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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第一章  アルフェンの里編
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2  森の民



 ルカの背にまたがり、ゆっくりと森の中を移動するクラウのもとに、様々な生物が集まってきた。先ほどの微精霊たちは興奮した様子でクラウの周りを飛び回り、もっと遊んでくれとせがむ。森一番のお調子者、ググアーモは、自慢のジャンプ力を駆使しクラウたちの後を追いながら楽しげに笑う。いつだって仲良しの水の精霊リーラと風の精霊ゼーシルは、大木の枝に寄り添いクラウ達を眺めながら、その美しい声で歌いだした。



 ―――『受け継がれし黒の智慧に 深く頭を垂れて 古の威厳を知る

  悠久の光に手を翳し 幾千の威光に 愛を唄う

  内なる真の器に 導かれし異の御霊に 万物の幸あれ』―――



 精霊たちの自慢の歌声が森中に響きわたるころ、ちょうど木の実の収穫を終えたらしいアナモグマと出くわした。彼はクラウ一行の姿を目に留めると、ゆっくりと歩み寄り、クラウに向かってそっと手を差し出した。

「…くれるのか?」

 どことなく恥ずかしそうに、クラウの様子をちらちら伺いながらアナモグマが頷く。差し出された手の上に乗っていたものは、色とりどりの木の実だった。そのあまりの量にクラウは困ったようにアナモグマを見つめた。

「こんなにたくさんはもらえない」

『…?』

 何故受け取ってくれないのかとアナモグマが首をかしげる。その瞳が悲しげに揺れていた。

「お前の分がなくなるだろう。僕はこれで十分だ」

 クラウは着ていたローブを脱ぎ、そのフードの部分に木の実を半分ずつになるよう移していった。

「ありがとう。かあさまが喜ぶよ」

 頭を下げて礼を言えば、アナモグマは手で顔を隠すようにしながら全身を震わせた。それがアナモグマ流の喜びの表現らしい。巨体をくねらせながらもじもじする仕草はなんとも言えない愛嬌がある。

 そんな心優しき住人に別れを告げ、クラウ達はさらに先へと進んだ。

 数分後、ようやく森の切れ目に到着すると、景色はがらりと一変する。視線の向こうにはなだらかな丘と田畑が見え始め、ところどころに人間の住処らしい建物が見える。通称「アルフェンの里」と呼ばれ、森の民「エルフ族」が住む場所である。


「ルカ様だ」

「お帰りなさい、ルカ様。クラウ様」


 すぐそばの畑で薬草の収穫をしていた若い女のエルフが、クラウたちに気付き挨拶をかけてくる。エルフ族特有のとがった耳に、シルクのような光沢を放つ銀髪、すらりとした肢体に鼻筋の通った彫の深い顔立ち。日本人の顔立ちを見慣れているクラウからすると、違和感よりもそのあまりの美しさに感嘆のため息しか出てこない。

 世界最古の人間族といわれ、他の種族よりもはるかに長い時を生きるエルフは、この「古の森」以外ではほとんど見かけない。

 昔、まだ種族間の差別と争いが頻繁に行われていた時代、「エルフ狩り」と呼ばれる一方的な虐殺が行われ、多くの同胞が命を奪われた。以来、彼らはもともと住んでいた森を追われ、かろうじて生き延びた数十人が、この「古の森」へと逃れてきたのである。

 あれから100年余り。迫る魔の手におびえる暮らしから解放された森の民は、聖獣王の慈悲と森の恵みに感謝しながらひっそりと過ごしてきた。



「お疲れ様です」

 行く先々でかけられる声に軽く答えながら、クラウ達はさらに進んだ。

 丘の中腹に立つ大きな建物は、族長が住む場所で、里の重役たちの会合の場としても用いられる。さらに進むと、毎年、里の収穫と森の加護を祝う祭りで賑わう中央広場にでる。

 薬草の乾燥作業の合間に談笑する女たちの姿を目の端に留めながら、広場を通り広大な薬草畑をゆっくりと進む。

 あたり一面に広がる薬草畑のさらに向こう、丘の上に立つ巨大なマナリギの木。その脇にひっそりと建つ一軒家がクラウの現在の家である。




「クラウ様、お帰りなさい!」

「ただ今戻りました」

 ルカの背から降り、家に入ろうとしたクラウを出迎えたのは、この家にメイドとして仕えるリザ・マッセングルゼである。

 長い深紅の髪を三つ編みにし、そばかすが散らばった撞顔のかわいらしい顔。その頭には犬のような耳がついており、感情とリンクしてピコピコと動いている。そして、スカートの切れ目から出ているのはふさふさの茶色いしっぽ。もちろんコスプレなんかではなく本物で、クラウの誕生の際にも立ち会っていた彼女は、この里唯一の獣人族であった。


