12 帰還2
アリーシャは土壌の検査のため、丘の西側の畑へと出向いていた。
薬草の合間を歩くアリーシャのもとに、そばの茂みからチグラットが数匹駆け寄ってくる。
「あら、おはよう。あまり荒らしちゃだめよ?」
アリーシャの挨拶に返すように「チュチュッ!」と鳴き声を上げ、畑の合間を駆けまわってじゃれ合う姿に癒されながら、アリーシャは畑の土を手に取り観察した。
「…確かに、乾燥してるわね」
今朝方クラウから報告があったように、この辺一帯の土の様子が少しおかしいらしい。
「少し降らせましょうか」
アリーシャは畑の中央に書かれた魔法陣の前に立つと、ぱっと自分の頭上に手を翳し、半円形の結界を張った。それから足元の魔法陣を起動する。
「テスタ<開始>」
アリーシャの詠唱に反応し、巨大ば魔法陣が輝きだした。
結晶石から魔力が流れ、見る見るうちに魔法陣の中央に水が集まりだし、それはやがて直径30センチほどの水の球になった。さらに魔法陣の外側の円が光り出すと、水の球はポーンと打ち上げ花火のように真上へと跳ね上がり、地面から20メートルほど上空で一気にはじけ飛んだ。
畑一面とアリーシャの頭上に、水の滴がキラキラと降り注ぐ。
水属性の魔法で作られた人口の雨である。もちろん、事前に張った結界が即席の傘の役目を果たし、アリーシャがずぶぬれになることはない。
続けて、二発目、三発目と、魔法陣から同じように水の球が跳ね上がり、はじけ飛ぶ様子を見ながら、アリーシャはもう一度畑の様子を見て回った。
今植えてある薬草は、水を切らすとすぐに枯れてしまうので、定期的に水を与えられるようにこの魔法陣を設置したが、間に合わないようならばもう少し工夫しなければならない。
「しばらく様子見ね」
確かにこの13月から15月にかけてはあまり雨が降りにくいので、それも原因の一つだろう。土の成分には特に目立った変化は見られなかったし、ただの危惧かもしれない。しかし、薬草づくりで一番恐ろしいことは、ほんのちょっとした環境の変化で畑一面がだめになってしまう点だ。クラウがわざわざアリーシャに報告したのも、用心に越したことはないと判断したためだろう。
アリーシャは念のため土と薬草の葉を一部採取し、後程さらに詳しく調べることにした。
「アリーシャ様!」
「ハンス?」
聞こえてきた声にアリーシャは振り返った。見ると、水がかからないギリギリのところで、ハンスが必死に手を振って呼んでいた。
「どうしたのー?」
「ガルフさんが戻ってきたんです!!アリーシャ様も、いらしてください!」
「まぁ!」
ハンスの言葉にアリーシャは顔をほころばせた。
――― 前にあったのはいつかしら?
めったに帰郷しない男が帰還したと知りうれしくなったアリーシャは、急いで魔法陣を停止させ、荷物をかき集めてハンスの元へと駆け寄った。
だが、ハンスの次の言葉に、その笑顔に陰りが差す。
「子供を一人、保護してきたそうです」
「子供…!?まさかエルフの?」
「ええ…。例の情報、間違いじゃなかったみたいです」
「そんな…」
アリーシャは愕然とした。恐れていたことが現実になってしまったのだ。
「大丈夫ですか?アリーシャ様…」
「ええ、大丈夫よ…、それでその子は?今どこに?」
並んで歩きながらアリーシャはハンスに聞いた。
「今はオジキの家で眠っています。相当疲れているみたいで、ここへ運ぶまでずっと目を覚まさなかったそうですよ」
「そう…。その子、一人なの?親は?」
「さぁ、詳しくは俺もまだ聞いてないんです。そのことで、皆に話があるから集めて欲しいって、ガルフさんが…」
「……」
アリーシャは気分が重かった。きっとあまりよくない話だと、何となく予感めいたものを感じたからだ。
だが、自分だけ目をそらすわけにはいかない。どんなに辛くても、ここでみんなと共に助け合って生きていくことを決めたのは、他でもない自分自身―――
「急ぎましょう」
アリーシャはハンスと共に、里の集会場へと急いだ。
二人が集会場の階段を上る頃、すでにほかのメンバーは集まっているらしく、若き戦士の帰還に喜びを露わにする会話が聞こえてきた。
「相変わらず、行ったっきり何年も帰ってこんから、そんなに外の大陸の飯がうまいのかと、セニアが怒っておったぞ」
