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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第四章 続・魔導学園デザイア編
134/140

26 勝算




「先輩!一体どういうことですか!?」

「な、なんだクルック?いきなり!」

 突然職員室に怒鳴りこんできたクルックの勢いに押され、カゲトラが目を瞬く様子をクラウは一歩後ろから見ていた。

「お前、具合悪いからしばらく休むんじゃなかったのか?」

「そんなことはどうだっていいんですよ!それより、キラさんのことです!どうなってるんですか!?」

 クルックの口からキラの名前が出ると、周りの教師たちから何やら同情めいた視線が送られた。この件に関しては職員室でも微妙な話題らしい。カゲトラはとりあえず場所を変えようと提案してきた。

 



「適当に座ってくれ」

 職員室横の相談室に通されたクラウ達は、窓際の席にならんで座った。その前の席に腰を据えたカゲトラは、どこか疲れた様子で一言、「悪かったな」と謝罪を口にした。

「だから、そんな謝罪よりもキラさんの事です!どうなってるんですか!?」

「…お前はとりあえず落ちつけ、クルック。たく、俺が見舞いに行ったときはあんな意気消沈して今にも死にそうな顔してたのに。オーウェンが会いに行っただけで元気になるのか?ほんと、現金な奴だな」

「当たり前です!僕とクラウさんはもう一心同体!運命共同体なのです!そのクラウさんが大事になさってるキラさんが一大事なんですよ!黙っていられるわけないでしょうが!?」

「…一心同体って、さすがに気持ち悪いぞお前」

「僕が気持ち悪いなんて今更なんですよ!」

 散々ユウマに指摘されているし、自分でもわかっているとクルックは自慢げに言った。

「認めるのかよ…。ていうか唾を飛ばすな!汚い奴だな」

「先輩!」

「はいはい。あー…、ウェイクストンの事だったな」

 クルックに迫られ、カゲトラは気まずそうに顎を撫でながら、ぽつぽつと話し始めたのだった。


 まず、あの日フィリップが学園に現れて以降、キラとリオは彼等と共にモーモルンの行政区にある宿舎に泊まっているということ。そして、今現在フィリップの命令で、キラの退学および聖宮への帰還手続きが急ピッチで進められていることを、カゲトラは苦々しい表情と共に説明してくれた。

「た、退学!?なんですかそれ!どうしてそういう話になってるんですか!?」

「だから、落ち着けって…。俺だってよくわかってないんだがな。ただ、アンソールの一件でデザイアが決して安全ではないとわかった以上、このままウェイクストンを学園に置いておくわけにはいかないって、な。フィリップ様は、半ば強制的に退学の届け出をフェンデル様に突きつけてきたそうだ」

 しかもキラの父親の嘆願書付らしい。かねてからキラの帰還を望んでいた天上側からすれば、かの一件は絶好の口実になったというわけだ。

 相手がかなり本気で行動に出てきたことを実感しながら、クラウは口を開かずに聞き役に徹していた。

「まぁ、ウェイクストンを危険から遠ざけたいってのは、確かに本心だろうが。だが結局、向こうさんの意見としては、自分たちの知らないところで勝手にアウラ様の力を使おうとした事が気に入らないんだろうよ。誰が告げ口したのかは知らないけどな」

「そ、それはでも!僕が頼んで、キラさんが快諾してくれたからで…!」

「クルック、世間知らずのガキじゃないんだ。治癒魔法の貴重さはお前だってわかってるだろう?何のための聖宮だ?何のための聖導師だ?わざわざ莫大な治療費ふんだくって、組織的に行動管理までして保護してるのは、そうしなくちゃならない理由があるからなんだぞ?」

