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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第一章  アルフェンの里編
13/140

11 帰還



「クラウ?まだ起きているの?」

 アリーシャは息子の部屋の明かりがついたままになっているのを見て、その扉をノックした。日付が変わり、すでに一時間が経とうとしたころである。


 最近のクラウは、空いた時間のほとんどを自室ですごし、誕生日にもらった本を読みふけっているのだ。

 よほど気に入ったらしく、部屋から出る際にもその手には必ずいずれかの本がお供として握られている。さすがに仕事の時は隅にきちんとしまわれているが、泉に出かける時も、夕食の時も、最初のころはお風呂にまでもって入ろうとしたのを、あわててリザが止めたぐらいである。


 クラウは相変わらず勉学には余念がなかった。その集中力たるや、アリーシャやリザも感服するほどでもはや誰も止めることはできなかった。


「クラウ、そろそろ寝なさい。夜更かしはだめよ」

「…かあさま、すみません。もうすぐ終わります」

 口ではそういうが、クラウは何やら机にかじりついたまま、顔を上げることすらしない。これのどこら辺が「もうすぐ終わる」状況なのか。アリーシャは小さくため息をついた。

「何をそんなに熱心に描いているの?」

「…ちょっと」

 いつもはきちんと人の話に耳を傾けるはずの息子は、今は母の言葉もあまり聞こえていいないらしい。

 アリーシャは呆れつつ、そっと横からクラウの手元を覗いた。

 そして驚く。

「まぁ、魔法陣じゃない…」

 用紙に描かれていたのは、何かの魔法陣だった。手書きで一から描かれたそれは、とても複雑な形をしていた。

「あなたこれ、どうしたの?」

 アリーシャは困惑気味に尋ねた。とても自分の目が信じられない。

「仕組みを理解するうえで、少し自分でも描いてみようと思ったのです。この世界にはコンパスがないので、なかなかきれいな円を描くのは難しいですが、それ以上に厄介なのはやはり、文字ですね。この象形は全く見たことのない形です。少し書き出してまとめてみましたが、一貫した法則もないようですし、まだ解明されていないものがほとんどのようです」

「はぁ…」

 クラウの返しに、アリーシャはもはや頷く以外の言葉を持たなかった。

「かあさまはご存知でしょうか?この「魔法陣」に使われている言語がいかにして成り立っているか。あまり研究が進んでいないと聞きましたが、わかっている分だけでも、なにか辞書のようなものがあれば助かるのですが…。やはりこの里では難しいのでしょうか…。いや、しかし何か規則性があるはずで…」

 最後は、もはや独り言のように尻すぼみになり、あまり聞き取れない。ぶつぶつとさらに何か言っている息子をアリーシャはしばらくじっと観察した。


 そしてたっぷり10分後。全く終わる気配のないクラウの様子に、アリーシャはその背を優しくなでて、終りを促した。

「クラウ、勉強熱心なのはいいけど、今日はもう寝なさい。いいわね?」

「…はい、かあさま」

 どことなく不満げではあったが、クラウはアリーシャの言葉に頷いた。おとなしく紙と羽ペンを机にしまい本も閉じると、アリーシャにお休みの挨拶をしてベッドへともぐりこんだ。

「いい夢を。おやすみなさい、クラウ」

「おやすみなさい」

 アリーシャはやがて小さな寝息が聞こえるまで、ずっとその傍らに寄り添っていた。




 翌日の朝、クラウは5時にはすでに目が覚めていた。

 棚から引っ張り出した服に着替え、なじみのローブを羽織る。その胸のあたりには先日ミミモンドから送られた羽飾りが縫い付けられていた。リザから道具を借り、クラウ自身が縫い付けた渾身の作である。

 成長が著しいクラウのために大き目に作られていたローブは、今では少しきつくなり始めていた。身長も伸び、あと数か月もすれば、着られなくなるだろう。順調に成長している証拠である。


 ところで、最近、クラウはよく思うことがあった。

 それはこの身体がとても「優秀」であるということだ。


 「優秀」というのは、一つ、とても疲れにくいということ。午前中の仕事に加え、いつも通りのトレーニング、勉学、そして魔法の特訓など過密なスケジュールをこなしているにも関わらず、昨夜のように夜更かししても全く疲れる気配がないのだ。クラウにしてみれば、特別寝る必要さえない気がするほど、肉体的な疲労を感じない。


