9 贈り物
「アリーシャ様、ハンスさんから連絡ありました?」
「ええ、今日の昼過ぎには戻るって言っていたわ」
「例の件はうまくいったんでしょうか…?」
とある日の朝の会話である。
リザの不安そうな声に、アリーシャはぐっと親指を立てて力強く頷いた。
その仕草が意味するものに安堵し、リザも同じように親指を立てて笑った。
よく晴れたその日、オーウェン家では何やらいそいそと女性陣が動き回っていた。
リザはあらかじめ準備しておいた食材を一つ一つ確かめ、リストと照らし合わせて足りないものがないかチェックしていた。途中、森でリムの実を摘んできてくれるようにユルグに頼んだことを思い出す。
――― 後で忘れずに取りにいかないと!
リムの実のパイは、オーウェン家皆の大好物である。これを外してはいけない。
リザは改めて食材をチェックしながら気を引き締めた。
一方、アリーシャはというと。
彼女も今日は一日休みをもらっていた。前々からの決定事項で、里の女たちの休みもわざわざこの日に合わせるほどの徹底ぶりだ。アリーシャも今日はリザと同じ時間に起きだし、今は部屋の掃除を行っていた。
――― そうだわ、後でミーニャさんのところで花飾りを作ってもらわなくちゃ。テーブルと、窓の飾りに…。
他にどこに必要かしら?と頭を働かせながら、手はしっかりと箒を持ち、埃を追い払っていく。準備は万全でなくてはならない。
そう、今日は例の「大事な日」なのである。
「まぁ、大変!リザ、クラウが起きてくる時間よ!」
「え?もうですか!?ちょ、ちょっと待ってください」
六時過ぎ。いつもならクラウが部屋から出てくる時間帯だ。アリーシャは、あわてていつも通りを装うように自分の席に着く。リザは素早く朝食を並べ終え、お茶を入れる。
そこへ、ちょうど扉が開き、クラウが顔をのぞかせた。
「お、おはようございます!クラウ様」
「…おはよう、クラウ」
「おはようございます…?」
――― なんだ?
クラウはどことなく、その場の空気が妙な気がした。しかし、どこがと聞かれるとわからない。クラウは訝しながらも、いつものようにテーブルについた。
「クラウ、今日のご予定は?」
「今日は森へ行きます」
せっかく光魔法を習得したのだ。さらにスムーズに使えるよう、訓練する必要がある。今日は仕事も休みの日と聞いていたクラウは、一日森で過ごそうと決めていたのだ。
「そう!それがいいわね!今日はお天気もいいし、絶好の森日和よ!」
――― 森日和?
そんな言葉があるのかと、クラウは首をかしげる。
「うんうん。森のお友達さんも、きっとクラウ様に会いたがってますよ。あ、じゃあ、お弁当作ってあげましょうか?」
「…ありがとうございます」
やはり、何となく違和感がぬぐえない。しかしクラウは深くは突っ込まずにおいた。
リザのお弁当の準備ができ次第、クラウはいつものようにルカの背に乗って森へと出かけて行った。
「ふぅ、危なかったわね」
「はい~。クラウ様は感が鋭いですからね~。家にいられると絶対にばれちゃいますよ」
二人は、ほっと肩の力を抜いた。これで安心して準備が進められる。
「今日はかあさまもリザも、様子がおかしくなかったか?」
『……』
泉に向かう途中、ルカはクラウにそう問われ言葉に詰まった。どうやら本人は今日が何の日かすっかり忘れているらしい。
一応理由を知っているルカは、どう答えたものかと思案する。
「まぁ、リザはいつもどこかテンションが可笑しいけど。かあさままで何か隠している風に見えたんだ」
――― 知らぬうちに、何かやらかしてしまったのだろうか?
