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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第四章 続・魔導学園デザイア編
122/140

14 勝者と敗者



 昼食を終えたエドガーとユウマが会場に戻ると、入り口でモランと数人の獣人族の生徒が集まっていた。どうやら待ち伏せしていたようで、彼らはエドガーたちの行く手を阻むように立ちふさがった。

「なんだよ、お前ら!」

「エドガー、最後の忠告だ。本当に、俺たちの敵に回るつもりか?」

 モランはユウマを睨みつけながら、エドガーにだけ話しかけた。

「お前が改心して俺たちに協力するなら、まだ間に合う。どうなんだよ?」

「僕は…」

 モランとその他大勢の同胞に睨まれ、エドガーは怯えながら助けを求めるように隣のユウマを見つめた。しかし、ユウマは視線だけはモランを厳しく非難しながらも、エドガーに助けは出さなかった。黙ったまま、お前が自分で決めろと訴える。


「―――僕は、花組五班の生徒で、ガレシアさんは僕たちの仲間だよ」

 エドガーは、ユウマの無言の言葉を受け取りぎゅっと拳を握った。


「み、味方とか、敵とか、そんなの僕考えたことない。だって、みんな同じ獣人族でしょう?…呪いの事を非難するのは、僕だってわかるよ。でも、ガレシアさんや赤髪に生まれてしまった人にだけ押し付けて、責任を取れなんて…。それじゃあ何も変わらないし、何も解決しない…!だから僕は、クラウ君が言ったように…」

「もういい!せいぜいお友達ごっこを楽しめばいいさ。調子に乗っていられるのも今だけだからな。俺と試合で当たったときは、覚悟しておけよ!」

「おい、てめぇ!それこそ関係ねぇことだろうが!真剣勝負の場に、つまらねぇ恨み持ち出して絡むんじゃねぇよ!」

 ユウマとモランの間でバチバチと火花が飛ぶ。一触即発の雰囲気に、周りが何事かと騒ぎ始める中、群衆の間から凛とした声が響き渡った。


「―――いい加減にしていただけないかしら。廊下の真ん中でみっともない言い争いをして、通行の妨げになっていることに気づきませんの?」


「げぇ、ビクセントライン…」

 エリザベスの威風堂々とした登場に、ユウマは思いっきり顔をしかめて舌打ちした。

「あら、威勢のいい野良犬が吠え立てていると思えば、あなたでしたの。相変わらずだれかれ構わず喧嘩を吹っ掛けて、ほんと、卑しいですわね」

「ああ!?あっちから勝手に仕掛けてきたんだ!俺の所為じゃねぇよ!」

「…一緒になって怒鳴り返していれば、お互い様でしょうに。いちいち叫ばないでくださる?これだから野蛮さに際限のない人種は嫌われるのですわ」

 と、エリザベスは自分の耳を塞ぎながら、迷惑そうに言い放った。

「ケッ!てめぇもその鼻につくしゃべり方をどうにかすれば、かわいげがちょっとは増すかもな!」

「あら、あなたに認めてもらわなくても結構。虚勢を張らずとも見合った評価はおのずとついてくるものですわ」

 エリザベスは小さく鼻で笑い返すと、もう用はないとばかりに花組一班の仲間を連れて会場の入り口へと歩いて行った。群がった野次馬が自然と脇に避けてエリザベス一行のために道を譲る。

 その光景をユウマもモラン達も黙って見送るしかなかった。横槍を入れられたことに対する不満はあっても、ここでエリザベスに盾突くことが得策ではないと皆わかっているからだ。

 だが、二つの集団がすれ違う瞬間、横目でモランを見据えたエリザベスは、軽蔑の感情を全く隠そうとせず、その視線は心底滑稽だとモラン達を非難していた。それに気づいたモランが苛立ちの籠った眼差しでエリザベスを睨み返す。口出しするなと威嚇するその視線には、自分たちは何一つ間違っていないという主張するモランの強い思いが込められていた。





