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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第三章 魔導学園デザイア編
106/140

32 不穏の芽



「では、第三試験についての説明を始める」


 朝の八時半。野外闘技場に集められた一年生の代表者たちは、組ごとに並びながら、説明係の言葉に耳を傾けた。

 エリザベスを先頭とした花組の最後尾に並んだクラウもまた、じっと説明を聞きながら、視線はゆっくりと会場内を観察していた。今日は隣に相棒の姿はなく、彼女はキラ達と共に観客席にて待機だ。

 闘技場を囲うように周りに並んだ観客席には、他の生徒達に加え、ちらちらと外から来た客の姿があった。カゲトラが言っていたように将来有望な人材を探しに来たのだろうか。それともただの見学か。中には、明らかに生徒の親だとわかる応援を叫ぶ集団もあり、大声で名を叫ばれた生徒が恥ずかしそうに俯く―――実に平和で、ありふれた光景であった。

 今回の試験内容はすでに前日に発表されていたため、クラウも大体把握済みだ。

 例年通り、初級の魔法弾を飛ばしその精度と操作力を見る試験で、特別心配するような難易度でもない。

 すでに会場には結界が張られ、中央に複雑な魔法陣が描かれていた。その手前には一つ、小さな円が描かれている。受験者はその円の内側に立って、試験が終わるまでそこから出てはいけない決まりだ。

 そして、魔法陣の上には何やら野球ボールほどの丸い物体が20個ほど集められていた。


「えー、昨日発表した通り、本日君たちには、このコボロムの実の殻を3つ以上、何らかの魔法で破壊するか、結界外に弾き出してもらう。それが今回の課題だ。開始の合図とともに、約15秒間、床の魔法陣から風魔法が発動される。君たちは、その間宙に浮いた状態のコボロムを魔法でひたすら狙い撃つだけだ―――どうだ、簡単だろう?」

 要するに、的当てゲームのようなものである。

 生徒達を見渡しながら、教師はさらに続けた。

「いいか?魔法陣の発動が終わり、再びコボロムが床に落ちた時点で試験は終了だ。今から実際に魔法陣を起動してもらうから、どんな様子かちゃんと見ておくように」

 教師が結界のそばで待機していた術師に合図を送ると、すぐに地面の魔法陣が発動された。光と共に起動した魔法陣から一陣の激しい風が吹き上げ、転がっていたコボロムの実が宙に押し上げられる。

 花火の様に打ち上げられ後は、勢いが弱まった緩やかな風に煽られ、コボロムはふわふわと宙を舞っていた。単純な下から上へ吹き上げる風では無いようで、左右に跳ねたり揺たり、ずいぶんとはしゃいでいるように見える。

 そして、あっという間に15秒経ち、魔法の発動が終わると同時にコボロムは何事もなかったかのように、すとんと床に落ちて転がった。


「―――とまぁ、こんな感じだな。合格の基準は3つだからな。3つ以上破壊、あるいは結界外に弾きだすことができれば、合格点の10点がもらえる。ここで一つ注意だが、この点数はあくまでも代表者に与えられるもので、それ以外の特別参加者には一切点は入らないからな。あとで文句は言うなよ」

 つまり、いくら特別参加の生徒の成績が良くても、同じ班の代表者が合格基準に届かなければ不合格になり、点数は全く入らないということだ。

 3つというと数的には少なく聞こえるだろう。しかし、15秒という時間制限付き、さらに予想外の動きをするのに加え、的が小さいので狙い辛いはずだ。単純に計算しても、5秒に1回は魔法を発動し、狙いを定めて撃たなければならないことを考えると、あまり余裕はないだろう。

 魔法発動時間と操作力の両方の能力を一度に見極めるために考えられた、よくできた試験だとクラウは感心した。


「先生!3つ以上の時は、破壊の数に応じて加点されるんですか?」

「そうだ。4つ目からは1個につき2点が加算され、最終的に全部破壊、または結界外に飛ばした場合は、完璧賞として合計50点がもらえるからな。狙ってみる価値はあるぞ」

「100点がいい!」

「そいつはねだり過ぎだ、馬鹿もんが。まぁ、一番素晴らしい魔法技を披露した生徒には、さらに特別魔法賞として後で表彰されるから、頑張ってみろ」

「特別魔法賞だって!」

「そんなん、お嬢で決まりじゃね?」

 ざわざわと興奮した様子の生徒達の視線は、おのずと一人の少女へと向けられる。相変わらず自信に満ち溢れた立ち姿がまぶしいエリザベスは、周りの視線を当然のように受け止めてニッコリと笑った。