クラウは少しだけ不安になった。何か迷惑をかけるようなことをしてしまったのではないか。昨日、一昨日と記憶を掘り返すが、思い当たらない。
ぐるぐると考え込んでいると、ルカが呆れたように言った。
『お前が心配することは何もない。帰るころには、いつも通りになっているだろう』
――― 気にしても仕方ないということか。
クラウはルカの言葉に、考えるのをやめた。
泉のほとりで、いつものようにトレーニングから始め、光魔法の練習に励んだのち、クラウはリザの弁当を広げて一休みしていた。
「今日は静かだな」
いつもなら、お弁当の匂いにつられてか、森の住人達が顔を出すのだが、今日は誰も姿を見せない。泉の周りは、いつになくひっそりと静まり返っていた。
「…?」
ふと、クラウは視線を感じた。
「何だ?」と振り返るが、そこには誰もいない。いや、いないように見えるだけで、気配はある。しかし、姿を見せる気がないのか、相手はでてこようとしなかった。
――― いったい何なんだ?
朝からみんな様子が可笑しい。
いつも通りなのは自分とルカだけ。
「いるのはわかっている。おいで」
クラウが呼びかけると、木陰からおずおずと顔をのぞかせたのは、お調子者のググアーモだった。
彼はいつものおどけた感じではなく、どこかそわそわしているように見える。ちらちらとクラウの方に視線を向けながら、何かを迷っているようだった。
「いったいどうしたんだ?何か用事があるのか?」
いい加減クラウもしびれを切らす。
するとググアーモはようやく姿を現し、一歩分だけクラウの方へと近づいた。そして自分の眼を両手で隠すしぐさをする。
「目を閉じていろって?」
クラウに目をつぶっていろと言っているらしい。意味が分からなかったが、とりあえずクラウは言われたとおりに目をつぶった。
ググアーモはしっかりその眼が閉じられているのを確認すると、周りに合図を送った。
すぐさま、森の奥から数匹のチグラットが急いでやってきた。彼らは両手いっぱいに花の種を持ち、それをクラウのそばへ置くと、そそくさとまた森の奥へと引っ込んでしまった。
次に現れたのは、これまた珍しいミミモンドである。森の紳士と言われるくらい礼儀正しい、闇の下級精霊である彼は、昼間はほとんど眠っているためめったに姿を見せない。だが、今日は特別らしい。
ミミモンドはクラウの前で静かに一礼すると、自慢の帽子からとてもきれいな羽の飾りを取り出した。鳳凰クルゲンの羽で作られた七色に輝くそれを、そっと花の種の隣に置くと、彼は静かに姿を消した。
それからも次々と森の奥からいろんな生物がやってきて、いろいろなものを置いて行った。
クラウはその間、律儀にずっと目を閉じていた。
気配で何となく誰が来たかは分かったが、彼らが何をして、何の目的で来るのかは見当もつかなかった。
さて、一番後に現れたのはアナモグマである。彼はいつかと同じように、腕いっぱいに実を抱えて山のようになった貢物の横にそれを置いた。あまりの量に、いくつかの実がコロコロと転がっていく。やがてその一つがクラウの足のつま先に当たった。
「………?」
クラウはつい気になって目を開けてしまった。
慌てたのはアナモグマである。彼は急いで木の裏へ隠れようとするが、如何せん、2メートル近い巨体だ。体がはみ出てしまっている。
「……」
――― この状況はいったい…?
クラウは見えた光景に、目を瞬いた。
みんなが何かしらのものを持ってきて、この山ができたのだろうことはわかる。しかし、何ために?これを、どうしろというのか。クラウには全く見当がつかなかった。
「ルカ…」
いくら考えてもわからず、ルカに助けを求めると、
『ここまでされて、わからないのか?』
呆れたようにため息をつかれてしまった。
――― わからないから聞いているのだが…?
