16 クラウとククリ
気絶した子供をルカの背に乗せ、泉へと戻ってきたクラウたちは、子供を地面に寝かせると、途中だったおやつをつつきながら意識を取り戻すのを待つことにした。
なじみの仲間たちが皆、不思議そうに子供の顔を覗き込んでいる。見かけない顔に興味津々らしい。
そして、みんなから少し離れたところで一匹ひざを抱え座り込み、暗い雰囲気を振りまいているのは、アナモグマである。
心優しい彼は、森に迷いこんだ子供に木の実をやろうと近づいたのだが、逆に怯えられ、泣かれてしまったのだ。相当ショックだったようで、一緒に泉のところまでやってきたものの、クラウの慰めも効かず悲しみに暮れていた。
「そんなに落ち込む必要はないだろう?ルカなんて、顔を見て気絶されたんだ。泣かれる方がまだましではないか」
と、クラウが何とも微妙な慰めの言葉をかけると、ルカとアナモグマの顔も微妙な顔に歪んだ。
要はどちらも怖がられたことに変わりないのだから似たようなものなのだが…、クラウの感覚では差があるらしい。
「ほら、お前の好きなパイなのに、なくなるぞ?」
『!!!』
大好物のリムの実のパイを前に、アナモグマもさすがに落ち込んでいる場合ではないと悟ったらしく、彼はのっしりと起き上がりクラウの隣に座ると、パイを受け取った。そして、一口かじり、その幸せな味にようやく嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。
「ん…うぅ…」
それからしばらくした後、ようやく子供が目を覚ました。
「起きたのか、具合はどうだ?」
「…?」
うっすらと目を開き、周りの様子を覗う子供に、クラウは話しかけた。
「驚かせてしまったようで悪かったな。僕はクラウ・オーウェン。君はククリだろう?この間結界のところで見かけた。ジーク様のところで世話になっていると聞いたが、今日は何故森に?一人では入ってはいけないと注意されなかったか?」
「……」
返事はない。ククリはただぽかんと口を開けて、クラウを見つめていた。
「なんだ?頭でも打ったのか?見た目には問題なさそうだが、どこか痛いところは?」
「……」
やはりククリからの返事はなく、しかし力なく首を横に振る仕草をして見せた。
なんにせよ、言葉は届いているらしい。
クラウは「なら、これを食べろ。お腹が空いているだろう?」と、一人分だけ分けておいたパイをククリの方へと差し出した。
ククリはしばらくパイとクラウの顔を交互に見て怪しんでいたが、ついぞ空腹に耐えきれず、クラウの手からひったくるようにしてパイを奪うと猛烈な勢いで食べだした。
「そんなに慌てて食べると、身体によくないぞ。ゆっくり、ちゃんと噛んで、味わって食べなければ、作ってくれた人に申し訳ないだろう」
「ふぐぅ、あむ、うまっ」
母親のように小言を垂れるクラウを無視して、ククリは一心不乱に食べ物をのどに流し込んでいた。
よほどお腹が空いていたらしい。あっという間にお腹の中に収め、最後に甘いジュースで喉を潤すと、ククリは満足げに息をついたのだった。
「あの、ありがとう、うまかっ…わあ!?」
突然、ククリはびっくりしたように眼を見開き、ズザザザザーーーっと一気に数メートルの距離を後退りした。
「いきなりどうした?」
「そ、そそそそそその怪物!!!」
「怪物…?」
よほど夢中だったのか、食べている時は全く気づいていなかったらしい。クラウの隣に先ほど見た巨大な怪物もといアナモグマが座っているのが目に入り、ククリは今更ながら悲鳴を上げたのだった。
「ぼ、ぼぼぼ、僕を食べたって、おいしくないんだからな…!?」
「ふむ、確かにおいしくはないだろうな」
クラウは極々真面目に返した。人の肉を食べたことなどないし、食べるつもりもないが、確かあまり食用向きではないと文献で読んだことを思い出したからである。
そんなクラウの反応がますますククリの警戒心に火をつけてしまったのかはわからないが、クラウが「そんなつもりはないから落ち着け」と絆しても、ククリは一向に警戒を解く気配がなかった。
「…まあいい。何故森にいたのかは知らないが、あまり深いところまで行くな。結界を超えると、君のような弱い子供は一瞬で魔物に襲われてしまうぞ。今度からは里の広場か、丘の脇で遊ぶといいだろう。ほかの子供たちはみなそうしている」
「…自分だって子供じゃないか」
と、ククリがぼそりと言った。
「おお。確かにそうだな」
言われたクラウも思い出す。ついつい忘れてしまうが、自分もまだ五歳になったばかりの子供だ。
「……」
――― なんだよ、変なやつ!
