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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第四章 続・魔導学園デザイア編
139/140

31 十二戦聖



 リオの相棒誕生という情報はあっという間に学園を駆け抜け、さらには各地方の有力者に向けて早馬や、速達の郵便が送り出されるほどの衝撃をもたらした。

 そして、興奮冷めやらぬ時間が過ぎ、後少しで日付が変わろうという深夜―――

 自室で眠っていたクラウは、イアの執拗な頬舐め攻撃に合い目が覚めたのだった。


「…イア?どうした?眠れないのか?」

『……』

 ベッド脇に座ったイアはクラウが目を覚ましたことを確認すると、通学用の鞄をごそごそと漁り、何か薄っぺらいものを引っ張り出して持ってきた。

「これは…?」

 なんてことはない。昼間見学した召喚魔法陣の写しが描かれた陣符だ。機会を見て自分で試そうと思い、ひそかにクルックに調達してもらったものだ。

 イアはクラウに陣符を押し付けると、今度はシャツの袖を咥えて外に行こうとせかす。クラウはそこでようやくイアが自分と契約をしたがっていることに気付いたのだった。

「まさか、今からか?別に明日でも…」

『クゥ!』

 問答無用でクラウを引っ張って行こうとするイアの態度を見る限り、どうやら今すぐ行動しろと言いたいらしい。それにしてもここまで強引なイアは稀だ。

「何か理由があるのか?」

『クゥ!』

「…わかった。わかったから引っ張るな」

 いつもは従順なイアも、今回だけはどうしても譲れないらしい。仕方がないとクラウはイアの頭を撫でてから、静かに窓から飛び出した。



「テスタ<開始>」

 いつも笛の音を披露している森の広場まで来たクラウは、さっそく陣符を地面に置き、起動した。寝静まっていた住人達は、いつもとは違った時間帯のクラウ来訪に何事だとこそこそと起き始めたようだが、イアの鬼気迫る雰囲気を恐れてか、皆遠巻きに見つめているだけで近づいて来ようとはしなかった。


「フィル・ド・サモン―――」


 発動した魔法陣の真ん中で、イアと向かい合って立つ。もちろん、他の聖獣が現れる気配はない。それはクラウが聖獣界隈ではあまり人気がないからなのか、それともイアの威厳に誰も手も足も出ず見ているのだけなのか―――いずれにせよ、クラウはイア以外の聖獣と契約するつもりはないので、二人きりのこの静かな契約は歓迎だ。

 ようやく真の相棒になる時が来たのだ。実に四年越しの成就に、お互い視線を交わしながら、此処までの日々を思い合った。

 イアとの出会いも、ルカを介してもたらされた一つの縁の賜物だ。何故自分にここまで懐き、着いてきてくれたのかはわからないが、イアが会いに来てくれたからこそ、今こうして二人は向かい合っているのだ。


「まずは礼を。ここまでついてきてくれてありがとう。そして、これからもよろしく」



 共に、歩いて行こう――――



 クラウが己の指先から滴る血を捧げると、イアはぺろりとなめとった。

 一瞬の沈黙の後、強い閃光が魔法陣から迸る。まぶしさに目を細めながらこれから起こるだろう変化を期待して待つも、しかしいくら待ってもそれ以上の事は何も変わらず、これで終わりかとお互い見つめ合った。

 リオの時とは違ったあっさり感に半ば拍子抜けした、その時だった―――


「なん、だ…?」


 ぐらりと視界が揺れ、頭の中に大量の情報が流れ込んでくる感覚に、クラウは一瞬自分が誰なのか忘れかけた。せわしなく場面が切り替わり、視界がぐにゃぐにゃと歪む。次第に耳鳴りが始まり、音もうまく拾えない。まるで渦潮の中に放り込まれたような感覚に、それでも、なんとか情報の渦にのみ込まれぬように冷静を取り戻そうと深呼吸を繰り返す。沸き起こった吐き気を必死に堪えるも、かろうじて立っているのがやっとだった。

「イ…ア……?」

 やがて、まばゆい光に身体が包まれていくと共に、クラウの意識はイアの意識と同調し、交じり合っていった。

 


 ―――ここは、どこだ…?



