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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第一章  アルフェンの里編
26/140

24 奪還




「静かだな…」

 闇の中、レノは異様な静けさにふと歩みを止めた。後続を歩いていたコモル、ジングルスも立ち止まる。

「どうしたんですか?」

 と、コモルが聞いた。

「何かが、おかしい」

「…戻りますか?」

 レノの勘の良さをよく知っているジングルスは、一度撤退するかどうか、レノへ尋ねた。

「いや、…進むぞ。気張れ」

 レノの指示に、二人は頷いた。


 ドルモアの屋敷は正面玄関とは別に、裏口が二か所作られている。そのうちの一つ、食材を保管する部屋につながる入り口は東側にあり、今レノ達が向かっている目的の場所だ。

 屋敷を取り囲む塀沿いに歩いていると、「キュイッ」とバイハルンドの鳴き声が聞こえた。

 レノが後ろのジングルスに合図する。

 腰袋から笛を取り出したジングルスが返答の合図を返した後、再び歩きはじめると、数メートル先に人影が見えた。


「レノ」

「おう、ハンス。どんな感じだ?」

「…順調と言いたいところだが、少し妙じゃないか?」

 レノ達を出迎えたのは三日前に合流したハンスだった。

「だな。静かすぎる。それに人の気配が全くねぇ」

 話し声はおろか、生活音の一つも聞こえないのはどうもおかしい。

「敵の警護は?」

 と、レノがハンスに聞いた。

「情報によれば、正面に二人、塀の見回りに二人、あとは階段付近にそれぞれ一人ずつ」

「昼間外に出て行った奴らはすでに拘束してある。見回りの奴らは兄貴の方がなんとかしてるし、正面はサイルス達遠距離班が見張ってるはずだ」

「となると、後は中の階段付近にいる奴らだな」

「ああ。それから、厄介な奴が一人残ってる」

 この作戦の最大の難題と言っていいだろう。魔人族の相手は、レノが受け持つことになっている。

「ま、今回はお前に譲るさ」

 ハンスはさわやかな笑みを浮かべながら、レノの肩をたたいた。


 実は同い年というこの二人は幼いころから仲が良く、ガルフと三人でよく鍛錬に励んだ仲間である。大剣使いのガルフ、槍使いのレノ、そして双剣使いのハンス。扱う武器だけでなく、性格も見事バラバラで一見まとまりがない三人に見えるが、案外息の合った連携を見せるので、当時指導に当たっていたユンガイルにもよく不思議がられたものだ。


 ハンスは転がっていた小石をつかむと、裏口の方へ向かって放り投げた。

 しばらく茂みに隠れて人の動く気配を探るが、物音ひとつ返ってこないところを見ると、ますます怪しさが増す。しかし、今日を逃しては奪還の機会を失うことになるので、作戦は続行しなければならない。

 レノは「行くぞ」と声をかけて、入り口の取っ手に手をかけた。




 一方、西側のもう一つの裏口からすでに屋敷の内部へと侵入していたガルフは、ガーランドとローデスを伴い一階の廊下を進んでいた。

「隊長、やっぱりおかしいですよ」

「…ああ、何故こんなに人がいない?」

 ローデスの不審そうな声に、ガルフは頷いた。

 ここへ来るまで、姿を見たのは塀の外を歩いていた見張り役の護衛一人だけで、屋敷に使える使用人すら見ていないのだから、不振がるのも無理はない。


「ガルフ、あれを…!」

 西側の二階に続く階段に差し掛かった時、ガーランドが何かに気づいたようで、そっとささやいた。

 見れば階段の手すりにもたれかかるようにして誰かが倒れていた。

 ローデスが近づいて確認する。

「おそらく部下の一人でしょうね。…すでに死んでいます」

 まるでこの世の終わりを見たような恐怖にひきつった顔で死んでいる男に、三人はどういうことかと顔を見合わせた。

「我々より先に、別の客人がいたようだな」

「…まぁ、商売柄恨みを買うことも多いでしょうが、これは…」

 と、ローデスが言葉に詰まる。もしほかの人間もこの男同様にすでに始末されているのならば、かなりの異常事態だ。予想外の出来事に、ローデスは不安げにガルフの方を覗った。

