23 訪問者
サーペンタリア居住区の中にある、比較的裕福な貴族や上流階級の屋敷が連なる地域、第一居住区。ドルモアが所有する別宅もその一角に並び、近く開催されるオークションのために秘密裏に準備が進められていた。
「くそっ!どうなっているんだ!」
二階の奥にある私室で、ドルモアはそう吐き捨てた。気分はこれ以上にないぐらいに最悪だ。
「…旦那様、いかがなさいますか?」
脇に控えた従者が訪ねるが、答えはない。ドルモアはイライラと爪を噛みながら机に置かれた手紙を睨みつけていた。
――― なぜだ…!?
隣のメイルス鉱山の代金として送ったはずエルフ族の親子が、今だに届いておらず、相手側から疑問と催促の手紙が届いたのは今から二週間ほど前のことである。
まさに寝耳に水。てっきりすでに届いて契約も問題なく交わされていると思っていたドルモアは、手紙を受け取ったときは動揺と怒りでどうにかなりそうだった。
何かの間違いではないか、事情を調べるために少し待ってほしいと、再度相手に手紙を送り返し、同時に残りの傭兵たちにガーランドたちの行方を探させた。しかし、待てども待てども連絡は届かず、ついに取引相手の方から、今回の話はなかったことにしたいという内容の手紙がドルモアの下へと届いたのである。
届いた手紙の文面は終始事務的で、淡々としたものであったが、ドルモアは相手がひどく腹を立てていることはわかっていた。何より最後に付け加えられた一文が、商売人としてのドルモアのプライドを粉々に砕いた。
『商売人としての才は、抜きんでていた貴公なだけに、此度のことまことに残念でならない。信用はこの業界の要。以後、一切の取引には応じぬこと、悪しからずご了承を』
「何故だ!!!」
力み過ぎて震える拳を机へたたきつけ、叫ぶ。
――― 腕の立つ傭兵を四人もつけて、それでなぜ届かない!?
「ウキョウはまだか!?」
「いえ、まだ連絡は…」
「何が何でも見つけろ!今すぐにだっ!!」
「は、はい!」
ドルモアの迫力に押され、部下が慌てて出ていく。鼻息荒く見送るドルモアの視界に、入れ替わりに入ってきた黒い髪の男が映った。
「ウキョウ!!」
「…えらい機嫌が悪いな。今の男、顔が真っ青だったぜ?」
ウキョウと呼ばれた男は不敵に笑った。身長180センチ前後の壮年の男で、腰に長剣を携えている。黒い髪に赤い瞳が意味するものは、言うまでもなく魔人族の証で、ドルモアが雇った傭兵の一人である。
「どうなっている!」
「まぁ、落ち着けよ。ほら、こいつだろ」
ウキョウは、右手で引きずっていた「何か」をドルモアの方へと投げ捨てた。
ドルモアの面前にごろりと転がったのは、あちこちに傷を負い、息もままならないほど弱り果てた一人の男だった。ガーランドたちを送り届ける役目を担い、あの時唯一生き延び、逃げた男である。
「貴様、よくも!!!この役立たずが!」
「ひっ、お、お許しを…!」
両手両足を縛られ床に転がる情けない姿で、ドルモアに許しを請うよう額を床に擦り付けた。相当な目にあわされたのか、男の顔はすでに原型がわからないほど殴られ、涙と恐怖に歪んでいた。
「港から逃げようとしていたのを捕まえた。あと一歩遅けりゃ見失っていただろうな」
と、どこか楽しげな口調でウキョウが言った。
「ほかの者はどうした、こいつだけか?」
「ああ、他は全部始末されたらしい」
「いったい誰が…」
「え、エルフが、まだ…。仲間がいたんです…!!ほ、本当です!」
「なに…?仲間だと?」
「は、はい!少なくとも、あと二人は…」
男の言葉に、ドルモアは黙った。
まさか、ガーランド一家のほかにも隠れていたとは思いもしなかったドルモアは、以外にもまだ自分のツキが消えたわけではないことを悟った。
頭の中でいろいろな想像と計算が働き、ドルモアの口元がかすかに緩んだ。