 これはどういうことなのか。


 この世界の人間は、もともとそういう体のつくりになっているのだろうか、とクラウは最初考えたが、アリーシャやリザをよくよく観察すれば、寝不足であくびをしている時もあるし、日々の仕事に疲れを感じている時だってあるようだ。里の女たちも、寝ても疲れが取れない、寝つきが悪くて疲れるなど、よく愚痴をこぼしているところを見る。どうやら自分だけが例外らしいと、クラウは最近になって理解したのだった。


 さらに、その身体能力の高さもずば抜けている。以前の誠吾の身体と比べると段違いの性能であった。もっとも、この世界の人種が地球人とは全く異なるため、比較の対象にはならないが、それでもクラウはその差に驚くばかりであった。ジャンプひとつとっても、あっさりと木の上へと到達できてしまうほどの跳躍力、身の軽さに加え、超人離れした脚力。つくづく「優秀」だと思う。


 そしてさらにもう一つ、どうやら自分は夜の方が魔力が強くなるらしい、という点である。何となく日中の訓練で発動する魔法と夜発動する魔法では、圧倒的に夜の方が威力が大きく、扱いやすい気がするのだ。


 不思議な体だと、クラウはまじまじと自分の身体を観察した。地球人のそれと特別大した違いは見当たらない。にもかかわらず、その性能の差は歴然であった。もっとも不便さは全く感じない。むしろ都合がいいものばかりなので、問題はないのだが―――

 やはり、この自分だけの「特別感」がクラウはどうにも気に入らなかった。

 ことあるごとに他人とは違う「何か」を思い知らされるのだ。だが、今のクラウにはそれ解明する力はなく、謎が増えるばかり。きっちりさせたい性格のクラウとしては、あまり気持ちのいいものではなかった。


 


 支度が済んだクラウは部屋からそのまま外へと向かい、昨日一日干しておいた薬草の籠を集めた。

 乾いた葉をそれぞれ種類別に袋に分け、わかりやすいようにしるしをつけて並べる。空いた籠はきちんと裏に建てられた倉庫の道具入れへと片付ける。さらに、本日アリーシャが仕事で使うだろう道具を見繕い、玄関先にまで運んだ。庭の隅に作られたクラウ専用の花壇に水を撒くのも忘れない。

「よし、こんなものかな」

 クラウは満足げに頷くと、リザがいるだろう居間へと向かった。


 朝食を終え、さっそく出かけようと移動するクラウに、アリーシャが声をかけた。

「今日は森へ行くの?ずいぶん早いのね」

「はい。一日そのつもりです」

 すでに準備は万端である。リザのお弁当ともらった本を手にもち、もちろんユルグから送られた魔導具も装着し、クラウはアリーシャを振り返った。

「先日収穫したレイナンの葉は、すでに乾燥が終わったので、袋にまとめて置いておきました。あとギギセンマイの根の皮剥きもすべて終えて、こちらも乾燥が終了しています。赤い印のついた袋に詰めてありますので、お間違えの無いように。それから、今日は確か土壌の検査日だと把握していたので、必要な道具はそこにまとめて出しておきました。…そうですね、少し、西の方の土が乾きやすくなっている気がします。今の時期、雨が少ないのでそのせいかもしれませんが、かあさまの目で一度きちんと調べてくださると助かります」

「はい、わかりました」

 もはや、どちらが上司かわからない。クラウがアリーシャの仕事を手伝うようになってたったの数週間。クラウはすでにベテラン並みの貫禄を身に着け、一人前の働きをきっちりこなしていた。的確なアシストに、アドバイスまでしてくれる小さな従業員は、本日も絶好調らしい。とても優秀で頼もしかった。

「気を付けていってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 アリーシャの笑顔に見送られ、クラウはいつものようにルカと共に泉へと出かけて行った。



 最近のクラウの関心は、もっぱら魔法陣にあった。

 誕生日に贈られた「魔法陣解説初級編」はすでに5回ほど読み終え、クラウの頭の中にきっちり整理されていた。とはいえ、やはり初級編というだけあって、ほんのさわりの部分しか解説されていないので、知識と言ってもごくわずかである。