族長ジークのからかいが飛ぶ。親を亡くし、弟のレノと二人っきりになってしまったガルフ達兄弟を目にかけ、育ててきたのは他でもないジークとその妻セニアである。二人ともなんだかんだ言いつつも若い兄弟のことが心配らしく、いつまで経っても子ども扱いが抜けないらしい。
「里の為です。ご理解ください」
「なんだ?どこぞの女に引っかかって、骨抜きにされたのかとおもっとったわい」
「仕事があるのです。そんな余裕などありません」
ガルフに一から剣術を教えた指導役の男、ユンガイル・ベックマンのからかいにも、ガルフは真面目に返す。
「お前のことだ、言い寄られても気づかんのだろう。少しはレノを見習え」
「まぁ、そこがガルフのよさなのですよ。里の女たちに評判がいいのも、頷けます」
「ちと度が過ぎている気もするがな…。堅物すぎだ」
やいのやいのとみんな好き勝手に話す。だが、言葉とは裏腹にその顔はどれも嬉しそうで、里を支える若者の無事な姿に喜んでいた。そんな年寄り達(本人たちは認めないだろうが…)のからかいに、ガルフは憮然とした顔をしながらも、一つ一つ真面目に答えを返していく。その辺の素直な反応がからかわれる要因だとは、本人は今だ気づいていなかった。
「まぁ、お前もいい年だ。そろそろ嫁を迎えるのもいいだろう。だれかおらんのか?」
「アリーシャ様以上の女性など早々いません」
「……」
幼少のころからアリーシャびいきだったが、相も変わらずらしい。真顔で答えるガルフに、年長者たちの生暖かい眼差しが送られた。
「ほっほ。何はともあれ、無事で何よりじゃ。若いお前さん方にいろいろ苦労をかけてすまんが、里の為だと思って、辛抱してくれ」
ガライアスの気遣いの言葉に、ガルフはそっと頭を下げた。
そこへ、
「ガルフ、お帰りなさい」
「ご苦労様です、ガルフさん」
と、アリーシャとハンスが声をかけた。
「アリーシャ様!」
部屋に入ってきたその姿に、ガルフはめったに見せない笑みを浮かべ、アリーシャのもとへと駆け寄った。隣に立つハンスなど最初から認識されていないらしく、置物の一部と化していた…。
――― 何とも分かりやすいのう…。
いつものきっちりとした雰囲気を崩し、アリーシャに話しかけるガルフの変わりように、その場にいた誰もが同じ感想を持ったのだが、もう何十回と見慣れた風景なので今更突っ込む人間はいない。
結婚できないのも、無理ない話である…。
「さて、積もる話もあるだろうが、本題に入ろうではないか。そのために集まったのだ」
ジークの言葉に、その場の空気が一気に張りつめた。
皆明るく振舞ってはいたが、これからなされる話が、とても笑って話せる内容ではないことを十分理解していた。
最初のコモルの伝言を受け取ってから、一か月余り。誰もがただの危惧であってほしいと願っていたが、突き付けられた現実はひどい悲しみに満ちていた。
ガルフはこれまでのいきさつを簡単に説明し、子供を保護してきたことを皆に告げた。
「父親は一緒ではないのですか?」
魔術師のオリエントがガルフに質問した。
「はい。彼はどうしても自分も一緒に探すと言って、子供だけ里に保護して欲しいと。こちらとしても人手は多い方がいい。幸い、腕は立つようですし、怪我も負っていませんので残ってコモル達と共に行動してもらっています」
「して、今後についてどうするつもりだ?そのドルモアとやらの目的は?」
ジークの質問に、ガルフはひとつゆっくりと息をついてから、ガーランドと合流してからのことを静かに話し始めた。
「兄貴、俺」
――― どこの俺様だ…
とある洞窟の奥で待機していたガルフは、入り口付近の方から聞こえてきたその声に、説教してやりたくなるのをぐっとこらえ、中に入ってくるように声をかけた。
しばらくして複数の足音と共に現れたのはガルフの実の弟である、レノ・ブランド。その後ろにコモル、そして見知らぬ男とその腕には子供の姿があった。男の顔には眼帯があり、サイルスの情報を聞いていたガルフはすぐに検討が付いた。
「あなたがガーランドさんですね。無事で何よりです」
「いや、こちらこそ、本当になんとお礼を言っていいか…」
ガルフが歓迎するように差し出した手を、ガーランドはぐっと握り返した。