「―――なぁんか、ちょっと意外。絶対モラン達にも何か言うかと思ったのに……お嬢、具合でも悪いの?」

 待機場所に着いたホートンは、会場を見渡しているエリザベスの背中に話しかけた。

 ユウマとそりが合わないのはわかっていたが、エリザベスの性格ならば、ああいう場合は公平(?)に必ずモラン側にも口を出しているはずだ。しかし、なぜか一瞥だけで終わったエリザベスの態度が納得できず、ホートンは失礼にも熱があるのではないかと心配した。

「わたくしが不調に見えますの?お医者様にご自慢の視力を検査してもらった方がよろしいんじゃなくて?」

 と、エリザベスはホートンに背中を向けたまま言った。

「えー…、だって、あそこで黙ってるなんて絶対お嬢らしくないって。ああいう連中、お嬢は一番嫌いだろう?」

「ええ、大嫌いですわ」

「―――ほら、やっぱり怒ってんじゃん!」

 と、なぜかホートンは得意げに笑った。

「へらへら笑うのはおやめなさい。そういうあなたこそ、彼らに何か言いたいことがあったのではありませんの?」

「俺が?何で?」

「あなたも獣人族である以上、赤髪排斥に加わるよう彼らから誘いがなかったわけではないでしょう?」

「あー…、まあね」

 と、ホートンは歯切れの悪い返事を返した。

 ニトが学園に入ると決まってすぐに、獣人族の生徒達は例外なく同胞から排斥運動への参加を促す誘いが広がった。もちろん、新入生だって例外ではない。だが、一度目の誘いがかかった時は大して気も乗らずに曖昧に返事を返したホートンも、二度目の誘いには、はっきりと自分は参加しない旨を伝えていたのだった。


「そりゃあさ、赤髪が同じ学園にいるってのはぞっとするし、居ないに越したことはないけど。でも、学園長側がいろいろ対策してるって聞いたし、まだ子供っていうのもあるし…。とりあえずは我慢するしかないのかなって。俺としては味方どうこうよりも、そもそも関わり合いになりたくないっていうかさぁ…」

「相変わらずはっきりしませんわね。その優柔不断な性格、どうにかなりませんの?」

 ちらりと視線をよこしながら言うエリザベスは、いつも通り厳しかった。

「そうは言ってもさ、赤髪に関しては俺、まじで関わり合いになりたくないんだよな。大体、お嬢は俺があそこでモラン達の味方してたらどうするつもりだったのさ?」

「ニト・ガレシアをどう思うかはあなたの自由ですわ。自分の信念を持って覚悟を決めた上での批判なら、わたくしだってとやかく言いません」

「えー、ほんとに?」

「ええ。…とはいえ、集団で寄ってたかって一人を追い詰めるような卑怯者の味方をするつもりなら…――――たとえ同郷のよしみといえど、あなたとは二度と口をききませんけど」

「…ですよねぇ」

 想像通りの答えにホートンは苦笑いが隠せず、ポリポリと頬を掻いた。

「俺としては、そっちの方がずっと困るんだけど…」

「何か言いまして?」

「あ、ううん!とにかくさ、俺は“お嬢派”で通すことにしたから。もちろん、あいつらの誘いはきっぱり断ってるから!」

 実はホートンが二回目の返事を返したのは、班分けの発表があった翌日のこと――――つまり、エリザベスと同じ班になることが分かったホートンは、ニトでもモラン達でもなく、エリザベスという強力な存在を盾にして隠れることで、どちらか一方につかなければならない事態をうまく回避したのだ。

「実際、俺がお嬢につくって意志表示したら、あいつらもそれ以上誘いに来なかったし。今は心底、付きまとわれなくなって清々してるさ」

「…相変わらずですわね。その主体性のなさもどうにかなさい。人の後ばかりついてきても、いつか困るのはあなた自身ですわよ」

「良いじゃん。俺とお嬢の腐れ縁、どこまで続くか見守ってみるのも楽しそうじゃん?」

 エリザベスにどんなに呆れられようと、ホートンはやはり楽観的に笑うだけであった。

「―――それがどこまで通用するか知りませんが。とにかく、よその低俗な争いなど放っておいて、今は少しでも星組一班との差を縮めることを考えねばなりません」

「わかってるって。あいつらもさぁ、エドガーにばっかり敵意向けてるけど、次の相手が俺だってことわかってるのかなぁ?」

 と、ホートンは対戦表を見上げながら苦笑いした。エリザベスの影に隠れているとはいえ、花組一班に所属している自分を軽視されるのはいささか面白くないのだった。

「よろしいのでは?人の非難ばかりにご執心で、あなたの事は眼中にもないようですし。相手の警戒が薄いならそこをついて我々が勝利を手にすればいいだけのこと」

「まぁ、それは同感だけど」

「それに、わたくしあの集団の陰湿さにはいささかうんざりしていましたの。口でいくら虚勢を張ろうと、実力の前では無意味だということを彼らもそろそろ知るべきではありませんこと?そうでしょう?」

