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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第四章 続・魔導学園デザイア編
118/140

10 警告



 ダントリオたちとの再会を喜んだクラウは、とりあえず三人を自分の仲間に紹介することにした。

「―――指導員のクルックさん、ユウマ、エドガー、キラにアウラ、それから…ニト・ガレシアです」

 鍛練場へと案内し、準備運動を終え一息ついている仲間を呼び、一人ずつ引き合わせる。しかし、ニトはダントリオの姿を見た途端に怯え、その赤髪を隠すようにエドガーの巨体の後ろへと逃げ込んでしまった。

 その一瞬でも、ダントリオの視界には赤い髪がしっかり映っていたらしい。彼はいつになく厳しい顔で、ニトが隠れている方を凝視していた。その視線に込められた感情が、あまり歓迎できる類のものではないことにクラウはすぐに察したものの、あえて口を挟まずにいた。

 しかし、場に走った緊張を敏感に察し、素早く動いた男がいた。


「―――おい、おっさん。いくらクラウの知り合いでも、こいつに難癖つけるつもりなら、許さねぇからな」


 ユウマは、ダントリオとニトの間に割って入り、倍以上もの背丈があるダントリオを例の三白眼で睨みあげていた。

「あんたら、二言目には断罪断罪って言うけど。こいつが生まれてから何したって言うんだ?非難されて、怯えて隠れること以外させてもらえなかったこいつに、それでもあんたらは死ねって言うのか?」

「そ、そういうの、間違ってると思うんです…!」

『あの!ニトちゃんは、すごくいい子なんです!だから…』

 ユウマの頼もしい姿に励まされ、エドガーも必死に己の腕でニトの身体を囲い隠し、キラもまた、ユウマの隣に立って自分とアウラという存在がそばにいることを必死に訴えた。

 だが、そんな子供たちの様子を、ダントリオはただ驚いた様子で見返すだけだった。異種族と言えど、赤髪の肩を持つ存在がいることが信じられないと言いたげだ。

 仲間を庇う―――至って普通の感覚のはずだ。

 クラウも含め、みんな、ニトが抱えされているものを一緒に背負う覚悟でいるし、ニトを迎え入れた時にみんなで決めたことだ。

 だが、クラウ達の側からすれば当然のことでも、獣人族には理解できないことなのだろう。

 立場が違えば、思いも変わる。どちらが正しいわけでもない。

 裏切りと殺戮が繰り返された歴史の上に募った恐怖は、人思いの温和な性格のダントリオですら、じっと押し黙ってしまうほど根深いもので、確かな事実なのだろう。

 それでも、クラウはニトをダントリオに紹介することに躊躇などしなかったし、ダントリオのもつ優しさとそのお人よしな人柄を信じていた。


「―――ダントリオさん」


 クラウが呼びかけると、ダントリオは硬直が解けたようにハッとクラウを振り返った。それから大きなため息を一つはいてから、困ったような、複雑な顔をして見せた。

「…すまねぇ、わかってはいるんだ。ただあまりに突然だったから、驚いちまってな。……しかしまぁ、なんだ、クラウ。お前の仲間はずいぶん“個性的”だなぁ」

 ダントリオはそれ以上ニトを見ることはせずに、今度はキラの腕の中に納まっているアウラに視線を移した。

 ガーナを絶望の淵から救いあげた希望の光―――今、西では英雄並みに崇められているこの二人が、まさかクラウと同じ学び舎に通い、さらに同じ班の仲間だというのだ。何かの間違いではないのかと疑うほど、ダントリオの驚きと困惑は大きかった。もちろん、隣に立つナチルとチャットも、先ほどから愛らしいアウラの姿に釘付けである。

「おいら、精霊なんて初めて見たっちゃ…!」

「俺も。へぇ、やっぱり光属性だからかな、なんかまぶしいな!」

「お口、もぐもぐしてるたい!何か食べてるっちゃ!」

 と、二人とも興味津々の様子でアウラを観察しているが、当の本人は全くの無関心で、愛用のビンに手を突っ込んでお菓子をむさぼっていた。

 場の空気を読まない自由な気質は、誰の前でも同じらしい。アウラはやはりアウラであった。

 