 身体がやたらと軽い。何やらふわふわと漂う浮遊感に身を任せ、ただ流されていく。こんな感覚を、クラウは以前どこかで体験している気がしたが、よく思い出せなかった。

 奇妙な感覚にあたりを見回すが、何もない。真っ白い世界でいつしかクラウの意識は大きな波の中に溶け込み、やがて深い記憶の底へと落ちて行った。









『――――さて、なかなか興味深い、手ごたえのある一戦だった。礼を言おう』



 荒れた野に悠然と立って告げる女を、クラウは地面に伏せた状態でぼんやりと見つめていた。妙な出で立ちをした、とても小さな女性だ。比喩ではなく、実際十分の一程度の小人かと思われるほどの大きさしかない。しかし、その態度は実に堂々としていて、妙な迫力があった。

 腰元まで伸びた艶のある黒髪に、身体全体が光沢のある黒い殻のような皮膚で覆われていて、一見漆黒の甲冑を纏っているように見える。しかし、あまりやぼったさを感じさせないのは、女のプロポーションが抜群に素晴らしいことと、その全身に、黄金に輝く見事な刺青が入っているからだろう。何を表しているのかはわからないが、とにかくきめ細かく、極めて芸術性の高い刺青に見える。いや、果たしてそれが本当に刺青なのかはクラウにはわからなかった。

 とにかく、黒と金。その二色が織りなす見事な調和が相まって、女には、一つの芸術作品のような美しさがあった。

 そして奇妙なことに、顔には黒い仮面がついていた。大きな蝶の形をしているように見えるが、こちらも黒く光沢のある物質で作られているらしく、顔全体が覆われているため女の表情は全く分からなかった。さらに、大きな角が二本生えた黒い兜をかぶっていては、もはや人間だと主張する肌部分は皆無で、早々この女性がどういった存在なのかもクラウにはわからなかった。

 ただ、その手にしている武器がとても珍しい黒剣であるということ。そして、黒という不吉な色を持っているにも関わらず、彼女からあふれる力は呪魔や呪いとは全く次元の違うものであることは理解できた。


 一方、女の正面には、これまた珍しい容貌の男がいた。身体は白い体毛に覆われ、ギラリと輝く金の瞳と、額から伸びた大きな角。まるで獣と人間が混じった獣人族のような姿で、ゲームに出てくる派手な装飾がついた甲冑に身を包んだ戦士のような出で立ちをしていた。とはいえ、すでに甲冑はボロボロに砕け、身体中に怪我を負っているため、白い毛も血と泥にまみれくすんでしまっている。利き腕を損傷したらしく、盛大に血を流し、力なく垂れていた。

 さらに、男の周りにはすでに意識を失って地に倒れる十人ほどの同胞の姿があった。

 事情を呑み込めていないクラウでも、この男たちが女との戦いに負けたことは理解できた。


 ―――そう、負けたのだ

 

 この数を有して、たった一人の女に惨敗したのだ。

 かろうじて意識を保っている最後の男も、地に片膝をつき、今にも崩れ落ちそうなほど疲弊していた。



『―――なんだ?不満そうだな?わたしに負けたことがそんなに意外か?』

 息ひとつ乱さず、女は男の巨体を見上げて言った。

『…あまりに滑稽で、あまりに、無念…』

『だろうな。しかしこれが現実。この私相手に勝てると誤算した、お前の愚行が招いた結果だ。己の浅はかさを恥じるがいい、白き戦聖の王よ』

『……そなたの言う通り、すべては我が罪。敗北に喫した時点で、我が一族の未来は閉ざされた…。これまでの業を否定せず、背負うべきものを背負って、潔く、死を受け入れよう』

 己を恥じ、項垂れ、すべてを諦めたように男は言った。


『それが王たるお前の役目だというなら、勝手に死ねばよかろう―――だが、惜しいな。救う義理などないとはいえ、私をここまで楽しませてくれたことへの礼があって然り。そうだろう?』