「でも…」

「加えてあの正門でのいざこざだ。これからもあんなふうにウェイクストンがいらぬ誹謗中傷を受けてまでデザイアに留まる意味はないってよ。まぁ、正論ではあるな」

「でもだからって…!そんな無理やり帰還させるなんて、納得できません!何よりキラさんの意志はどうなるんですか!?」

「無理やりって…俺は、ウェイクストン本人も帰還を望んでいるって聞いたぞ…?」

「はぁ!?キラさんが聖宮に帰りたがっているなんて、そんなことあり得ません!」

 クルックはでたらめもいいところだと、目くじらを立てて怒り出した。

「何だ?ちがうのか?すでに本人も承諾している話だから、急いでるんだとばっかり…」

「全然ちがいますよ!だったら、何故キラさんはあんなに泣いてるんですか!?ここに帰りたいって、あんなにクラウさんの名前を呼んで…」

「泣いてるって…、お前がどうしてそんなこと知ってるんだよ?」

「それは…!」

「クルックさん、そこまでです」

 さすがにカゲトラにまで話すわけにはいかないと、クラウは口を挟んだ。


「とりあえず先生、キラの帰還手続きが進行していることは確かなのですね?」

「あ、ああ…。とはいえ、あまりに突然の話だし、フェンデル様も規則上本人から以外の届け出を受け取るわけにはいかないと一応は断ったらしい。一緒にいるライラックも急すぎるって反対してるみたいだが…どうだろうな」

 受理されるのは時間の問題だろうと、カゲトラは厳しい顔で言った。

「何より、息子のオセロ様がウェイクストンには一日も早く聖宮で彼女にふさわしい教育を受けて欲しいと熱望されてる様子でな。向こうの準備もすでに進めてるとか何とか…」 

「ならディアナ様は!?ディアナ様、ギース様は当然反対なさるはずです!それに、グレンディス様やレイシス王子だって、キラさんの意に反して無理やり連れ帰るなど、望んでおられないはずです!だいたい、ルクセイアにだって帰還を願う人ばかりではないでしょう!?」

「お前は、だから唾を飛ばすなって言ってるだろう!たく……ディアナ様は今北への遠征で不在だそうだが、フェンデル様から連絡を受けてとにかく自分と話をするまで手続きを待ってほしいと連絡が来たらしい。だが、フィリップ様はすぐに進めるよう学園側に圧力をかけているみたいなんだ。何より、本人の意志だからの一点張りでな」

「ムキー!それのどこが本人の意思なんですか!誰もキラさんの言葉を聞こうとしないまま、権力を笠に好き勝手するなんて、横暴な!だから僕は貴族や権力者が大っ嫌いなんです!」

「いやいやクルック…お前、人の事とやかく言えるような立場か?」

 と、カゲトラはクルックに憐みの視線を向けながら、心底呆れたように言った。

「な、何ですか?僕は別に、関係ありませんよ…」


「関係ないって、()()()()()が何言ってんだか。自国の事はお姉さんに全部任せて、好き勝手にやってる放蕩弟はどこのどいつだ?」


「ギャーーーー!先輩!何あっさり僕の秘密暴露してるんですか!?」


 涙目になりながら叫ぶクルックを、クラウはまじまじと見つめた。

「…クルックさん、王族だったんですか?」

 意外過ぎるどころか、想定外の新事実に、クラウは自分の事は棚に上げて驚いたのだった。




「何だお前、言ってなかったのか?人の事はやたらと詮索して知りたがるくせに、自分の事は秘密とか、ほんと性格がねじ曲がってんな」

「今この状況を楽しんでる先輩に言われたくないですよ!」

 にやにやとからかうカゲトラと顔を真っ赤にして怒るクルックの様子からして、どうやら本当の話しらしい。クルックはどう見ても純人族なので、中央大陸に存在する数多の王族の中の一家なのだろう。だがやはり信じられずクラウが尚もクルックの顔を凝視していると、クルックはばつが悪そうな顔でぼそぼそと言い訳めいた説明を始めた。

「お、王族と言っても、うちはもうほとんど権力がない、それこそ、純人族の全王族の中でも一番下の、名ばかりの王家なんです。領土なんて、この学園の半分もありませんし、隣の領土の領主ばかりか、一貴族にすら馬鹿にされるほど落ちぶれていまして…。かくいう僕は、長男でありながら、王位を継ぐこともせずに、こうして自分のわがままを…あ、でも!!以前話したように、姉さま方はとても立派な方で…!」

 気まずそうに弁明するクルックの様子に、クラウは何となく彼がいつもどこか卑屈になって自分否定する理由がわかったような気がした。おそらく、長い間他の王族や貴族から常に見下され、馬鹿にされてきた経緯があるのだろう。

「ほんと、お前は変わらないな。ご両親が必死で守った王位だろう?お前も少しはお姉さんを見習って、由緒ある王族として胸を張って生きてみたらどうなんだ?」

 クルックと付き合いが長い分、事情をよく知っているらしいカゲトラがまた呆れ顔で言った。

「そんなの…、先輩に僕の気持ちなんて、わからないですよ」

「わかってたまるか、阿呆が。お前だって俺の気持ちなんてわからないだろー――所詮そんなもんだ。だがな、形は違っても苦労はどの家庭にもある。まぁ、お前の家の場合は、俺たちなんかより背負うもんが多いんだろうがな」