ククリは自分とそう変わらない年齢のはずのクラウが、どうしても胡散臭く見えて仕方がなかった。見た目はとても整った顔立ちで、白い髪に、ガラス玉のような緑色の瞳がきれいで、最初見たときは天使か何かかと思ったぐらいだ。
しかし、そのしゃべり方はいかがなものか。容姿に似合わないそれはひどく違和感があり、まるで頭の固い大人と話をしているようで、ククリはつい反抗的な態度をとってしまうのだった。
「どこで何しようと、僕の勝手だろう!」
「ん?僕?」
「な、なんだよ!」
「…まさかと思うが、君は男か」
心底驚いたという表情と共に言われた言葉に、ククリはブチ切れた。
「男以外に、何に見えるんだよ!バカ!」
「…いや、すまない。あまりにも容姿が…」
女の子っぽかったから、という最後の言葉は、ぐっと飲み込み、なかったことにした―――
クラウは改めてククリを頭からつま先まで見返した。
くりくりの瞳に、腰あたりまで伸びた銀髪。身長もクラウの肩あたりまでしかなく、色白の細い体。確かに着ているものは深緑のローブにズボンという、男でも女でも通る格好だが、いや、しかし…。
――― 幼少のエルフ族は特に見分けづらいらしいが、これは度を越しているだろう。
やはり、どこからどう見てもかわいい女の子にしか見えないその姿に、クラウだけではなく、ルカや他の仲間も勘違いしていたらしい。皆が驚いたようにククリの身体を観察していた。
「確か同じ年だと聞いていたが…。君は、小さいな…。ちゃんと食事はとっているのか?栄養を考えて、好き嫌いなくいろいろなものを食べなければ、成長できないぞ」
「う、うるさいな!お、お前がでかすぎるんだっ!」
「ん?僕はそれほど大きくはないぞ。平均並みだ」
少しばかり鍛えられてはいるが、身長自体はそれほど高いわけではない。
「そ、そんなの、僕だって、そのうちでかくなるさ!お前より、おっきくなって、力だってつよくなって、髭だって生えるんだからな!」
「髭……」
――― それはあまり想像したくないな。
今のかわいい顔から、髭を生やしたむさくるしい濃い顔を想像するのは、一種の罪の意識すら芽生えそうだと、クラウは顔をしかめた。
「別に今のままでもよいではないか。確かに身長は小さいかもしれんが、かわいい方が、何かと便利だぞ」
『…そういうことではないだろう』
クラウのどこかずれた感想に、思わずルカの突っ込みが入る。
「なんだ?かわいくないより、かわいい方がいいだろう?特に女性というものは、かわいいものを好む傾向があるそうだ」
あくまで地球上での経験談なので、この世界の女性がそうだとは限らないが、まぁ、どこも似たようなものだろうとクラウは思った。
『…そうではない。そもそも、男がかわいいと言われても、あまりいい気はしないという話だ』
「む?そういうものなのか?僕は彼の容姿は素晴らしいと思うし、そのままで十分だと思うが、本人が不満なら仕方ないな。だが、髭は生えないと思うぞ」
そもそもエルフ族はあまり髭を生やしているのを見かけない。クラウが知る中でも、ジークやガライアスぐらいしかいないのだ。それに、ここまで中性的な容姿のククリが、あのような立派な髭を得られるとは到底思えなかった。
「おまえ…」
と、ククリがその大きな目を真ん丸に見開いて言った。
「ん?なんだ」
「も、もしかして、そのでっかい子と、しゃべってるのか!?」
「でかい子?ああ、ルカのことか?そうだ、僕が今喋っていたのは彼だ」
「る、るか?それ名前!?ていうか、お前すごいな!なぁなぁ、どうやって喋るの!?僕にもできる?」
「それは無理だな」
「そ、そんなぁ…!」
クラウにきっぱりと不可能宣言を浴びせられて、ククリはしょげ返った。察するに、この子供は動物が好きらしい。
「あいにくルカたちの言葉は、僕とかあさまにしかわからない。その理由も定かではないので、よって君にどうすれば話せるようになるかを伝授することもできない」
つまるところ、ククリが話せる可能性は今のところないということだ。
「る、ルカと、お前、と、友達なの?」
「お前ではない。クラウだ。そうだな、ルカとはとても良い友人関係だ」