「…どうしますか?隊長」

「ドルモアの私室は二階だな」

「…はい」

「一応、確認をしに行くぞ。油断はするな」


 ガルフの指示のもと、三人は中央の階段を上り長い廊下を進んだ。さすがは領主の屋敷というだけあって部屋数が多く、ところどころに骨董品らしき品が飾られている。それらを後目に一室ずつ確かめながらさらに進むと、ひときわ大きな扉が見え、一センチほど空いた隙間から光が漏れているのが見えた。

 ガルフはローデスとガーランドに頷き、合図する。

 ゆっくりと扉の脇に移動し、武器を構え、扉へと手をかける。

 音もなく、すっと動いた扉の先で待ち構えていたものに、三人は目を見張った。

「これは…」

「…誰も、いませんね」

 確かに部屋には誰の姿もない。だが、部屋のありとあらゆるものが荒らされ、壊されていたのだ。

「野党…でしょうか?」

「それにしては様子が可笑しくないか?」

 ガーランドは部屋の惨状を観察しながら言った。

 野党が荒らしまわった、というよりは、何かが暴れたようにも見える。ものがあちこちに散乱し破壊されているのに加え、壁や床にまでひびが入っているのだ。とても人間の仕業とは思えなかった。


 ガルフは部屋の中央のテーブルにあった手紙を手に取った。

「例の相手側の貴族からだな。契約破棄を通告されたらしい」

「いい気味です」

「では、クレアたちは…」

「おそらくまだドルモアの手に」

 生きていれば、の話だが。

「ここを襲った何者かに連れて行かれたのでは?」

「…かもしれんな。一歩遅かったか」

 ――― 少し、慎重になり過ぎたかもしれない。

 ガルフは自分の判断が甘かったかと悔やんだ。

仲間の安全を考えるばかりで、時間をかけ過ぎたのだ。よく考えれば、自分たち以外にもクレアたちを手に入れようと画策する輩がいてもおかしくはない。

「ローデス、合図を。レノ達と合流する」

「はい」

 ローデスが笛を吹く。屋敷に響くその音に答えるように、一階から笛の音が聞こえた。



「ガルフさん、どうなってるんです?」

「わからん」

 二階から降りてきたガルフ達にそう聞いたのは、一階の反対側から侵入したハンスだっ

た。一階の玄関ホールで集まった7人は、ひどく寒々とした屋敷を見回しながらどうするべきかを話し合った。

「人の気配がまるでありません。ここにはもう誰もいないんじゃないですか?」

「東側も同じです。見張りも、使用人も…」

「どういうことだろうか…」

 誰もがこの異様な事態に混乱していた。

「隊長、一度撤退しましょう」

 と、ローデスが提案するが、ガルフは難しい顔をした。

「ジングルス、お前はいったんサイルス達と合流して、外から何か異常がないか調べろ。俺たちはもう少し屋敷の中を探す」

「はい」

 ガルフの指示に、ジングルスは一人屋敷の外へと出て行った。

「ローデス、ドルモアはここでオークションを開催するつもりだったはずだな?」

 と、ガルフは何かを思案しながら聞いた。

「はい。招待客の案内状には、会場は確かにここの屋敷になっていたはずです」

「それにしては準備が普通ではないか?」

 ガルフの言葉に、他の面々も「確かに」とあたりを見回す。

「表向きは確かただの記念パーティーということになっていますが、招待客の目当てはオークションのはず…」

 ならば、それ用の会場が必要なはず。しかし、玄関ホールを抜けた先に一応会食できる部屋はあるが、とてもじゃないがオークションを開催するだけの規模はないように見える。

「客の人数だって100人近いはずだ。何よりこんな中央政府の膝元で、違法取引をしようっていうのに、そんな大っぴらにはできないはずだ」

「そうですね…。まぁ客の中には公家の人間もいるようですし、そういった根回しは完璧に行っていそうですが。それでもこんな住宅街で開催するには不自然ですよね」

「となれば他にそれようの会場があるはず。外に気づかれず、人目に付かないような…」

