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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第一章  アルフェンの里編
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1  クラウ・オーウェン



 とある世界の最南端に位置する小さな孤島。その一角に「古の森」と呼ばれる深い森が存在する。別名「精霊の森」とも呼ばれるその場所には、実に様々な生き物が共存していた。

 樹齢千年を軽く超える大木の根元には、チグラットと呼ばれる小動物が住んでいる。長い耳に丸い体。人間の掌サイズしかないその生き物は、日本でいうところのうさぎのような見た目で実にかわいらしい。 

 アナモグマは体長2メートルを超える熊のような生き物で、全身がもこもこした茶色の毛でおおわれている。そんな見た目とは裏腹に、性格はとても温厚でのんびり屋な彼らは、リムの実と呼ばれる赤い実が大好物である。 

 リンリンと鈴のような音を響かせながら飛ぶ青鈴蝶せいりんちょうは、夜になると羽が青白く光り輝くとても珍しい生き物で、今ではこの「古の森」にしか存在しない。

 ほかにも虹色の羽をもつ聖獣クルゲン、闇の精霊ミミモンドなど、世界でもとても珍しい生物が各々自由に過ごしていた。


 さて、そんな不思議な森の奥深く。森に住む者たちの癒しの場としても人気の高い泉のほとりに、ひときわ大きな獣がゆったりと寝そべっていた。真っ白な毛に、金色の瞳。獅子のようなその体は全長2メートルをゆうに超える巨体で、名をルカという。数多の聖獣の中で最も古い存在で、そしてその圧倒的な力でこの森の主として君臨する「聖獣王」である。

 ルカは最近、こうして泉のほとりで時間を過ごすことが多かった。といっても、彼自身がここに何か用があるというわけではなく、彼の「友人」が毎日のように泉まで足を運ぶので、それについてきているだけなのである。

 その当の「友人」といえば、寝そべりまどろむルカの腹あたりによりかかるようにして座り、何やら一心不乱に本を読んでいた。

 白髪に、碧眼。白いローブのようなものを着て、ひざの上に分厚い魔法書を開き、先ほどからぶつぶつと何やらつぶやいている。


 名前はクラウ・オーウェン。

 先日やっと4歳になったばかりの幼子である。


「魔術というものはなかなか奥が深いな」

 子供特有の高い声がルカの耳に届く。

 ちらりと小さな友人に視線を送ると、彼は必死で文字を追いながら、独り言をつぶやいていた。ふむふむ、と感心したように頷くその姿はまるでどこかの学者のようだ。喋る言葉も大人のようにしっかりしており、とても4歳児とは思えないほど流暢に話す。今読んでいる本も、子供が、ましてや生まれて間もない、字もろくに読めないはずの幼児が手にする代物ではなかった。

 しかし、クラウにかかればどんなに分厚い専門書も絵本と同じで、読み終えるのにそう時間はかからない。


 なぜなら、彼は4歳児であって、4歳児ではないからである―――



「やっぱり、前の世界とはだいぶ違うな」

 と、どこか感心したようにクラウが頷いた。

 前の世界。

 そう、彼は以前、別の世界に住んでいた。

 地球という世界の、東京で、加宮誠吾として確かに生きていた。しかし、不運にもトラックにはねられ24歳の若さであっけなく死んだはずの彼は、気づけば新しい生命体としてこの異世界に生まれ落ちていたのである。

 つまり、今ここにいるクラウ・オーウェンという子供は、「加宮誠吾が生まれ変わった後の姿」ということになる。

 実に非科学的でにわかには信じられないが、ありえない話ではない。異世界に渡るという「ちょっとしたアクシデント」はあったものの、死んだ者の魂が新しく転生するという説は往々にして存在するものだ。

 しかし、今回の転生はただの転生ではなかった。なぜなら、クラウには生前の記憶が、つまり加宮誠吾として生きた記憶がそのまま残っていたからである。


 加宮誠吾としての人生は、確かに終わりを告げた。

 こうして次の人生に以前の記憶を持ったまま生まれてきたことに、何の意味があるのか。なぜこうなったのか。クラウは自分が持ちうるすべての知識を掘り起こし、ありとあらゆる可能性を考えてみたが、結局納得のいく答えは見つけられなかった。

 当然だ。そもそも『転生』という不可思議な現象ですら、クラウの想像をはるかに超えていたのだから―――

 しかし、わからないことをわからないまま放置するような人間ではない。生前から受け継いだポジティブさを発揮し、「超えられない壁は存在しない!」と確固たる信念のもと、新たにクラウ・オーウェンとして強く生きることを誓ったのだった。