 手に洗濯物が詰まった籠を持っているところを見ると、家事の最中らしい。

「これ、森でいただきました」

 と、クラウがアナモグマからもらった木の実を差し出して見せると、リザは破顔して喜んだ。

「さすがクラウ様!森の人気者はモテますねぇ」


 ――― 森の、人気者…?


 いつの間にそんな変な代名詞がついたのかと眉を寄せるクラウをよそに、リザはローブのフードから木の実を一つ取り出した。

「見てください、これ!とっても珍しいアイゼクラウンの実ですよ!この森でも、一年を通して一日しか実がつかない、とっっっっても貴重な実なんですよ!それを、あっさりともらってくるんですから、さすがクラウ様です!」

「……」

 リザの勢いに押され、「そうなのか…?」と、思うだけでそれがどれほど貴重なのかいまいち実感がわかないクラウは、しげしげとその実を見つめた。柿ぐらいの大きさの真っ赤な実で表面はつるつるしているが、でこぼこといくつかの突起が出ている。一見すると、巨大な金平糖のようだ。


「これは真ん中に大きな種があるので、果肉自体は少ないですけどね。その味は精霊神アイゼリウス様も虜にするほどのおいしさで、この名前がついたんですよ」

「知りませんでした」

「ふふ、冷やして食べるとさらにおいしいですから、食後のデザートにお出ししますね。…あら?クラウ様、前髪ちょっと焦げていません?」

 リザに指摘され、改めて自分の前髪に触れると確かに縮れている箇所がある。

「何をやらかしたのかはわかりませんけど、危ないことはだめですよ」

「大丈夫です」

 ちょっと森火事を起こすところではあったが、結果的に何もなかったのだから問題ないとクラウは自己完結した。

「あ、そうだ!いい機会ですから、その前髪、切っちゃいましょう!せっかくきれいなお顔なのに、隠すなんてもったいないですよ?」

 と、どこかうきうきとした様子でリザが提案する。

 クラウの前髪は右半分だけ無駄に伸びており、そのまま流しているため常に顔の右側が隠れてしまっているのである。そのことを前々から不満に思っていたリザはこれ幸いといわんばかりに切ることを進めた。よほど不満がたまっていたのか、今にも鋏を取りに走り出しそうな勢いだが、クラウはそれをやんわりと断った。

 もともと自分のヘアスタイルに興味はないので、どんなにぼさぼさだろうとクラウは気にしないのだが、前髪を伸ばしているのには一応理由があるのだ。

 なぜか、右の眼だけ光に弱く、やたらまぶしく感じられるのである。だから少しでもそのまぶしさを和らげようと前髪を盾にしているのだが、そのことをクラウは母親にもリザにも言っていなかった。

 当然二人はクラウがこの髪形を気に入っているのだと思っている。ルカあたりは気づいているようだが、それを大人二人に話すつもりはないらしい。


「それより、かあさまは外ですか?」

「はい、裏でシシメ草の乾燥を行っていますよ」

 いまだ名残惜しそうにクラウの前髪を見つめるリザを後に、クラウは家の裏手へと回った。





「かあさま、ただ今戻りました」

「あら、クラウ、お帰りなさい」


 振り返ったのは、どう見ても子供がいるようには見えない若々しい女性だった。

 クラウと同じウェーブのかかった白髪の長い髪を後ろで一つにまとめ、籠にいっぱい収穫されたシシメ草を木の板に並べる作業をしているのは、紛れもなくクラウの母親、アリーシャ・オーウェンである。

