14 五大英雄記
昔々、それはまだ五種族の人間が、それぞれの領土内で暮らしていた時のおはなし。
ひとつ、
天人族の王はこういいました。
「我ら天人族は、この世界で最も清く、高貴な存在。精霊の王より授けられし、この背中の羽こそがその証。傅け、そして敬え、我ら天神の寵愛を賜りし神の子なり」
金髪あるいは白髪に碧眼が特徴の天人族は、その背に純白の羽をもち、高い魔力とその英知で天上の城を領土とし、一族の繁栄を築いてきました。自分たちの存在以外を決して認めず、常にほかの種族を見下ろし、閉鎖された空間の中で一族の血統を守っていました。
ひとつ、
魔人族の頂点に立つ剣王はこういいました。
「我ら魔人族は、この世界で最も強く、猛き存在。戦いの神より授けられしその天賦の才と、いかなる傷をも寄せ付けぬ神に等しき肉体がその証。恐れ、そして跪け、我ら支配の御力与えられし一族なり」
黒髪に赤い瞳が特徴の魔人族は、世界の西側に位置するジゼル大陸に巨大帝国を築き上げ、その全土を支配していました。最も力の強いものが真の王にふさわしいと信じている彼らは、常に一族内での決闘が絶えず、無駄な血を流しあうことから「赤の一族」とも呼ばれ、他の種族たちから野蛮だと忌み嫌われていました。
ひとつ、
純人族の皇帝はこういいました。
「我ら純人族は、この世界で最も賢く、才に富んだ存在。かの賢帝、レイスヴァーンより受け継ぎし英知と、常に進化の一歩をたどる奇跡の文明がその証。称え、そして崇めよ、我ら智の神に倣いしその才を持って、栄華を極めし種族なり」
一番平均寿命が短い純人族は、どの種族よりも数が多く、その領土は中央大陸の全土にわたる大規模なものでした。圧倒的人口数と卓越した頭脳、知識量で数々の魔術を開発し、他の種族に対抗する力を手に入れてきました。
ひとつ、
獣人族の長はこういいました。
「我ら獣人族は、この世界で最も気高く、自然に愛されし存在。聖なる母の恩恵を受けしこの強靭な肉体と、気高き聖獣の化身としての真の姿がその証。認め、そして奉れ、我ら世界の母なる大地を守りし、真の守護神なり」
真の力を発揮するとき、獣の姿へと変化する獣人族は、エストア大陸北東にある巨大な聖域、「世界樹の森」を縄張りとし、代々繁栄を極めてきました。その圧倒的な身体能力と、屈指の団結力を持って、他のいかなる種族も寄せ付けず、聖域を守る守護神としての役目を誇りに生きていました。
ひとつ、
地人族の頭領はこういいました。
「我ら地人族は、この世界で最も器用で、創造豊かな存在。創造の神より受け継ぎし確かな技術力と、人が持つ力の更なる先を具現化する才がその証。羨め、そして尊べ、我ら創りの神髄を極め、真に価値ある造形を生み出す一族なり」
固い鱗と皮膚を持つ地人族は、南東の巨大な山脈が連なるローグロゼリア大陸を縄張りとし、その地に眠る豊富な資源をもとに様々な武器を生み出してきました。ほかの種族には決して真似できない高いその技術力と手先の器用さをもって互いに競い合い、自分が生み出す武器に己のすべてを費やして生きていました。
おのが一族を愛し、他の種族を嫌悪していた人間たちは、お互いを見下し、やがて領土をめぐって争い始めました。魔人族は天人族のその気高き御身を手に入れようと手を伸ばし、天人族は獣人族が守る聖域の加護を欲し攻め込み、また純人族と地人族は互いの領土を広げようと牽制しあい、幾度となく大地を血で染め、命を犠牲にしてきました。
そんなある時、世界の片隅で一匹の魔物が目撃されました。