「当然、わたくしがいただきます」

「おお、期待しているぞ、ビクセントライン。お前を見に来ている客も多いみたいだからな。存分に見せつけてやれ」

「はい」

「では、各組の1班から順に始めるぞ。準備につけ!」

「はーい」


 こうして、いよいよ第3試験の幕が開いた。







 コボロムという実は、見た目は地球で言うところのクルミに似ている。今回試験に使われている物は、あらかじめ真っ二つに割った実の中身をくりぬき、十分に乾燥させた殻をまたつなぎ合わせたものなので、とても軽く、加えてよく燃える。

 どの生徒もその性質を知ってか、火属性を扱えるものは真っ先に炎の玉を飛ばし、あっさりと課題をクリアしていった。水魔法では、破壊は難しいと判断してか、放水車の様に水を当て、的を結界の外に押し出す生徒もいた。

 一方、この試験に関して一番やりにくいのは地属性魔法だろう。礫の石をちまちまと放つ方法ではなかなか当て辛いので、いろいろ考えたらしい生徒は、時間をめいいっぱい使って巨大な岩を作り上げ、それをただ上から落とし一気に複数個つぶすという、何とも荒業に出る生徒もいた。

「おおー、派手だな」

 ドゴーンと、地響きを伴って落下した岩の下には、無残に砕けた殻が10個ほど。ここまでの成績で一番の数であった。



「次、花組1班、位置につけ」

「お嬢ーーーー!!!頑張れーーー!」


 観客席から湧いた仲間の声援に、エリザベスは優雅に手を振り、任せろと自信に満ちた顔で頷いた。それから所定の位置まで歩いていく彼女を、多くの好奇の視線が追いかけていった。

 しんと静まりかえった場で、今日一番の注目度の中にいても、やはりエリザベスはエリザベスであった。堂々とリラックスした状態で歩き、結界内へと入っていく。

「準備は良いかな?」

「はい、始めてください」

「では、花組1班の試験を開始する!テスタ<開始>!」

 コボロムが補充され、結界外から魔法陣が起動される。

 瞬時に輝く光の中、最初の猛風に押し上げられて、コボロムの殻がポーンと宙に跳ね上げられた。と当時に、エリザベスの手から放たれた火属性魔法がさく裂した。


「ディ・ファイゼクシスト<巨炎爆柱>、アストレア<展開>!」


 一つの炎の玉が飛び、魔法陣の中央へと落ちる。たったそれだけのしょぼい魔法かと思えば、落ちた炎はすぐさま導火線の様に地面を十字に走り、次の瞬間には、直径1メートル、高さは結界の天上ギリギリいまで上り詰めるほどの巨大な炎の柱へと姿を変えた。

 時間にして、僅か5秒。

 突如現れた炎の柱に風の浮力など意味をなさず、轟々と燃え盛る炎に飲みこまれたコボロムの殻は、真っ黒な炭の塊となって脆く崩れ去っていく。

 終わってみれば地面に残ったコボロムは一つもなく、代わりに灰がぱらぱらと宙をまった。

「花組1班、合格!」

 文句のつけようのない完璧な試験内容に、判定係の教師の声が、高らかに響いた。


「おおおおお!!お嬢ーーーー!」


 相変わらず野太いファンの声援が響くと同時に、会場はあふれんばかりの拍手が沸き起こった。賞賛の声を一身に浴び、エリザベスは誇らしげな表情を浮かべて会場をぐるりと見渡しから、華麗にお辞儀を返した。