そこはスースラから10キロほど離れた森林の中にある洞窟で、世界中に点在する偵察班の拠点の一つであった。鉱山地帯に囲まれたこのあたり一帯は昔の坑道がそのままの状態で放置されている箇所が多く、おまけに魔力が年々増加している所為か今では人の姿はめったに見かけない。当然あまり目立ちたくないガルフ達にとって、これ以上都合のいい場所はなかった。以来、洞窟の一部を使いやすく改造し、西地方の拠点の一つとして活用しているのだ。
サイルスの知らせを受けとったガルフ達は、ここでレノ達の戻りを待っていたのである。
「兄貴、なんか食うもの出して」
「お前は…」
挨拶もそこそこに、だらりと床にある椅子代わりの岩に腰掛け食べ物をねだる弟に、ガルフは額に青筋を立てて説教を垂れようとした。しかし、
「俺じゃねーよ、そこのガキ、何も食ってないってよ」
と続いた言葉に、そういうことかと思いとどまる。
「ローデス、フォンブルの残りがまだあっただろう?それと水と栄養剤を二人に」
「はい」
「いや、本当に申し訳ない…」
ガーランドは、ガルフのありがたい申し出に深く頭を下げた。
ドルモアの屋敷では地下に幽閉されていたとはいえ、それなりの食事を与えられていたのだが、子供のククリは不安と恐怖が胸を突き、あまり喉を通らなかったのだ。こうして無事に拘束を逃れることができて安心したのか、先ほどからぐうぐうと主張する腹の音をレノが聞き、気を使ってくれたのだろう。もっとも「ただ五月蠅くて適わなかっただけだ」とレノ本人は認めないだろうが…。
やがて、ローデスが持ってきたものを、受け取っていいのかどうかわからず遠慮していたククリは、父親に笑顔で促されてようやくその手を伸ばした。もくもくと一心不乱に食いつく様子に、周りの大人たちは安堵の息をついた。
「さて、改めて自己紹介を。私はガルフ・ブランド。今はエルフ族の仲間を探す偵察班のリーダーを務めさせていただいています。まぁ、お気づきでしょうが、このレノとは兄弟になります」
「ガルフ…?昔、一の里で、とても強い少年がいると聞いたことがあったが、まさかその…?」
ガーランドの驚きように、ガルフは少しだけ表情を和らげて「確かに、私のことですね」と答えた。
「いや、まさか!こんな形で会えるとは思いもよらなかった。立派になられたな。狩りの時期はまだほんの少年だったと記憶しているが?」
「ええ、当時はまだ15歳になったばかりでした。失礼ですが、ガーランドさんはお幾つで?」
「ああ、ガーランドで結構だ。私は今年で334歳になる。ククリは5歳の誕生日を終えたばかりだ」
見た目はサイルスの情報通り40歳前後の壮年の男にしか見えないが、何せ平均寿命が700歳を超える長寿の一族である。ほかの種族の物差しではエルフの年齢は到底測れない。
「あんた戦士なんだろう?なかなかの腕だってきいたぜ?」
レノがそう言って、ガーランドに好戦的な視線を向けた。それをガルフがやんわりとたしなめた。
「なんでも獲物のような目で見るのはやめないか、レノ。お前の悪いところだ」
「んだよ、兄貴が俺を仲間外れにするからだろう?」
ガルフの言葉に、レノは拗ねたように文句を言った。
「俺がいつ、お前を仲間外れにした…」
心外だ、とガルフは唸る。これでもたった一人の弟を目にかけて育ててきたのだ。
「待機、待機っていつも俺だけ置いてくだろ。兄貴はいつだってそうだ」
「…お前が面白そうだからという理由だけで、そこら辺の人間に喧嘩を吹っ掛けるからだろう。面倒事を起こすなと、いつも言っているはずだ」
「俺は強い奴と喧嘩してぇの。なのに兄貴がいっつも仕事仕事っていって相手にしてくんねぇから、他の奴に相手になってもらってんじゃん」
それのどこが悪い。悪いのは兄貴だと開き直るレノに、ガルフはため息しか出ない。要はただ兄に構ってもらえなくて拗ねているだけなのだ。
もういい年なのに、いつまでたっても兄離れができないレノに、周りの者も慣れたもので生暖かい目で見守るだけだった。
「彼のおかげで私は命を救われた。あまり叱らないでやってくれないか」
どこかほほえましい兄弟の姿に、自然とガーランドの頬も緩んでいた。
「兄貴、俺、ベルガルトンの特上肉くいてぇ」
暗に活躍したからご褒美をくれとねだる弟に、ガルフは思いっきり頭をどついてやった。
「いったぁ!?」
「少し黙っていろ、話が進まん!」
「くくっ、はは…!」
あまりにも緊張感のないレノの態度に、ガーランドは声をあげて笑った。
「いや、済まない。こんなに明るい気分になれたのは久しぶりだ」