 ガルフのつぶやきに、一同の視線が床へと向かった。


「地下、か…」

「でしょうね」


 思えばスースラの屋敷でも、ガーランド達は地下に閉じ込められていたのだ。それもご丁寧に結界で扉を隠すようにして。

「よし、手分けして地下への位置口を探すぞ」

 その時、一人黙っていたレノが突然歩き始めた。

「レノさん?どうしたんですか?」

 隣にいたコモルが不思議そうに聞く。レノはシッとそれを制すと、階段下の扉をじっと見つめた。

「兄貴、いる。この先だ」

「……」

 ガルフは弟の言葉に頷いて、そっと扉を開けた。

 さらに奥、二枚の扉を隔てた先に、地下へと続く長い階段が見えた。


「…この先か。ごくわずかだが、気配があるな」

 進むにつれ、だんだんとはっきりと伝わってくる気配に、ガルフもようやく気付いた。

「ああ、この異様さ…、たぶん奴だ。間違いない」

 レノがそういうと、まるでその声が相手にも聞こえているかのように、気配がより一層濃くなった。どうやら、こちらを徴発しているらしい。

「はっ!向こうも気づいてるな。歓迎するってよ」

 ――― いい度胸じゃねぇか。

 レノの口元がニヤリと笑う。

「行こうぜ。誰か知らねえが、やってやろうじゃん」

 明らかな徴発を受けて、引き返すわけにはいかない。レノとガルフを筆頭に、仲間たちは階下へと降りて行った。


 よくこれだけのものを地下に作ったものだと感心するほど、長い階段を下りた先に、ひときわ大きなホールのような部屋が見えた。まるで歓迎するかのように扉は全開に放たれ、きらびやかな光が部屋の中から洩れ出し廊下を照らしていた。

 ――― いよいよか。

 お互い頷きあい、ガルフ達は改めて気を引き締めてから、部屋へと足を踏み入れた。






「ようこそ、尊き森の民の方々。今宵、この素晴らしき日にお会いできたこと、光栄に思います」


 ホールに入った六人を出迎えたのは、一番奥のステージ前で優雅に一礼する純人族の男だった。だが、ガルフ達の視線はその両脇に立つものから離れなかった。


 一人は、白いローブに身を包み、赤い面をつけた奇妙な人物。

 そしてもう一人は、一応人の形はしているが、黒い肢体に赤い文様が浮かぶ不気味な姿。

 それはまるで…。


「な、なんだあれは…?」

「ま、まさか…」

「どうです?なかなかの出来でしょう?素材がいまいちでしたので、見た目は少し不格好ですが、まぁそこはご了承ください」

「貴様ら、何者だ…?」

 ガルフが問う。

 男、ベルゲンスはガルフ達をゆっくりと見回してから名乗り、他の二人を紹介した。

「こちらが我らの主様、そしてこちら、この屋敷の主人でありますドルモア卿です」

「ド、ドルモアだと!?」

「…どういうことだ、人が、呪魔に…!?」

 ガルフ達は皆、自分が見ているものを信じられず、目を疑った。


 本来、呪魔とは魔物が黒の「呪い」に犯され、変異したものを呼ぶ。100年前、それこそさまざまな呪魔が出現したが、それらはすべて魔物の形をしており、人が変異することはなかった。

 人が「呪い」にかかると、肢体が徐々に黒く染まりやがて崩れ落ちるだけで、呪魔のように自我を失うこともなければ、血管が浮き上がることもなかった。

 なのに――――


「ドルモアに何をした!」

 ガルフが問うと、仮面の男が満面の笑みを浮かべ、まるで自慢でもするかのように胸を張ってみせた。

「教えろというのなら、私とてやぶさかではありませんが。知ったところで何の意味が?」

「なんだと…?」

「だってそうでしょう?別にこの男がどうなろうと、あなた方にはどうだっていいことなのではありませんか?」

「…なにが言いたい」

「人に優劣をつけるなら、このドルモアという男は最低に位置する屑同然の男。犠牲になったとして、喜ぶ人間はいても、悲しむ人間はいないでしょう。呪われて当然。いうなれば、この姿は、ドルモア卿にとって最適の姿と言っていいでしょうね」