「今動けるものは何人いる?」
「は、はい。屋敷の警護を抜いて、五人ほど…」
「よし、そいつらにエルフの残党を探させろ。金はいくらかかっても構わん。何が何でも見つけ出して、わしの下へ連れてくるのだ」
「はい」
「この際、多少の傷がついても構わん。わかるな?」
「…かしこまりました」
部下が頭を下げ、部屋を飛び出していく。
ドルモアは入り口のそばに立つウキョウへと話しかけた。
「お前はわしの警護だ。明日の本番までは何が起こるか分からんからな。支払った分はきっちり働いてもらうぞ」
「ま、それが仕事だしな」
相変わらず不遜な態度をとるウキョウに、ドルモアは忌々しそうな視線を向けた。
さすがに魔人族というだけあって、ウキョウというこの男は雇ったどの傭兵よりも腕が立った。しかもタグもち。いわゆる「剣指」と呼ばれる彼らは、タグの番号がすべてを決定づける力社会で生きる戦闘のプロともいえる。味方であるならばこれ以上ない心強い存在だが、会ったときから終始変わらぬ尊大な態度だけがドルモアは気に入らなかった。
「ところで、あんたに紹介したい奴がいるんだが。どうだ?」
と、唐突にウキョウが言った。
「何の話だ?」
「向こうがどうしても会いたいらしい。そこに来てるから、会ってやれよ」
「だから、何の話…」
と、ドルモアが聞き返そうとしたとき、入り口に影が差した。
「不躾にそのような紹介をされても、ドルモア卿も困るだけでしょうに。相変わらずですね、ウキョウさん」
「許可が下りてねぇのにずけずけと入ってくるあんたには言われたくないな」
「ふむ、ごもっとも。一本取られましたね」
くすくすと軽く笑う男は、入り口で優雅に一礼すると、ドルモアの方へと歩み寄った。
「お初にお目にかかります、ドルモア卿。私、ベルゲンスというもの。以後、お見知りおきを」
「なんだ貴様?何を勝手に!誰の許可を得て、ここにいる!!」
ドルモアのもっともな言葉に、ベルゲンスもウキョウも苦笑いをもらす。だが、謝罪の気配も、反省の色も全くなかった。
「ご不満でしょうが、こちらも都合というものがありましてね。主様の機嫌を損ねるわけにはまいりませんので、その辺はご理解いただけるとありがたいですね」
「主だと?」
「おや、私としたことが紹介が遅れましたね。主様、こちらドルモア卿ですよ。ま、どこにでもいる金好きの強欲男とでも言っておきましょうか」
「な、なに!?ひぃ…!!!」
ひどい紹介の仕方に怒鳴り声をあげようとしたドルモアだが、新たに部屋へと入ってきた人物の姿に、情けない悲鳴が口から飛び出した。
気配もなくぬっとあらわれたのは、白のローブに身を包み、真っ赤に染まった不気味な面をつけた人間。生気を微塵も感じさせない異様なその出で立ちに、ドルモアは腰を抜かして後退りした。
仮面の男は、その反応に不思議そうに首をこてんと傾げた。
「おやおや、失礼な方ですね。主様のお姿を目にできるだけでも光栄なことなのに、腰を抜かすなど。…まぁ、今回は大目に見るとして、さっそく本題と行きましょうか?」
「な、な、何が目的だ…!?」
「いえね、実は噂を小耳にはさみまして。こちらの屋敷にとても珍しい方がいらっしゃると。それでぜひ、その方を私に譲っていただけないかと思いまして、こうして出向いた次第です」
「な、何の話かわからんな!お、お引き取り願おうか」
なんとか体裁を取り繕いながら言うドルモアに対し、ベルゲンスは「わかっていないですね」と呆れたように首を振った。
「隠すなど。少しは才があると聞いていたのですが、利口ではなさそうですね」
「なんだと…!?」
「時間もないことですし、率直に言いましょう。あなたが捕まえた森の民を譲っていただきたい」
「……」
――― くそっ、なんだって次から次へとこう、問題が続くんだ…!
