16 王者の風格
「周りの連中からしたら、俺の今の状況は光栄なことなんだろうけど。俺としては楽しさ半分、不満半分ってところだな。なぁ、ライラック?」
「何の話だ?」
リオは壇上で正面に立ったセンリに聞き返した。
「そんなおもちゃを持ったお前と戦っても、意味がないってことさ。お前の実力は、聖剣を手にしてこそだろう?」
「ああ、そう言う意味ね」
センリの意図を読み取り頷いたリオだったが、ここでしおらしく謙遜するようなかわいい性格をしているわけがない。
「なら、おもちゃの武器を持った俺に負けたら、あんたはもっと精進する理由ができるわけだ。よかったな」
と、リオは爽やかな笑みと共に、あろうことかセンリを煽ったのだった。もしこの場にユウマがいたら、顔を真っ青にして即座にリオに突っ込んでいたに違いない。
センリもさすがに予想がつかなかったのか、一瞬真顔になった後、今度は会場中に響くほどの高笑いをあげた。
「あっはっはっは!俺の前でそんな減らず口叩いた馬鹿は、お前で二人目だよ!いや、最初に出会ったころのユウマを入れたら三人か。なんだ、まだ面白い奴が残ってるじゃないか。今日一番、楽しめそうで嬉しいね、俺は」
「それは俺も同感」
と、リオはしみじみ頷いた。
なんせリオも実力のほとんどを出さずにここまで勝ち進んできたのだ。消化不良どころの話ではない。いっそまとめて相手しても良いぐらいの退屈さに、いい加減リオの方も別の意味で疲れ始めていたのだ。しかし、センリはそう簡単に勝たせてくれるような相手ではないらしい。立ち会った時からバシバシと伝わってくる殺意に似た闘気に、リオはわくわくと気持ちが昂るのが自分でもわかった。
「リオディアス・ライラック、ね。学園一の人気者は伊達じゃねぇな。噂を聞く限りじゃ、温室育ちのお坊ちゃんって印象だったが、いい性格してるよ、お前」
こんなことならもっと早くに手合せ願っておけばよかったと、センリは本気で悔しそうに言った。
「お前なら剣指になっても線行くんじゃないか?ユウマより、よっぽど向いてるぜ?」
「それはさすがに興味ないな。あいにく、俺にも譲れないものがあるんでね。あんたもそうだろう?」
目指すものは違えど、互いに明確な目的をもって剣を握る者同士。ならば、ぐだぐだ挨拶などせずに、剣を交えるのが流儀ではないのか―――
リオは、武器を握りしめると切っ先をセンリの鼻先に向けた。
「さっさと始めようぜ」
「両者前へ――――第一日目決勝試合、リオディアス・ライラック対ガマ・センリ、開始!」
開幕同時、センリの身体が飛んだ。
先の試合で見せた初撃の突きだ。しかもさっきよりも速い確実にのど元を狙った一撃が目前に迫ってくる。だが、リオは微動だにしなかった。
「あぶない!?」
また客席から悲鳴じみた声が届くも、リオはやはり動く気配がなかった。慌てるでもなくじっと剣の軌道を見極め、喉に刺さる直前で己の剣で横に弾き返すと、リオはそのまま互いの刃をこすり合わせながら一歩踏み出し、センリに向かって同じ鋭い一撃を突き返した。
「―――さすがライラック、やるねぇ」
リオの攻撃はセンリの首元の数センチ横を刺していた。もちろん、リオは始めから首にあてるつもりなどなく、敢えてギリギリを狙ったのだ。そしてセンリもまた、リオが攻撃を当てるつもりがないことを見越して動かなかった―――二人とも互いの攻撃を見切り、尚、相手を挑発するかのように攻撃を仕掛けるところは、ある意味似ているのかもしれない。
「俺の初撃を見切ってやり返してきたのは、剣指以外ではお前が初めてだぜ?」
と、センリは場に似合わぬ笑顔を浮かべながら後ろに下がり、リオから距離を取った。
「あんたこそ、やっぱり速いな。コハクと違って一撃が重いし。すげぇ、ほら!俺の手、まだしびれてる」
「フン。まぁ、女と男じゃ力に差があって当然だ。コハク様とは歳も一つ違うしな。…さて、そろそろ身体もあったまっただろう?挨拶は終わりにして、本番といこうぜ」