クラウの言葉に、ルカはわさわさとしっぽを振った。どうやらうれしいらしい。
「か、かみつかない?」
おっかなびっくりルカの方をちらちらと見ながら、ククリが聞く。
「そんなことは決してないから安心するといい。この森に住むものたちは皆、気のいいものばかりだ。君が彼らに攻撃しない限り、君に危害を加えるものはいない」
ククリは、クラウの言葉に少しだけ警戒を解き、あたりを見回した。
小さなチグラットや、変わった姿のググアーモ。それからさっきは顔が見えなかったアナモグマ。よく見れば、どこか愛嬌のある顔だ。
ククリがじっとアナモグマに視線を合わせると、彼は困ったように頭を掻くしぐさをした。
「きみを怖がらせるつもりはなかった、すまないと言っている」
「…僕こそ、ごめんなさい。とってもびっくりしたから…」
「彼はこんな見た目だが、とても優しい性格の持ち主だ。木の実が好きでな、僕もいつも分けてもらっている。ほら」
クラウは木の実を一つ自分の口に入れ、もう一つをククリへと渡した。そして食べてみろと促す。
ククリはクラウを真似して、木の実を口に放りこんだ。グミのような食感のそれをもぐもぐと咀嚼すると、とろりと甘酸っぱい汁が溶けだし、舌の上に広がった。
「ん!?おいしい!」
「だろう?」
ごくりと飲み込んだ後、ククリはじりじりとアナモグマの方へにじり寄った。
「さ、さわってもだいじょうぶ?」
「ああ、かまわないそうだ」
クラウは、二人の通訳を務めながらそっと見守った。
座ったアナモグマの前に立つと、ククリはその短い腕を精いっぱい伸ばして、アナモグマの頭に触れた。もこもこした体毛は思った以上に柔らかく、ふわふわしていて綿のような感触だった。
アナモグマも気持ちがいいのか、ごろごろとのどを鳴らしながら、ククリの好きなようにさせていた。まさに、美女ならぬ、美男と野獣。何ともほほえましい光景である。
「わぁ、かわいいなぁ、かわいいなぁ~」
そういって幸せそうな顔をするククリの方が十分かわいいだろうと、その場のだれもが思ったが、口には出さなかった。
「ねぇねぇ!この子、名前はなんて言うの?」
「名前?アナモグマだ」
「あな、もぐま…?ふーん、変な名前。じゃあこっちのちっこいのは?」
「それはチグラットだ」
「こっちは?」
「そいつもチグラットだ。同じ一族なのだから、同じ名前だ。当たり前だろう」
「……」
数匹並んで日向ぼっこしているチグラットを眺めながら、ククリは微妙な顔をした。
どうやら会話がずれているらしい。ククリの言う「名前」とクラウが思う「名前」が違うようだ。
「そうじゃなくて、えっとぉ~。名前っていうのはぁ…」
どうにか自分の考えを伝えようと思うのだが、言葉が思いつかないらしい。うんうんと唸るククリに、クラウは首をかしげた。
「もしかして、固有名詞をききたいのか?」
「こゆ…?」
「生物学上の学名を知りたいわけではなく、個々につけられた名前を知りたいということだろう?」
違うか?と問われても、ククリには何のことだかさっぱりわからない。難しい言葉を並べられても理解できるはずがなかった。
「まぁいい。そういう意味での名前はついていない。僕は彼らの飼い主ではないからな」
「名前、ないの?」
「ないな」
「そっかぁ…、ないのかぁ。残念だなぁ~」
『……』
「……」
あからさまにがっかりしたような顔をするククリに、なぜか、クラウが周りから非難の目を向けられたのだった。
すでにククリは仲間たちに気に入られてしまったようで、「こんなかわいい子を悲しませるなんて!」と言わんばかりの視線攻撃を受け、クラウは一人ため息をいた。
そして「よし、わかった」と神妙に頷いた。
「では、僕が改めて素晴らしい名をつけてあげようではないか」
『おお!』
「お前たち、一列に並びなさい」
クラウの上からの物言いにも文句を言わず、仲間たちは急いでクラウの前に横一列に並んだ。成り行きとはいえ、自分に名前を付けてもらえることがうれしいらしい。皆緊張した面持ちでクラウの言葉を待っていた。
「ふむ、そうだな」
名前を付けるぐらいお安い御用である。ペットを飼ったこともないし、ましてや子供もいなかった誠吾時代には名づけの経験はないが、まぁたいしたことはないだろうとクラウは高をくくる。