 しかし、新たにわかったこともいくつかある。


 一つ、魔法陣は大きさと円の数によって、必要な魔力が変化するということ。魔法陣の規模が大きいほど必要な魔力も多くなり、円の数が多いほど複雑化し、高度な魔力操作力が必要になる。


 一つ、魔法陣を、コピーし記憶する方法があるということ。ユルグにもらった魔導具についている球にも、この技術が組み込まれているらしい。

 主に攻撃用の魔法陣に多く見られるもので、一から自分の魔力を変質し魔法を唱えるのではなく、一連の変質の流れをあらかじめ指定した魔法陣を使用することで、発動までの時間を一気に短縮するのが大きな目的のようだ。


 一つ、魔法陣はその仕組みへの理解と技術さえあれば、自分で書くことができるということ。かなり特殊な方法らしく、あまり詳しくは書かれていないが、魔法陣開発の専門機関があるほど盛んな分野らしい。ユルグも書き換えが可能だと言っていたし、突き詰めればいろいろなことができるようだ。かなり興味深い分野である。



 クラウは本に挟んであった数枚の紙を取り出して、地面に並べて比較してみた。どの紙にも何らかの魔法陣が手書きで書かれており、クラウが里にある魔法陣を見ながら描いたものだ。

「この里にある大体の魔法陣を書き写してみたが…」

 ユルグの説明にあった通り、一番中央の円内には、属性と発動条件、そして魔力循環の法則が指定されていた。しかし、やはりその他の文字については意味が分からないものが多かった。専門の辞書のようなものがあれば簡単だが、まだまだ未開拓の分野なのでしっかりとした辞書は存在しないらしい。

 いずれもっと多くの魔法陣を見比べて、自分なりに表を作ってみるのもいいかもしれない。なかなかの難題ではあるが、その分やりがいもあるだろう。


「ルカ、里の結界も魔法陣で発動しているんだろう?」

『そうだ』

「一度見てみたいんだが、案内してくれないか?」

 と、クラウが尋ねるが、ルカはあまりいい顔をしなかった。

『…むやみに近づくべきではない。結界があるとはいえ、西側に近い場所に行くのは危険だ』

「ルカがいてもだめなのか?」

 なんといっても聖獣王を名乗るルカである。クラウはその戦う勇士を目にしたことがないのでわからないが、リザの話によれば「どんなに強い魔物でも薙ぎ払って一発で終わり!」らしい。「リザ情報」という部分がいまいち信用にかけるが…、王と呼ばれるぐらいなのだから本当かもしれない。

 いずれにせよ、ルカがいればクラウの身の安全は確実だ。


「そもそも、この結界、誰が張ったものなんだ?」

 クラウにしてみれば素朴な疑問だった。

 いくら小さい島とはいえ、里と森を囲う大規模な結界魔法だ。直径十キロ以上の面積を結界で覆うとなれば、相当な魔力と操作力が必要に違いない。

 大体、光魔法を扱える人間は限られているはずだし、それ以前にこれほど高性能な魔法陣を発動し、何十年も維持できるものなのだろうか。

「ルカじゃないんだろう?」

『我は魔法陣など使えん。そもそも、精霊も我々聖獣も、大気中の魔力を使えるのだからわざわざ魔法陣を発動する必要はない』

 精霊は自然のエネルギーそのものから生まれた存在なので、自身が魔力の塊みたいなものである。わざわざ魔法陣を組む必要がない。階級にもよるが、精霊神クラスになれば、人が使う最上級魔法以上の威力を持つ術を、自身で扱えてしまう。

 聖獣も、精霊の次に自然界に寄り添った生き物なので、人間よりははるかに魔力の保有率も、操作力も高い。もっともあまり細かい操作は好まないらしく、施錠魔法陣のような高度な魔法操作を行う聖獣はほとんどいないらしい。


「じゃあ、かあさま?」

 他に結界魔法を扱える人間を知らないクラウは「まさか」と首を掲げた。

『アリーシャは、確かに他に類を見ないほどの操作力をもっているが、さすがにこの魔法陣を構築する知識も魔力もない』

「じゃあ誰が?ルカは当然知っているのだろう?」

 森の主が知らないわけがない。

 クラウはルカの顔をじっと見つめて返事を待ったが、彼はなかなか口を開こうとしなかった。

「ルカ?」

『…「奴」のことについては、教えるなと命令されている』

「奴?命令って、誰に…?」

『本人に』

 ――― つまり、ルカの言う、この結界魔法陣を作った「奴」が、自分のことは話すなとルカに命令したということだろうか?