 彼女はこの里唯一の天人族であった。

 純血の天人族によくみられる特徴の碧眼、そして色白の肌。本来ならその背中には、一対の純白の羽があるはずなのだが、アリーシャにはついていない。アリーシャの子供であるクラウにも、羽など生えていない。その理由をクラウは聞いたことはなかった。

 もっとも、羽が生えた人間などアニメや映画の中でしか見たことがないのだから、クラウにとっては今の姿の方が馴染みやすく、正直なところ必要ないと思ったのも事実だが…、そこはさすがのクラウも触れずにいた。



 アリーシャは作業の手を止めると、クラウのそばにしゃがみ込んだ。

 そして、目線を合わせ、自分と同じ緑交じりの碧眼を見つめながら話しかける。

「また森に行っていたのね?今日は何をして遊んでいたの?」

「今日は泉のほとりでリザにもらった本を読んでいました。帰りに、精霊たちが歌っているのを聞きました。それから、アナモグマに木の実をもらいました。アイゼクラウンというとっても珍しいものだそうです。今日のデザートに出してもらう予定なので、かあさまも楽しみにしていてください」

 嘘は言っていない。魔法の実践をしたなどと言ったら、どんな反応をされるか心配したクラウは、その部分を隠して話した。

「そう、それは楽しみね」

 アリーシャはニコニコと微笑みながら、クラウの頭を撫ぜた。これくらいのスキンシップは日常茶飯事なのだが、慣れないクラウは少しだけ緊張してしまう。


 アリーシャは基本的にクラウがすることに口を出したりしない。それこそ毎日のように出かけていく息子を笑って見送り、笑って出迎える。しかし、必ずその日にやったこと、起こったこと、感じたことを聞きたがり、クラウ自身に話をさせるのだ。

 はたから見れば世間一般的な親子の会話である。しかし、クラウにしてみればそんな風に母親とコミュニケーションをとることは初めてなので、どうにも違和感がぬぐえなかった。


 ――― これが本来の親子のあり方なのだろうか


 ついつい、以前の母親である百合子と比べてしまい、アリーシャのその距離の近さにたじろいでしまうのだった。確かに生みの親ではあるが、クラウにとってアリーシャは、母親というよりは同居人の認識の方が強かった。


「精霊の歌を聴けるなんて、クラウはとても運がいいわ。彼らは気まぐれだから、人間の前で歌うなんてよっぽど楽しいことがあったのね」

 と、アリーシャは自分のことのように嬉しそうだ。

 精霊という存在は、とにかく楽しいことやきれいなものが大好きで、うれしいことがあると歌を歌い踊る。もっとも普通の人間には精霊の声は聞こえないので、当然歌も聞こえるわけがない。それ以前に彼らはとても自由な生き物で、人前にその姿を見せること自体がとても珍しいことなのだが…、精霊に愛されたこの母子には関係のない話であった。

「…かあさまは聞いたことがありますか?」

「ええ、ミネルディアの歌を何度かね。でもあんまり私に聞かれたくないらしくて、夜こっそりと歌っているのよ」

 その場面を思い出しているのか、アリーシャは顔を綻ばせた。

 水属性の最高位に君臨する精霊神ミネルディアは、時々この家に顔を出すのでクラウも知っている。アリーシャによく懐いて、二人は友人のように仲がいい。

「クラウは聞いてみてどうだった?」

「…とても、きれいだと思いました」

「そう」

 ニコニコと笑顔を絶やさず、息子の言葉に耳を傾ける。クラウがどんなにそっけない感想を言っても、いつだってアリーシャは優しく微笑み返す。

 そんな彼女がクラウにはまぶしく見えてしかたがなかった。

 温かい笑顔が、とてもよく似合うと思う。

 そしてその笑顔を見るたび、クラウはそわそわとどこか落ち着かない気分にさせられるのだった。

「さぁ、母様はまだ作業が残っているから、クラウは向こうで遊んでいてちょうだい」

「はい」

 日が沈むまであと1時間ほど。クラウはアリーシャの仕事の邪魔にならないように家の中へと入っていった。


 その晩、デザートとして出されたアイゼクラウンの実は確かに美味で、珍しく頬を緩ませるクラウの姿に、アリーシャとリザが幸せそうにしていたのは内緒である。





 翌日、窓から差し込む朝日のまぶしさにクラウはうっすらと目を開けた。

 まだ日が昇って一時間ほどの早朝にもかかわらず、部屋の外ではリザが炊事を行っている音が聞こえる。今日の朝食は焼きたてのフォンブルと、ムシュリムの実のスープらしい。部屋にまで届いてきたその匂いに、きゅるっとクラウのおなかが鳴った。