「あっは!さすがお嬢、勝負事には人一倍強欲だよな。顔に似合わず強かだし」

「一言余計ですわ。それに、どこぞの聖家の末っ子よりはましでしょうに」

 敢えて誰とは言わないところが実にエリザベスらしい。

 今頃きっと噂の本人はくしゃみでも連発しているのではないか。その姿を想像すると、ホートンは笑いがこみあげて我慢できなかった。これだからエリザベスの隣を離れられないのだ。


「あー、やばい!なんか楽しくなってきた!やっぱりこういうのは楽しんでこそだよな、お嬢!」

 興奮気味に叫びながら、ホートンは文字通り尻尾を振った。

「やる気なのはいいことですけど、勝算はありますの?」

「そりゃあ俺だって花組一班の一員だし、情けない試合はできないって!いろいろ事前に確認もしたし、結構考えてんだよ?だから、任せなさいって!」

「――――あなたの場合、その運だけで嵐を避けていきそうですけど。一応、お手並み拝見というところかしら?」

「まぁ、見ててよ。お嬢には絶対、失望させないから」

 ホートンは自信ありげに宣言しながら、ボキボキと指の骨を鳴らした。




 第四試験は毎年受験者が多く時間がかかるため、参加者を四つの会場に分けて、会場ごとに勝者を選出する。それから第一と第二会場、第三と第四会場の一位同士が試合し、そこで勝ち残った二人が最終戦でぶつかる仕組みだ。

 これから始まる午後の試合で各会場の一位が決まるとだけあって、生徒達も観客たちもまだ始まっていない内から誰が勝つかとあれこれ予想し合い、盛り上がっていた。

 第三会場の午後一番は、さっそくホートン対モランの好カードが控えていた。待望の獣人族同士の試合とだけあって観客の期待値も高い所為か、午前中よりも観客の数が多くみえるのは気のせいじゃないはずだ。エドガーを見送ったクラウ達も、にぎわう会場の中に埋もれながら試合開始を待っていた。

「く、クラウさん」

「はい?」

「うぅ…、こういうことを指導員の僕が言ってはいけないと重々承知ですが!次の試合、どうしてもホートン君に勝ってほしいと思ってしまうのはしょうがないことですよね!?ね?クラウさん!」

 隣で何やらクルックが悩んでいると思えば、妙な葛藤に苛まれていたらしい。

 モランは第一試験の時にニトにちょっかいを出してきた因縁があるので、どうしてもホートンに勝ってもらいたい気持ちが強くなってしまうのは理解できる。だが、指導員としての立場を思うと本人は内心複雑らしい。

 クラウが見る限り、モランとホートンのどちらが勝ち残っても後々エドガーは苦労しそうだ。だが、クラウ自身モランを応援する気などさらさらないし、せっかくなら同じ組のよしみとしてホートンの方だろうと頷いて同意すれば、クルックはあからさまに安堵の表情を浮かべた。

「で、ですよね!やっぱりモラン君はダメですよね!あの一件以来、不信感しかありませんし、陰湿な感じがして、僕は彼が勝ち残って今度はエドガー君に対して卑劣なことをしないか、不安でいっぱいです!」

 と、クラウの許しを得て安堵したのか、声高にモラン批判を始めたクルックは、どうやら後ろに座ったダントリオを気遣う余裕はないらしい。ダントリオも獣人族である以上、同胞が批判されるのはあまり面白くないはずだし、遠慮がちにクルックを見つめる視線はどこか複雑そうだ。だが、彼は彼なりに学園内の微妙な状況も理解しようとしているのか、決して口を挟むようなことはしなかった。


 