 そういって笑うベルゲンスは、自分たちがしていることを微塵もおかしいことだとは思っていないようだった。むしろ、それが当然とでもいうべき言動に、ガルフは異様な不気味さを感じた。


「妻と娘はどこだ!?」

「ああ、あなたがガーランドさんですね。心配は無用です。我々は彼女たちにはまだ指一本触れていません。ねぇ、ウキョウさん」

 ベルゲンスがそう声をかけると、ホールの奥に作られた舞台の上に人影が現れた。

 黒髪に赤い瞳の男。その姿に、レノは一歩前へと進み出て、武器である槍を構えた。

「てめぇか、さっきから殺気立った気配を垂れ流しにして。挑発のつもりか?」

「…エルフの戦士、か。手合せするのは初めてだな。さて、どこまで楽しませてくれる?」

「ふん。ならさっさと降りてこいよ、俺が相手だ」

 レノの徴発に、ウキョウは実に楽しげな笑みを浮かべた。

「いいな、お前。エルフ族なんてのんきな脆弱一族かと思っていたが、血の気の多い奴は好きだぜ?だが、まぁまて、物事には順序ってもんがある。ほら、あんたらの目当てはこれだろう?」

 ウキョウはそういって瞬時に火属性魔法を発動させると、近くにあった照明器具へと点火した。ぼわっとステージ上が照らされる。その奥に、二つの影が浮かび上がった。

「クレア!パティア!」

 ステージの上で拘束されている女性二人の姿に、ガーランドがその名を呼んだ。

「あなた!」

「お父さん!」

 二人の声は怯えの色が見えるものの、どうやら無事であるらしい。見たところ目立った怪我もない様子に、ガーランドたちは安堵の息を吐いた。


「ドルモアの唯一の美点は、商売への執着ですかねぇ。正直、ここまで状態が良いとは私も思っていませんでした」

 と、ベルゲンスがどこか楽しげに言う。

「噂を聞いたときは半信半疑でしたが、まさか再びその姿を目にできるとは…。我々を含め、人間という生き物はつくづく愚かですね」

「…貴様らの目的はなんだ?」

「さて、目的はいろいろありますが。さしずめ、今はあなた方のその「優秀な」身体、というところでしょうか」

「なに…?」

 相手の意図がわからず、聞き返すガルフに対し、それまでじっとたたずんでいた仮面の男が、突然イライラしたように地団太を踏み始めた。


 先ほどまで浮かべていた満面の笑みから、次第に眉と目が吊り上り、口元が固く結ばれていくと、あっという間に仮面の表情が怒りへと変わっていった。


「ああ、無駄話が過ぎましたね。申し訳ありません、主様」

 ベルゲンスが大げさに頭を下げると、仮面の男はおもむろに右の手を前に翳した。

「下がれ!!!」

 とっさの判断でガルフが叫ぶ。それを合図に、仲間たちは即座にジャンプし壁際まで後退した。

「おや、なかなかやりますね」

 ベルゲンスが意外そうな声を上げる。仮面の表情も不満げだ。

 先ほどまで六人が立っていた場所には、何かの魔法陣が発動していた。もしガルフの判断が遅ければ、皆魔法陣の内部にとらえられていただろう。


「た、隊長、あれは…」

「わからん。だが、ドルモアをやったのはおそらくあの仮面の方だ。油断するな」

「はい」

 仲間が頷くのを横目で確認しながら、ガルフは武器を構えた。

「レノはあの魔人族だ。やれるな?」

「おう、まかせろ」

 レノの視線は先ほどからずっと獲物を捕らえて離さない。その執着ぶりに苦笑いしながら、ガルフは用心するようにもう一度釘を刺した。

「ハンス、お前はあの仮面の男だ」

「はい、了解っす」

「見たところあまり体力はなさそうだが、気をつけろよ。何の術を使うかわからん」

 ガルフの注意にハンスは神妙に頷きながら、腰の双剣を引き抜いた。