本気で思いつかないらしいクラウに、ルカは『今日は何の日だ』と、ヒントを出してやった。
「…?」
13月12日。たっぷり、一分以上考えた後で、クラウはようやく自分の誕生日だと気づいたのだった。
「もしかして…これ、僕に?」
隠れたままだったアナモグマが、そろりと顔をだしこくりと頷いた。
クラウは、いまだ信じられずにその数々のプレゼントを凝視した。
確かに今日は自分が生まれた日だが、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。そもそも誕生日にプレゼントがもらえるなど考えもしなかったのだ。
前世で、それらしい習慣があると聞いたことはあるが…。
「都市伝説だと思っていた…」
『おい、毎年アリーシャたちから贈られていただろうが…!』
ルカの突っ込みに、クラウは今までを思い出す。確かに、毎年この日になると何かをもらっていたことを思い出す。
人形に、カード、本…。今更ながら、理解する。
――― あれがそうだったのか…。
『……なんだと思っていたんだ?』
本気で理解していなかったらしいクラウに、ルカは心底呆れたように言った。さすがにアリーシャたちが哀れに思え、ルカはそっと同情した。
クラウはとりあえず自分に贈られたらしいその膨大なプレゼントを一つ一つ確かめた。どれもみんなが一番大切にしているものばかりである。そんな大切なものを自分がもらってしまっていいのか。
クラウは珍しく困惑していた。
どこかむず痒い感覚に、落ち着かない。
『ただ素直に受け取っておけばいいだろう』
ルカの言葉に、それでも戸惑っていると、ふわりとクラウの目の前に精霊リーラとゼーシルが姿を見せた。
彼女たちはニコニコと笑顔を浮かべ、くるりとまわり踊ると、一輪の花をそっとクラウに差し出した。そして、戸惑うクラウの髪に差し込んだ。
ー『おめでとう』-
「…ありがとう」
二人そろってふわりと笑い合うその可愛らしさに、クラウの表情もようやく和らぎ、素直な気持ちがするりと零れ落ちたのだった。
「クラウ、お誕生日おめでとう!」
「クラウ様!おめでとうございます!」
日が落ち始めた夕刻。
帰ってきたクラウとルカを出迎えたのは、満面の笑みのアリーシャとリザであった。
「ありがとうございます」
森での一件で、今日が自分の誕生日で、みんなが祝おうとしてくれていることに気づいたクラウは、今朝二人の様子が可笑しかったことに納得がいった。そして、きっとこっそり準備しながら自分の帰りを待っていてくれているだろうことも。
前もって心構えができていたおかげか、クラウはそれほど動揺せずに、素直にお礼の言葉が言えた。ほんの少し、顔がこわばっていたのはご愛嬌である。
「おめでとうございます、クラウ様!」
「おめでとうございます」
予定外だったのは、そこにハンスと、なんとユルグまでもそろっていたことだろう。彼らはいつもより大目に用意された椅子に座って、居間に入ってきたクラウを笑顔で迎えてくれた。
「さぁ!主役のクラウ様はこれをかぶってくださいね!」
リザがクラウの頭に花で編まれた冠を乗せる。しっかりとクラウの頭に合わせて作られたそれは、ぴったりと収まった。
「クラウ様、ルカ様も、席に着いてください!今、料理を運びますからね~」
リザはいつも以上に明るく、楽しそうだ。今にも踊り出しそうなテンションで着々と準備を進めていく。
その手伝いをしていたアリーシャが、ふと何かに気づいた。
「あら、ルカ?その大荷物どうしたの?」
『……』
アリーシャの言葉に、そういえば森でもらったものをルカに預けたままだったことを思い出したクラウは、いそいそとその荷物を下ろして、テーブルの上へと置いた。
大きな葉っぱに包まれたそれは、どこか旅行にでも行くような大きさである。
クラウが「森でいただきました」と言いながら、中身を広げて見せると、大人たちは感嘆の声を上げた。
「こりゃまた、すごいですね…」
「…これ、全部、いただいたんですか?」
ハンスも、ユルグも信じられないとそのプレゼントの山を凝視した。
「キャー!さすが森の人気者!こんなに貢がれるなんて、愛されてますね~」
当然、この見事なはしゃぎ様はリザである。
テンションが振り切れ、クラウに抱きつき頬にキスまで送る始末。一番のファンはほかでもないリザではないのか、とほかのメンバーは皆同じことを思ったのだった。
「ではみなさん、準備も整いましたし、いっぱいたべてくださいね!今日は腕によりをかけて、たっぷり作ったんですから」
さすがにお誕生日ケーキとまではいかないが、リザ特製のリムの実のパイがテーブルの真ん中を陣取り、その周りをいろいろな料理が取り囲んでいた。どれもクラウの好物ばかりである。
ここまで豪勢な料理を目にしたのは、クラウにとっても生まれて初めてだった。今までの誕生日では、プレゼントをもらいはしたが(気づいてはいなかったが…)、ここまで盛大に祝われたことがなかったのである。
――― なぜ今年だけ…?