 良くも悪くも、誠太郎と小百合の教えは、クラウとして生まれ変わった今世もしっかりと受け継がれていたのである。


 そして、あの衝撃的な誕生から早4年。

 クラウは恐ろしいスピードで、すくすくと成長していた。

 母親譲りの白髪に、透き通るような碧眼の瞳、色の白い肌。以前の黒目黒髪とは全く異なる容姿からもわかるように、この世界は日本とは似ても似つかない世界であった。


 ――― 世界はまだまだ広いな


 どこかのんきなクラウの感想はさておき、まずは言葉が理解できないと話にならないので、クラウは早々に言葉の習得に取り掛かった。

 とはいえ、生まれたばかりの赤子の姿では動き回ることなどできない。そこでクラウはまず耳をフル活用させ、聞こえてくる音を一つも漏らさぬよう常に聞き耳を立てて過ごした。

 自分に与えられた新しい名前に始まり、挨拶、他人の名前など自分の周りで交わされる会話のすべてに耳を澄ませ、聞き取る。

 音に馴染みはじめたら、次に発音の仕方を真似てみる。もちろん最初は舌がうまく回らず、「あー」だの「うー」だのろくに発音できなかったが、それでもクラウは口を動かし続けた。

 そんな活発な息子を見ながら、

「なんだか、この子、おしゃべりね?」

「…意味は不明ですけど、確かに、よくしゃべりますねぇ」

 と、母親とメイドが不思議がっていたのだが、あいにくクラウの知ったことではない。


 その後、ハイハイができるようになると、クラウは周りの人間に本を読めとせがんだ。最初は読み終えるのに3分もかからないとてもシンプルな絵本を、母親のもとに持っていき、差し出す。

 「読め」という無言の圧力のようなものが、母親に突き刺さる。

「…ほんとうにクラウはその本が大好きなのねぇ」

 自分と同じ碧眼にじっと見つめられ、呆れた笑みを浮かべながらも、かわいい息子の要求にこたえる優しい母親。小さな体をその膝の上に抱き上げ、何度も読んだ絵本を改めて読み聞かせてやる。一通り読み終えても、「もう一度!」とキラキラ光る瞳で見つめ返されて、また初めから読み直す。その繰り返し。実に健気である。


 そんな努力の甲斐あってか、今ではすっかり大人並みの言葉を喋れるようになったクラウの急成長ぶりに、周りの大人たちは「実はこの子天才なんじゃ…?」とひそかに噂していたのだが…、当の本人は全く知らぬことであった。





「よし!じゃあ、始めるか」

 クラウは読んでいた本を勢いよく閉じ立ち上がると、思い切り伸びをした。

 白のローブを脱ぎ、しわにならないよう綺麗にたたみ、わきに置いておく。ついでにブーツも脱ぎ、その隣に並べる。もちろんきちんと揃えて置く当たり、彼の几帳面さが見て取れる。

 シャツと短パンという身軽な姿になったクラウは、そのまま準備運動に入った。

 まずは軽い屈伸から始まり、身体のありとあらゆる筋肉がほぐれるよう丹念にストレッチを行う。いくら子供の身体が柔軟だからと言って、準備を怠れば大けがをしかねない。何事も最初の準備が肝心なのである。

 最後に軽く深呼吸を繰り返し、終了。大自然の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、クラウは満足げに頷いた。


「よし、つぎ!」

 準備が整ったら、次は走り込み。泉の周りをぐるりと一周して帰ってくる。距離にしておよそ3キロといったところか。クラウにしては少々物足りない距離ではあるが、この森で走ろうと思うとほかにいい場所がないので仕方がない。