 教師に名を呼ばれ、壇上に上がったモランとホートンの姿に大歓声が沸く。

 遠目に二人の体格を比べてみても、モランの方が背も高くガタイが良く見えた。しかしどちらも発育途上ながら他の種族の子供よりは引き締まった体をしているし、やはり、バランスがとてもいい。

 午前中の試合模様を見た限りでは、二人とも格闘センスも申し分ないし、正直、どちらが勝つかクラウは予想がつかなかった。


「この勝負、ダントリオさんはどう予想しますか?」

「ん?ああ、そうだなぁ…。まぁ、あっちのモランってやつはメイア族だろ?そこそこ有名な部族だし、それなりに戦えるだろうけど、もう一人は見たことねぇな。俺は知らない部族だから何とも…」

「ホートン君はフェムック族の血筋ですよ!あの丸い耳に、丸い尻尾、それに茶色と黄色の縞模様の見事な調和は、彼らの最大の特徴であり魅力でもあります!」

 と、すかさずクルックが振り向いて得意げに言った。

「フェムック?はー、そういやいたなぁ!ずいぶん規模が小さい部族で、ちまちましてた印象だが、先遣部隊に必ず一人選ばれてたなぁ」

 軍人時代の記憶に引っかかることがあったのか、ダントリオはしきりに頷いた。

「フェムック族はとても目が良く、器用な方が多いそうですからね。あと、『母に祝福された一族』とも呼ばれ、自然と運を味方につける強運の人が多いとか」

「運ねぇ…。そんなもの自分の意志でどうにかできるものなのか?」

 と、半信半疑らしいダントリオは苦い顔をした。

「まぁ信憑性は定かではありませんが。実際、彼らは五十人にも満たない規模でありながら、常に安定した繁栄を続けてきた一族ですからね。昔、ケインゴルグで流行り病が出回り数十人規模の犠牲があったときも、フェムック族だけ一族総出で聖域の中腹まで遠征に出かけていて、犠牲者が出なかったという逸話があるくらいなんですよ」

「ほえぇ、すごいっちゃ!」

 と、クルックの説明にナチルが頷くと同時に、周りの観客から一際高い歓声が上がった。

 談笑している間にすでに試合は始まっていたらしく、クラウ達が壇上に視線を戻せば、まさにモランの猛攻撃がホートンに襲い掛かっているところであった。


 試合運びは、まるで観客の期待にこたえるかのように最初から激しい攻防戦が繰り広げられる展開となった。

 モランの体術は、単調ながらも体重をうまく乗せた衝撃の強いパンチ攻撃が主体だ。どれも大振りで隙もあるが、速さも申し分ないし、反応も上々に見える。あれを一撃でも食らえば相当のダメージを負うだろう。正直、エドガーのパンチがお遊戯に見えるほどモランの動きは洗練されたもので、やはりちゃんと実力を持った生徒だということがクラウにもわかった。

 一方、ホートンはひたすらモランの攻撃を避けるだけで、一見追い詰められているようにも見えるが、しかし冷静に見れば、とても器用な立ち回りで華麗に攻撃をよけきっていることがわかる。

 拳を中心に攻撃を繰り返すモランとは違い、ホートンは足腰を使った上下の動きが目立っていた。おまけに柔軟な身体らしく、正面に繰り出されたモランのパンチをホートンが華麗にエビ反りで躱した時には、会場からその意外性に対するどよめきと歓声が上がった。そのまま反動をつけて後ろにブリッジした状態から足を蹴り上げ、ホートンがバネの力だけでモランの腕を弾き返すと、会場は今日一番の興奮に包まれた。