その魔物は普通のものとは違い、歪で、異様な姿をしていました。黒光りする体に、赤い血管が浮き、怪しい輝きを放つ瞳を持つその魔物は、往来のものよりも圧倒的に強く、そのたった一匹の魔物によって多くの人間が命を落とす結果となりました。
まるで何かに呪われたかのようなまがまがしい存在を前に、人間は畏怖し、その魔物を「呪魔」と名付けました。それから度々同じような姿をした「呪魔」が世界各地で現れるようになり、その度に人間は多大な犠牲を強いられることになりました。
これに危惧を覚えた各種族の代表は、この「呪魔」がいったいどこから現れたのか調査し、原因を突き止めようと互いの領土に探りを入れ始めました。
あるものは魔人族の野蛮な行いの所為で、天の怒りを買ったのだと言い、またあるものは純人族が禁忌の魔術で操っているのだと、各地で根拠のない噂が飛び交い、人々はますますほかの種族を忌み嫌うようになっていきました。
そして―――
月日は流れ、ついに人間の中で「呪魔」のような「呪い」にかかるものが現れ始めてしまいました。その「呪い」にかかった人間は、身体が徐々に黒く変色していき、やがて全身にいきわたると砂のように跡形もなく崩れ落ちてしまうという、とても恐ろしいものでした。
いかなる万能薬も、魔人族の再生能力も、優れた治癒魔法も空しく、「呪い」にかかった人間は無残にも命尽きるのを待つ以外にありませんでした。
世界が絶望の渦にのみ込まれようとしていた時、天人族の王はある男に問いました。
「何かこの「呪い」を解く術はないのか?どんな些細なものでもよい、意見を述べよ」
王の問いに、ある男はこういいました。
「聞くに、獣人族が守る聖域のさらに奥深くにあるという神秘の森には、長き時を生きる森の民が住むと聞きます。伝承では彼らの古の血には不老不死の益があるとか…。彼らのその神秘の身体を手に入れればあるいは…」
男の答えに、天人族の王はいいました。
「それが我ら一族を守る唯一の方法ならば、致し方あるまい。これより我ら天人の民は、神秘の森を目指す!」
この天人族の宣誓は、世界に大きな衝撃を与えました。
聖域を守る獣人族は怒り狂い、猛然と抗議し、立ち向かう姿勢を見せました。しかし、森の民の噂を聞きつけたほかの種族が天人族に加担する姿勢を見せると、その絶対的な戦力に負けることを確信した獣人族の長は、ついにほかの種族の聖域への侵入を許してしまいます。
かくして大規模な森の民の捜索が行われました。我先にと各々の種族が探し回り、お互いを牽制し、ついに森の民はその手に落ちることとなりました。
争いは争いを呼び、悲劇は更なる悲劇を呼びます。
以前から聖域を欲していた天人族は、次に獣人族に刃の矛先を向け支配しようと画策し、その隙をついて魔人族は天人族領土に侵入しようと攻め入りました。地人族はこれを好機ととらえ、己らが作った武器を高く売りつけ、純人族に対抗する糧を得ます。対する純人族も自ら開発した術で、獣人族と天人族を相手に領土争いに乗り出しました。
争いは激化の一歩をたどり、戦火が途絶えることはありませんでした。一方で依然として呪魔の数は増え続け、呪いの恐怖も消えず、世界は混乱の中確実に滅びの道を歩みつつあった、その時でした。
突然、どこからか暗雲が広がり空を覆い、世界はあっという間に闇にのまれました。やがて、天に稲妻が走り、空から黒い雨が降り注ぐと、雷鳴とともに一筋の雷光が地上に落ちました。ものすごい爆音と地響きを伴い地上へと落ちたその雷光は、北の孤島にあった純人族のとある帝国を跡形もなく消し去り、島ごと破壊してしまいました。