しばし腕組みし、ぶつぶつと独り言を言いながら思案した後、
「よし、決めたぞ」
と言って、クラウは満足げに頷いた。
「なになに、どんな名前!?」
ククリが興奮したように身を乗り出す。そのまなざしは期待に満ちてキラキラと光って見えた。
「心して聞けよ。右から、アインシュタイン、トーマス・エジソン、福沢諭吉、坂本竜馬、レオナルド…」
「ええーー!?何それぇ、へん!!」
クラウが最後まで言い切る前に、ククリが不満の声を上げた。本気で気に入らないらしく、頬をぷっくりと膨らませてクラウに抗議の眼差しを向けた。
「なんだ?気に入らないのか?どの方も世界に素晴らしい貢献をした、立派な人物の名前だぞ?」
「そんな名前聞いたことない!へんだよ!ぜったい、へ・ん!!」
ククリの全否定に賛同するように、並んだ仲間たちの顔もどことなく不満げだ。本人にしてみれば大変失礼な話だが、無理もない。いくら有名とはいえあくまでも地球上での話だ。異世界でどれだけその素晴らしさを説いても、ましてや子供相手に理解されるはずなどなかった…。
「もっとかっこいいのにしようよ!」
「かっこいい?たとえば?」
「んー、グレンディス!」
「…なるほど、英雄の名前だな」
グレンディス・オルブライト、若き天人族の英雄の名前である。
なんといっても世界を救ったヒーローの名だ。子供が惹かれるのは当然かもしれない。
「君は英雄記を呼んだことがあるのか?」
「うん!母さんが読んでくれた」
おそらくクラウが読んだものとは別の、もっと簡略化した子供向けの絵本のようなものだろう。ククリのキラキラした瞳からは、エルフ族や他の種族たちの血なまぐさい争いやごたごたを理解しているようには見えなかった。
「別に皆がその名でいいのなら、かまわないが」
「じゃあ、えっとね~、君がナナキで、こっちのちっこいこがぁ…、なあクラウ!この子女の子?男の子?」
「メスだそうだ」
「じゃあ君がリリアで、君がブラック!それからぁ…」
ククリは次々と名前を決めていく。どれも英雄の名前からとったものだが、つけられた方もまんざらではないようで、みな誇らしげに新たな名前を口にしその響きをかみしめていた。
およそ5分後、ククリはその場にいた全員に名前を与え、満足そうに笑った。
何はともあれ、新しい住人が森に馴染み楽しそうにしている姿を見て、クラウも安堵の息をついたのだった。
「やれやれ、子供の相手は疲れるな」
『………』
クラウのつぶやきを一人だけ聞いていたルカは、あえて何も突っ込まず、ただしっぽをふわりと動かした。
それが意味するものは肯定か、はたまた別の意味か、それは本人しか知り得ないことであった…。
「そろそろ日が暮れる、帰るぞ」
クラウは花かんむりをつくって遊んでいるククリに向かって声をかけた。
あれから二時間ほど、クラウが魔法特訓をしている傍らで、ククリは終始楽しそうに仲間たちと遊びまわり、ご満悦な時間を過ごしたようだ。
クラウの下に駆け寄ってきた彼は、興奮が収まらないのか、頬がほんのりと赤くほてっていた。
「見て!花のかんむり!グレン、とっても器用なんだ、すごいだろ!?」
ククリはきれいに編まれた花冠を自慢げに頭に乗せて見せた。グレンというのは、アナモグマにつけられた新しい名前である。
「そうだな。それよりも、ジーク様たちが心配するといけないから、さっさと帰るぞ」
「えぇ~…。もう少し、いちゃダメ?」
「だめだ」
クラウがきっぱりとはねのけると、ククリは拗ねたように口を尖らせた。
「まだあかるいし!きっとだいじょうぶだよ!」
「君は知らないだろうが、この里の夜はとても早い。じきに日が沈んであっという間に夜になる。そうなってからでは大人たちに心配をかけることになる」
「でもぉ…」
やけに粘るな、とクラウは不思議に思った。
「もしかして、帰りたくないのか?」
「…そんなんじゃ、ないもん…」
「なら行くぞ。ルカ、帰ろう」
クラウの呼びかけに、ルカがのっそりと起き上がった。そして二人のそばまで歩み寄ると、背中に乗りやすいように首を下げてくれる。
クラウはふわりとその背に飛び乗り、ククリに向かって手を差し出した。