『我らに、情けを、かけると…?』

 屈辱に震える男を一瞥し、女は鼻で笑った。


『―――情け?いや、違うな。これはただ、私の興味から生まれたきまぐれだ』


『きまぐれ、だと…?』

『さよう。私は強く、美しいものが好きだ。特に、お前の妹は美しい』

 女は、つかつかと()()()()()に歩み寄り、顔を覗き込んできた。

『黒と金。我らと同じ配色だけに、今ここで消えるにはあまりにも惜しい。そう思わぬか?』

『我が妹に、触れるな…!』

 女は男の制止を無視して、尚“妹”の金に輝く瞳を覗き込んだ。


『―――さあ、戦聖の黒き姫よ。そなたの名を教えてくれ』

『……』

『イグニス…フォン・ルベルシュ……アナスタシア?なんだ?ずいぶんと長ったらしい名前だな?』

 と、名を知ったら知ったで女は不満を言った。

 呼びにくいと顔をしかめる女に、自分達の世界では名前が長いほど古く、長い時を生きた証になるのだと男は弁明した。


『くそ面倒な掟だな。ならばいっそ縮めて“イア”と呼ぶか。どうだ?そなたに似合いの愛称だろう?』

『………』

『―――ああ、やはり美しいな。死するその瞬間まで、己であることを誇れるその気高さに敬意を払い、望みを聞こう。


 イア―――お前は私に、何を望む?』



 ―――生きたい…生きたい、生きたいっ…!



 死の縁で足掻く強い思いが、同化したクラウの心を駆け抜けて行った。



『なんと健気な!そこの兄より、妹の方がよほど素直で愛らしいな』

 女は愛でるように、地に横たわる体を撫でた。

『だがな、死は決してお前たちを逃しはしない。私がこの場で止めを刺さずとも、その身体も、星も、すでに役目を終えている―――わかっているのだろう?』

『……』

『ああ、泣くな。私がいじめているみたいじゃないか』

『……』

 事実、イアたちをここまで追い込み、手傷を負わせたのは他でもないこの女のはずなのだが…、その辺の容赦のなさを詫びるつもりはないらしい。イアの目に、恨みがましい光が宿るも、女は意にも解さず楽しげに笑った。


『あはは!素直だな。ますます気に入った。その愛らしさに免じて、そなたの望みを聞き届けよう―――』

『何を、軽々しく!そんなこと、不可能なことだ…!』

 男は吐き捨てるように言った。

『なにをもって不可能だと断言する?時に、自惚れは己を滅ぼすぞ』

 今のお前達のようにな、と女は地に伏す戦士たちを見回して言った。

『事実、星が滅びようと、身体が朽ちようと、魂が救われる道はあるものだ。…まぁ、実際にやるのは私ではなく“あいつ”だからな。詳しい方法を聞かれても答えられんが』

『いったい、何を…?』


『世界を知れ、若き王よ―――わかるか?所詮、お前達が見てきたものは、世界のほんの一部分に過ぎん』


 この広大な空の先に広がる、無限の世界―――


『想像もしない世界の先に何があるのか。その目で見てみたいとは思わないか?

 なぁ、白き戦聖の王―――

 ルクシュニカ・フォン・ルベルシュ・カイゼルフォード』



『何故、我が名まで…?そなたは、そなたは一体、何者だ…?』


 出会ったことのない、圧倒的存在を前に、男が問う。

 黒の仮面を外し、女はその黄金の瞳を細めて優雅に笑った。 



『我が名は、ジルベリア―――

 絶対的勝者の位置づけで、世界の理を順守する役目を与えられし存在

 すべては、魂と魂の結びつきによって導かれた“縁”

 その定めに従い、新たな輪廻のもと、未知なる世界を知るもまた一興


 生まれ、そして、生きよ。


 愚かで美しき、巨星デイードの民達よ―――』

 