「……」

「でもこれだけは言えるぜ?お前が王位を継がなくて正解だったことは確かだってな!こんな変態王様、いてたまるかよ。なぁ、オーウェン?お前もそう思うだろ?」

 と、また意地悪く笑いながら問いかけてくるカゲトラは、どうやらクルックをからかって遊ぶのが好きらしいが、あいにくクラウには全く興味がなかった。

「そんなことより、キラの事ですが―――」

「そ、そんなこと!?」

「さすがオーウェン…動じない奴だなぁ」

「事実は事実でしょう」

 多少の驚きはあれど、それ以上の感情はないと言えば、大人二人は微妙な顔をした。

「うーーん…。単純に情が薄いのか、それとも大物なのか…」

「あうぅぅ…わかってはいましたが、やはりクラウさんにとってキラさんは別格……!よもや、此処はキラさんにオーウェン教信者1号の座を、お譲りするべきなのでしょうか!?」

 と、わざとらしく泣きながらぶつぶつつぶやくクルックには悪いが、残念ながら今のクラウの頭の中にクルックについての興味などひとかけらもなかったのだった。

 何せ、いい加減クラウも気に入らないのだ。

 クラウにはクラウの目標があり、日々その実現のためにあれこれ計画を立てて進めているのに、第一試験時から今日まであまりに理不尽なことが多すぎたのだ。ただ黙々と、目の前の壁を登ってきたクラウだが、それは決して本来の計画には必要のないアクシデントであり、その度に仲間が貶められ、キラが泣く状況のいったい何が楽しいのか―――

 少なくとも、クラウは全く楽しくないのだ。

 これまでのいざこざも、これから起こり得るだろう状況も、何よりキラが自分のいないところで一人泣いている今の状況も、全く気に入らない。


「―――何を望むのか、それを決めるのは自分自身です。そうでしょう?」


「ど、どうしたんだ、オーウェン?顔が怖いぞ…?」

 先刻のクルック同様、クラウの顔を見たカゲトラが引きつった。

「先生、クルックさん、一つ”提案”があります」

「提案?…今さら何する気だ?」



「邪魔なものを排除する。それだけですよ」



 その“邪魔なもの”に一体何が含まれるのか。カゲトラもクルックもクラウの瞳に気圧され、ただ黙って説明を聴くことしかできなかったのだった。







「ほ、本気で言ってるんですか…?クラウさん…」

「もちろん本気です」

 クラウが平然と頷けば、クルックは眉を下げ、反応に困ったような情けない顔をした。

 ちょうど”提案”の全容について説明し終えたところだが、クルックの反応は鈍かった。クラウへの傾倒ぶりは自他ともに認める熱烈さで、普段ならクラウの言うことにケチをつけることなどない彼だが、今回ばかりは様子が違った。

「……いくらクラウさんと言えど、さすがにそれは無謀というものでは?」

 計画の成功率が低すぎると、クルックは動揺を隠しきれない顔で何度も否定した。

「僕が冗談でこんなことを言うと?」

「い、いえ…!君が前代未聞の下剋上を実現させてくれると言ったあの言葉を信じていないわけではありませんけど……!でも、やっぱりどう考えても無謀過ぎます!いくら自信があると言っても、さすがに今回ばかりは無理では!?」

「それでも、今はこれが僕に提示できる最高の条件なのです」

「しかし万一という可能性だってあります!それで君が負けたらどうなるんですか!?キラさんはもちろんのこと、ガレシア嬢まで悲しむことに…!」

「それは今も同じです。どの道このまま何もしなければ、キラは二度と僕らの前に現れないまま聖宮に帰ることになるでしょうから」

 そうなる前に、あえてこっちから条件を提示し、彼らを勝負の場に引きずり出さなければならないのだ。

「清々堂々、勝負させてもらえるならそれに越したことはありません。何より、ガレシアを理由にされるよりはよっぽどましです」

「それは……」

「―――勝算は?」

 と、それまで黙っていたカゲトラが言った。

「あります。ただし、そのためにはどうしてもフィリップ様の同意を得て、この取引を成立させなければなりません」

「…本気で、やるんだな?」

「はい」

 元来、諦めも、負け戦も大嫌いな男である。勝負するからには、勝ちを取りに行くのがクラウのスタイルである。そして、思い描く未来で最後に笑うのは、たった一人の少女以外にはありえないのだ。