疑問が顔に出ていたのか、クラウの横に座っていたユルグがそっと教えてくれた。
「5歳の誕生日は特別に祝うしきたりなのですよ。どの種族も、5歳という年齢は自我に目覚め、自らの生の一歩を踏みだす大事な年齢とされて、盛大にお祝いするんです」
「知りませんでした」
「次は13歳ですね。外の大陸ではちょうど学校を卒業し、各々の道に進む大事な年ですから、それの門出を祝って誕生日を盛り上げるんです」
――― おお、この世界にも学校があるのか。
などと別の意味で感動する。
「そして16歳。以降成人とみなされるその特別な日は、家族だけでなく、一族総出で祝うところもあるようですよ」
――― なるほど、成人式のようなものか
クラウはユルグの親切な説明にふむふむと頷いた。
その特別な年の誕生日だから、森の皆もあんなに贈り物をしてくれたのだろうと解釈する。
「クラウ、今日は本当におめでとう」
「ありがとうございます、かあさま」
前の席に座るアリーシャに改めて祝いの言葉をもらい、クラウはなんだか気恥ずかしかった。
珍しく、戸惑ったようにそわそわしている息子に、アリーシャはいつものように優しく微笑んだ。
「はい、どうぞ。私たちからよ」
「…!」
差し出されたのは、先ほどの葉っぱの包とそう変わらない、大きな袋だった。
「ありがとうございます」
きちんと礼を言い、おずおずと受け取る。そのまま大事そうに抱え、開こうとしないクラウに笑って、アリーシャが「開けてみていいのよ」と声をかけた。
きゅっと絞められた、カラフルな織物でできたリボンをそっとはずし、クラウは中をのぞいた。瞬間、キラキラとその瞳が輝いたのを、大人たちは見逃さなかった。
「…これは!!」
クラウのテンションが一気に上がる。出てきたのは、5冊の本だった。
光魔法解説書、魔法陣解説初級編、一般属性魔法応用編、世界五大英雄記、そして…。
「剣術指南書…?」
「ああ!ハンスさん、勝手に付け加えて!」
「いいだろう~、俺のへそくりから出したんだから」
「まぁハンスったら、よっぽどなのね」
どうやらハンスの思いつきで付け加えられた一冊らしい。リザが渋い顔をしてハンスに詰め寄っている。「高かったんじゃない?」と、アリーシャは一人、のんびり笑っている。
そして、
「僕からも、一つ」
と言って、どこからか包を取り出したのはユルグである。
「君のその魔術の才能は本物です。ですから、それを伸ばす手助けになればと思い、これを差し上げます。と言っても僕が昔学生のころに使っていたものなので、古いものですが…」
「おお!」
シンプルな白い布に包まれたそれは、腕に付ける道具のようで、一つ大きな水晶玉のようなものがついていた。
「一番一般的で、手軽な魔導具です。その球に、いろいろな魔法陣を記憶させて、瞬時に使用できるようにするためのアイテムですよ」
「魔法陣を?そんなことができるのですか?」
「ええ、大抵の魔術師は自分にあった魔導具を一つは持っているものです。形は様々ですが、例えば杖だったり、ペンダントのようなものだったり…。これは、こうして腕に付けて使用するものです」
ユルグはクラウの右の手に魔導具を装着した。
「一応、使い方の説明を書いておきましたので、参考にしてください。まぁ、…あんまりきれいな字じゃないので、わからないところがあれば気軽に聞いてくださって結構ですよ」
「はい、本当にありがとうございます」
クラウは心からの気持ちを込めて、お礼を返した。
――― 本に、魔導具…!