 急激に意識が浮上したクラウはゆっくりと目を開けた。景色は戻り、見慣れたいつもの森が映る。まだかすかに頭が痛むが、めまいも吐き気もだいぶ収まっていた。

 静寂の闇の中、爛々と輝く魔法陣の上で、クラウは目の前に佇む女性をじっと見つめた。

「…君は…イア、なのか?」

 問うまでもなく、確かにイアなのだろう。気配は感じ慣れたものだし、魔力だってイアのものだ。漆黒の毛並みも、黄金の瞳も変わっていない。

 だが、その姿はどうだろうか。

 イアはいつもの四足歩行の獅子の姿ではなく、クラウの身長の十倍以上はある背丈に、重厚な鎧を身に纏った美しい獣人の成りをしていたのだ―――

 驚きながらも、クラウはそこでようやく理解した。

 記憶の中で、ジルベリアと名乗ったあの女性が小さかったわけではない。ただイア達の方がとてつもなく“大きかった”のだと――


「…これが、君の本当の姿なのか…?」

 己が知る普段の彼女とはかけ離れた容姿に、クラウはただただ圧倒された。

 今なら、クルックがイアを最も美しい聖獣だと豪語した意味がよくわかる。彼の審美眼は決して間違いではなかった。『巨人族』という種族がこの世界に存在するのかはわからないが、これがイアの真の姿だというなら、まさしく王族と呼ぶにふさわしい気品と威厳が全身からあふれていた。

 唖然とたたずむクラウを見て、イアがふわりと笑う。


 ――――『ようやく、会えました』


「……ああ、そうだな。待たせてすまない」

 ちゃんとした言葉としてではないが、クラウにはイアの心の声がはっきりと聞こえていた。これも契約のおかげだろう。女性特有の甘い、ソプラノの声色はクラウが想像した以上に綺麗だった。


「最初は夢かと思ったが…どうも契約時の同調に引きずられて、君の記憶に僕の意識が迷い込んだらしい。しかし、まさか、聖獣がもとは人型だなんて…さすがに僕も想像の域を超えていた」

 本当に驚いたと、素直に感想を述べれば、イアはこの姿は自分たちが聖獣と呼ばれる前の姿であって実体はないのだと言った。魂に記憶された姿をこうして目視できるように具現化できるのは、契約主であるクラウの魔力がとても優れているからだとも。

 今、クラウの目の前にいるのは、日夜戦いに明け暮れた狂戦士として生きた一人の女性だった。戦い、奪い、のし上がり、そして最後の最後まで生き抜いた、たった十二人の戦士―――


「十二戦聖…巨星デイードの民―――」

 

 垣間見た記憶の中には、たかだか数十年生きただけのクラウには想像もつかない長い歴史が存在していた。太古の記憶の片鱗に触れ、クラウはただその雄大さと、卓越した生き方に魅了された。何よりも、夢から覚めた今なお、ただ生きたいと強く願ったイアの想いがクラウの胸を突く。

 これが契約によってもたらされる召喚魔法の絆の形だと言うならば、あるいはイアもまた、クラウが隠す前世の秘密を垣間見る時が来るのだろうか―――



 そろそろ時間切れだと言って、イアはゆっくりと人型から見慣れた獅子の姿に戻っていった。ただし、大きさはルカより一回り小さいぐらいで、これがイア本来の標準体型らしい。

 首元のプレートのひも部分がはじけることなく、ちゃんと巻きついているのをみて、クラウは妙に和やかな気持ちになった。

「苦しくないか?ちゃんと、伸び縮みする素材にしておいて正解だったな」

 大丈夫だと頷きながら、イアは両足にぐっと力を入れると、満点の星空を見上げた。それから、夜空に向かって一つ、咆哮の雄叫びを上げた。



『我、戦聖の二つ星

 強き絆をもって、今、ここに在り―――』


 

 そのたった一声に込められたメッセージは、大気中の魔力を通して一気に世界中へと伝達されていった。周辺地域一帯の大気がビリビリと呼応するほどの衝撃に、周りの妖精達があっという間に気配を消して隠れてしまうほどだ。日中に見たリオの聖獣とは比べ物にならない、凄まじいほどの気迫と威圧感にさらされ、クラウもまた全身に鳥肌を立てて静観していた。

 闇の中、淡い月の光が漆黒の身体を照らす。


 ―――ああ、綺麗だな


 そんなありきたりな感想しか出てこない自分に苦笑いしながら、クラウはしばし、その一枚絵のような情景に魅入っていた。


 やがて満足したらしいイアは、トコトコと歩み寄ってくると、その巨体をクラウの身体に摺り寄せ甘えてきた。

 ぐりぐりと頭をこすり付けるこの甘え方は、確かにイアだと笑う。



「さぁ、帰ろうか―――」



 ただ出会えたこと、共に同じ時間を過ごせることを改めて感謝し、クラウは寮への道のりを相棒と共にのんびりと歩いて行った。








 翌朝、部屋をノックする音にクラウが扉を開けて出てみると、リオが立っていた。昨日の今日で、早くも肩に馴染んだ聖獣がちょこんと座っている。すでに似合いのツーショットだが、クラウはちょっとした衝撃にしばらく言葉が出ず、不躾にもまじまじとリオを見つめてしまった。