「ああ。いつでもどうぞ」
「あっはっは!お前、やっぱり剣指向きだぜ―――」
センリはまた笑った。
先ほどからずっとリオに対して殺気を放っているにも関わらず、相手は顔色一つ変えないのだ。しかも、リオはその空気を楽しんでいる気配すらあるのだから、センリも笑わずにはいられない。自分以外にまだこんなイカれた子供がいたのかとセンリは感心すると同時に、感謝した。
「―――最後に、いい思い出になりそうだ」
「最後?」
「いくぜ。これ以降、一切手加減はしねぇ!」
宣戦布告通り、センリは猛攻撃を仕掛けてきた。
一言で言えば、センリの剣術は途方もなく『自由』であった。とにかく、攻撃の仕方が多種多様で、先ほどと同じ突き攻撃もあれば、逆手に下から切り上げる攻撃、飛び上がって上から切り下す一撃―――果てには、攻撃の直前に左手に持ち替えて、そのまま真一文字に振り切った攻撃を仕掛けてきた時には、さすがのリオも一瞬ひやりとした危機感を感じて飛び下がったのだった。
とにかく、センリの攻撃には決まった型がないようで、どこからどんな攻撃が来るか予想がつきにくい。しかも良く動く。正面がダメとわかれば、即座に後ろに回り込み、それでもだめなら斜め下の死角を突く。かと思えば、飛び上がって真上から仕掛けてくる―――縦横無尽に剣が行き来する荒々しい攻撃は、センリの破天荒な性格をそのまま表したようなものばかりであった。
一方、リオの剣術はとにかく無駄がない。
センリの攻撃を『動』と表すなら、リオの攻撃は正反対の『静』と表せるほど静かであった。
あちこち飛び跳ねて駆け回るセンリに対し、リオは試合開始からほとんど場所を移動していない。自分に向けられた一撃を受け流し、その流れを利用し自分も反撃する。それがリオの基本的なスタイルらしく、無駄な動きが一切ないスマートな戦い方であった。
そんな二人の戦いぶりに関して、
「なんか、天人族の子は地味っちゃね?」
と、素直な感想を漏らしたのは、客席で見つめていたナチルであった。
「…地味はかわいそうだぜ、ナチル。確かに動きは少ないけど、反応はすげぇじゃん、あいつ。やっぱりライラックの名は伊達じゃないよな。接近戦をあれだけ防ぎきれるなら、聖剣持たせたら最強じゃん?」
多くの人間がリオに注視し、騒ぎ立てるのも頷けると、チャットは神妙に頷いた。そこで、クラウはふと疑問に思ったことを質問してみた。
「チャットさん、聖騎士と魔術を極めた剣士、両者に何か違いがあるのですか?」
「ん?そりゃ大ありだよ!だって魔術をいくら極めたって、剣術と同時には打てないじゃん!」
「ああ、そういうことですか」
クラウは意味に気づき頷いた。
「剣を使うなら剣、魔法を打つなら魔法陣が記憶された魔導具だったり自分の手を使わなきゃならないだろ?でも、聖剣は違うんだよ。刃自体にすでに魔法陣が入ってるからな。剣一振りの攻撃と同時に魔法も一緒に発動できるんだ。つまり、近距離と長距離を火力の高い一撃で補えるってことさ―――これが聖剣使いの最大の強みだ」
「なるほど」
「しかも予備動作もほとんどいらないし、驚くほど魔法陣発動までの時間が短い。たとえば、英雄王グレンディス様の得意技、『リオ・セインデス<一線波動撃>』は、一振りと同時に二百メートル後方まで強力な渦を巻いた風魔法が駆け抜けて、敵の身体をみじん切りにするって噂だぜ?な!すげぇだろ!?」
「リオ?」
「…って、お前が気になるところはそこかよ!?」
確かに技の規模もすごいと思うが、何故か名前の方がひっかかったクラウだった。相変わらず斜め上を行くクラウの着眼点に、チャットは苦笑いしながらも律儀に答えてくれた。
「確か、精霊語で“リオ”は“1”って意味だったはずだぜ。あいつの親も、だからリオディアスなんてでかい名前つけたんじゃないのか?」
「なるほど」
