを悟られないよう気を付けていただきたいのです」

「わかりました、覚えておきます」

 ――― 光魔法はあまり使用しない方がいいかもしれないな。

 クラウとしてもわざわざ面倒事に巻き込まれるつもりはないので、素直にガルフの忠告を聞くことにした。



「…すみません。勝手なことを言っていることは重々承知ですが、我々もできるだけ厄介ごとを避けたいのです」

「いいえ、それがかあさまの為ならば、僕も協力しましょう。ところで、少し質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 ガルフが頷くのを確認してから、クラウはさっそく質問した。

「先ほど、かあさまと皆さんはともにこの里に来たと言いましたね?では、かあさまの本当の年齢は、いくつになるのでしょうか?」

 以前リザが言った年齢がどうしても引っかかり、ずっと頭の隅にしこりとして残っていたのだ。

「リザは確かに言ったのです。かあさまは、35歳だと。あのかあさま大好きのリザが、間違えるとは思えません」

「…それは」

「理由を知っているのなら、教えて下さい」

「そうですね…。確かに、アリーシャ様の年齢については、リザが言った通りで間違いありません」

「…しかし、それではやはり計算が合いません。間違っていないと言える根拠は?」

「その理由を我々は知っていますが…、すみません、それを口にすることができないのです」

「何故ですか?」

 クラウの問いに対し、ガルフは困ったように隣のガライアスの顔を見つめた。その視線を受け、ガライアスは、

「さて、どう説明したものかのぅ」

 と、髭を撫でつけながらゆっくりと話し始めた。


「クラウ殿、ここにいる我々3人は、『ある方』と血の盟約を交わしておるのじゃ」

「…血の、盟約?」

「さよう。とても古い魔法でのぅ。今はもうほとんど見られない『縛り』の魔法の一種じゃ。はるか昔、言零げんれいの民が作ったと言われるものじゃが…、詳しくはわしも知らぬ。血の盟約は、単なる契約とは違い、一度結べば決して違えることはできん絶対的なもの―――我ら3人は、記憶を残してもらう代わりに、一切情報を口外しないことを盟約したのじゃ。よって、そなたに話せることと話せぬことがあるのじゃが、その辺、前もって理解してもらえるかのぅ?」


 ――― 記憶を、残す?



 ガライアスの言葉がクラウの頭の中で、ピースの欠片のようにぴたりと疑問の隙間を埋めた。

「…なるほど。かあさまやリザにとうさまの記憶がないのは、そのせいなのですね?」

「……ほぅ、やはり聡い方だ」

 クラウの頷きに、ガライアスは感心したように笑みを浮かべた。

「さよう。我々3人以外の皆は、『あの方』に関する記憶だけ、故意に消されておるのじゃ」

「…かあさまがとうさまに関する記憶を一切失っていることは、以前聞きました。それにリザも、ハンスさんも、とうさまのことについては存在そのものを覚えていない様子です。しかし先ほど、ガルフさんはとうさまのことを覚えているとおっしゃった」