 そして、場の空気を読まない男がもう一人―――

 先ほどから何やら荒い息を付き、血走った目でひたすらナチルを凝視する変態がいた。


「も、もももも、もしや…、あなたはあの、癒しの一族と言われた、モナモン族では…!?」

「?な、なんだっちゃ……?」

 じぃーーーっと、クルックの変態的眼光に見つめられたナチルが、怯えたように体を震わせた。

「うひょーー!なんという奇跡、眼福!地人族の中でも、獣人族のベルモット族に劣らない極めて愛らしい容姿を持つモナモン族!ま、まさか、生きて生身にお会いできるとは…!さすがクラウさんのお知り合いですね!ふおおお、鱗が星形に見えるのは本当なんですね!?この肌触り、ああ、すべすべですねっ、かわいらしいですね。なんですかね、良い匂いがしますね。ああ~…!」

「さ、触るなっちゃ~!?」

 猛る衝動を抑えられず暴走するクルックにナチルは鳥肌を立てて逃げ回り、ダントリオの背に隠れるとその巨体にしがみついた。

「ああ!逃げないで下さい!もうすこし、その感触を…!」

「うげぇ!何かこいつ、ココル姉ちゃんと同じ匂いがするたい!危険だっちゃ!」

「確かに……」

 涙目で震えるナチルを背に庇い、ダントリオも顔を引きつらせて頷いた。

「言動から変態具合まで、まんまココルだな…」

「…でも、なんかいろいろ詳しい分、ココルさんより余計きもい!」

 と、チャットが大変失礼なツッコミを入れるが、クルックは別の単語に反応したのだった。


「―――ココル?ココルってまさか、ココル・ハーマット様の事ですか!?みなさん、お知り合いなのですか!?」


「ココル、ハーマット“様”…だと!?」

「わぁ、そんな呼び方する人初めて見たっちゃ…」

 ダントリオたちは一瞬の思考停止に陥り、それから同時にあり得ないと首を振った。

 確かに、ココルは聖導師としては優秀だ。だが、性格…というか、性癖が極端に歪んでいるので、様付して呼ぶような大層な人間ではないはずだ。後輩のミシェーラの扱い方からも分かるように、威厳も尊厳もない、あるのはただ『変態』という二文字のみ。残念さではほかに引けを取らない人間を、よもや様づけで呼ぶ存在がいるとは―――三人は、どういう冗談かと笑い飛ばした。

 だが、クルックはまるで憧れにあったかのように目をキラキラと輝かせ、あろうことか、

「ハーマット様は、僕の心の師匠です!」

 と、言い切ったのだった。


「おいおいおい、心の師匠って…、お前さん、正気か?大丈夫か!?」

 ダントリオは、いよいよ本気でクルックの頭を心配し始めていた。

「な、なんですか、失礼ですね!みなさんこそ、彼女の素晴らしさを知らないのですか!?」

「素晴らしさ、ねぇ…?」

 “変態として”の素晴らしさなら知っているが、性格や人道的な素晴らしさには身に覚えがないダントリオは、ますますあり得ないと首を傾げた。

「ハーマット様は、あの大聖導師ベイン様が直々に後継として引き取り、六聖宮全員が、次期六聖宮の第一候補として認めたほどの才を持つ、素晴らしい方なのですよ!」

「へぇ、あの変態がなぁ。でも、今はしがない地方勤務だぜ?」

 変態さが異質過ぎて、候補から降ろされたのかとダントリオはまた笑いとばした。

「ムキーーー!なんて失礼な!ハーマット様は、自分の力をもっと人の役に立てたい、より多くの方を癒したいと希望されて、当時、妹弟子であったエルトリア様に第一候補の座を譲り、自らきつい地方勤務を望まれたんですよ!」

「……いやいや、あれの本心はたぶん、より多くの“かわいいもの”を見たいっていう不純な動機だと思うけどな」

 下手に六聖宮にでもなれば好き勝手できなくなるので、縛られるくらいなら多少きつくても地方に飛ばされた方がましだと思ったのではないか―――

 あのココルならそっちの理由の方がしっくりきてしまうあたり、普段の残念さがうかがえる。


「なんと罰当たりな!た、確かに、いろいろ噂がある方ですが…、僕の心の師匠は、ベイン様のように凛々しく賢く、ディアナ様のように美しく慈愛に満ちた、己の信念を貫く強い志を持った、女神のような御方なのです!」