何事だと、人間はその未知の力に畏怖し、天を見上げます。
そして現れたのは、一人の男でした。
男は言いました。
「人間とは、これほど救いがたき哀れな存在なのか。それほど無駄な血を流したいのであれば、俺がお前たち人間の敵となろう」
さらに男は、全人類に向けて宣誓しました。
「次に狙うは天上の城。死にたくなければ、俺を倒す以外に道はない。己の存在価値を、その身を以て示せ。さもなければ、世界にお前たちの居場所はない」
今しがた見た光景のように、一年に一か所ずつ、地上へと雷光を落とし破壊することを告げ、それを阻止するためには自分を倒す以外に方法はない。潔く滅びることを受け入れみじめに死ぬか、贖い生きるために力を持って立ち向かうか、男が人間に与えた選択肢はその二つだけでした。
次に狙われるのが自分の領土だと知らされた天人族の王は、憤慨し、その全戦力を持って男に立ち向かいました。しかし、他種族を凌駕した光魔法も全く歯が立たず、天人族は男の圧倒的な強さの前に完全敗北を余儀なくされました。
次に立ち向かったのは、魔人族の頂点に立つ男、剣王でした。しかし、剣技を極めし男の強さをもってしても、男にかすり傷一つつけること適わず、剣王はその場にひざをつきうなだれ、己の非力さを嘆きました。
純人族が誇る最高位魔術師が10人束になっても、あるいは、獣人族の驚異の身体能力をもってしても、男の息ひとつ乱せず、人間はことごとく破れていきました。
やがて己らの力では到底かなわぬ相手だと悟った人間たちは、もはや自分達人間に希望はなく、滅びの道しか残されていないのだと受け入れざるを得ませんでした。
そして、月日は流れ、男が宣言した一年が経とうとしたその日。
荒れた地にたたずむ男の前に現れたのは、とある5人の若者でした。
一人、金髪に碧眼の天人族の若き王子は言いました。
「我が名は、グレンディス・オルブライト!
人に光を示し、歩むべき道を照らすのが我ら天人族の務め。たとえ無謀だとしても、未来のため、世界のため、そして己が正義のため、世界の敵を倒す!」
一人、黒髪に赤い瞳の魔人族の若き青年は言いました。
「俺の名は、ミダイ・ナナキ!
強さにひるみ、背を向けるなど言語道断。たとえ力及ばずとも、強きものに立ち向かい、己を磨く糧となす。それが俺ら魔人族のあるべき姿。鍛え精進し、俺はお前を倒し、まだ見ぬ高みに上る!」
一人、深緑の髪に、小柄な純人族の女性は言いました。
「私の名は、リリア・マクセン!
人は先人の行いにより学び、進化する生き物だと信じています。たとえその時、誤った未来を選択したとしても、その教訓はのちの世代に受け継がれ、人は新たな可能性を見出す。私はその可能性の中に人の無限の未来があると、信じています。その可能性をつぶすというのなら、私はあなたを見過ごすことはできません!」
一人、白髪に、白いオオカミのような耳と尾をもつ獣人族の女性は言いました。
「我が名は、オリヴィア・ディッセルハイン!
万物の魂に優劣をつけることに意味はなし。人も、聖獣も、精霊も、この世に生きる愛しき神の申し子。犯した罪を正当化するつもりはない。その罪を背負い、受け入れ、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう努力することを誓おう。人の持つ善の心を信じ、生きる未来を選ぶ我にとって、破滅の道を示すそなたは敵。いざ、勝負!」
一人、赤い髪に、トカゲの鱗を体に持つ地人族の青年は言いました。
「僕の名は、アルマン・ブラック!