「俺はドルモアをやります。ガーランドは純人族の方をお願いします」

「ああ、わかった」

「ローデス、お前は後方からガーランドの援護だ。それから、いつでも結界符と治癒札を使えるように準備しておけ」

「はい」

 術師であるローデスは基本的にガルフの補佐に回ることが多く、この時も瞬時に指示を理解すると、床に結界符と治癒札を並べた。

「それからコモル。お前は隙を見てクレアさんたちのところへ。逃がさなくていい。その場で結界を張って攻撃が当たらないよう、守ってやってくれ」

「はい!」

 コモルが結界符を取り出し、いつでも走り出せるよう構える。ほかの面々も自分に与えられた役割をこなすため、敵に向かって構えを取った。


「準備完了、ですか?では、第一ラウンドと行きましょう」

 微笑し、ベルゲンスが腕を構えたのを皮切りに、ガルフ達は同時に敵に向かって走り出した。





 最初の攻撃は、ベルゲンスが放った水の魔法だった。威力的には中位魔法ほどの水球が魔法陣からはなたれ、ガーランドとガルフの方へと襲いかかった。数秒の差で、後ろで構えていたローデスの火属性魔法が発動し、水の球へとぶつかる。

 水が炎によって蒸発し、あたりに水蒸気が靄を作る。その一瞬の間に、ガルフは自信も術を発動し、ぼうっと立ったままだったドルモアの足元に土を盛り、一気に固める。足の動きを封じることに成功し、これで数分は稼げると判断したガルフはそのまま床をけって一気にドルモアの後ろへと回り込んだ。

 ガルフの武器は大剣である。刃の全長だけで一メートル以上あり、本来なら振り回すだけでも大変な武器である。しかし、ガルフは長年使い慣れたそれをまるで体の一部のように扱い、呪魔と化したドルモアの巨体へ振りかざし、一気に振り下ろした。

 ざくっと鈍い音と感触を手に残し、ガルフの一撃が黒い体を切り裂く。

 だが、本来なら致命傷になるはずの重い一撃は、ドルモアの背中の皮膚を軽くやぶっただけだった。


 ――― やはりだめか…!


 ガルフは続けて真横から一刀両断すべく大剣を振り切る。だが、その攻撃も硬い皮膚を切断することはできず、数センチの深さで止まってしまった。ガルフはそのまま力を込めて刺さった切っ先を手前に引きぬいた。

 びしゃっと飛び出た血は、それほど多くはない。

 揺らり、とドルモアの巨体が動く気配に、ガルフは素早く距離を取り防御の体制をとる。足元の地属性魔法の拘束はすでにひびが入り、ドルモアが踏ん張る体制をとるとついに崩れ落ちてしまった。しかし、もともとのドルモアの身体が戦闘に特化したものではないためか、その動きは遅く、ガルフは簡単によけることができた。

 ――― 地道に血を流させるしかないな

 本来なら呪魔は黒剣でしか傷をつけられないはずだが、目の前のドルモアはガルフの持つ大剣でも傷を与えることができるようだ。ならば、三分の二の血液を奪い、失血死させる方法ならば有効なはず。そう考えたガルフは、相手に隙を与えぬスピードで再び剣を振り上げた。


 

「ガーランドさん、左です!」

 後ろから飛ぶローデスの指示に従い、ガーランドは素早く左へと回避した。ギリギリを掠めて行ったベルゲンスの水の魔法弾は、そのまままっすぐ抜けるかと思いきや、いきなり方向を変えてガーランドの後を追う。

「ファイゼクト<火炎暴壁>・アストレア<展開>!!」

 すかさずローデスはガーランドと魔法弾の間に火柱を発動させ、ぶつかった魔法弾の威力を相殺させた。

 その隙にガーランドは体をくるりと反転させしゃがみ込むと、低姿勢のまま一気にベルゲンスの足元へと間合いを詰め、足の踵骨腱からふくらはぎに向けて握った短剣を素早く切り上げた。