 つまり、父親が何らかの理由で自分に関する記憶を皆の頭から消す必要があったが、ここにいる3人だけは残すことにした。一切、自分のことを口外しないことを条件に―――

 そんなすごい魔法があるのかと疑問だが、この複雑な結界を作った人間ならば可能なのかもしれないと、クラウは一人納得した。


「『あの方』が皆の記憶を消すと言ったとき、誰か事情を知るものが必要だろうと、我々3人だけ、記憶を残してもらうように頼んだのです」

 もっとも、最初は渋られましたけど…と、ガルフは苦い顔をした。

「ですから先ほどのアリーシャ様の年齢についての質問ですが…。我々は理由を知っていますが、お教えすることができないのです。申し訳ありません」

「いえ、謝らないでください。そういう約束ならば、仕方のないことです」

 律儀に頭を下げて謝るガルフに、クラウは首を振って頭を上げるように言った。

 事情はどうあれ、彼らと父親の過去の約束に、クラウが文句を言うのは筋違いだろう。



「最後に一つだけ、質問してもよろしいですか?」

 ガルフ、そしてジーク、ガライアスの顔を順に眺めながら、クラウはどうしても聞いておきたかったことを質問した。

「皆さま方は、何故そこまでかあさまのことを気にかけてくれるのですか?」

「なぜって…」

 意外な質問だったのか、3人が顔を見合して困ったように笑った。

「…理由なんざぁ、あってもなくてもいいじゃねぇか。ただ俺たちがそうしたいだけだ」

 こういった類の話が苦手なのか、ジークはがりがりと頭を掻いて明後日を向いてしまった。その隣でガライアスが、肩でくつろぐ二匹の頭をなでながら優しい笑みを浮かべた。

「ほっほっほ、定めの中にある不思議な力がもたらした、『縁』よのぅ。アリーシャ殿には人を引き付ける何かがある。我々は皆その何かに引かれ、大事にしたいと思っておる、それだけのことじゃ」

 それは、実にガライアスらしい言葉だった。


「私は、あの方は誰よりも幸せになる権利があると思っています。最も、これは私個人の意見ですが」

 最後、ガルフはとても穏やかな口調でそう言った。

「あの頃の世界は、あまりに残酷すぎたのです。信じていた家族を失い、叫んだ声も届かず、人は多くの命を奪い合い、やがて精霊様たちにまでその手は伸びていった。アリーシャ様は…、すべての痛みと悲しみを一人背負ってただ泣いておられました」

「……」 

「そんな彼女に手を差し伸べ、救い上げたのが、あなたのお父上です」

「とうさまが…」

「ええ。……残酷すぎたのです。本当に、何もかも…。それでも、裏切られ、傷つけられ、踏みにじられてもアリーシャ様は決して人を見捨てることはなかった。やがて絶望だけが残った世界で、アリーシャ様はたった一つの希望を授かった。それがあなたです、クラウ様」

「僕が…?」

「はい。ですからクラウ様、もしあなたに万一何かあれば、アリーシャ様は再び希望を失うことになる。外に出ることはあなたの自由だ。その強さも本物でしょう。けれど、決してその身を一人だけのものと考えないでください。あなたが傷つけば、アリーシャ様も傷つくということ、ゆめゆめ忘れないでください」