「うおお、いいぞ!かっけぇなぁ!」

「すごい試合っちゃね!おいら、目が追いつかないっちゃ!」

 興奮気味に叫ぶチャットの横で、ナチルが飛び跳ねる。

「良いですよ、ホートン君!そのまま行け!やっちゃえ!」

 と、自慢の高倍率双眼鏡越片手に、指導員としてあるまじき声援を送るクルックは、先ほどの葛藤などすっかり忘れ去っているらしい。

 そのまま刻々と時間が過ぎていき、勝負の行方は二人の体力がどこまで持つかにかかっていた。


「…なんか、このままだと審判判定に持ち込みそうだけど…。なぁ、あのホートンて奴、なんで実を手に持って戦ってるんだ?」

 と、チャットが不思議そうに隣のナチルに話しかけた。

 確かにホートンはベルトを腰につけず、わざわざ右手に巻きつけて戦っていたのだ。もちろん、審判の注意が入っていないということは、ルール上問題ないのだろう。

「あれじゃあ攻撃しにくいんじゃないのか?」

「うーん…。でも、何か考えがあるっちゃよ、きっと」

「どんなだよ?」

「うーーん…?」

「―――視線ですよ」

 答えに詰まるナチルに変わって、クラウが簡素に答えを返した。

「視線?」

「彼はわざとモランの視界に実が入るように手に持って見せびらかしているのでしょう」

「なんでそんなことするっちゃ?」

「モランの攻撃を一点に集めるためでしょうね」

 実を奪えば勝ちというルールがある以上、相手の実を奪うだけでなく自分の実を守ることも大事になってくる。当然、実力的に奪うのが無理となれば、エドガーのように実を守ることに専念し、相手の隙を突く戦法はありがちだ。おそらく、ホートンももともとモラン相手に真正面から勝負を仕掛ける気などなかったのだろう。

「モランの攻撃は大振りでリーチが長いように見えますが、上半身の筋肉が重いせいで、動ける範囲は限定的です。一方、ホートンは足の筋力をフルに使った上下の動きが目立つ。要は、攻撃が上に来る方がホートンにとっては避けやすいんですよ。ついでにモランの腰の実も狙いやすい。だから、彼はわざと的である実を手に巻きつけて、モランの視線を常に上に固定させ、攻撃が上に流れるように誘導しているわけです」

「な~るほどぉ!相手がモラン君の様に直情型で単純なほど、引っかかるってわけですね!?」

 と、クルックは相変わらず目を輝かせて、失礼発言をかましていた。

「でも、結局攻撃しないと勝てないっちゃよ?逃げてばっかりじゃ、審判の印象も良くないっちゃ」

 判定で負けては意味がないというナチルの疑問は尤であった。

 だが、試合は意外な展開を迎え、あっさりと決着がついたのだった。



 終始、攻勢に出ていたモランだったが、残り時間僅かというところで一瞬足がもつれ、その身体がぐらりと傾いてしまったのだ。咄嗟に右足で支えようと踏ん張るが、すぐには姿勢を戻せず、モランはふらついてしまった。

 そんな突如訪れた好機をホートンが逃すはずがない。

 相手の一瞬の動揺を悟ったホートンは、モランが完全に体勢を整えるまでのわずか数秒の間に、懐下にするりとしゃがみ込みこむと、その姿勢のまま強烈な回し蹴り繰り出した。

「おお!やるなぁ、あの坊主!」

 ダントリオの歓声が上がると同時に、ホートンの足先で弾かれた実がモランのベルトから吹っ飛び、勢いよく会場の壁に激突する―――

 衝撃で殻がはじけ、中の果肉が見えたと同時に、勝利の宣誓が高らかに上がった。


「―――勝者、ホートン・ウェルムック!!」


「やったね!お嬢、また一勝~!」


 大喝采に包まれてエリザベスに笑顔で手を振るホートンに対して、負けたモランは床に手をついたまま唖然と地面を見つめていた。何故自分が負けたのか、モランはまだ状況を飲み込めていないのかもしれない。

「えー!?あんな終わり方ありっちゃ?まぐれ勝ち??」

「まさか、あれも運が味方したとかいうのかよ?いやいや、偶然だよな!?」

 と、ナチルとチャットも、意外な決着に困惑を隠せない様子で顔を見合わせていた。その隣で、

「わかりませんよ!なんと言ってもフェムック族ですからね!しかし、偶然だろうが運だろうが、勝ちは勝ちです!!いやっほーい!」

 と、ホートンの勝利に狂喜乱舞するクルックは、もうすっかり自分の立場を忘れたらしい。

 だが、仲間の困惑をよそに一人だけホートンの戦いぶりを評価した男がいた―――ダントリオだ。

「良いなぁ、あいつ。若いのに、自分をよくわかってる闘い方だ」

 と、にやにやと褒めるダントリオは、一人戦士の顔つきをしていた。

「ああいう器用なやつはあっという間に出世するやつが多いんだよな。…こいつはひょっとすると厄介な相手が残ったんじゃないか?エドガーじゃ、ちょっと厳しい相手だぜ?クラウ」