「その人は、お前の主人か?」

『…そうだ』

 なるほど、とクラウは頷いた。聖獣王であるルカに「命令」できる人間など、契約主しかいない。まぁ、アリーシャもよくルカにあれこれ言っているし、ある意味飼い主のようなものだが…。

 さすがにルカにとって、その「契約主」は特別なのだろう。


「ルカはいつからその人に仕えているんだ?」

『…さてな。だいぶ長い時が経ったので、もう確かな数字は覚えていない。少なくとも三千年は超えている』

「!?」

 これにはさすがのクラウも驚いた。

「この世界、三千年以上も生きられる種族がいるのか…?」

『…これ以上は、ダメだ』

 ルカは少し言い過ぎたか、と反省した。これ以上突っ込まれると、「命令違反」になりそうだったので口を噤んだ。

「そもそも、その人は生きているのか?」

『……』

「ルカ」

 アリーシャと同じ、無言の圧力がルカにのしかかる。

 ルカは、しぶしぶといったように答えた。

『生きてはいる、一応な』

「…すごいな」

 「一応」という曖昧な言い方が気になったが、クラウは単純に驚いた。

 

 ――― そもそも、それは「人」なのか…?

 クラウはそう聞こうとして、やめた。これ以上ルカをいじめるのも気が引けたからだ。ルカとて、意地悪で言わないわけではない。「言えない」のだ。仕方ない。


「まぁいいさ。いずれ会う機会があるかもしれないしな」

 なんなら自分から会いに行くのもいいだろうと、クラウは思う。これほどの術者だ、きっと素晴らしい人に違いない。

「お前にはいろいろ助けてもらっているから、その主人にもお礼を言わなきゃな」

 クラウはうっすらと笑った。

 そして、「じゃあ、案内してくれ」と軽く言ってルカの背にまたがった。

『……』 

 行かないという選択肢はもはや消滅しているらしい。クラウはさっさと進めと言わんばかりにルカの首のあたりを撫で、進むように促した。




 全景を見るとひょうたんのような形をしているこの小さな島は、一番東側にアルフェンの里があり、そして古の森が続き、中央のくぼんだあたりに森と西側の荒野の境目がある。結界はちょうどその境目をなぞるように張られており、ルカの許可がないものは森側へ入れない仕組みになっている。


 この「許可」というのは、「祝福」と呼ばれる魔法効果の一つで、ルカが持つ魔力の一部を体に受け、その存在を結界に認識させることを言う。すると、結界が害のないものだと判断し、通過できるという仕組みだ。外の大陸や、見回りに出かける男たちは皆この「祝福」を体に受けているため何の抵抗もなく結界の内外を行き来できるのだ。