『わぁ!すごい、すごい!』

「相変わらず派手ね、彼女」

「ほんと!あんな魔法、僕初めて見た!」

 花組の皆と共に、観客席で見守っていたニトとエドガー、そしてキラは、今見た光景にただただ感心し、盛大な拍手を送った。

「ケ!ただの目立ちたがり屋じゃねぇか」

 と、一人憎まれ口をたたくのは、当然ユウマである。

 初日にエリザベスと盛大な言い合いをかました所為か、いまだに二人はそりが合わないらしい。

「なによ。口げんかで負けたからって、みっともないわよ」

「負けてねぇし、俺は悪くねぇ!だいたい、腹立つんだよ。あいつのあの、余裕綽々の顔!」

「…やめなさいったら、もう。他人の優れたところはちゃんと認めてあげなさいよ。クラウはそんなみみっちい嫉妬なんて絶対しないわよ」

 ニトの尤もな言葉に、ユウマはぐっと言葉に詰まった。

「……卑怯だろ、あいつを引き合いに出すなよ」

 と、ユウマがぶつぶつといっている間にも、会場では順調に試験が進行していた。


「お、次、星組1班だぜ」

「あー、ノエルだっけ?」

 そんな声に引かれるように、みんなの視線が会場の中央に向く。ローブに身を包んだ生徒が円内に立つと、奇妙な空気があたりに満ちた。皆リオの活躍を期待していただけに、代打のノエルに対する期待が微妙らしい。

「ノエルって言うくらいだから、きっと風魔法使いじゃね?」

「なんで?」

「ほら、魔法陣であるじゃん、ノエル<爆風>って」

「え、そういう意味での名前なの?」

「さぁ、知らね!」

 と、自分で言っておきながら笑う生徒達は、やはりリオほどの興味はないようだ。


 そんな周りの空気を知ってか知らずか、定位置に着いたノエルは、特に緊張もない様子ですぐに始めてくれるよう告げた。

 新たにコボロムが補充され、魔法陣が起動される。

 開始と同時に、ノエルはごく自然に手を上げた。何をする気だと皆が首を傾げる間もなく、時は動いていた。


 勢いよく舞い上がったコボロムの周りには、いつの間にか別の風の膜が覆っていた。魔法陣の風とは別に、突如発生した竜巻のような風は、宙に漂うコボロムをあっさりと巻きこんで、絡め取っていく。

 風の渦に巻き込まれ、そのままグルグルと中央の1点に集められたコボロム士がぶつかるたびに、カラカラと乾いた音が鳴った。

 見計らって、ノエルが上げた右手の手首をクイッと内側にひねる。そのまま掌をぐっと握りこんだ瞬間、手の動きに連動するように集まったすべてのコボロムが内側から破裂したようにはじけ飛んだ。


 パンッ!という破裂音が会場内に響く―――


 「…え、今、何したの?魔法陣でなかったよね?」

「う、うん、たぶん…」


 唖然としたつぶやきが落ち、ざわざわとしたどよめきが沸き起こる。しかし、戸惑ったような空気はすぐになりをひそめ、あっという間に賞賛の拍手へと変わった。

止んだ風の後に残ったのは、粉々に砕けた殻の破片のみ。それが確かな証拠であった。



「うおおおーーーすげぇ!あんなことできるやついたのかよ!?」

「ほう、あの歳でなかなかの操作力だな。良い素材じゃないか」

「先ほどの純人族の女生徒と比べると、さすがに規模は劣りますが…。しかし、魔法陣なしとは驚きましたね」

「ライラックのご子息と同じ班に選ばれるのも、それなりの正当な理由があったということでしょうな」

 等々、生徒だけではなく、大人たちの目にもなかなか評判が良かったらしい。しばらく、会場は今日一番の異様な盛り上がりを見せたのだった。

 そんな中、キラはふと足元に大人しく座っていたイアが立ちあがり、じっとノエルを見つめていることに気付き、首を傾げた。

『…イアちゃん?』

 イアはいつもの穏やかな様子とは一変し、グルグルと小さく唸り、まるで敵を睨みつけるように牙をむいていた。今すぐクラウのもとへ走り出したい衝動を必死に我慢しているようにも見える。

『ど、どうしたの?何か心配事?あ、クラウ君なら、もうすぐ出番だから、あの辺にいるはずだよ』

 そのしなやかな体を優しく撫でてやりながら、キラはイアのそばにしゃがみ込むと一緒にクラウを探した。すぐに、係りの教師と共に結界の脇に順番を待つ姿が見えたが、当然キラ達の視線に気づく様子はない。