「くっ…!?」

 しかし、確実に狙ったにもかかわらず、ガーランドの腕は空しく宙を切った。

「ふむ、やはり強いですね」

 いつの間にかベルゲンスは反対の壁まで後退しており、ふわりと床へ舞い降りた。

「優れた身体能力に加え、高い魔力、そして高度な操作力。やはり、「優秀」ですねぇ」

 どこか悠長にも見える仕草でゆったりと頷き、笑みを浮かべるベルゲンスとは反対に、対峙するガーランドは少し焦っていた。


 今の一撃の間、ガーランドは敵の動きと気配を完全に見失っていたからだ。

 確実に仕留めたと思ったにもかかわらず、とらえられなかった。

 ――― 身軽すぎる。厄介だ。

 ガーランドはジワリと浮かんだ額の汗をぬぐいながら、距離を取り、再び敵の出方を読もうと構えを取った。


 その時、地を這うよう雄叫びが、部屋中に木霊した。


 声の主は部屋のちょうど中央で血を流してたたずむドルモアだった。身体中に傷を受け、かなりの量の血を流しながらもまだ息絶えず、天井を睨みつけるようにして咆哮をあげるさまはまさに狂気。やがて声が収まると、ドルモアは先ほどまでとは違う眼光の鋭さでガルフを睨みつけ、「ダンッ」と大きな音を立てて床をけりあげると、猛然とガルフ目がけて走り出した。

「隊長!!」

「くっ!」

 スピードも力も、全く別人のようなドルモアの渾身の一撃が、ガルフの鳩尾に向かって繰り出される。しかし、ガルフは咄嗟に大剣を体と拳の間にはさみ、なんとか大打撃を避けることに成功した。

「なんだ!?雰囲気が…」

 大剣をもつ手がしびれるほどの攻撃力に、ガルフが唸る。

「ようやく馴染んできたようですね。必要時間3時間弱…といったところでしょうか。やはり、完成したとはいえ、時間がかかり過ぎるのはいただけませんねぇ」

 と、一人思案気に独り言をつぶやいてから、ベルゲンスはドルモアと対峙するガルフを見やった。

「さて、第二ラウンドですよ。油断は禁物。せいぜい頑張って逃げることですね」


 


 一方、仮面の男と対峙したハンスは、仲間が戦う中一人途方に暮れたようにため息をついた。

 というのも、相手のやる気が全くなかったのである。

 ――― 大丈夫か、こいつ…?

 数メートル先で直立不動のまま、身動き一つしない敵の様子に、ハンスはこちらから仕掛けるべきかどうか迷っていた。術の扱いがいまいちで、近接攻撃が主流のハンスは、術者と対峙するときはある程度距離を取り、敵が術の発動時に見せる一瞬の隙をついて攻撃するのが一番有用だと知っている。そのため先ほどからずっと相手の出方を覗っているだが…。

 ハンスが挑発するようなしぐさを見せても、仮面の男は不思議そうに首を傾げるだけで一向に動く気配がない。それどころか身体をゆすり、楽しげに笑う始末。

「おいおい、一人だけずいぶん楽しそうだな…」

 ――― 調子が狂うだろうが!

 油断をする気はないが、どう扱ったものかと一人困惑するハンスだった…。




「てめぇ!なんだ、その武器!?卑怯だろうがっ」

「戦いに卑怯もくそもない。お前こそ、槍使いのくせにそんなに間合いを詰めて、馬鹿なのか?」

「なんだと!?」

 ステージ脇でものすごい攻防戦を繰り広げていたのは、もちろんレノとウキョウである。この二人、どことなくお互い同じ匂いを感じているのか、相手の攻撃を寸でのところでかわしながら、口で貶し合っていた。

 レノの槍の攻撃に対し、ウキョウは細長い刀身の剣を振るう。地球で言うところの刀に近いその刃先は鋭く、巷の剣士がもつ剣よりも圧倒的に長いものだった。

 ウキョウはそれを縦横無尽に操り、レノの突きを簡単に往なしてしまう。あまり見かけないその武器の形に、レノは本来の自分の戦い方ができずに苦戦していた。


 ――― くそ、反応速度が半端じゃねぇな…!