 一方「祝福」を受けていないものは害とみなされ、弾かれ、結界を通り抜けられないというわけである。


 もっとも、例外は存在する。

『精霊はそもそも我ら聖獣よりもずっと格の高い、崇高な存在だ。我の認証など必要なく、自由に行き来できる』

「じゃあ、精霊を結界で捕まえることはできない、ってことか?」

『……何の意味がある』

 恐ろしい思考だ、とルカは唸った。そもそも精霊はこの世界の秩序そのものを意味し、「自由」を象徴する存在である。それを捕まえるなどと…。

「ただの例えだ。つまり、人の魔力では精霊をどうにかできる力はないってことだろう?」

『…そうだ』

 人間と聖獣では圧倒的に聖獣の方が格は上だ。その聖獣すら凌ぐ存在の精霊ならば、どんなに優秀な人間でもかなうはずがない。序列的には精霊>聖獣>人間といったところか。

 となれば、ユルグの言っていた「加護付」と呼ばれる人間が、特別重要視され、大切に扱われるのも頷ける。

 そして、精霊神の一人ミネルディアと友人関係にあるアリーシャも、また稀有な存在だ。



「下級の精霊とルカとでは、やはりルカの方が力は強いんだろう?」

『我々の世界で、力の強さはあまり関係ない。基本的に古きものが尊ばれる』

「年功序列、か」

『我々よりも精霊の歴史は圧倒的に長い。ゆえに我々はその存在を世界の古き先覚者として敬うだけだ』

「やはり世界の始まりは、精霊…といことか?」

 クラウは独り言のようにつぶやいた。


 確かに、人間の祖先は精霊だとも言われている。となれば、この世界に精霊以上の存在はいないのだろうか。たとえば、地球でいうところの「神」のような存在がいてもおかしくはない。


「精霊の中で一番位が高いのは精霊神になるのか?」

『いや、精霊の中で最古の存在は、「精霊王」だ』

「王?神よりも上の存在なのに、王なのか?」

『それは人間が後から付けた呼称にすぎん。名もない精霊界の主は、本来、人間界には姿を見せない』

ゆえに人間がその偉大な存在に気づいたのは、精霊神よりもずっと後のことだったのだ。その姿も、力のほどもわからない人間は、勝手に「支配する者」の意味として「精霊王」と呼ぶことにしたのだ。


 精霊界の序列は以下のようになる。

 精霊王>精霊神>上級精霊>下級精霊>微精霊>そして、妖精と続く。

 一番位の低い妖精は、寿命が存在し、あまり長い時間を生きることができない。ゆえに力も弱く、序列的には一番下になってしまうらしい。


『とはいえ、人の世界ほど位というものにはこだわらない。お互い干渉することも少ないうえ、そもそも精霊は争うことを好まない、温厚な性格だ』 

 それこそ世界ができたばかりの頃は、地上で過ごす精霊もたくさんいたが、人が生まれ、やがて人同士の争いが目立つようになると、それを悲しんだ精霊たちは、次第に地上から遠のいて行った。今では加護付の精霊以外、目にする機会はほとんどないという。

「聖獣はなぜ人と契約を結ぶんだ?争いが好きなのか?」

 クラウの質問に、ルカは少しだけ躊躇したように口ごもった。

『…否定はせん。中には好戦的で、血の気が多いものもいる。もともと我ら一族は力の象徴を意味する部族。ゆえに自分の力を示す機会を得るために人と契約するものもいるくらいだ。だが本来は別の意味がある』

「別の意味?」

『我らが、我らであるために、必要な契約なのだ』

「…?」

 これ以上言うつもりがないのか、ルカは何も答えなかった。

 思った以上にこの世界は複雑にできているらしい。

「最後の質問」

『なんだ』

「精霊界の主が精霊王なら、地上の主は?」

『……』

 ルカはやはり答えるつもりがないらしい。言わないのか、言えないのか。いずれにしても、これ以上は聞くなということなのだろうとクラウは解釈した。



 泉からだいぶ離れた距離を歩き、ようやく森の切れ目が見えてきた。里のなだらかな丘が続く景色とは違い、西側は草木ひとつなく、ただ荒れた地面が延々と続いているだけだった。見る限りでは魔物の姿はない。

 ルカは森の切れ目の手前で立ち止まると、そこから結界に沿うように森と荒れ地の境目を歩き始めた。


「そういえば、僕は「祝福」を受けているのか?」

『…お前は生まれた時点ですでに祝福の対象だ』

「そうなのか?」

 今のルカの言い方ではわざわざ祝福を施すまでもない、という言い方に聞こえるが…、まぁ、いいだろう。クラウはそれ以上何も言わなかった。


『ここだ』

 ルカが立ち止まった場所は、一見すれば草木しかないただの森の一部だったが、魔力が見えるクラウからすると、なるほど、魔力の塊がほわほわと集まっているのが見えた。近づくと、地面に埋め込む形で石板のようなものが設置され、その表面に魔法陣が光っていた。

 周りは比較的背の高い草が生え、木々で囲まれている所為か、あまり日の光も通らない薄暗い場所だ。きっと見つかりにくいようにと、ルカの主はわざわざこの場所を選んだのだろう。