「え………ど、どうしよう、兄貴。おいら頭が可笑しくなりそうたい…。だって、おいらの知ってるココル姉ちゃんと全然違うたい…。もしかして、別人…?」

 ナチルは困惑したように大きな目でダントリオを見上げた。

「…ああ、そうだな。こりゃ間違いなく、別人のことだ」

「うん。絶対、同姓同名の別人だ…!騙されるな、ナチル!」

「そっかぁ、よかったっちゃ!」

 結局、思考停止に陥った3人は、クルックの言っている人物と自分たちの知っている人物は違う人間だという結論に至ったらしい。

 もし、本人がこの評価合戦を聞いたら、どんな反応を示すだろうか―――

 きっと今頃、詰所で世話焼きの後輩にからかわれながら、大きなくしゃみを連発しているに違いない。そんな姿を想像したら、クラウはついココルやミシェーラへの懐かしさが募っていた。




「おい、変態趣味に浸るのは後にしろよ―――で?結局この人ら誰なんだよ?」

 貴重な鍛錬時間をクルックの変態観察にとられるのは癪だと、ユウマが無理やり話をぶった切った。

 そこでクラウも紹介が途中だったことを思いだし、ダントリオたちをザバルでお世話になった恩人だと説明した。

「ふーん。その恩人が、何の用できたんだ?」

「―――実はナチルさんにちょっとした協力をお願いしていたんだ」

「協力?」

「これだ」

 説明するより、実際に見てもらった方が早いだろうと、クラウはナチルから受け取った鞄の中身を仲間に披露した。


「おお…、何だこれ!?」

「わあ、かわいい!」

 ユウマとエドガーが驚きの声を上げる。その真ん中で、

「なんですか!?なんですか、それ!」

 と、クルックも身体を二人の間にねじ込むようにして覗き込んでいた。

「キラ用の武器ですよ。ナチルさんに作ってもらったんです」

「なんと、キラさんの!」

『え!?私!?』

 てっきり学園から支給されるものと思っていたキラは、戸惑ったようにクラウとナチルの顔をおろおろと見つめ返した。

 クラウも当初は街の武器屋で調達するつもりでいたのだが、どうせなら聖宮の人間が手出しできないよう、遠くで作ってもらうのもありかと考えたのだ。そこでふと思い当たったのだが、ナチルが持っていたあの武器―――――初めて会ったときに使っていた血のような液体をまき散らした武器であった。

 遠距離系で、後方支援武器。何よりそれほど力が要らないという点でも、キラが扱うにはちょうどいいのではないかと思ったのだ。

 今回は更に改良を加えてもらい、色玉ではなく、矢先のような尖った金属が発射されるように作れないかと手紙を送ったのだが、優秀なナチルはその意図をちゃんと理解して完璧なものを作り上げてくれていた。


「女の子が使うって書いてあったから、すごく気を使ったっちゃ。重さはほとんど感じないはずたい」

「―――ええ、すごく軽いですね。素材は何を?」

 クラウは武器を手に取って改めて感触と出来を確かめた。

 仕組みと形はほとんどボウガンに近いが、大きさはナチルが使っていたモノよりも一回り小さい。

「軽くても強度がないと引き金を引いたときの反動ですぐひびが入るたい。だから、ムゥの二枚殻を砕いたものに、つなぎとして溶かした金寿鉱石を混ぜてあるたい。それを黄色に染色してから、さらに上からミルミコの樹液を塗ってあるから、防水もばっちりっちゃ!」

「すごいナチルさん!融合比率に詳しいんですか!?」

 と、意外な関心を寄せたのは、将来鍛冶職人を目指すエドガーであった。

「当然だっちゃ。各鉱石の特徴と融合比率、融合解離の法則知識は物づくりの基本たい。でも、その辺はおいらよりチャットの方がもっと詳しいっちゃよ」

「まぁ、俺はどっちかって言うと、鍛冶より立体魔法の方が得意だからな」

「立体魔法!?わぁ、お二人ともすごいんですね!」

 エドガーはすでに二人に心を許したようで、キラキラと瞳を輝かせながらナチル達を尊敬のまなざしで見つめていた。


「さぁさぁ、さっそく使ってみるたい!細かい説明と調整は後だっちゃ!」

 と、ナチルはクラウの手からビッドガン・ドーラを受け取ると、キラに利き腕を出すように言った。

「装着は簡単だっちゃ。ここに腕を通して…ベルトで固定するだけたい」

『は、はい!』

「それから、準備も簡単!ここにこうしてはめ込んで…、カチッと音がするまで、しっかり押し込んで、引っ張って、ひっかけるっちゃよ?」

『……は、はい!』

 一人状況が呑み込めず困惑するキラをよそに、ナチルは次々と説明を続けた。

「今回はクラウの要望通り、やじりを改良して作った鏃弾を一番効率よく飛ばせるように設計してあるたいね。でも、小ぶりで軽い分、距離は普通の弓よりはだいぶ劣るたい。あと、風の影響も受けやすいっちゃ」