「そうですね」

 ダントリオの意見に反論の余地もなかったので、クラウは素直に頷いた。

 実際、クラウが見ても今の試合をリードしていたのはホートンの方だとわかったからだ。

 フェムック族の強運の信憑性はわからないが、追い詰められていながらも最後まで冷静さと余裕さを失わずにいたホートンは、どうやらクラウ並の器用さを持っているらしい。

 本来、右利きや左利きといったそれぞれの利き手があるように、足も利き足と軸足に役割がわかれているものだ。モランの場合、試合中の動きを見れば利き足が右、軸足が左だと判断できる。ホートンはそれをわかった上で、モランが攻撃しにくい場所に実を掲げてわざと誘導していたのだ。利き足を出したまま、咄嗟に逆方向へと攻撃を転換させる器用な足運びはなかなか難易度が高い。特に下半身の動きが未熟なモランでは対応がワンテンポ遅れてしまうのは仕方がない。最終的に足がもつれてぐらついてしまったのは偶然かもしれないが、あの試合を終始支配していたのは、間違いなくホートンだ。

 そして、攻撃を避けながらそんな細かい判断ができるだけの観察力と、器用な身のこなしをマスターしているホートンは、エドガーにとっても強敵でしかない。なんといってもエドガーはモラン同様力でねじ伏せるタイプだ。それに加えてまだまだ動きも反応も鈍い初心者。

 この差を埋めるための唯一の武器が、エドガーのあのけた外れの怪力なのだが、果たしてどういう結果になるか――――

 今更アドバイスなどできるはずもなく、クラウも仲間と共にエドガーの勇士を見守るしかなかった。


 そして、参加者や仲間の願いに関わらず勝敗の宣誓が次々と下されていく中、エドガーは、ついにホートンと対戦することになったのだった。







「両者、前へ!」

「うおおおーーー!エドガー君、頑張って下さい!!!」


 一際大きなクルックの声援が聞こえ、壇上に上がったエドガーはきょろきょろと視線を動かした。初めのような緊張感はだいぶ薄れたもののまだ顔がこわばり、挙動が少しおかしい。だが、観客席で派手な色の旗を振るクルックの姿を目に留めると、エドガーは安堵し、いつもの愛嬌のある顔ではにかみながら手を振り返した。

 見た目のいかつさに反して何とも愛らしいその姿に、

「なにあの子、大きいのにかわいい!」

 と、誰とも知れない女生徒の黄色い声が飛んできた日には、エドガーは顔を真っ赤にしてもじもじと俯いた。


「いいなぁ。すげぇ人気じゃん、エドガー!」

「そ、そそ、そんなことないよ!」

 向かいに立ったホートンにしみじみと言われ、エドガーはどう反応していいのかわからず、またもじもじと手をすり合わせた。

「なんで?お前、確かに最近変わったし、前より全然いいと思うぜ?」

「うえ!?あ、ありがとうっ!!」

 目を白黒させて狼狽えるエドガーは、本気で動揺してした。

 元々、半獣という理由で同族の生徒からは蔑まれることも多く、友好的な関係を築けた友達もほとんどいなかったのに加えて、ニトに肩入れしていると話が広まってからはさらに軽蔑の目や敵意を向けられることがほとんどだったのだ。

 しかし、ホートンは気さくに笑いかけてくれるだけでなく、

「試合、楽しもうぜ!」

 と、エドガーに向かって握手を求めてきたのだった。フレンドリーなホートンの行動に感動したエドガーは、両手で握り返して何度も頷いた。

「同じ組だけど俺も負けるつもりないし、手加減もしないからな」

「うん、うん…!僕も負けないっ」

「よし!恨みっこなしの一発勝負だからな。よろしく!」

「よ、よろしくお願いします…!」

 こんなに清い挨拶をされたのが初めてだからだろうか―――

 エドガーは生まれて始めて、これから人と対戦するというのに、何故かわくわくとした楽しみを感じていたのだった。




 試合開始の合図がかかると、すぐにエドガーは行動を開始した。動こうとしないホートンからじりじりと距離を取り、線ギリギリまで下がる。腰を据えて腕を掲げ、ただじっと待つだけの戦法だが、エドガーの脳は今日一番の集中力を発揮していた。飛んでくる観客の声援にも動揺せず、五感を研ぎ澄ませて勝機の瞬間を待つ―――