 それにしても…。

「…意外と小さいんだな」


 クラウは想像していたものよりも小さい現物に、首を掲げた。

 本の説明を信じるなら、これほどの規模の結界魔法を維持し、尚且つルカの祝福の設定などを組み込んだ複雑かつ精密なものならば、かなりの大きさの魔法陣になるはずだ。しかし、目の前のそれは、自動扇風機の魔法陣と変わらない大きさしかなかった。


『それは魔法陣の一部だ』

「一部?」

『それと同じものが、東西南北に一つずつ、石板に書かかれた状態で設置してある。そして結界中心の地下に主流の魔法陣が設置され、その四つの魔法陣とつながっている、らしい』

 ルカもあまり自信はないらしい。

「…その意味は?」

『詳しくは知らぬ。奴の作るものは、我には理解不能なものばかりだ』

「その本筋の魔法陣は見せてくれないのか?」

『……おそらく無理だ』


 ――― 無理、とはどういう意味だろう。

 クラウは不思議そうにルカを見やった。


『地下に行くために、さらに入り口の魔法陣を開錠しなければならない。今のお前にはその知識も、資格もない。だから無理だと言ったのだ』

「資格…?」

 知識はわかる。まだまだ駆け出しのクラウには難題となる仕組みなのだろう。しかし、入るための資格ということは、「祝福」のように、何らかの条件が必要ということだろうか。

「ルカは入れるのか?」

『入るだけならな』

 聖獣は細かい魔力操作が嫌いだと言っていたので、あまりその魔法陣を見るのは好きではないらしい。それほど複雑な形で、巨大だという。

 是非一度は見てみたいと思うが、今はどうあがいても無理のようだ。残念だが仕方ない。もっと精進して知識を身に着けなければ、とクラウは新たに決意した。



 気持ちを切り替え、クラウは改めて地面の魔法陣を観察した。


 そして、驚く。


「これは…?」

 とてもシンプルなものだった。里のどの魔法陣よりも、シンプルで、簡素な造り。だが明らかに違うものが一つ。それは真ん中に光る、魔力結晶石だった。


「この属性はなんだ…?」


 結晶石が埋め込まれている場合は、その結晶石の属性が魔法陣の属性になるはずだ。しかし、クラウにはその属性がわからなかった。結界魔法は総じて光属性のはず。なのに書かれた名前も、魔力の色も、明らかに違っている。もちろん他の四属性でもないそれは、クラウが初めて目にするものだった。

 さらに魔力の循環方法も違う。普通、結晶石の魔力を使う場合は石に込められた魔力が尽きると、魔法陣も魔力の供給が途絶え、機能しなくなるはず。しかし、この魔法陣はすでに100年以上起動し続けているのだ。

 それもそのはず。この結晶石、なんと大気中から魔力を絶え間なく吸収しているのだ。魔力が見えるクラウにしかわからない光景だが、明らかに魔力の流れが大気中から結晶石へと向かって動いていた。


「こんなこともできるのか…」


 確かに、この規模の結界魔法を常時維持するためには相当の魔力が必要だろう。結晶石だけでは到底補えない量だ。ならば、循環方法をベステ<生成>に設定し、大気中の魔力を直接使えばいいだけの話だ。しかし、ルカの主人は、わざわざ大気中の魔力を一度結晶石に集めてから魔法陣に流れるように設定している。

 これに何の意味があるのか。

 さらに不思議なのはその色だった。

 光とは真逆の、黒に近い色。それはまるで…。


「闇属性…か?」


 常々、クラウは不思議に思っていたことがあった。それは、光属性があるのならば、その反対の闇属性があってもいいのではないか、という点だ。しかし、どの本を見てもそれらしい記述が一切ないところを見ると、存在しないものなのかと思っていたのだが、今見ている魔力はどういうことなのか。


 ――― 闇属性ではないのか?それとも別の…?


 クラウはルカに聞こうと顔を上げた。

 それと同時にルカが何かに気づいたように、来た道の方角を振り返った。

「ルカ?どうした?」

『…客人のようだ』

「え?」

 ――― 客人?どこに?

 何のことだと説明をせがむクラウを背に乗せ、ルカは来た道を颯爽と駆け抜けた。




「あれは…?」

 ほんの一、二分ほど走った先で、西側の荒れ地の方に、何やら人影らしきものが見えた。

――― 見回りの男たちが帰ってきたのだろうか?