 それが終わったら今度は、腕立て伏せ、スクワット、腹筋を各100回ずつ。以前誠吾が毎日行っていたおなじみのメニューである。

 それらすべての工程を軽々とこなし、ようやく本日のメインに入る。


 そう、魔法である。


 クラウが何故黙々と分厚い魔法書を読みふけっていたのか。それはどうやら自分にも魔法というものが使えると気づいたためである。

 きっかけは一冊の魔法書だった。

 家にあった本を読みつくし、いよいよ読む物がなくなった時に、メイドのリザがクラウへと与えたものである。


「次はこれなんてどうですか、クラウ様。ちょっと難しいかもしれませんが、なかなか面白いと思いますよ!」


 リザからにっこり笑顔付きで差し出された本を見たとき、クラウの瞳がきらりと光った。その本の表紙に『魔法入門書』と書かれていたからである。


 魔法。

 聞きなれない言葉。

 前世の時にはありえなかった、未知の分野。


 ――― 実に興味深い。


 分厚いその本を両手で抱え、興味津々で見つめるクラウの様子に、リザは、「やっぱり食いつきましたね」と、内心喜んだのだった。

 前々から「この子供は天才なのでは!?」と訝しみ、クラウの一挙一動を見守ってきたリザは、言葉の次はやはり魔法関連の本を読むべきだろうと考え、敢えてこの本を選んでみたのだ。

 一般的にこの世界では、魔法全般の教育は6歳以降に行われるのだが、

「この子共ならあるいは…」

 と、半分本気、半分おふざけ気分で渡してみたところ、見事にクラウは食いついたのだった。


 この世界の人間は、誰しも必ず魔力を持って生まれてくる。もちろんクラウも例外ではない。入門書を読みながら、自分にも魔力があることを知ったクラウは、ますますその本に夢中になった。

 入門書を隅から隅まで何度も読み返し、もちろんわからない単語は辞書を片手に一つ一つ調べ、自分なりに整理していく。なかなか根気のいる作業ではあったが、クラウにしてみれば慣れた作業である。

 そもそも魔法とはなんなのか。その概念、仕組みをすべて理解するには、入門書一冊ではさすがに無理であったが、10回目の読み返しを終えたころには彼は自分なりに解釈し、概ね理解していた。

 そして、シンプルな答えを一つ導き出した。


 魔法とはつまり、『体内に宿る魔力を操り、何らかの形で具現化したものである』と。


 「魔法」と一口に言っても、この世界にはさまざまな種類の魔法が存在する。光、火、水、土、風の五大元素を操る一般属性魔法、光の元素を操ることで使用できる治癒魔法と結界魔法、そして聖獣を呼び出す召喚魔法。大まかに分けるとこの四種類の魔法が広く使われている。あと、古代魔法と呼ばれるとても古い魔法も存在するようだが、こちらはめったにお目にかかれない珍しいもののようだ。

 自分がどの魔法を使えるかは、実際に魔法を使ってみないとわからないらしい。人には適性というものが存在し、向き不向きがある。適性以外の属性魔法を使うことは極めて難しく、特に光属性を扱える人間は世界全体で見てもごく僅かしかいないらしい。

 とにかく、クラウは今日、人生初の魔法発動を試そうと、こうして本を片手に泉へとやってきたのである。予習はもちろん完璧。本の内容はすべて頭の中に入っているし、手順もしっかり覚えている。あとは実行に移すのみ――――


「さて、一つやってみるか」


 クラウはすっと深呼吸をすると、右手を前に出した。掌を上に向け、じっとそこに意識を集中させる。

 入門書によれば、魔法を使うには三つの力が必要らしい。中でも最も重要視されるのが、魔力を操作する能力である。いわゆる『操作力』と呼ばれるもので、これがなければどんなに大量の魔力を持っていたとしても、魔法を使うことはできない。

 次に大事なものが『集中力』である。特に、慣れるまでは魔法を発動するまでに時間がかかるうえ、全神経を集中させなければならないのでかなりの集中力が必要とされる。

 そして最後に『創造力』。魔力を何らかの形で具現化させるための、イメージ力みたいなものである。


 クラウはとりあえず、一番イメージしやすい火属性の魔法からやってみることにした。

 全神経を集中させ、体内の魔力を操り右手に集める。

 右の肩から二の腕、腕先へとじんわりと温かさが伝わり、腕全体が半透明のオーラのようなもので包まれ、魔力が流れていくのがわかる。その魔力を徐々に掌の真ん中へと集結させていく。


 赤く揺らめく炎、灼熱。


 勢いよく燃え上がる炎をイメージしながら、高密度の魔力の塊を一気に解放させる。

 瞬間、ゴォ!という爆音とともに、クラウの小さな掌から勢いよく炎が渦を巻いて燃え上がった。


 少し離れたところで眠っていたルカが、何事かと起き上がる。泉で水浴びをしていた小動物たちもいきなりの事態に驚き、一目散に逃げていってしまった。

 そして当の本人は、自分が想像したものよりもはるかに強い威力と勢いにびっくりして、しばらく唖然とその炎を見つめていた。しかし、衰えるどころかますます勢いが増していく様子に我に返り、あわてて掌の魔力を拡散させたのだった。