何せずっと怯え、隠れる生活を強いられてきたのだ。こんなに穏やかな気分になれたのは何年振りだろうか。
「私の父はもともと一の里にいたのだが、三の里に指導役として呼ばれたのを機に移り住んで、そこで母は私を産んだのだ。もちろん私も戦士の修行は受けている。だから、あの笛の音にも気づけたのだ。…聞いたときは本当に耳を疑った」
「腕が立つと聞いていたので、きっと笛のことも理解できるだろうと思ったんです。何しろ、僕しかいなくて、戦力的に心もとなかったんで、もしあなたが笛に気づいてくれれば、行動しやすいかなと思って。まさか、自分で拘束を解いてしまうとは思いませんでしたけど」
コモルはそういってガーランドに笑いかけた。
「足手まといになるわけにはいかなかったのでな。幸い、敵が全く奇襲を予測していなかったから、隙ができたのだ。あの傭兵、確かにただの臨時の雇われ兵のようだったが、腕は確かなのだ。私も、なんとか一人で立ち向かったが、体力が持たなくてな。それに加え、一人、恐ろしく強い男がいたのだ。黒い髪の、おそらく魔人族だろう。とても歯が立たず、家族皆つかまってしまった」
「魔人族…。レノ、コモル、見かけたか?」
「いや、あの中にはいなかったな」
「僕も見ていませんね。魔人族ですか、少し、厄介ですね…」
コモルが眉をひそめ、暗い声を出した。
魔人族はほかの種族よりも圧倒的に魔力が強く、加えて剣術に長けた者が多い。彼らは基本、実力主義をとっており、単純に力の強いものが上に立つ社会で生きている。そのためか、気性が荒いものが多く、力を誇示しようとする者も多い。黒い髪に赤い瞳が特徴で、いつも戦いのことにしか興味を示さない生粋の戦闘種族である。加えて高い再生能力を持つ、特殊な一族でもあるもで、なかなか相手にするには骨が折れ、ある意味犬猿されている種族でもある。
「あの場にいなかったのなら、おそらく、まだ屋敷のドルモアの近くで護衛をしているはずだ。もし相手にするときは十分気をつけてくれ」
「わかりました。それで、サイルスからの知らせでは…、奥さんと娘さんの行方が、わからないそうですね?」
「…ああ」
ガーランドは、唇をかみしめて頷いた。
「あなた方お二人はどこに運ばれる予定だったのか、わかりますか?」
「私とククリは、隣の領土の貴族のところに連れて行くと奴は言っていた。なんでも契約の代金の代わりだとか…。」
「はん!胸糞わりぃ話だ。だから貴族連中は嫌いなんだ」
と、レノが吐き捨てる。
「では、奥さんたちは…?」
「二人は、私たちとは別の部屋に入れられていた。だが狭い地下だし、幸い耳は良いのでな。あの男がクレア、ああ妻の名前だが、クレアたちに向かって話している声はよく響いて聞こえていた」
「クレアさん達にけがなどは?」
「いや、その辺に関してはきっちりとした男らしい。奴にとって我々はあくまでも商品なのだ。食事もきちんと提供してきたし、部屋もそれなりに整えられていた。特に妻と娘については気を使っていたようで、彼女らの身体や、健康状態が悪ければ、それだけ商品としての価値が下がると思ったのだろう。あまりストレスを抱えぬようにと何かと気をかけているようだった」
もっとも、監禁されているという状態がすでに異常なので、決してほめられるものでもないが、それでも、ガーランドはほかの狂った貴族共の毒牙にかかるぐらいならば、ドルモアのような男の方がいくらかましに思えたのだった。
「…なるほど、それで、他に何か聞きましたか?」
「奴は、エルフ族はとても価値がある一族で、貴族連中の中には高値を付けるものもいると笑っていた。それで一年に一度自分が主催で行っているオークションに、特別枠として出品させると…。三日ほど前に、二人を別の場所へと移したようだ」
「なるほど。その日時などについては?」
「いや、詳しくはわからない。ただ開催の日が来月であることは確かだ」
ガーランドは「あまり役に立たず、すまない」と頭を垂れた。
「謝らないでください。少なくとも今月はまだあと七日残っています。その間は無事なはずです。きっと助け出して見せます」
「…ありがとう」
ガルフの力強い言葉に、ガーランドは再度頭を下げた。
「一つ、気がかりが…」
「どうした、コモル」