目の前の品々に、心が躍る。
クラウは、まさかこんなに素晴らしい贈り物をもらえるなんて思ってもみなかった。しかもどれも興味深いものばかり。
「どうしたの?クラウ」
「…とても、うれしいのだと思います」
クラウは自分でもよくわからなかった。ただ、今まで経験したことのない喜びがじんわりと自分の中に広がり、うれしい気持ちであふれていることは確かだった。
「喜んでもらえたみたいで、私たちも嬉しいわ」
と、アリーシャはいつも以上に優しい笑みを浮かべた。
「クラウ様、似合いますよ!着々と大魔術師様に近づいてますね!」
「ユルグ!卑怯だろう~、俺だって剣を贈りたかったのに~」
「知りませんよ…。ちょっと、絡まないでください!」
すでに酒に酔い始めたのか、ハンスがうだうだと絡むのをユルグは面倒くさそうにあしらっていた。
たくさんの贈り物に、たくさんの料理。
贈られる祝いの言葉、明るい笑い声に、優しい笑み。
どれも温かいものばかりで、クラウはそのすべてに感謝した。
「ありがとうございます、かあさま、みなさん」
クラウの言葉に、リザとハンスはデレデレと頬を緩め感激し、ユルグは少し照れたように「どういたしまして」と返す。
そして、アリーシャとルカはそんな幸せな光景を暖かく見守っていた。
その夜、それぞれ酒に酔い、眠りについた大人たちを後に、クラウはルカとともにマナリギの木の下に並んで座り、今日貰った贈り物を改めて見つめた。
花の種は、アリーシャに頼んで専用の花壇を作ってもらうことにした。もらった実はリザに頼んで、後日、おやつかデザートとして出してもらう予定だ。羽飾りは、いつも来ているローブに縫い付けようと考える。ほかにも、貝殻、キラキラ光る石など沢山のそれを、どこに飾ろうかと思案する。
そして、5冊の本と魔導具。クラウはそれらをそっと手に取りながら、胸躍らせた。どれも興味深いものばかりである。
『気に入ったか?』
それまで黙っていたルカが静かに言った。どうやら自分がアドバイスした手前、気になっていたらしい。
例の会議の一連の話を聞いたクラウは、ルカの頭をくしゃくしゃに撫でて「さすがルカだな」と褒めたたえた。その気持ちよさに目を細め、王はまんざらでもないように鼻を鳴らした。
しばらく、贈り物を眺めていると、クラウの前に一体の精霊が姿を見せた。
「ミディ…?」
クラウはその思いがけない訪問者に目を見張った。
深い海を思わす青い髪がふわりと風になびく。
透き通るような肌に、青い衣装に身を包んだ神秘の精霊の名はミネルディア。水属性最高位の精霊神である。
いくらアリーシャに懐いているとはいえ、精霊神として君臨する彼女はめったに地上には降りてこないので、クラウもその姿を見るのは久しぶりであった。そんな彼女が、こんな夜に自分に会いに来たことに驚く。
不思議そうに見やるクラウにミネルディアはふわりと笑いかけ、お辞儀をした。
-『おめでとう、おちびさん』-
「ありがとうございます」
今日一日で、何度この言葉を口にしただろうか。
――― ありがとう、ありがとう
何度言っても足りない気がした。
月明かりの下、神秘の精霊は優艶に微笑み、そっとクラウの頬にキスを贈った。
やがてどこからか、精霊の歌声が響き渡る。
ー 『万の時に流れる 刹那の幸に 愛を唄う
永久に歩む天の意志 約束されし光の先に
願う未来は 幾千の輝き
幸あれ 万の民に 光あれ 世界の子に』ー
澄んだ声があたりに響くその夜、歓喜の中、クラウは眠りについた。