 家の中の基本的な仕事はメイドのリザがすべて行っている。そして、主であるアリーシャの仕事は薬草づくり。

 里のいたるところにある薬草畑は、すべてアリーシャの指示で作られたもので、里の女たちは彼女に助言をもらいながらその管理をしている。


 光魔法を得意とするアリーシャは、とても貴重な治癒魔法を使うことができる。その能力は擦り傷から骨折まで治せるほど優れたものだが、一度に使う魔力の量がかなり多く、そう何度も使える魔法ではない。そのため、里の人間が病気になったときやけがを負った時に、少しでも早く、多くの治療ができるようにと、アリーシャは薬草園を作ることにしたのである。

 もともと薬草の勉強をしていたこともあり、その知識はかなり豊富であった。解熱効果のあるものから、解毒、疲労・魔力回復、増血薬、はては地球でいうビタミン剤みたいなものまで種類は様々であり、また、これらの薬草は里の主な収入源にもなっていた。


 ぐるりと回りを海に囲まれ、最南端に浮かぶこの島は、人間の現時点での技術力・魔法力では到達不可能とされている。さらに、聖獣王が住むこの「古の森」は太古より人の侵入を拒み、強力な結界によって守られているため、許可のないものは入ることができない。

 しかし、一歩結界の外に出ればそこは魔物の住処となり、出歩くのは極めて危険な地域となる。なまじ大気の魔力濃度が濃い島のため、そこに現れる魔物も強いものが多い。

 そんな魔物から里を守るため、男たちは毎日の見回りと警護を行っている。


 今現在、この里にいるのは年老いたエルフと、女子供ばかりである。族長と見張り役の戦士以外の男たちは皆外に出向いていた。

 見回り班は結界の外側の様子見を行い、調達班は外の大陸に渡り、なじみの商人に薬草とその他の必要物資を交換してもらう。そして偵察班は、文字通り大陸のあちこちにわたり世界の情報を集め、里に危険が及ばないか、一族の生き残りがいないかをひそかに探っている。それらの主な財源はすべてアリーシャや里の女たちが作った薬草を売って得られたお金で賄われているのだ。


 クラウは部屋の窓から外を眺めた。

 すでにアリーシャは働き始めており、丘の端まで続いている畑の合間を大きなかごを抱えながら歩いている。遠目に同じように歩いている里の女たちもちらちらと見えた。

 体力のいる大変な仕事だと思う。それでも、自分たちの生活を守るため、一族のため、そして何よりアリーシャのために彼女たちは毎日薬草づくりに精を出す。


 豊かだと思う。そして、平和だと。


 以前、誠吾として生きていた時は、戦争の経験はないものの人の争いをいろいろと見てきたし、巻き込まれたこともあった。人と人が暮らす以上、何らかの争い事が起きるのは仕方のないことだが、それでもこの里の人間はお互いを尊重し、助け合って生きる努力をしているようにみえた。


 そのすべてが、アリーシャという一人の天人族のため。


 違う種族にもかかわらず、この里のすべての人間がアリーシャを慕い、絶大な信頼を寄せていた。それは、まだたったの4年しか生きていないクラウにも分かるほど顕著で、揺るがない事実であった。

 母とエルフ族の間になにがあったのか、クラウは知らない。母親も、リザも、里の人間も、誰もその話をすることはなかった。

 しかしその事情が何であれ、クラウがアリーシャの息子として生まれ、彼もまた里の人間に大切に守られていることに変わりはない。


 他人に守られる。


 クラウにしてみればこれも初めての感覚で、少し戸惑うものだった。

 ずっと人は一人で生きていくものだと思っていた。少なくとも、誠吾として生きていたときは、周りに彼を守ろうと必死になってくれる人間は誰もいなかった。親はもちろん、親しい友人もいなかった誠吾には、彼を愛し大切にしてくれるものなど存在しなかった。また誠吾自身も周りを見る余裕も必要もなかったので、必然的にいつも一人でいた。  