 自分はいつだって本気だと視線に込めて返事をすれば、カゲトラはしばらく腕組みしながら目を瞑って考え始めた。珍しく眉間にしわを寄せて低く唸る顔には、大人として、また教師として、自分が何を選ぶべきなのか、カゲトラなりの答えを探そうすると葛藤と苦悩が見え隠れしていた。


「…もう一回聞くぞ、オーウェン――――“本気”で、やるんだな?」

「はい」

「それがお前の選択なんだな?後悔は?」

「しませんよ。反省はしても、後悔はしないと決めています」

「ハッ!言ってくれるな。まぁ、でも、俺もそういう潔いのは嫌いじゃないんだよな、残念なことに。ついでに、俺は俺で自分の勘を大事にすることにしてるんだ。それで失敗しても後悔はしないってな」

「先輩…?」


「―――いいぜ。その無謀な賭けってやつに、俺も乗ってやるよ」

 と、カゲトラはお得意の顎撫でと共にニヤリと笑った。


「先輩、どうしてですか…!?」

「お前は黙っとけ、クルック―――いいか、オーウェン。お前が望む通り、何としてもフィリップ様を勝負の場に引きずりだして、ちゃんとモーモルンからウェイクストンを連れ戻してきてやる。ただし!担任として協力できるのはそこまでだ。わかっているな?」

「はい」

「相手は決して甘くない。どんな結果になろうと同情なんてしてくれないだろうし、俺やフェンデル様も手出しはできない。それも、わかっているな?」

「はい」

「よし、なら結構!もう行っていいぞ」

「――――はい、よろしくお願いします」


 クラウは一度カゲトラに深々と礼をしてから、一人相談室を出て行った。





「先輩!どうしてですか!?」

 もどかしそうにクラウを見送ってから、クルックは早々にカゲトラに噛みついた。何故あんな条件での賭けを認めたのか、子供を守る教師として、大人として無責任ではないのかと、クルックは本気で怒りをあらわに詰め寄った。

「なんでそんなに怒ってるんだ、お前は。教師だからこそ、生徒の願い叶えてやろうって思って悪いのか?」

「でもこんな勝負、勝算なんてあってないようなものです!」

「勝算、ねぇ。そりゃ、お前の頭ん中にはないだろうけど、あいつの頭ん中は違うかもしれないだろ?あれだけ慕っといて、お前はオーウェンの事が信じられないのか?」

「それは…」

 逆にカゲトラに問われ、クルックはぐっと言葉に詰まった。

 クルックももちろん本心では信じたいのだ。だが、いくらクラウでも、今回ばかりは時間がなさすぎる、あり得ないとどうしても不安が先に来てしまうのだ。

「まぁ、確かに無謀に思えるだろうし、大半の奴らはお前と同じように無理だって一笑するだろうよ―――俺以外はな」

「え…?」

「なぁ、クルック。一度でいいから、信じたいと思った自分を信じてみろよ。失敗したら、また次の案を考えればいいだろ?俺らは助けてやれないが、オーウェンのことだ。きっと失敗した場合も想定してるに決まってるって」

「ほ、ほんとですか?」

 パッと縋るように見つめてくる後輩に、カゲトラは多分なと適当に答えた。もちろん、カゲトラにそこまでわかるわけがないし、十中八九、クラウが負ければ二度とキラは学園に戻ってこないだろう。だが、そんな不安を払拭するぐらいの確信がカゲトラにはあったのだ。この無謀な賭けの勝算が、どこにあるのかを―――


「……先輩は、どうしてそこまで信じ切れるんですか?」

「さっきも言っただろ、ただの勘だって」

 それ以外に信じるものなどないとあっけらかんとカゲトラが言い放てば、クルックが怒りのこもった視線を向けた。可愛い生徒たちの未来を、そんなあいまいなもので決めてしまっていいのか―――