「…ちょっと、張り切りすぎたな」

 いつの間にか隣に来ていたルカが、大丈夫かと聞いてくる。

「…ん、大丈夫だ。ちょっとびっくりしたけど、問題ない」

 少し焦げて縮んだ前髪をルカに鼻先でつつかれながら、クラウはほっと息をついた。危うく、山火事ならぬ森火事を起こしてしまうところであった。


 それにしても――――

「こんなに簡単にできるものなのか…?」


 いやにあっさりとできてしまったことに、いささか拍子抜けしてしまう。入門書によれば、初めての魔法はその発動までに一週間近くの訓練が必要だと書かれていたので、そのつもりで入念に準備してきたのだが、なんの苦労もなく発動できてしまい、クラウは少々気が抜けてしまった。

 すると、思案顔のクラウを見つめながらルカが静かに言った。


『お前は魔力が見えている分、理解しやすいし、扱いやすいのだろう』

「なるほど」

 クラウは頷き、己の手のひらをじっと見つめた。

 実は、クラウにはほかの人間にはない能力がいくつか備わっていた。その一つが、ルカのいう『魔力が見える』というものである。

 本来人間は、魔力を操ることはできても、それを目で見ることはできない。しかし、クラウは生まれた時から魔力の流れや色が見えていたのである。


「やっぱり、普通は魔力を目視することはできないのか?」

『一般的に人間には見えないものだ。われわれ聖獣や精霊たちは別として、ほとんど存在しない』

 ならば、クラウはどうして見えるのか。

『…血筋と言えばそれまでだが。お前が納得できるような答えは、我には返せん』

 つまるところ、ルカにも説明は難しいということだろう。ならば、まだまだ新米のクラウがいくら考えたところでわかるわけがないので、保留にしておくことにした。いずれわかるときが来るだろう。

 

「じゃあ、次は水の魔法だな」

 気を取り直し、クラウは再び右手を前にかざした。火属性魔法は魔力の操作にある程度慣れてからの方がよさそうである。

『火と水は正反対の属性だ。両方を扱える人間は早々いない』

 と、ルカが横から口をはさむ。

 言外に無駄だと言いたいらしい。

 確かに入門書にもそれらしい記述が書かれていたことをクラウはしっかり記憶していたが、そんなことは関係ない。

 24年間、「超えられない壁はない」を信条に生きてきたのだ。たとえ不可能と言われても、それを可能にするための努力を惜しむような人間ではなかった。

「まぁ、とりあえずやってみるさ」

 できるかどうかは別として、何事も試すことは大事である。

 クラウは再び集中して、魔力を掌へ集めた。

 すると、特に意識することもなく、体が先ほどの感覚をなぞるように魔力を火属性に変質させていくのがわかった。魔力の色が勝手に赤色に変化しようとするのを、クラウはあわてて押しとどめた。

「…ふむ、確かにやりづらいな」

 一度魔力を拡散させ、自分の掌を見つめる。


 ――― 魔法書に書かれている通り、適性以外の属性は扱えないのだろうか?


 しかし、クラウはひとつ不思議に思っていたことがあった。

 そもそも、魔力というもの自体に色は存在しないのである。

 クラウの目には、魔力は常に半透明の靄のようなものとして見えている。そして、それらの魔力を体外に放出し魔法が発動される瞬間、魔力は色を変える。先ほどの火の魔法なら赤、風なら緑、水なら青、地なら黄色といったように、もともと半透明の魔力をそれぞれの属性の性質に変質させることで、初めて色が付くのである。

「魔力自体に属性があるわけではないのだから、変質のコツさえつかめれば、全属性を発動できるはずなのだが…?」

『……』


 ――― まさか、人間の子供がここまで理解できるとは…。


 ぶつぶつと考え込むクラウを見つめながら、ルカは感心した。

『お前のいう通り、魔力はそもそも「無」に近い自然エネルギーみたいなものだ。それ自体に属性はない』

 元は同じなのだから、使おうと思えばどの属性の魔法も使えるというわけである。とはいえ、人の魔力を操る力には限度が存在する。

『魔力が見えない人間は、一番初めに発動した時の感覚を無意識に身体が覚えてしまうものだ。たとえば最初の発動が火属性の魔法だった場合、魔力を火属性へ変質させる感覚を魔法操作の力だと思い込む。その感覚はなかなか抜けない』