 それにしてもまだ昼前だ。彼らは朝番の者は早朝に出かけて夕方に帰り、夜番の者は夕方に出かけ早朝に帰ってくるはずだ。


 森を抜け、結界をくぐり、ルカは荒れ地へと踏み入る。

 人数は3人か。近づくにつれその顔立ちもわかるようになったが、いずれもクラウが見たことのない顔ぶれだった。


 ルカが人影に近づくと、それに気づいた一人の男が恭しく頭を下げた。

「ルカ様、ちょうどよかった。今お呼びしようと思っていたところなのです」

 そして、男はルカの背に乗っているクラウにも気づいたようで、不思議そうな顔をした。


 ――― はて、誰だあれは…?


 男はまじまじとその子供を観察した。ルカの背中に乗るなど、里の子供にはできぬ所業だ。だが、その髪と目の色にとある人物を連想し、ようやく思い当たる。

「…もしや、クラウ様、ですか?いや、大きくなられたな…」

 無理もない。男がクラウに会うのは実に5年ぶりなのだ。つまり、クラウが生まれた時以来あっていないのである。気づかないのも当然だった。


「あなたは…?」

「申し遅れました。我はガルフ。このたび外の偵察より一時帰還しました」

 今度はクラウが驚く番であった。ガルフと言えば、リザ情報によれば、「里一番の戦士で超絶イケメンの青年」ではないか。

 ――― なるほど、確かにイケメンだ。

 情報通り、顔面偏差値がずば抜けて高い。


 クラウは颯爽とルカの背から飛び降りると、ガルフの前で深々と頭を下げた。

「クラウです。あなたがガルフさんですか。お会いできて光栄です。偵察班のリーダーを務められているそうで、とても優秀な方だと、よくハンスさんからお話を伺います。任務の方、本当にご苦労様です。」

「い、いや、恐縮です…!」

 もはやクラウの洗礼とでもいうべきか。その馬鹿丁寧な話し方に、ガルフのみならずその後ろで控えていた男たちも困惑したようにあわてて頭を下げたのだった。


 クラウが話を聞いてみると、なんでも外の大陸で保護したエルフ族の子供を里で世話するために、ルカの許可が欲しいということらしい。よく見れば、一番後ろに控えていた男の背中にクラウと同じ年頃の子供が抱えられていた。疲れたのか、その背にぐったりとよりかかり眠っているようだ。

「ルカ」

 クラウがそういうことならば、とルカに声をかけると、王は心得たとばかりに頷き、子供を自分の近くへ連れてくるように言った。

「申し訳ないですけど、その子をルカの前に」

「わかりました」

 ルカの声はクラウ以外には聞こえない。

 クラウが通訳すると、ガルフは部下の背中から子供を抱え上げ、腕に抱き、ルカの目の前に立った。

「これでよろしいですか?」

「はい」

 ルカは子供の顔に、自分の額を擦り付けるようにしながらつぶやいた。


『陽の愛と陰の慈悲に倣い、その身に祝福の音を授けん。ゼスペリア<福音の加護>』


 クラウの耳に、「リン」と小さな鈴の音のようなものが聞こえた。と同時にその子共の身体の周りを淡い光がつつみこみ、あっという間にその体内に収束されていった。一瞬の出来事である。

「…終わったのか?」

 クラウが尋ねると、ルカはしっかりと頷いた。それを見たガルフ達も安心したように微笑んだ。

「ありがとうございます、ルカ様、クラウ様」

 ガルフ達は先を急いでいるらしく、挨拶のあとすぐに結界を通り森の中へと入っていった。

「あの子共、親はどうしたのだろうな」

 クラウのつぶやきに、ルカは何も言わなかった。



 クラウは改めて荒れ地を見渡した。空気も、雰囲気も、結界内とはまるで違っている。どこまでも続く荒れ地は殺風景で寒々しく、そこを支配する空気はひどく重い。魔力の濃度が濃いということは、これほどのものなのかと、クラウはその身に痛感した。


――― あまり長いしたい場所ではないな…。


 いつの間にか陽が真上に上っている。お腹もすいたし、そろそろ泉に戻ろうか。

 クラウはルカの背に乗り、静かにその場を後にした。







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