 好条件下で最大20メートルほどだろうと、ナチルは言った。

 だが操作はとても簡素に仕上がっているので、扱いは楽だろうと付け加えた。引き金を絞って放すだけで弾が発射されるのだ。しかも弾速は男性が弓を射った時と同等だと言うのだから、力のないキラにはうってつけの武器であった。

「ついでに、ここをこうして、こうずらすと……鏃弾とおいら特製の色玉どっちも装填できるように切り替えられるしくみっちゃ」

「おお!それは便利ですね」

 しかも嬉しいオプション付き。クラウはその出来栄えに改めて感心した。

「ただし、色玉はおいらの特製弾だっちゃ。だから、神子さんもなくなったら自分で錬成して補充しないとダメっちゃよ?」

 当然非売品なので、自分で材料を集めて、専用の魔法陣で一から作らなければならないと言う。その言葉にキラが不安そうな顔をした。


【私、魔法もモノづくりも全然だめで…。できるでしょうか?】


「大丈夫たい!そんな心配しなくてもいいっちゃ!」

 キラが書いた文字を呼んだナチルが飛び跳ねて言う。それから、

「実はおいらも、魔法の方は全然才能ないっちゃ」

 と、照れくさそうに笑ったのだった。

『え…?』

「魔力量も1、術も初級魔法弾打つだけで精一杯、おいらそっちの才能は全然っちゃ。だから、この色玉用の結合魔法陣も、チャットがおいらのために特別に作ってもくれたものたい」

 才能がない自分でも簡単に作れてしまうのだから、きっとキラもできるはずだと励ますナチルに、キラはようやく安堵し、はにかんだ笑みを見せた。

 その愛らしい笑顔に、ナチルも負けず劣らずの愛嬌ある顔で笑う。

 年齢は倍以上の違いはあれど、背丈は同じくらいで似た雰囲気を持つ二人の周囲に、この上ない癒しのオーラが弾ける。そのあまりの威力に昇天しかけた変態がいたのだが…、ひっそりとユウマの鉄拳にて撃退・駆除された。


「非力で、身体も小さくて、役に立てない悔しさは、おいらもすごくよくわかるたい。でも、あきらめちゃダメっちゃよ。小さくても、非力でも、役立てることはいっぱいあるたい。使い方も知識も、全部おいらが教えてあげるっちゃ!」

 

『は、はい!ありがとうございます!』


 キラにとって、これほど励みになる言葉はなかった。

 自分も仲間のために役立てるのだと、自信をもらったキラは、それからナチルに付きっきりで武器の使い方を教わることになった。ナチルの言葉、一字一句を逃さないように真剣に講義に耳を傾けるキラのやる気に、ナチルも感心し、ついにはキラに己のすべてを教えきるまで帰らないとその場で宣言したのだった。



「…はぁ、やっぱりこうなるのか」

 やる気をみなぎらせて張り切るナチルの様子に、ダントリオが頭を抱えて苦笑いを浮かべた。

「ナチル、武器のことになると頑固だからなぁ。ああなったら、絶対自分が納得するまで居座るつもりだぜ?宿、延長しといてよかっただろ?兄貴」

「まぁ…、あの楽しそうな顔を見て、嫌とはいえねぇだろ?」

「はっはー!兄貴はナチルに甘いからなぁ!」

「…しょうがないだろ。あの顔で強請れて、お前、はねつけられるか?」

「俺は別に慣れてるし。でも、その割にはよく俺たちのことぶつよな、兄貴って」

「うるせぇ」

「ま、いいけど――――それよりさぁ、ナチルが神子さんについてる間、ぼうっとしてるのもあれだし。俺たちも何かクラウの手伝いしようぜ!な、兄貴!」

「………あ?お、おう、そうだな…」

「本当ですか!?よかったですね、クラウさん!これで、カガチ君の相手が見つかりましたよ!」

 チャットの思わぬ申し出に、そばで抜け目なく聞き耳を立てていたクルックが飛び跳ねて喜んだ。

 なんといってもダントリオもチャットもプロの冒険者である。実践の経験も豊富だし、生死をさまよいながら生還した二人だ。きっとクラウ達よりもユウマに教えてあげられることも多いだろう。