「だから正反対の水は扱えない?」

『そうだ。水と火では、変質の仕方が全く違う。一度魔力を火属性へと変化させる感覚を覚えると、改めて魔力を水属性に変化させさせようと思っても、うまくいかない。』


 ――― なるほど。


 だから「適性」という概念が根付いたわけか、とクラウは納得した。

「なら、親から子に適性が遺伝するというのは?」

『いでん…?』

 ――― さすがに伝わらないか

 咄嗟に地球の言葉が出てしまい、クラウは言い直す。

「あー、親の能力を受け継ぐ…みたいな」

『…ふむ、継承能力か。親から受け継ぐのは魔力ではなく、魔力の操作力の方だ。この操作能力は少なからずその子供にも影響するといわれている』

 親が火属性の魔法が使えると、その子供も火属性の魔法を使えることが多い。一見すれば、魔力を受け継いだ結果に見えるが、実際はその操作力の方が遺伝しているというわけだ。

『それに、一番身近で魔法を使える人間はたいていが親だ。見慣れている分、その属性の魔法をイメージしやすいということもあるだろう』

「なるほど」

 自分の考えが正しかったことを知り、クラウは満足げにうなずいた。



 気をとり直し、もう一度魔力を集める。

 やはり先ほどと同様、魔力は火属性へと変質しようとする。これがルカのいう「体が感覚を覚えてしまう」という状態なのだろう。

 クラウは、とりあえずそのまま逆らわずに、今度は渦巻く水をイメージしながら高密度の魔力を一気に解放し、魔法を発動させてみた。が、魔力はそのまま、魔法が組み上げられる前に空気中に霧散してしまった。

「ふむ……」

 確かに、簡単にはいかないらしい。

 クラウは首を傾げ、じっと自分の手を見つめた。ルカは何も言わず、その姿を見守っている。

 ――― やはり、単純なイメージだけではだめということか…。

 火属性と同じように魔力を変質させて、「創造力」でカバーするやり方ではやはり意味がないということだ。変質する段階で、水の感覚を意識しなければならない。


 ――― ならば、これならどうだ…!


 手を掲げ、再び集中する。

 油断すると勝手に変質しようとする魔力を無理やり押しとどめながら、感覚を先ほどとは全く逆の流れに持っていく。


 「熱い」ではなく、「冷たい」ものに。

 「包む」感覚ではなく「流す」感覚。

 「赤」ではなく、「青」。

 深い、深い海の底を漂う感覚。

 ゆったりと、しかし時に激しく波打つ水面。


 徐々に、魔力の塊が青白く変化していくのを見つめながら、クラウはさらに魔力を極限にまで引き上げた。

 ――― おお、今度はいい感じだ

 そして最後、仕上げのイメージは、吹き上げる噴水の水しぶき。


「いけ…!」


 掛け声とともに出来上がった魔法は、一本の水柱だった。直径20センチ、高さ一メートルほどの水の柱が、クラウの手から勢いよく吹き出した。

 それをさらに、より細く、勢いのあるものに変えていく。高度な魔法になればなるほど、その操作もより複雑化し、繊細なものになるのだが、クラウはそれを難なくこなし思うままに操った。

 そして、センスを問われるのが「創造力」。

 クラウのイメージとリンクするように、魔法は次々と形を変えていった。丸い球体のようになったかと思えば、二つの水流に別れ、別々の方向に飛んでいく。まるで二つの水流がそれぞれ意識を持っているかのように、あたりを縦横無尽に飛び回る。それに興味をひかれたのか、近くで遊んでいた微精霊たちが楽しそうに水流を追いかけ始めた。

 やがて、泉の中心で二つの水流が螺旋を描き、交わりながらはるか上空へ駆け昇ると、その勢いのままぶつかり周囲へはじけ飛んだ。


 霧雨が一面に降り注ぐ。


 キラキラと水の滴が日の光に反射し、やがて、泉の上に小さな虹がかかるのを見届けてから、クラウはゆっくりとルカを振り返った。


 その顔に浮かぶのは、珍しくうっすらと笑みが残る、とても満足げな顔――――


「そろそろ帰ろう。かあさまが心配する」


 姿形は子供のそれなのに、ひどく大人びた感じがするのは、その言葉遣いのせいなのか。

 それとも別の何かか――――


 ルカはしばらく、まぶしそうに小さな友人の姿を見つめ返したのち、ゆっくりと歩み寄った。








※基本、一話が長いです…。

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