 しかし、カゲトラは尚にやにやと笑うだけで考えを変えることはなかった。

「いいからお前も便乗しとけって。俺の勘も、なかなか捨てたもんじゃないんだぜ?」

「……。でも、昔、先輩に『俺の勘を信じろ』とか何とか言って強制的に勝負させられて、全給料、一瞬で消えた事があるんですけど…?」

 まさか忘れてないですよね、とクルックにじと目で睨まれたカゲトラは、

「お…?そ、そんなこともあったっけなぁ?」

 と、明後日の方向を向いてしらを切った。

「ありましたよ!おかげで僕、その月の生活費をひねり出すために、泣く泣く貴重なレインフェルの模型体を売ったんですからね!?」

「……そうだっけ?でも、次の月に、俺がちゃんと負けた分は取り返してやっただろうが」

「僕のレインフェルは戻ってきませんでした!」

 余りにも希少価値の高い一級品だったため、質に出してすぐ買い手がつき、クルックが取り返そうとしたときはすでに売られた後だったのだ。

「あれを手に入れるのに、どれだけのコネと労力使ったと思ってるんですか!あれからあちこち探しまわったのに、同じものは見つかってないんですからね!?」

「なんだよ…王族がいつまでもねちねちと、けち臭い奴だな」

「それとこれとは別ですよ!それに、僕の家が使用人も雇えないほど貧乏だってことも知ってるでしょうが!」

「はいはい…。ま、それは悪かったけど、今回は本気で信じてみてもいいと思うぜ?大体、お前、はじめてじゃないのか?」

「……何がですか?」


「―――オーウェンだよ。

 お前がどうしようもない変態だって知っても避けも否定もせず、王族だって知っても色眼鏡で見なかった奴なんて、あいつが初めてじゃないのか?」


 カゲトラの言葉に、クルックの顔がくしゃりとゆがんだ。

「……クラウさんは、とても、素晴らしい方です…!」

「ああ、わかってるさ」

 珍しく、カゲトラが優しく頷けば、耐えかねたようにクルックの瞳に涙がにじんだ。

「僕は…僕は…!」

「―――ったく、大の大人が、泣くなよ。ほんと、お前はまだまだだなぁ、クルックちゃん」

「ぜんぱいっ、僕は…あの子たちを、誰も失いたく、ありません……!」

「阿呆。だから今から迎えに行くんだろうが。ほら、さっさとフェンデル様に直訴しに行くぞ。大人の意地で、何が何でもフィリップ様に賭けに乗ってもらって、ウェイクストンを連れ戻さないとな」

「―――ぐずっ、はい!」

 手のかかる後輩だと、カゲトラは一度クルックの頭をぐりぐりと撫でてから、揃って校長室へと向かった。






 そして、翌日――――

 もうすぐ門限の時間が迫る中、クラウはイアと共に薄暗い正門に立っていた。事務部の前を通るときに、お姉さんにどこへ行くのだと不思議そうに問われたが、クラウはただの出迎えだと答えた。

 陽が落ち、闇が支配し始める夕刻。

 クラウは妖精達にモーモルンの様子を伝えてもらうこともできたのだが、敢えて聞かずにいつも通り午前中はユウマ達と鍛錬をこなし、午後からは図書館に出向いて文献をひたすら漁るという変わらない日常を過ごした。もちろん、クルック達の事が気にかからないと言えば嘘になる。だが、結果は九割九分わかっていたし、今更慌てたところでなにができるわけでもない。とにかく、今はここで待つしかないのだ。

 しばらくして、馬車の踵の音が遠くで聞こえた。

 正門の前にゆっくりと横付けされた馬車は二台。一台は学園専用でクルック達が乗って行ったものだ。そして、後ろからついてくるもう一つの馬車は、側面に中央政府の紋章が入っているところを見ると、騎士団の馬車のようだ。


「クラウさーーーん!!」


 薄明りの中でもきっちりクラウの姿を捕らえたクルックが、いの一番に扉から勢いよくでてきた。結果を聴くまでもなく、その顔を見れば一目瞭然だ。 

 クルックは飛び跳ねるように後ろの馬車へと走っていくと、徐に扉を開けた。すると、待ちかねたようにすごい勢いで飛び出してきた塊があった。光を纏ったその塊は、わき目もふらずに一直線にクラウの元へと飛んでくると、胸へしがみついてきた。

『あ、アウラったら…!待ってよ!』

 そして、後ろから慌てて降りてきたのは、当然クラウがずっと待っていた人物だった。


「キラ―――」


『クラウ君…!どう、して…?』

「約束しただろう。ちゃんと、此処で待っていると」

『ぁ……』

「―――おかえり、キラ」


『…ん!ただいまっ、ただいま!』


 キラは、自分が本当に学園に戻ってきたことをかみしめる様に何度も何度も「ただいま」の言葉を繰り返した。






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