「そんなに見つめられると、照れるんだけど?」

「…ああ、すまない。少々驚いてな」

「何で?そんなに変か?」

「いや、そうではなくて……まぁいい。それよりどうしたんだ?まだ、終業式までは時間があるぞ?」

「んー、ちょっと話があって。入っていいか?」

「ああ、構わないが…」

「じゃ、ちょっとだけ邪魔するぜ」

 とりあえずリオ達を招き入れ、クラウはお茶を用意した。


「適当に座ってくれ」

「おー。ていうか、お前の部屋、想像通りだな。本ばっかりじゃん」

 と、リオは物珍しいそうに室内を見回していた。

 図書館で借りてきた本に加え、モーモルンでいろいろ仕入れたものもあるので、確かにリオの感想は間違っていない。しかし、誠吾時代にくらべれば別に大した量ではなかった。金銭的な心配がなかったあの頃は、手当たり次第に集めまくっていたが、今そんなことをすれば確実に多額の借金を抱えているだろう。その点、数多の分野を網羅しているデザイアを選んだのは正解だった。


「おお、何だこれ…!?まさか自分で作ったのか?」

 リオは、机に出しっぱなしにしてあった陣符を手に取りながら言った。

「ああ、そうだが?」

「すげぇな…。確かにお前、器用そうだし、向いてそうだけど。何の魔法陣?」

「―――映像化の魔法陣だ。まだ開発途中だがな」

「映像?へぇ…、なんかわかんねぇけど、やっぱ頭いいんだな、お前」

 今さらだけど、とリオは自分で言って自分で笑っていた。


 二人して椅子に座り、お茶を片手に一息つく。するとベッドで寝ていたイアが、トコトコとクラウの足元に歩いてきて座りなおした。

「あ、やっぱりご主人様の傍の方が良いんだ?」

 と、リオが笑う。その肩の上で、例の聖獣がちらちらとイアの方を気にしている様子が、クラウの場所からもよく見えた。

 どうやらこの聖獣は同胞のイアに興味があるらしく、先ほどからしきりにイアに話しかけようと視線を送り、そわそわしているのだ。しかし、当のイアの方が全く反応せず、見向きもしなければそのまま寝る体制に入ってしまったので、行動に出られずにいるらしい。

 昨日夜更かししたのでイアはまだ眠いのかもしれない―――と、相棒のそっけない態度を大して気にしなかったクラウは、この時、イアに完全無視された状態のリオの相棒が冷や汗をかいて、内心ものすごく焦っていたことなど知る由もないのだった…。



「―――そういえばまだ言ってなかったな。おめでとう。契約がうまくいって何よりだ」

「ああ、ありがとな。まあ、正直、俺にはもったいないような気もするんだけど…」

 と、珍しくリオは歯切れの悪い返事をした。

「どうしたんだ?君らしくないな。いつもの自信たっぷりの君はどこに行った?」

「…それ、なんか俺がいつも自意識過剰な奴みたいに聞こえるんだけど?」

「違うのか?」

「…………。はぁ…まぁ、いいや。とにかく、オーウェンに聞きたいことがあるんだよ」

 らしくない大きなため息をついてから、リオは改めて話し始めた。


「周りの話を聞いてるとさ、召喚魔法って想像ではもっと一心同体っていうか、二人で一つみたいな印象があったんだけど。いざ体験したら、いまいちよくわかんないままなんだよな」

「わからない?何がわからないんだ?」

「んー、言葉もそうだけど、考えや思いもぼんやりとしか伝わってこなくて、こんなもんなのかなぁって…」

 契約したばかりだからなのかと聞かれても、クラウにはどう答えていいのかわからなかった。

「契約が失敗したわけではないのだろう?」

「うん、それはない。何となくだけど、機嫌良いとか、悪いとか、感情の起伏ぐらいはうっすらとわかるんだよ。それに、契約した時に名前もちゃんと教えてくれたしな。メルっていうんだぜ。ちなみに女の子な」