この世で唯一、創造の力を与えられし我ら人の使命は、世界をつなぐ力を生み出すために歩み続けること。奪うことだけじゃない、守り幸せになるための創造、それこそが才を与えられたものの目指す道。そのための戦いならば、僕は一歩もひくつもりはありません!」
こうして、勇気ある五人の宣誓を皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされました。
男と、五人の力の差は歴然でした。それでも五人は誰一人あきらめず、自分の持つ信念のため、男に立ち向かっていきました。一日、二日、ついに三日が経っても、五人の意志は変わらず、ボロボロになりながらも戦い続けました。
その姿に、男は問います。
「人間は、そこまでして守るべき価値ある存在なのか」と。
天人族の青年は、答えます。
「所詮は、人間。されど、人間!私は信じている!人は決して愚かなだけの存在ではないことを!きっと、証明してみせる!そして、誓おう!我ら五人が、これからの世界の希望となり、世界を平和の道へと導くことを!」
男は言いました。
「その言葉、決して忘れるな」
そして、長い長い戦いの末、五人はようやく男から勝利を勝ち取ったのでした。その圧倒的な存在を倒すことはできませんでしたが、しかし五人は全魔力を使って、男の身体を遠い地の果てに封印することに成功したのです。
暗闇から解放され、世界が光を取り戻した瞬間でした。
呪魔の存在も、呪いも消え、破滅の恐怖から逃れた人々は、生きることを許されたことに感謝し、また五人の勇気ある若者を英雄と呼び称えました。
多くの話し合いが成され、やがて五人の掲げる理想と信念の下、世界は変革の時代を迎えます。
『英雄王の聖戦』
人々はこの激動の時代をそう呼んで、広く、世代を超えて未来へ伝えていくことを誓いました。
二度と同じ過ちを繰り返さぬように。
世界の果てで、今も眠りにつくあの男の怒りが再び目覚めることがないように。
種族間の壁をなくし、差別も争いもない世界を作るために、人間は互いに認め、手を取り合って生きていくことを固く誓い合ったのでした。
おしまい、おしまい ――――
マナリギの木の下、クラウは膝に置いた本をパタリと閉じて、夜空を見上げた。満点の星のもと、今日も変わらず里は静かで、きれいだった。
表紙に五人の人間のイラストと、『世界五大英雄記』と題名が記されたその本は、クラウが誕生日のプレゼントとしてもらったもののひとつである。もうこれで何度読み返しただろうか。クラウは改めてその表紙を見つめた。
――― まぁ、ありがちな話ではあるが…。
世界を救う英雄の話など、地球にはごまんと存在する。史実的なものから、空想、おとぎ話、神話。どれも人類を脅かす敵から救うために、勇気ある人間が立ち向かい勝利する話で、大衆受けがいいのも事実である。この世界も同じなのだろう、とクラウは思う。
だが、子供向けの童話のような口調で書かれたおとぎ話のように思えるが、リザに聞くところによれば、実際にあった出来事らしい。それも、ほんの百年ほど前の話で、この五大英雄と呼ばれた人間のうち、四人はまだこの世に存在するという。
「本当にすごい世界だな」
クラウは改めて地球との違いを感じずにはいられなかった。
一番寿命が短いとされる純人族でさえ、平均寿命が百二十歳前後らしい。ほかの種族も三百歳近くまで生きるのが普通の世界なのだ。それに加え、クラウには想像もつかない五種類の種族が生きる世界。あらゆる種族が行き交う光景は、どんなものなのだろうか。
そして、「森の民」の存在。それはやはり、今この里で暮らしているエルフ族の皆のことを指しているのだろう。
天人族に狙われ絶滅の危機にさらされたエルフ、そしてその天人族の一人であるはずのアリーシャ…。
――― ハンスさんはどうしてこの本を選んだのだろうか
両者の間に何があったのかはこの本を読んだだけではわからないし、クラウも当然知らされていない。過去は過去、しかし、ハンスは何かをクラウに伝えたくてこの本を選んだのではないだろうか。
「ルカ」
クラウは、隣で寝そべる友人の名を呼んだ。
『なんだ』
「僕は、この世界についてもっと知りたい」
『何故だ?』
「知る必要があると思ったからだ」
自分は何も知らない。そのことがクラウはたまらなく苦痛だった。知識を得ようにも、本以外にその術がないのももどかしい。もちろん、地球での暮らしの便利さ知ってしまっているからこそ感じてしまう葛藤なのだろうが、クラウはそのもどかしさに焦りすら感じ始めていた。
『お前は、何を知りたいのだ?』
「この世界のすべて」
ルカの質問に、クラウは率直に答えた。
――― そう、すべてだ。世界のすべてを、知りたい。
それがまぎれもないクラウの本心だった。
その物言いに、ルカは鼻を鳴らして笑った。
『ふん、お前は欲張りな男だな』
――― ああ、そうだな。確かに欲張りだ
クラウも珍しく笑った。
『焦ることはない。お前はまだ子供だ。時間はある。ゆっくり少しずつ知っていけば、いずれその望みもかなうだろう』
本人は忘れているようだが、この世界に生まれてまだ五年しかたっていないのだ。何も急ぐ必要はない。
『お前があきらめぬ限り、未来はお前を見捨てたりはしない』
ルカの穏やかな声に、クラウはただ静かに頷いた。