 何より、ダントリオのこの鍛え抜かれたガタイなら、エドガーの稽古相手にぴったりではないか――――


 チャットの提案がとても妙案に思えはじめたクラウは、ここはありがたく協力してもらうことにしたのだった。







 その頃、自由鍛錬場の穏やかな空気とは裏腹に、育成舎の学園長室では、重苦しい空気が流れていた。


「――――それは、決定事項なのですか…?」


 学年主任のデリックより突然の呼び出しを受け、学園長室へと出向いていたカゲトラは、怒りを必死に我慢しながら拳を握りしめた。

 自分が発した声は震えていなかったか―――

 今、隣で自分を見つめるデリックの厳しい視線を直視したら、己の感情が爆発するのを止められそうになかったカゲトラは、必死で気持ちを抑えつけながら、ただひたすら目の前のフェンデルの透き通るような瞳だけを見つめ続けた。

「残念ですが、昨日の会議で決定したことです。理解していただけますね?」

 報告するフェンデルの声は、いつでも冷静で、感情的になることはない。だが、いつもなら感心するその落ち着いた様子すら、今のカゲトラにはどこか憎らしげに見えてしまうのだった。

「何故、何故急にそんな話に!?あの子の意志も確認せずに、一方的に出場禁止を決めるなどっ…、あんまりではありませんか!」

 問い詰めるように責めても、フェンデルはただ静かに首を横に振って拒絶の意志を示した。もうすでに決まったこと。それをカゲトラの同情心だけで覆すわけにはいかないのだと、フェンデルの不思議な魔力を宿した目が告げていた。

「どうしてですか!学園長様!」

「立場をわきまえよ、アッセンビュリーク先生。貴公はフェンデル様の心痛をお察しできぬのか?そもそも今回の事の発端は、学園に届いたいくつかの意見書にある。フェンデル様の独断ではないのだ」

 デリックの例の冷たい視線がカゲトラに向けられていた。

「意見書…?」

「そうだ。ここ一か月ほどで、赤髪を第四試験に出すなと、彼女の出場停止を求める意見書が多数届いたのだ。それに便乗して、もともと赤髪の入学に疑問を呈していた後援の貴族からも、試験会場に赤髪を同席させることさえ渋る意見が出始めたのだ」

「そんな…」

 そこまで大事に発展しているとは知らず、カゲトラは動揺した。

「フェンデル様はこの問題にあらゆる対応策を考え、赤髪にとって一番いい方法が何かを模索してこられた。だが、意見書は増えるばかりか、ついには我々に警告を促す手紙まで届く始末だ。そこで、フェンデル様は我々にも意見を求め、慎重に議論を積み重ねたうえで、やむなく“出場停止”という選択をとられたのだ。お優しいフェンデル様が、その決断を下すことに御心を痛めなかったとでも?」

「それは……。しかし、それでも!この学園で引き取った以上、彼女の…、ガレシアの意志を尊重するべきなのではないですか!?せめて、あの子にすべてを伝え、そのうえであの子自身に選ばせるべきでは!?まだ罪を犯してもいない少女を、一人結界内に閉じ込めておくことが、我々が教える“平等”の在り方だとおっしゃるのですか!?」

「―――では貴公は、もし万一があった場合、どう責任を取れるつもりかね?それこそ罪もない子供や観客に取り返しのつかない危険が及んだとして、ただ謝罪するだけでは世間は許してはくれんぞ?」

「…わかっています」

 デリックの言葉に、カゲトラはぐっと押し黙った。

「わかっておらん。何もわかっておらんよ、君は。例え君の命で償ったとて、その代償は払いきれん。例え犠牲が出ずとも多くの命を危険にさらせば、我々や学園の信用にとどまらず、フェンデル様の立場すら脅かしかねないほどことは重大なのだ。その危険性を承知していながら、我々に赤髪の参加を認めろというのかね?」