 攻撃範囲はわずかにレノの方が広い。だが、ウキョウの振りの方がレノの攻撃速度を上回り、斬撃を弾き返すのが手一杯で、反撃の余裕がほとんどないのだ。

「ふん、口だけか?つまらんな!」

「うるせーよ!くそが!」

 ウキョウの徴発にレノは声を荒げるが、その実、頭はとても冷静だった。

『お前は感も鋭いし、それに目がいい。どんなに苦しい状況でも、必ず打開の道があるものじゃ。常に冷静であれ。それがお前の強みになる』

 師匠であるユンガイルに何度も言われた言葉である。

 昔、それこそまだ剣を握ったばかりの頃は、レノは感情が行動にすべて出てしまい、一緒に訓練していたハンスやガルフにいとも簡単にやられてしまっていた。その度にユンガイルの怒声が飛び、くどくどと説教されたものだが、今はその教えがレノの強さの根源になっているのだから、師匠様様である。


「どうした?今頃怖気づいたのか?」

「はっ、言ってろ…!」

 剣を振るう際、一切の無駄も隙もないウキョウの戦い方はまさに理想であった。さすがは魔人族。そして、レノはとうに気づいていたが、その首元にぶら下がっているのは銀色に光る小さなプレート。タグもちだ。


 ――― 何位かしらねぇけど、厄介な奴なことは確かだな


 レノは攻撃を弾き返しながら、相手の行動をつぶさに観察した。

 基本、ウキョウは両手で剣を持ち、攻撃を繰り出す。範囲が普通の剣よりも広いため、単純に上から振り下ろす斬撃だけでも厄介だ。普通の剣士ならウキョウに近づくことすらできないだろう。初撃を外せば、簡単に身体を貫かれて終わりだ。

 しかし、攻撃のパターンはそれほど多くはない。それに隙がないとはいえ、やはり普通の剣よりは振りが大きくなるのは当然だ。特に、一度振り下ろした切っ先を、再び上へと振り上げる際の反応が、わずかながら遅いことにレノは気づいていた。遅いと言っても本当にごくわずかなもので、隙と呼ぶには無理があるが、レノからみればようやく見えた唯一のチャンスである。

 なんせ、大剣をいとも簡単に操る男と一緒に育ってきたのだ。間合いの詰め方など、よくわかっている。


「ちょこちょこと、面倒な奴だ!」

「てめぇもなっ…!」

 ――― 今だ…!

 レノはウキョウが真上から長剣を振り下ろすのを見て、即座に槍を手元に引き寄せ、刃の根元ギリギリを握った。

 ウキョウの剣が空を切る。そのわずかな一瞬をついてレノは踏み込んだ。

「…!?」

「あめぇのはてめぇだ…!!」

 即座に振り上げようと動く剣の刃を、槍の長い柄の部分で押さえつけながら、一気に距離をギリギリまで詰める。

 キーンと金属同士がこすれる音を響かせながら、その勢いのまま、レノは槍頭をウキョウの脇腹に突き刺した。

「くっ!」

 予想外の攻撃に、思わずウキョウは後退した。



「いや、まさか。こんな傷をもらうとはな…!くくくっ、いいな。やっぱりお前、いいよ」

 左の脇腹から流れる血を見ながらニヤリと笑うその顔は、実に楽しげだ。

「…血流しながら、笑うとか。気色わりぃな、てめぇ」

 レノは顔をしかめた。

「そんなもん、あんたら魔人族にしてみりゃ傷のうちにはいらねぇだろうが」

「くくっ、まぁ、そうだな」

 にやにやと笑うその顔がレノの癪に障る。

 本来なら致命傷になるはずだ。だが、一分と経たずして流れていた血は止まり、確かにあったその傷はあっという間に消えてなくなってしまう。

 魔人族特有の再生能力である。個人差がかなりある能力らしいが、時間的なものから見ても、目の前の男は優秀な部類に入るのだろう。

「めんどくせぇ…」

 思わず、レノの口から本音が洩れる。

 ――― だから嫌なんだよ、魔人族は…。

 攻撃してもすぐに回復されてしまう。さらに加えてしつこい性格。だから昔から厄介者扱いされ、忌み嫌われてきた一族なのだ。

 ――― ま、やるって言ったのは俺だし、しょうがねぇか


「お前、名前は?」

「自分が名乗ってからが礼儀だろ」

「ああ、確かに。俺はウキョウ。アオギリ・ウキョウ」

「…レノ・ブランド」

「レノ、か。覚えておこう」

 傷などすっかり癒えた体で、再び構えをとるウキョウに対し、レノは深々とため息をついて、自身も槍を手に敵を見据えた。







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