しらを切ることはどうも難しいと悟ったドルモアは、素早く頭の中で計算した。
これまでいくつもの交渉を行ってきた商売人としての経験上、ここは少しでも冷静に相手の対応を見極めることが大事だと判断したドルモアは、とりあえずテーブルに置かれた酒を一杯煽り、気分を落ち着かせた。
そして、客人をソファーへと案内し、一息ついたところで改めて話を切り出した。
「あんた、ベルゲンスさん、といったかな?確かに、エルフの民を匿っている。認めよう」
「それはよかった」
「だが、あんたに譲るという話には頷けん。こっちも商売なんだ。すでに彼女らは明日のオークションの目玉として出品することが決まっている。もう案内も出した後だし、それを目当てに来る客も多いのだ。今更変更はできん」
「なるほど」
「ま、まぁ、あんたにはわからんかもしれんが、我々の世界では信用が何よりも重要視される。今回は世界中の貴族や領主どもが集まる一級のオークションだ。どんな小さな粗相も許されん。まして、商品がない等あってはならんことなのだ」
「それで?」
「だ、だから、あんたには申し訳ないが、お引き取り願いたい」
「……」
会話の間中、ベルゲンスの鋭い眼光がドルモアの姿をとらえて離さなかった。見た目は貴族に使える執事のようないでたちで紳士的な人物に見えるが、ドルモアの長年の勘がベルゲンスの胡散臭さを感知していた。
だが、そこは強欲と名高いドルモアのこと。今ここで何が一番有用か、会話をしながらも、あらゆる可能性を考慮してその答えを導き出そうと必死に頭を働かせていた。
「どうしても、お譲りいただけないと?」
「ああ、そうだ。…少なくとも、ここにいる二人は、渡せん」
ドルモアの含みのある言葉に、ベルゲンスが聞き返す。
「というと?」
「あんたにだけ言うが…。今さっきわかったことだが、どうやらまだエルフの仲間が潜んでいるらしい」
「ほう…」
ベルゲンスが興味を示したことに気づいたドルモアは、ようやく解決の糸口を見出した。
「そこで相談だが、その残りの奴らをとらえるための手助けを頼みたい。もし捕まえることができたら、そのうちの一人をただで譲ろう。どうだ?」
「ふむ。今の話、本当ですか?ウキョウさん」
「…ああ、少なくとも二人はいるらしいな。そいつが言っていた」
一人床に転がされたままの男に向かって顎をしゃくりながら、ウキョウは答えた。
「ふふ、それはそれは、何たる幸運。では、それも一緒にいただきましょうか」
「な、何だと!?」
「やはりここにきて正解だったようですね。ウキョウさんも、お疲れ様です」
「なんもしてねぇがな」
「お前たち、まさか…!」
妙に親しげに話すベルゲンスとウキョウの関係に、ドルモアはようやく気づいた。
「最初からそれが目的か…?」
「おや、勘は鋭いらしい。そうです、ウキョウさんには噂が真実かを確かめるために、わざわざあなたに雇われていただいたのです。まぁ、二人も逃したのはいただけませんがね」
「俺の所為じゃねぇよ。大体捕まえとけなんて命令は聞いてねぇ」
「…相変わらずですね」
上げ足を取るウキョウに、ベルゲンスは冷めた視線をむけた。
「まぁ、良いでしょう。あなたには期待しているのです。きっちりと働いてもらいましょう」
「ああ」
「それで?ウキョウさん、あなたの見立ては?」
「わざわざ出向く必要はねぇ。待ってりゃ向こうから来る。絶対に」
「ふむ、なるほど。では、待ちましょうか」
ベルゲンスの言葉に、隣に座っていた仮面の男が不機嫌な顔を露わにした。
「おやおや、申し訳ありません、主様。そうですね、退屈でしょうし、お客人がくるまではそこのおもちゃで遊んでいても構いませんよ」
ベルゲンスの提案を聞いた仮面の男は、打って変わって満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「な、なんだ?何をする…!!」
ぬっと顔を近づけ、至近距離でドルモアの顔を覗き込みながら、ケタケタと笑う。
「離せ!」「化け物め!」と罵声を飛ばすドルモアの頭をがっしりとつかみ、醜く歪んだ顔をじっくりと観察する。
ニキビが浮いた額に脂ぎった鼻、意外と長い睫に肉厚な唇。魅力など欠片もない。
だが、得も言われぬ恐怖にひきつるその表情こそ、まさに至高の愉悦をもたらす芸術。
赤い仮面の満面の笑みが、ドルモアの視界いっぱいに映る。
「ぎ、ぎゃあああ―――――!!」
「さて、長い一日になりそうですね」
あと一時間もすれば日没という頃、ベルゲンスは屋敷に響き渡る断末魔を聞きながら、優雅に微笑した。