「メル…?」

「そう。可愛いだろ?実際の名前はもっと長いんだけど、愛称はメルだって」

「……」

 どこかで聞いたような話に、クラウはちらりとイアを見つめたが、彼女は相変わらず目を閉じてわれ関せずの状態だった。

「それで、お前に聞きたいことっていうのは―――」

 それからリオは、自分が聖獣と契約をしようと思った本当の理由について語ったのだった。



「俺さ、昔から運がいいのか何のか、結構危ない時でも、俺一人だけ無傷で終わることが多かったんだよな。ガキの頃はそれこそどこ行くにもキラを引っ張り回してたから、きっとアウラがついでに俺も助けてくれてるんだろうって勝手に思ってたんだけど…。でも、最近はどうも違う気がするんだよな」

 はっきりとした違いを感じたのは、あのガーナ襲撃事件の時だとリオは言った。

「あの時、お前と別れてからまっすぐ城下広場に向かったんだ。で、案の定、でけぇ呪魔に空から特大魔法の攻撃を受けて、あたり一面吹っ飛んだんだけど…。俺、呪魔の真下にいたのに、なんでか無傷で助かったんだぜ?可笑しいだろ?あとでココルさんに聞いたら、俺の周りに結界が張ってあったっていうんだけど、でも、あの時、キラとアウラは城の中にいたし、エルもココルさんも自分じゃないって言うし。じゃあ、誰が助けてくれたんだって話になったんだけど、結局わからず終いでさ」

「……」

 実は、クラウもその時のことはよく覚えていた。

 離れた屋根上から一部始終を見ていたクラウも、あの瞬間、咄嗟にリオを結界で守ろうとしたのだ。しかし、一歩先に誰かの結界が張られたために発動せずに終わったのだ。

 クラウもてっきりココル達聖導師による魔法だと思っていたのだが―――


「改めて思い返してみれば、結構、説明できない不思議なことがあったなって。いつも誰かに守られてるような、そんな感じ……?よくわかんねぇけど、たぶん人じゃない気がするんだよ。でも、じゃあ人じゃないならなんだろうって考えた時、可能性として残るのは…」

 精霊か妖精か、はたまた守護霊か、あるいは聖獣か――――


「…何となく、いつも予感はあったんだ。

 ずっと俺を見て、俺に何かを期待してる奴がいるって。なら、俺はその期待に応えるべきなんじゃないかって。でもその手段が分からなくてもやもやしてた時、学園で改めてお前とイアが並んでる姿見て、何か妙に納得したんだよな。

 …ああ、きっとそいつは、俺が呼びかけるのを待っているんだって―――」


「それで、君は自分を守ってくれていた存在が彼女なのかどうか、知りたいということか?」


「そう。お前とイアなら、メルの考えがわかるんじゃないかって」


 じっとリオに見つめられて、クラウは改めてメルに視線を移した。

 今は小さいが、やはり聖獣だ。イア同様意志の強い瞳の奥に、どこまでも深い慈愛の色と強い闘争心が見え隠れしていた。

 二人もまた、出会うべくして出会った魂と言えるのだろう。

 それを今更確かめる必要などなかった。

 何故なら、今日扉を開けた時から、クラウの目にはずっと見えていたからだ。リオの全身が、うっすらと薄い膜のような魔力に覆われ、守られている様子が―――


「君が望んだことだ。だから、彼女はそれを叶えるために、君の元へ来た」

「え…?」

「考えてもみろ。君が今後さらに新たな力を望むとすれば、どういうものだ?」

「どうって…」

「君は攻撃に関して言えば、ほとんど欠点がない。剣術も魔法も優れているし、体術だって申し分ない。じゃあ、君の弱点はどこかと言えば、ただ一つ。魔法に対する“防御”だ」

「………」


「もし、自分で結界魔法がつかえたら…?

 もし、アウラのような相棒がいたら…?