「ほら、君も今日は特別だ」
本来なら、クラウやアリーシャ以外を背に乗せるとあまりいい顔をしないルカだが、今日だけは仕方がない。遊び疲れたククリを一人歩かせるわけにもいかないので、一緒に背に乗せてやる。
クラウは、まだどこか不満げな顔でしぶしぶ差し出された手をつかみ、引っ張り上げてやった。
「うわぁ、た、たかいぃ~」
のっしりと歩き出したルカの背の上で、ククリが情けない声を上げた。
「暴れるなよ。黙ってちゃんとつかまっていろ。落っこちたら、そのまま置いていくからな」
「!!」
クラウの脅しのような言葉に、ククリはひしっと前に座るクラウの腰にしがみつき、森を出るまでそのまま一言もしゃべらなかった。
「ほら、ここをまっすぐ行けば、ジーク様の家だ。あとは一人で平気だろう?」
「……」
「今日は僕がいたからよかったが、明日からは森に一人で入るなよ。さっきも言ったが、遊ぶなら広場か、畑のない丘の方にしろ。あまり、ジーク様たちに心配をかけてはいけないぞ」
「……」
腰にしがみついたまま、返事もしないククリの様子に、クラウは盛大なため息をついた。それが聞こえたのか、ククリの小さな肩がピクリと震える。
「何故、帰りたくないのだ?」
リザ情報によれば、族長夫婦はとても子供が好きで、特に奥さんのセニアさんは、親を失った子供の面倒を見ては、かわいがっている立派な人らしい。
きっとククリのことだって大事にしているはずだ。
「僕は詳しく事情を知らないからあまり言えないが、君にしてみればいきなりのことで抵抗があるのだろうな。年齢を考えれば無理もない話だが、それでも面倒を見てくれる人に対する感謝の気持ちを忘れてはならないぞ。それが礼儀というものだ。それに、今日のことはきちんと謝らないと」
「……」
――― しょうがないな。
やはり押し黙ったままのククリの様子に、クラウは、
「ジーク様の家まで行こう」
と、ルカに進むよう促した。
族長が住む屋敷は、すぐに目につく一際大きな建物だ。丘へ出る道から外れ、立派な門をくぐると、クラウはククリをルカの背から降ろしてやった。
「ほら、行くぞ」
うつむき、まだ黙ったままだったが、それでもククリは小さく頷いた。その手を引いてやりながら、二人で扉までの道を歩いていく。
「すみません、ジーク様かセニア様は御在宅でしょうか?」
「はーい、どちらさんだい?」
扉から顔をのぞかせたのはセニア本人だった。長い銀髪をひとくくりに結び、例に埋もれずとても美人な顔立ちの女性は、クラウ達の姿を見ると驚いたように固まってしまった。
クラウは丁寧に頭を下げ、挨拶すると、森で一緒だったククリを送ってきたことを告げた。
「まあまあ、クラウ様に、ルカ様まで!お手数かけましたね」
「いえ、お構いなく」
「姿を見ないと思ったら、森に行っていたのかい。遊び盛りだから仕方がないけど、一人で入るなってジークから言われていただろう?」
「………」
クラウは黙ったまま下を向いているククリの背中をそっと押してやった。
「ほら、ちゃんと言うことがあるだろう?」
「…約束、やぶって、ごめんなさい」
小さく、それでもきちんと謝罪の言葉を口にしたククリの様子に、セニアはニッカリと豪快に笑った。
「いいよいいよ!家族と離されて、寂しい思いしてるいだろうって心配してたけど、まさかクラウ様とお友達になってたなんて、よかったじゃないかい!」
――― まぁ、成り行きでだが。
「と、ともだち?」
ククリがびっくりしたようにクラウを見つめる。
「ふむ、これも何かの縁だろう。また機会があれば、話そうではないか」
「ほ、ほんとう?」
「本当だ。じゃあ、僕はこれで帰るぞ。セニア様、ククリのことよろしくお願いします」
「ええ、任せてくださいな。今日はククリがお世話になったようで、クラウ様、ルカ様も、本当にありがとうございます。当分の間は、ククリは家で預かることになると思いますので、また遊んでやってくださいな。ほら、ククリも挨拶しな?」
「あの、ありがと。またね」
クラウはいつまでも手を振って見送ってくれる二人に、再度礼を返してからようやく帰路へとついたのだった。