「……」

 とうとう、カゲトラは反論できずに俯いた。

 わかっている。わかっているのだ。

 カゲトラだって半分だが獣人族の血を引いているし、昔から赤髪の危険性は聞かされてきた。ニトがその身体に、皆が危険視するだけの脅威を抱えていることも、こうして会議で議題に上るほど問題視され、その出場に多くが異議を唱えることの正当性もちゃんと理解している。

 それでも―――

 カゲトラは、この無慈悲な結論を受け入れたくなかった。

 最初の頃とは見違えるように笑えるようになったニトの変化を知っているだけに、せっかく前向きに励んでいる5班の子供たちに水を差すようなことはしたくなかったのだ。それでなくても、いろいろと陰湿な嫌がらせにあっている彼らに、まだ屈辱に耐えろと告げなければならないその残酷さに、カゲトラの胸が痛んだ。


「カゲトラ先生」

「はい…」

「――――もし万一、何百という大衆がいる場で彼女が帰獣化した場合、私は彼女を殺す以外、選択肢がありません」


 静かに、でも確かな覚悟の響きを含んだフェンデルの言葉に、カゲトラはぐっと奥歯を噛みしめた。その言葉の意味が痛いほど理解できたからだ。

 目の前で帰獣化した赤髪を、どうして観客の獣人族が見過ごすだろうか。例えフェンデルが決断を迷っても、彼らは決して許すことなく自ら断罪を行うだろう―――ならば、せめて自分の手で、学園のトップとしてけじめをつけるとフェンデルは言っているのだ。


「この学園の秩序を守るものとして、子供たちを守るのが私の務めです。彼女をオリヴィア様から預かった時点で覚悟はできているつもりですし、その決断を下すことに躊躇はありません。…しかし、私とて情を持つ一人の人間。できることなら、そんな悲しい未来は避けたいと願ってしまうのです。

 ――――当然、彼女もまた、私が守るべきデザイアの大切な生徒であることに、かわりはありませんから」


「フェンデル様…」


「他の試験とは違い、第四試験は参加する生徒も会場も興奮し、どうしても場の空気や声援が好戦的で、挑発的なものに変わりやすい状況が続きます。そうした周りの空気に触発されずに、ニト・ガレシアが己の正気を保っていられるか―――私に意見書を送る多くの人たちは、その点をとても懸念しています」

 アイゼリウスとアウラがいるとはいえ、決して軽く見過ごしていい問題ではないと、フェンデルはカゲトラに言い聞かせるように一つ一つ言葉を選びながら説明していった。


「―――ですから、私は今回、会議にて議題を提示し、みなさんの意見を求めました。その結果、『ニト・ガレシアの第四試験参加を禁止、また試合中は別室の結界内にて待機』という判断に至りました。ご理解いただけますね?」


「………はい」

 

 頷く以外の選択肢が見つからず、カゲトラは力なく項垂れた。









「―――なぁクラウ」

「はい?」

 呼ばれたクラウは、隣で仲間の鍛錬様子を眺めていたダントリオを振り返った。

「赤髪……あの子も、第四試験に出るのか?」

「はい、その予定です」

「……そうか」

「心配ですか?」

 クラウの問いに、ダントリオは何も答えず、どこか思いつめたような顔で遠くの空を見つめていた。

 だが、口には出さずともダントリオが何をいいたのか、クラウは何となくわかっていた。紹介が済んで以降、気にしていない素振りをしつつも、ダントリオの視線がちらちらとニトへと向けられていることに気付いていたからだ。


「以前、クルックさんが言っていました。子供が帰獣化する確率はほとんどないそうですね?」

「…ああ、そうらしいな」

 帰獣化は一度でとてつもない体力を消耗する。身体の構造そのものを変えるのだから当然だが、その負荷に成長時期の未発達な身体が堪えられないのだ。帰獣化の爆発的な魔力伝達に若い細胞が適応できないことは医学的観点からも言われていることである。ただ、まれに早熟の子が帰獣化への対応が早い場合もあると、クルックも言っていたがそれは極めて珍しいケースらしい。

「確率的にほとんど可能性がない上に、そばにはキラとアウラもいます。それに、フェンデル様に精霊神様も―――」

「そうじゃねぇ…、理屈じゃねぇんだよ。俺たちが抱えているのは、そんなもんじゃねぇんだ、クラウ―――可能性や確率なんてもんは今更だ。そうだろ?俺たち獣人族は、その髪色だけを理由に命を奪うことに使命感すら抱いてるような人種なんだからな」