 今回はホートンもベルトを手に持つような真似はせずに、腰にちゃんと巻きつけていた。試合前に、ホートンがどこに実をつけるかちゃんと見ておけとユウマに注意されたため、しっかりと確認済みだ。

 

「準備、終わった?」

「え!?あ、うん!」

「じゃあ、そろそろやらせてもらおうかな。悪いけど俺、負ける気なんてこれっぽっちもないから」

「!!!」

 

 わざわざエドガーの準備が整うのを待っていたらしいホートンは、律儀に宣戦布告してから、そのまま真正面から突っ込んできた。

 エドガーの戦法を知っているはずなのに、自ら捕まりに行こうとするその作戦に何かの意図があるのか―――もちろん、戦闘経験の乏しいエドガーには予測などできなかった。

 ただ自分がすることだけはわかっている。クラウの教え通りに狩場に入ってきた獲物を確実に捕まえ、狩りにいくだけ。簡単なことだ。なのに、妙な緊張感に汗が流れ、エドガーの心臓はいつになくばくばくと高鳴っていた。

 何度も深く息をついて、気持ちを落ち着かせながらじっと足音に耳を傾け、視界に獲物が入ってくるのを待つ。軽快な音と共に正面から伸びてきた茶と黄色の毛におおわれた腕が見えた瞬間、エドガーはそれを素早くとらえ、申し分のない絶妙なタイミングで技を仕掛けに行った。


「やぁ!!!!」

「そこです、エドガー君!…って、あああ!?」


 クルックの歓声が突如悲鳴に変わる。だが、技をかけることに集中していたエドガーの耳には届かなかった。

 バランスを崩したホートンの右足を想いっきり刈り上げ、その身体を軽々床にたたきつけたエドガーは、素早く実を奪おうとホートンの腰に手を伸ばした―――

「あ、あれ…!?」

 しかし、試合開始時にはちゃんと腰にあったはずの実が身当たらず、エドガーは狼狽えた。


「残念!下ばっかり向いてるから、見逃すんだよ!」

「わ!?」


 あたふたするエドガーを後目に、ホートンはエドガーの逞しい腕に手をかけたまま、鉄棒の逆上がりの要領でスルリと一回転して飛び起きた。

 この時、状況の把握が全くできていなかったエドガーだが、ホートンの奇行に驚き、身体が本能的に動いていた。獣人族が持つ野生本来の勘が働いたのか、エドガーは無意識のうちに逆の手でホートンの後ろ襟をつかむと、力任せに思いっきり自分から引きはがしそのまま場外へ放り投げてしまったのだ。

「うえぇっ!?そんなのありかよーーー!」

「…!わぁ!?ごめーーん!!!」

 勢いがつきすぎた所為でホートンの身体が軽々と吹っ飛でいく光景に、我に返ったエドガーはあわてて駆け寄った。

「ホートン君、大丈夫!?怪我しなかった!?」

「お、おお…大丈夫、大丈夫。ああ、ビビった…!しっかし、すげぇなお前。ほんと馬鹿力過ぎ…」

「ごめんね、ほんとにごめんねぇ!」

「うはは!だから大丈夫だって」

 すでに半泣き状態のエドガーに、ホートンは身軽に飛び起きてどこにも怪我がないことを知らせた。

「いやぁ、片手でふっとばずとか、まじで焦った!!