「まぁ、とはいえやっぱり聖騎士は聖剣をもってこそだからな。この試合に限っては、ライラックもそう簡単には勝たせてもらえないだろうな」
純粋な剣術勝負となれば、やはりそれ一本を突き詰めて修行してきた剣指見習いの方が分があるとチャットは言いたいのだろう。
どちらにしても、クラウには興味深い話であった。
リオの名前にしても、聖剣が重宝される理由にしても、新しい知識を得られてクラウは満足だった。
「では、魔剣と聖剣ではどんな違いが―――」
「…相変わらず質問好きだなぁ、クラウ。でもそれはまた今度な。今は試合!ほら、もうすぐ制限時間だぜ!」
確かに、今は武器談義に花を咲かせている場合ではないと気づいたクラウは、今度は大人しく壇上の二人に視線を移した。
模造剣同士がぶつかる鈍い音が絶え間なく響き、激しい剣術の攻防戦が続いていた。
あらゆるところから仕掛けられるセンリの攻撃もすごいが、チャットが言ったように確実にそれを己の剣で受け返し、さらに自分の攻撃へと転じて一撃を仕掛けるリオの反応と見切りの速さもすばらしい。息ひとつつけない接戦を繰り広げる二人に、会場の皆が固唾をのんで見守る中、刻々と時間だけが過ぎて行った。
「しぶてねぇな、てめぇ!さっさと切られろや!」
制限時間五分を切るころには、センリが体裁なく罵倒し始めた。さすがに余裕がなくなりつつあるらしい。
「冗談、誰が負けてやるかよ!」
と、リオもリオで負けていない。攻撃を弾き返すと同時に、リオの額から汗が飛び散った。
「ハッ、口の減らねぇやつだ。でもまぁ、それなりに楽しませてはもらったぜ。
ってことで――――そろそろ、死んどけや!!」
次の瞬間、センリの姿がリオの視界から消えていた。
「すげぇ、まだそんな動きできるんだ」
土壇場で標的を見失い、一瞬追い詰められたかに見えたリオだったが、この男が動揺などするはずがなく、その頭の中は常に冷静だった。
素早く上下左右に視線を走らせて、センリの姿がないことを確認する。ならば残るは後方のみ―――そう判断したリオは、無理に振り返るような時間は取らずに、そのまま構えに入っていた。
本来、聖騎士は常に一対多数を想定して鍛錬するもので、幼少から聖騎士を目指して父親に鍛えられてきたリオもまた例に埋もれず、全方位に対する攻撃手段を持つ。そして、リオが歴代でももっとも優秀だとささやかれる一番の理由は、剣術のみでも一対多数の場で打ち勝つことができるほど多彩な技を持つことだ。
リオにとって、死角など存在しないに等しい。標的が見えないなら、すべてを薙ぎ払うだけ――――
構えを取ったリオは、迷いなく攻撃を繰り出した。
「サージ・ファイデスト<円舞炎障壁>!」
まるで円を描くように、リオはその場で一回転し360度すべてを一刀両断した。
本来なら円状に敵をぶった切り、さらに同時に半円形の炎の壁をぶっ放して周囲の敵を一斉に焼き尽くす技だ。だが、今手の中にあるのは使い慣れた聖剣ではなくただの模造剣。当然、魔法は発動されずにただ剣の刃だけが鋭く空気を切りさいた。
「ガハッ!」
丁度、リオの後ろの死角から突き攻撃を繰り出していたセンリの脇に、リオの剣が食い込み、センリの身体が横に吹っ飛ぶ。あと数センチでセンリの刃がリオの首に届くというギリギリの攻防であった。
「おおお!いいぞー!」
この試合が始まって初めてのヒットに、会場の熱も一気に上昇する。
だが、センリもまた言動の荒々しさとは対照的に、頭の中は冷静であった。吹っ飛ばされた状態から地面に剣を突き立てて衝撃の勢いを殺すと、地面を滑りながら即座に体勢を整え追撃の構えを取った。
センリの、この一連の反応は決して悪くなかったはずだ。
体勢を整えるまでの時間は十秒もかかっていないし、むしろ、この時のセンリは客席の大人たちが感心するほどの集中力と判断力を発揮していた。
しかし、リオはそのさらに上を行く天才であった―――
「ジース・ゼノブレア<天地裂空派斬>!」