 何より、アリーシャ様のために―――


 本来なら、自分たち親子は憎まれて当然の立場にいたはずだ。だが、この里の人たちは立場など関係なく、アリーシャを気遣ってくれる。その気持ちがクラウは嬉しかった。 

「忘れません、決して。かあさまの幸せは僕の願いでもあるのです。そもそも旅の一番の目的がそれなのですから、僕自身がかあさまを悲しませるつもりはありません」

「?旅の目的…?呪いのことではないのですか?」


 不思議そうなガルフの問いに、クラウはふわりと口元を緩めた。



「それはあくまで僕の願いをかなえる上での過程の一つに過ぎません。

 今日、お話を聞けて大変良かったです。あなた方のおかげで、自分の選択が決して間違っていないのだと、確信できました」

「それは、どういう…?」



「これは、僕の人生をかけた恩返し―――

 誓いましょう。この身体に流れる血にかけて、かあさまのことは決して誰にも悟らせません」



「クラウ様…」

 確かな自信を持って言い切るこの子共には、一体どこまで見えているのか―――

 光に満ちたその瞳に引き付けられ、大人三人はしばらく、視線を反らすことができなかった。






「ルカ」

 去っていくガルフ達の背を見送ってから、クラウは寝そべったままじっと聞き耳を立てていたルカの背を撫でた。

『…なんだ?』

「僕のとうさまが、お前の主人なんだな?」

『…そうだ』

「とうさまは、確かに生きているんだな?」

『…ああ、生きている』

「ありがとう。それだけきければ十分だ」 

 以前から何となく考えていたことだが、クラウは自分の考えがあっていたことに、満足げに頷いた。

「…さて、そろそろ僕らも行こう」

 いつの間にか日が落ち始めた空を見上げてからクラウは立ち上がった。森の仲間に別れを言い、ルカに帰ろうと促す。

 しかし、座ったまま動こうとしない相棒に、クラウは首を傾げた。

「…ルカ?どうしたんだ?」


 ざわりと、風に煽られ木々がざわめく中で、クラウを見つめる金の瞳が、物言いたげに揺れていた。


『我は…、お前と共に、世界を見て回りたい。それが本音だ。

 だが――――、我はこの地を離れるわけにはいかん。アリーシャと、この森の者たちを守ることが我の役目なのだ』


「…どうした、いきなり…?」

 どうも様子が可笑しいルカに、クラウは歩み寄りその頭を撫でてやった。

「そんなのわかってるさ。お前がここで守ってくれているから、僕は心置きなく行けるんだ。感謝している」

『……だが、我は心配だ』

「ルカ…」

 意志は尊重するが、心配なものは心配なのだと憮然というルカに、クラウは困ったように笑った。

「そうはいってもな…。お前が分裂でもしない限り、一緒にくるのは無理だろう?」

『……。確かに、分裂は無理だが…。だから、お前に紹介したいものがいる』

「?紹介?」

 その時、ふっとどこからともなく、一匹の聖獣がルカの後ろから現れた。


「君は…?」


 ルカ同様、角が生え四足歩行の獣の姿をしているが、その大きさは地球の大型犬ぐらいのものだった。

 漆黒の肢体に、金色の瞳。すらりとしたひどくしなやかな体は、どことなく黒ヒョウに似ている。


『我の妹だ。名を、イアという』

「妹!?…お前、兄妹がいたのか」

『…何をそんなに驚く。我にも家族はいる。とはいえ、人間のようなつながりとは少し違うがな』

「その傷…」

 クラウはイアの首元にある大きな裂傷が気になっていた。

『昔、ひどい傷を負ってな。イアは我のようにはしゃべることができん。しかし、賢い子だ。きっとお前のよき同行者になるだろう』

「同行者…?それは、つまり…」

『そうだ。イアを我の代わりに、連れて行ってやって欲しい』

「…ずいぶん、いきなりな話だな」

『そうでもない。お前が外に出たがっているとわかったときから、ずっと考えていたのだ。誰を選ぶか迷っていたとき、珍しくイア自ら、お前と行きたいのだと言ってきてな。迷惑でなければ、連れて行ってやってくれないか』

「…勿論、僕は構わないが…。彼女は、本当にいいのか?苦労かけるかもしれないぞ?」

 一応計画も準備もしてあるが、正直何が起こるかはクラウにも予想がつかないのだ。そんな危険な旅に連れまわすのは、少々気が引けた。

 もっとも、一緒に来てくれればとても心強いだろうが―――

『かまわん。昔は人についていろいろ旅した経験もあるし、世界には詳しいのだ。役には立っても、足手まといにはならぬから、安心してくれ』


 クラウはそっとイアの下に近づいた。

 近くで見るとさらに傷がはっきりとわかり、痛々しかった。

「一緒に、来てくれるかい?」

 クラウがそっと手を差し出すと、黒き聖獣の姫は甘えるようにそっと頭をその手に擦り付けた。

「かわいいな」

 思わず、クラウの顔も綻ぶ。

『交渉、成立だな』

「ああ、よろしく、イア」

 喋ることはできないが、言葉は理解しているらしく、イアはそっとクラウの隣に歩み寄り、寄り添うようにクラウの足元に座った。

『もし、この先聖獣との契約の義を習う機会があったら、その時は、イアと正式に契約してやってくれ。もちろん、お前が良ければの話だがな。今は会話はできぬが、契約を結べば、イアの想いもわかるようになるはずだ』

「なるほど。それは楽しみだな」

 クラウは旅の楽しみが増えたことを素直に喜んだ。







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