 ―――へへ、でも今回は俺の運の方が上だったみたいだな?」


「え……あっ!」


「―――いぇ~い、俺の勝ち!悪いな、エドガー」


 ニッコリ笑って掲げたホートンの左右の手には、いつの間にか実が一つずつ握られていたのだった。





「うえぇええええ、あんなのありですか!?いいんですか、クラウさん!?」

「審判が止めないということは、ルール上問題ないのでしょう」

 ひどく動揺しているクルックとは対照的に、クラウはいつも通り冷静に答えた。

 確かに、ルールは“互いの実を奪うか割るか”のみに限定されていたはずだ。自分の実をどうしようと自由だという解釈になるなら、ホートンの今の行動もルールの範囲内に収まるということだろう。

 ずいぶんと危険な賭けに出た奇策ではある。が、痛いところを突かれたなとクラウは感心した。

 あの時、ホートンはエドガーに技を仕掛けられる直前に、自分のベルトから素早く実を取り、後ろ手にそのまま天に向かって放り投げたのだ。

 周りから見れば飛んでいく実の軌道など丸見えだったわけだが、あいにく下を向いて待ち構えていたエドガーの視界には映らなかったのだろう。

 出し抜かれたことに気付かず、実を奪おうと近づいたエドガーの腰からホートンは逆に実を奪い、さらに落ちてきた自分の実も器用にキャッチしていたというわけだ。

 もし投げ方を誤ったり、キャッチできずに終われば、最悪負けてもおかしくない一か八かの戦法だ。だが、そこは運を味方につけたフェムック族の強みなのか、それとも単純に器用さが桁外れに優れているのか、ホートンは見事、両方の実を自分の手中に収め勝利をもぎ取ったのだった。

 


「わぁ、僕、全然気づかなかった…」

 あまりにもあっさりと負けたエドガーは、床にぺたりとへたり込んだままホートンを見上げた。まだ状況の整理がつかないものの、どうやらまんまとホートンに出し抜かれたことだけは理解できていた。

「へへ、そりゃあ、お前と真っ向から力で勝負するほど俺も馬鹿じゃないって。いろいろ考えて、なんか面白そうだからやってみようかなって。でも、まさかあの状態からぶん投げられるとは思わなかったから、まじで焦った!ほんとすげぇ力だな」

 焦ったといいつつもちゃんとキャッチし、勝利を手にしたのだから、あながち強運の持ち主というのは本当なのかもしれない。

「でもまぁ、意外性があって楽しかったよ。あんな飛び方したの初めてだし!」

 と、ホートンは笑った。

「ぼ、僕も!あっさり終わっちゃったけど…、あ、ありがとう!」

「フハ!負けたのにお礼?変な奴!」

「だ、だって、僕みたいなのと真剣に勝負してくれて、それに楽しかったって…」

 そんなことを言ってくれる生徒がいるとは思わなかったから、ただ嬉しかったのだとエドガーが伝えれば、ホートンは反応に困ったような顔をした。

「…もしかして、モラン達のこと気にしてるのか?まぁ、俺はモラン達の事、批判も肯定もしないし、この先もガレシアと仲良くはできないけど。でもだからってあんまりやり過ぎなのも気分良くないじゃん?俺、ああいうギスギスした空気、嫌いなんだよな。やっぱりせっかくの学園生活だし、何でも楽しみたいじゃん!誰だってそうだろ?」

「う、うん」

「それにさぁ、ちょっと思ったんだよな。俺にとってお嬢たちが大事な仲間なのと同じように、エドガーにとってもガレシアやカガチ達が大事な仲間なんだろう?仲間を裏切れって言われても、難しいよな」

「ホートン君…」

「なぁんてかっこいいこと言ってみたけど。俺だってこの先も赤髪を受け入れるつもりはないし、本当はただお嬢に嫌われたくないだけなんだけどな!」

 ニッと笑ってあっけらかんと言うホートンを、エドガーはきょとんと見返した。

「お嬢は言い方がきついけどさ、カガチの事も内心は結構見直してるんだぜ?お前ら五班、いつも頑張ってるもんな。お嬢も今日はお前を一番警戒してたみたいだし、もうちょっと自信もってもいいと思うぜ。じゃあな!」

 

 試合には負けてしまったが、さほど悔しさがないのはなぜだろうか。でも、勝てていたらきっともっといい気分になれていたような気もして、エドガーはふわふわとした不思議な感覚のままホートンの背中を見送った。

 それからぺこりとお辞儀をし、先ほどから苦笑いしながら待ってくれているユウマの元へと戻っていった。







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