リオはセンリが気づかぬうちに一気に間合いを詰め、スルリと懐に入り込むと、一振り目に下から切り上げた。咄嗟に身を引こうとしたセンリが頭をのけぞらせた状態で後ろによろける。そこへ、すかさずリオの二振り目が追い打ちをかけた。振り上げた剣をすぐに下に向かって振り下ろしたのだ。
生死をかけた真剣勝負の場なら、敵の頭からバッサリ切りつけているところだが、これはあくまでも試験。勝負は勝負でも相手の実をつぶせは勝ちというルールがある以上、そのルールに従うのが当然だ。その点を理解しているリオと、ただ相手を叩きのめすことだけに執着するセンリではやはり戦略に必然的に差が生まれる。
この時もリオはひたすら冷静に、確実にセンリの実だけを狙って剣を振り下ろしていた。
「―――し、勝者!リオディアス・ライラック!!!!」
「うぉおおおおおおーーー!」
センリの実がきれいに割れて壇上に転がると同時に、勝利の宣誓が告げられる。瞬間、会場中を大歓声が埋め尽くした。
皆が立ち上がり、身を乗り出してリオの勇士に賞賛の声をかける。
まさか、一年生の試験でこれほど熱い試合が展開されると誰が予測しただろうか―――
特別席にいた来賓たちも驚きに目をみひらいたままあの強さは本物だとささやき合い、遠路はるばる見学に来た甲斐があったと認め合う。そして同時に、この力が将来ルクセイアの次期王レイシス・オルブライトのものになることが確定していることを、皆が笑顔の下で口惜しく思っていたのだが、誰も言葉にはしなかった。
「クラウ……さっき俺が言ったこと、訂正するよ」
「チャットさん?」
「あいつは、確かに本物だ。
本物の、天才だ――――」
賞賛と拍手が渦巻く中心で、リオが堂々と勝利の拳を突き上げる。
その姿はまさしくこの場の主役であり、誰をも寄せ付けぬ王者の風格を呈していた。
◇
試合の余韻がなかなか収まらないまま、第四試験の一日目は見事リオの優勝ということで星組一班に栄光の五十点が加算されて終了した。そして客も引け、学生達が夕飯にありつこうと集まった食堂では、まだまだ今日の試合についての話題が尽きず、どのテーブルでもリオの話題で持ちきりであった。
「しかし、本当にすごかったですね!僕は戦闘に関しては微塵も興味がない派ですが、今日の決勝戦ほど興奮した試合は始めてです!」
「僕も!ライラック君があんなにすごいなんて!ね、ユウマ君!」
「あ、ああ。そうだな…」
クルックもエドガーも興奮が収まらない様子で、夕食に手を付けずにリオの凄さを語り合っていた。だが、ユウマだけは会話に一応参加しているものの、どこか顔色が優れず、雰囲気がいつもと違う。そんな仲間の様子に気づきながら、クラウは一人いつも通り淡々と食事を進めていた。
「でもでも!エドガーだって二勝したんでしょう?そっちだってすごいじゃない!」
『うんうん!』
「おめでとう、エドガー!」
『おめでとう、エドガー君!』
と、エドガーの勇士を誉めちぎり拍手を送ったのは、ニトとキラだ。試合が終わり、無事に解放されクラウ達と合流した二人は、照れ笑いしながら二勝を挙げたと報告したエドガーに飛びついて喜んだのだった。
そして、今日一番の功労者に女子二人は何かお祝いをしたかったのか、エドガーの両隣に陣取り、エドガーの好物を注文したり、またコップが空になればジュースを注ぎ足し、口元についたソースをぬぐったりと、サービスの限りを尽くしてエドガーを労っていた。
女子二人の笑顔はもちろんのこと、申し訳なさそうに照れながらサービスを受けるエドガーもなんだかんだ幸せそうだ。
ちなみに数時間ぶりにクラウの隣に戻ったイアは、再会して以降いつも以上にぴったりとクラウの横に寄り添い離れず、またアウラも、キラがエドガーに夢中なのをいいことに、クラウの膝を我が物顔で陣取ってデザートを頬張っていたのだった。
「―――食べないのか?冷めるぞ」
「あ?ああ…」
クラウが話しかけると、何か考えていたらしいユウマはハッとしたようにスプーンを握った手を動かした。