 ダントリオは皮肉げに言いながら、苦しそうに笑った。

 

「…獣人族ってのは、昔から決め事が多い、厄介な人種でな。各部族ごとに掟があって、集落ではその掟が絶対だった。今思い返せば正気を疑うような掟でも、昔は皆、掟こそが部族内の秩序を守る柱だと盲目的に信じていたのさ。その中に、どの部族でも一様に同じ文言の掟があった。…それが、赤髪に関する掟だ」


【赤を宿し御霊、母の愛を裏切り、血を求めて彷徨う悪魔の末裔―――

 すなわち、命あること罪とし、断罪に処すべし】


「子供はみんな、赤髪が犯した罪の歴史と教訓を嫌というほど聞かされて育つ。思い出すのも嫌になるぐらい、胸糞悪くなる話ばっかだ。…そうだな、俺が聞いた話で一番強烈だったのは、ある日、母親になった赤髪が、自分が産んだ子供が流した血の匂いで帰獣化し、そのまま赤子の喉笛に食らいついたって話だ…。子供心に俺はどうしようもなく怖くなってな。その日は一晩中親に引っ付いて離れなかったさ。布団の中で震えながら、俺はこの先、絶対に赤髪とは関わらないって心に誓ったもんだ」

「…ダントリオさんは、ガレシア以外の赤髪に会ったことはないのですか?」

「ああ。昔、聖戦より前にどこかの部族で赤髪が生まれたって噂が流れてきたが、それも数日でぱったり聞こえなくなっちまった。その後どうなったかは知らない。ただ、あのガレシアって子が新しく生まれたってことは、前の赤髪はどこかで死んだってことだろう」

「え?」

 どういう意味だと、クラウは聞き返した。

「俺の集落の言い伝えでは、赤髪は、同じ時代に一人しか生まれないって話だ。…本当かどうかは知らねぇし、知りたくもないがな」

「……」

 悪だと存在を否定し、奪い、生まれてきた意味すら知ろうとしない。

 ―――それはまるで、魔物に向ける感情と同じではないのか。

 クラウは、ダントリオの話を聞きながらそう思ったものの、口にはしなかった。


「みんな、誰だって自分や家族の命が大事だ。当然だ。ある日突然、豹変して襲い掛かるような悪魔を生かしておくことに、何の意味がある?傲慢な正義だと言われようと、獣人族には必要な掟だったんだ」

「はい」

 それを責めるつもりはないと、クラウは頷いた。

「だがな?ただ、命を絶って、それで終わらせるやり方が本当に正しいことだなんて、誰も思っちゃいない―――俺だって、今でも何が正しいかなんてわからねぇよ」

「ダントリオさん…」

「それでも、お前や誰かがもし死んじまったら、俺はここで何もしなかった自分をきっと死ぬまで後悔するだろうよ」

 だから言わねばならないのだと、ダントリオは覚悟を決めたようにクラウと向き合った。



「いいか、クラウ―――

 お前やみんながあの子のことを仲間として、大事にしようとする気持ちはわかる。だが、俺はそれを承知の上で、お前に警告しなきゃならねぇ。


 赤髪だけには絶対に気を許すな。

 どんなに信じあえる仲間になったとしても、それは錯覚だ。

 赤の呪縛の前で、あの子自身の意志なんてもんに意味はねぇ。

 ……わかるか?

 呪われたフェクトが一度目覚めれば、あの子の意識ごと、生まれた魔力に飲まれて最後――――そこにいるのは、ただの殺人鬼と化した獣だ」


「殺人鬼…」


「そうだ、忘れるなクラウ。

 赤髪は生あるものに牙をむく。だが、中でも同胞に抱く殺意と執着は異常だ。あの子が帰獣化したとき、その視界に獣人族が映ったら最後、間違いなくそいつは死ぬ。

 だから、あの神子さんと精霊様にもよく言っておくんだ。

 ―――半獣だろうと関係ねぇ。


 真っ先に守るべきは、あのでかい坊主、エドガーだってな」




 赤の呪い―――

 ダントリオの警告を受けとめながらも、クラウの心はすでに決まっていた。

 決められた終わりに、興味はない。

 あきらめを嫌う男は、どこまでもまっすぐに、己が思い描く未来の実現だけを見据えていた。






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