 そして、それが当たり前だと思っていた。

 その感覚が抜けないのか、クラウはなかなか今の状況に慣れることができずにいた。

 里の人が皆、気軽にクラウに話しかける。必要なものはないか、困ったことはないか。クラウを心配する声から軽い世間話までその内容は様々だが、相手との距離を測りきれないでいるクラウは、何となく居心地の悪さを感じてしまうのだった。


 ――― いずれ慣れるだろうか。


 そうなればいいと思いながら、クラウはベッドを降り着替え始めた。




 さて、予想通りの朝食を食べ終え、一時間ほど部屋にこもり文字の読み書きに時間を費やしたクラウは、今日も森の泉へとやってきた。手には何度も読み返した魔法書、そしてリザが作ってくれたお弁当。もちろんルカも一緒である。

「よし!今日は風と、地の魔法だな」

 準備運動も済ませ、程よく体が温まってから、クラウは昨日と同様に魔法の練習に励むことにした。

 風の魔法は火の魔法に、地の魔法は水の魔法にそれぞれ似通った性質を持っているためか、割合楽に発動できてしまった。とはいえ、やはり魔力の属性切り替えにはなかなか慣れず、時間もかかりすぎてあまり上出来とはいえない。

「何か効率のいい練習の仕方があればいいんだが…」


 ―――まぁ、繰り返すのみ、だな。


 またぶつぶつと考え始めたクラウを、ルカは少し離れたところから静かに見守っていた。

 一般属性魔法のうち4つをいとも簡単に使ってしまうその才能は、ルカの目から見てもずば抜けていた。クラウの親を考えれば、当然の結果といえるかもしれない。

 だが、それ以前にこの幼子はどこまでも貪欲で、そして努力家だった。


「とりあえず、順番に、一つずつ、確実に発動できるように繰り返す!」


 クラウは高らかに宣誓した。

 当面の目標を口にだし、明確にすることはとても大事である。そして、あとは目標達成までひたすら努力するのみ。これがクラウの魂に染みついた「常識」であった。

 クラウはまず、火、水、風、地の順番に魔力を変質させることから始めた。掌の上の魔力の塊を赤、青、緑、黄色に移り変わるように操作し、身体がその感覚を覚えるまで何度も繰り返すのだ。

 最初の一周はやはりなかなかうまくいかず一時間近くかかってしまった。その後も何度も繰り返すが、かかる時間はほんの数秒短くなるだけでほとんど変わらないように思えた。それでも、クラウはゼロではないことに満足し、弁当のことも忘れて練習した。


『そろそろ休め。あまり根を詰めるのはよくない』

 見かねたルカがクラウにそう声をかけたのは、午後の1時を回るころだった。

「ふぅ、もうそんな時間か…」

 相当集中していたのか、日が完全に登り切っていることに驚く。どおりでお腹が空いているわけだと、ようやくリザが作ってくれたお弁当に手を伸ばした。

 クラウの周りの空気が張りつめていたものから、穏やかなものに変わったのを感じ取った森の住人達が、そろそろと顔をだし、集まってくる。明らかに作りすぎなおかずを住人達に分けてやりながら,クラウは遅い昼食を堪能した。

『お前はなぜそこまで頑張る』

 と、どことなくあきれたようにルカに言われ、はたと思う。


 ――― そんなに頑張っているだろうか。


 クラウにしてみれば、単に可能性があるのならば少しでも試してみたいし、できるようになりたいと思うだけで、自分が特別だとは微塵も思っていない。人間ならだれしもがもつ欲求の一つだ。まぁ、それがほんの少し他の人間と比べて、「異常」なだけで本人はいたって普通のつもりだ。

 もぐもぐとサンドイッチを頬張りながらそう答えれば、ルカはあきらめたように寝る体制に入ってしまった。


 ――― この男に何を言っても無駄だ。


 クラウがとても頑固な性格なのは、生まれた時から知っているので今更だ。

 昼食が終わってからもなお、クラウの特訓は延々と続いた。








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