「君が気にすることでもないと思うが?」
「…あ?何が?」
「ガマ・センリのことだ。彼は言動こそあれだが、試合後の様子を見る限り、ライラックに変な恨みを持ったようには見えなかったし、戦いに関しては割かし正直な男なのではないか?」
負けて騒ぐでもなく、暴言の一つも漏らさずにきっちりリオに礼を返して壇上を去ったセンリの姿は、クラウには意外でもあり、また強さに重きを置く剣指らしさを思わせる印象を与えたのだ。
「ああ…別に、センリは負けて相手を恨むようなみみっちい性格はしてねぇよ。あいつ、力関係に関しては恐ろしく従順だからな。自分が敵わない相手には絶対何されたって逆らわないし、さっきの試合だってライラックに負けた以上、自分が下だってちゃんと認めてるんだよ。どんなに小さな差でも、強い方が権力を持つ。それが剣指の世界の鉄則だからな」
「なるほど。だから自分よりも弱い人間に対してはあんな態度というわけか」
とはいえセンリの身勝手さが容認される理由にはならないが、彼には彼なりのポリシーのようなものがあるらしい。
「まぁ……一般には理解できねぇだろうけど、それで成り立つのが剣指っていう独特の世界なんだよ。だから、そんな世界に憧れるセンリが、俺みたいなやつを許せないのはわかるんだ」
ユウマはそういって俯くと、スプーンを握ったまま苦しそうに表情をゆがませた。
「―――ただ、たださ、純粋に俺、すげぇって思っちまったんだよ。
センリとライラックの強さにただ圧倒されるだけで…、あいつらが天才だって騒がれる理由、俺、今日初めて分かった気がする」
「……」
「あんなすごい奴等の中でコハクも頑張ってるんだって想像したら、何かもう、何も考えられなくなっちまって…。散々大口叩いて、あいつの勇士全部見守るって約束したけど、自分があいつらと同じ場所に立ってる姿なんて全然想像もつかねぇし、その間に入っていける自信もなくなっちまった…」
「だったら、君はあきらめるのか?」
「それは…」
「君がナンテンとどんな約束を交わしたかは知らないが、約束した以上は守り通すのが筋だろう?努力せずに諦めるぐらいなら、今すぐ約束を取り消しに行くことをお勧めするが?」
何をそんなに思い悩むのか。例え他人の才に圧倒されたとしても、そこで自分が何かをあきらめる理由にはならないはずだ。なぜなら、自分が進む道に、他人の意志は関係ないから―――と、少なくともそう考えているクラウには、ユウマのジレンマなど欠片も理解できないのだった。
「だいたい、自分を否定して何になる?他人を羨んで落ち込むぐらいなら、自分もそれと同等の何かを手に入れるために努力する方が、僕はよっぽど生産的だと思うがな」
クラウがそう言葉を返せば、ユウマは何も言わずに項垂れてしまった。
いつもなら何かしらの憎まれ口をたたきそうなものだが、ここまで落ち込むということはそれだけ今日の試合がショックだったということだろう。だが、クラウにはやはりユウマの悩みの一割も理解できないのだった。
選ぶのも自分、進むのも自分。その事実だけはどう足掻いたって変わることはない。ならば、自分にできる精いっぱいを尽くして、なりたい自分になる方が、人生はるかに充実しているのではないか―――
「これは僕の持論だが。誰かの為だと口実を立てたところで、結局、努力は自分のためにするものだと僕は思っている」
「……」
「あきらめることが悪いとは言わない。僕の主義を他人の君に強要するつもりもない。だが、あきらめる理由を他人の所為にするな。そんな言い訳をしても、後で後悔するのは君自身だぞ」
「はぁ…やっぱり、お前はそうだよな」
と、ユウマは情けなく笑った。そもそも、聞く前からユウマにはクラウの答えなどわかっていたのだ。それでも弱音を吐きぐちぐち悩む自分を、クラウに厳しく背中を叩いてほしかったのかもしれない。
「―――なぁ…誰かを守りたいって思うのは、ただのわがままなのか…?」