「敵を一人、取り逃がしたようなんです。あの男が屋敷に戻ってドルモアに報告したら、契約の支払いができないと知って、その、奥さんたちを代わりに…」
「ふむ、その可能性はあるだろうな。だが、傭兵の男が屋敷に戻る可能性は少ないだろう。自分のミスをわざわざ報告に行くなど、金で雇われたごろつきの傭兵がそこまで義理を通すとも思えん。今ごろ国境を越えて必死に逃げているだろう。お前たち、倒した傭兵はどうした?」
「はい、レノさんの指示でちゃんと始末しました。拘束した男は見張りをつけていますし、馬車の残骸も燃やしました。おそらく夜中の山間での出来事ですから、人目にはついていないと思います」
「なら問題ないだろう」
「でも、ドルモアにばれるのは時間の問題じゃねーの?」
と、レノが言った。
「当然、取引先から連絡が来るだろうからな。そうなればドルモアも、代わりにクレアさん達を贈ろうと考えるかもしれん」
「そう思って、サイルスには引き続き屋敷を見張らせてる。あいつも疲れてるだろうから、交代の奴を送ってやって」
レノの言葉に、ガルフは頷きローデスに指示をだした。
「二人選んで、屋敷を見張らせろ。お前とジングルスは、オークションの開催日時と場所について調べるんだ。ああ、コモルが話を聞いた商人にまず聞いてみろ。サイルスには一日宿で休んで回復したら、情報の収集に当たらせろ」
「了解です」
「隣の領土もここと同じ高山地帯だ。国境を越えても町まで丸二日はかかる距離だ。往復で四日は猶予があるとみていいだろう。その間、俺は一度里に戻る。頼んだぞ」
「はい、お気を付けて」
ローデスはしっかり頷くと、仲間を連れて洞窟を出ていった。
「兄貴、俺は?」
「お前は待機だ」
「はぁ!?」
散々文句を言ったのに、また待機命令を出されたレノは、ガルフにかみついた。
「そんなまどろっこしいことしなくても、一気に乗り込んでかっさらえばいいだろう!?その魔人族は俺がぶっ潰す」
「やめろ。騒ぎを大きくして我々の存在がほかの人間にばれたらどうするつもりだ。その辺の一般商人とはわけが違うのだ。ドルモアほどの男なら、聖騎士連中にもつながりがあるだろう」
「……」
「中央政府の耳にでも入ってみろ、あそこは「天人族」の領土にも近い。それが何を意味するか、分かるだろう?」
「…わかった、待機だろ!待機!」
レノもわかってはいたのだ。自分達だけの問題ではないことは、ちゃんと理解していた。ただのやっかみである。
「拗ねるな。サイルスを屋敷に戻らせたのは、良い判断だ。そういう勘の良さがお前のいいところだからな、頼りにしているんだ。猶予があるとはいえ、何が起こるかわからん。万一の時はお前の力が必要になる。わかるな?」
「……」
また始まった、とレノはうんざりと顔をしかめた。
根が素直で天然の気があるガルフは、無意識にこうやって人が欲しがる言葉をさらりと言うのだ。その言葉が、相手の心にどれだけ影響するか、本人は全く理解してない。
そして弟も、兄に褒められて嫌な気はしないのである。結局最後はこの天然無意識の発言に乗せられ、言うことを聞いてしまうのだった。
「ベルガルトンの肉だったか?ちゃんとおごってやるから」
「特上!特上肉だぞ!」
「…わかった、わかった」
やれやれと、ガルフはため息をつきながら、再びガーランドに向き合った。
「ガーランド、あなたとククリは俺と一緒に里に行きましょう。案内します、きっと気に入りますよ」
里の住人も仲間が増えることを喜んでくれるだろう。ガルフはアルフェンの里をこの親子に紹介できることをうれしく思った。
「…ありがたい申し出だ。本当に、心から感謝する。しかし、ククリだけ連れて行ってくれないだろうか?今なお妻と娘が囚われの身でいるのに、私一人、安全な場所に隠れることはできない。私にも残って君たちの手伝いをさせて欲しい」
ガーランドはガルフに向かって頭を下げた。
「しかし…」
「わかっている。君に比べれば、私の力など微々たるものだ。だがそれでも、一家の主として、私は家族を救わねばならん」
「…わかりました」
確かに、ガルフが同じ立場だったらガーランドと同じように引き下がることなどできないだろう。ガルフはその意思を尊重し、手を貸してもらうことにした。
「では、ククリだけ連れて行きます。安心してください。俺の育ての親にきちんと世話してくれるよう頼みますから」
「…ありがとう」