 ―――今まで、一度でもそう考えたことは?」


「…………ある」

 しばらく考え込み、リオはゆっくりと頷いた。

「おそらく、それが一番の理由だ。君が無意識に求める力を知って、メルは、自分こそが君の相棒に一番ふさわしいと思ったのだろう。だから、君が望んだ通りの力を与えながら、ずっと自分に気付いてもらえる時を待っていたんだ」


 しばらくリオは唖然と沈黙していたが、やがて一つ大きく息を吐き出し、己の肩からメルの身体を抱き上げた。


「俺が求める、新しい力―――」

 本当にただそれだけのために自分を選んで、会いに来てくれたと言うなら、なんて健気で愛らしい存在なのか。


「ありがとう。それから、遅くなって、ごめんな――――」


 メルは不思議そうにしながらも慰めるように、自分を抱き上げるリオの手をぺろぺろと舐めた。


「…やべぇ、すげぇかわいいんだけど…!」

 キラキラと、太陽のような笑顔が咲く。クラウがイアを自慢する気持ちが今になって良くわかると、リオはいつものように屈託なく笑った。

 どうやらここにも、相棒を溺愛する契約者が誕生したらしい。

 そして同時に、自分が完全無欠の聖騎士として未来のトップを歩む運命が決定づけられたことすら、本人はあまり気にしていないのだろう。そういうところがリオらしいと改めて認めながら、クラウはしばしじゃれ合う二人を見つめていた。







「ありがとな、オーウェン。おかげで、かなりすっきりした」

「仲良くな」

「おう!じゃあ、またな―――」

 再びメルを肩に載せて、足取り軽く去っていくリオを見送ったクラウは、早々に部屋に入り、それから未だに眠った“ふり”を続けるイアを見下ろした。


「さて―――イア、僕に何か言うことは?」


『……』

 イアは薄目で一度クラウを見てから、またぷいっと顔をそらして無視した。

「メルの事、知っていたんだろう?」

『……』

「イア」

『………』

 長い沈黙が続く。イアなりの抵抗だったようだが、しかし、やはりこの二人に限っては、力関係がすでに出来上がっているのだ。クラウの無言の圧力に耐えられなくなったイアは、しぶしぶメルが自分の末の妹だと認めたのだった。


 名をメイリル・フェン・ルクソール―――だから愛称は“メル”。

 つまり、彼女もまた王族であり、イアと同じ十二戦聖の一人だというのだ。


「さすがに、偶然にしてはできすぎている気もするが…」

 記憶の共有と契約のおかげか、クラウも大体の予想はついていたのだが、王族の内三人と知り合いになる日が来るとは思わず、俄かには信じがたい。

「それにしても、だ。……イア、大人気ないぞ?君の方がお姉さんなんだろう?」

 と、クラウが窘めても、イアはまたぷいっと顔をそらして無視を決め込んだ。

 その態度にはさすがのクラウも呆れるしかなかった。


 つまりどういうことかと言えば、イアは昨日、目の前でメルにリオ自慢されたのが気に入らなかったのだ。

 メルにしてみれば、リオと契約できたことが相当嬉しかったのだろう。あの時何度も何度も吠え立てていたのは、周りにリオがどれだけ素晴らしい人間か自慢し、そして自分が相棒の座を勝ち取った優越感をひたすら周囲に見せつけ、誇っていたらしい。

 だが、クラウが誰よりも一番の存在だと思っているイアにしてみれば、当然面白くない。

 そればかりか、メルが自分よりも先に契約成就したことも気に入らず、どうしても日付が変わる前に自分も契約したかったイアは、クラウを無理やり起こし、強請ったというわけだ。


「全く…君もなかなか強情だな?」


 どこか子供じみた嫉妬を見せるイアに、何年生きているんだと呆れる。

 妹に会えてうれしくないのかとクラウが問うと、イアの機嫌はますます急降下していった。

 イア曰く、『あれは礼儀を知らない、若輩者』ということらしい…。

 

 聖獣といえども、機嫌がいい時もあれば、また悪い時もある。慈愛と情愛に熱い一面もあれば、一方で嫉妬や怒りの感情も持っているのが彼らなのだ。

 ふてくされたようにそっぽ向く相棒を見つめながら、クラウは、確かに人間っぽいと言われれば納得する部分が多々あることに改めて気付いたのだった。








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