ユウマはおずおずと、クラウに縋るような目を向けながら言った。
「さあな。人も立場も様々なら見方も様々だ。だが、その手の疑問は、結果が出ない内から考えても答えは出ないと思うぞ?意義や価値なんてものは、行動して初めてついてくるものだからな」
「……難しすぎて、よくわかんねぇ。じゃあ、もし、自分より弱い奴に庇われたら?お前だったら、やっぱ、気分悪い?」
「別に気分が悪いとは思わないが。とりあえず僕の意見としては、今の君に庇われても余計な手間が増えるだけだろうから、大人しく後ろに引っ込んでてくれとは思うだろうな」
「……お、おまえ…」
あまりにも正直なクラウの言葉に、ユウマは耐えかねてわなわなと唇を震わせた。
「何だ?」
「お前さぁ…まじで、ほんっっと、俺への優しさが欠けてねぇか!?そこはもうちょっと言い方ってもんがあるだろ!?」
「君が聞いたから正直に答えたまでだが?」
「正直すぎるだろ!?仲間が悩んでんだから、何かそれらしく励ます言葉選ぶのが普通だろ!?追い込んでどうするんだよっ。キラの時は絶対そんなこと言わねぇだろ、てめぇ!終いには泣くぞ!」
「泣きたいのなら泣けばいいと思うが。僕は止めないぞ」
もっとも、キラに泣かれると弱いことは黙っておくクラウだった。
「あほ!こっちはみっともなく泣きたくねぇから必死こいて我慢してんだろうが!」
「そうだったのか?それはすまない」
そんなことを我慢して何の意味があるのかと内心疑問に思ったクラウだが、そこはなんとか空気を読んで口にはしなかった。
「あーもう!ほんと、お前と話すと調子狂う!」
「ちょっとカガチ君!先ほどからうるさいですよ!クラウさんの食事の邪魔をしてないで、自分の食事に集中して下さい!」
と、横からクルックの注意が飛んできた頃には、怒鳴って調子が戻ったのか、すでにユウマはいつもの威勢のいい彼に戻っていた。
「うるせぇよ、変態!あんただってさっきからべらべらと喋ってばっかで、手がとまってんじゃねーか!」
「な、また変態って!君はいつだって失礼ですね!大体なんですか、こんなに熱い夜に一人だけぷりぷりと怒って。栄養が足りてないんじゃないですか!?」
「余計なお世話だ!あと、俺が怒ってんのはこいつの所為だ!」
と、ユウマは目の前のクラウを指差しながら吐き捨てるように言い、肉の塊を無理やり口に詰め込んだ。そのまま豪快に咀嚼して、飲み込む。それを何回か繰り返しているうちに、ユウマはだんだん自分が何に対して腹を立てているのかわからなくなってしまった。
「たく、ほんとに…―――ばかばかしくて、やってらんねぇよ」
と、ぶつぶつ悪態をつくも、もはや誰に対して言った言葉なのかもわからない。ユウマは早々に、自分だけが悩んでいるこの状況が馬鹿らしくなっていた。
確かに、センリやリオの強さを羨んだところで何も変わりはしない。だったらクラウの言うように、とりあえず前に進んでみればいいじゃないか。
自分がなりたい、自分になるために―――
「――――クラウ」
「なんだ?」
「…………ありがと」
肉が刺さったフォークを意味もなくくるくるといじりながら、ふて腐れた風を装って小さく礼を言うところは、なんともユウマらしい。
クラウもどうやら調子が戻ったらしい仲間の様子を見て頷いた。
「別に礼を言われるほどでもないと思うが。とりあえず明日の試合、君は君らしく頑張ってこい」
「おう」
途にもかくにも、こうして第四試合一日目は、無事に幕を閉じたのだった。
そして翌朝―――
いつものように朝一のトレーニングを追え、森での演奏会も済ませて自室へと戻ってきたクラウは、珍しい来客と鉢合わせた。
「こんなに朝早くからどうしたんだ?」
「よお、ちょっと時間ない?話があるんだけど」
「話?」
気さくに手を上げてクラウを出迎えたのは、すでに鍛錬着に着替えたリオだった。
第四試験二日目―――
クラウにとって長い一日が始まろうとしていた。