 クラウはただ、イア同様に少しも視線をそらさずにノエルの姿を追いながら、じっと何かを考えているようだった。

『クラウ、君…?』

「キラ?どうしたの?」

『あ、ううん。なんでもないの!』

 ニトに顔を覗かれ、キラはあわてて首を振った。

「すごかったわね、あのノエルって子」

『う、うん』

「魔法陣を使わなくても、あんなふうに魔法を作れちゃうものなのね」

「操作力はもちろんですが、彼は創造力が優れているのでしょうね」

 と、後ろに控えていたクルックが説明した。

「創造力?」

「はい。本来、魔法に決まった形なんてないんですよ。作る能力さえあれば、どんな形のものでも創造できるといわれています。実際、アウラ様たち精霊は自由自在に魔法を作り出すことができますからね」

「へぇ…」

 しかし、人の魔力操作能力には限界があり、精霊のようにはなかなかできない。そこで考え出されたのが今ある魔法陣なのだ。

「あらかじめ魔法の形を指定し、その組み立て方を術式によってすべて確立されたものが魔法陣ですからね。魔法発動までの迅速化と正確さを補うことができます。まぁ、維持にはそれ相応の操作力が必要になるので、高位の魔法陣はエリザベス嬢のような才のある方でなければ扱いきれませんが」

「でも、今のユグライトの魔法は中位以上だろ?」

 と、ユウマが聞いた。

「そうですねぇ。あの規模に加えて、放った魔法をさらに圧縮し、殻に空気圧をかけることで押しつぶしたようですから、かなりの高等魔法でしょうね」

「…なら、あいつ、めちゃくちゃすごいんじゃね?」

「だからこの騒ぎなのです。全く予想外の人物が、あれだけの魔法を披露したのですから、当然です。しかし、だからと言って、魔法陣を使っているエリザベス嬢の方が楽をしているというわけではありませんよ」

 創造力がある分ノエルの方が自由度はあるが、能力としては、今の時点ではエリザベスの方が上だろうとクルックは言った。

「…ふーん。いまいち、魔法の基準てわかんぇよな」

「その辺は人間の主観的なものの見方が関わっていますからなんとも。そもそも、魔法は精霊を楽しませるために生まれたものですからね。派手で迫力がある方が見ている側も楽しいですし、そういう意味ではエリザベス嬢は、魔法本来の楽しみ方というものをよく理解しているのでしょう」

「…ただのあいつの性格の問題じゃね?」

「ま、まぁ、否定はできませんが…」

 クルックもそこまでは断言できないのか、曖昧に笑った。

「あ、ねぇほら!もうすぐクラウ君の番だよ。応援しなきゃ!」

 エドガーは会場を指差し、

「あーどうしよう!僕の方が緊張してきた!」

 と、巨体を縮こまらせて胸を抑えた。

「お前の緊張、少しクラウに分けてやれよ。絶対、あいつ今、緊張のきの字も味わってねぇぜ」

 視線の先ですたすたと立ち位置に立つ様子は、確かにいつも通りのクラウに見える。

「うおおおお、クラウさーーーん!頑張ってくださーい!!」

「ちょ、いきなり叫ぶなよ!きったねぇな、変態!」

 耳横で突然叫ばれ、ついでに唾までも盛大に浴びせられ、ユウマがブチ切れても何のその、興奮が最高潮に達したクルックは、いつもの10倍のテンションで応援を始めた。

「カガチ君、ほら、一緒に応援ですよ!みなさんも!」

「ちょっと、やめて。目立ってるじゃない…!」

 と、ニトも声を抑えるように言うが、効果はなかった。

 自ら作ったらしい手製の白い旗をぶんぶん振り回し、額にはこれまた同じ白の生地にクラウの名前が入った鉢巻を巻きつけたクルックは、その奇抜な姿だけでも十分に目立っていたのである…。

「なぁに、あれ?」

「……ほら、あの変な、補欠の指導員だろ」

 と、クルックのあまりの姿と形相に、周りはドン引きだが、本人はとことん真剣だったのだ。



 『――――クルックさん、僕の番の時、周りの様子をしっかり見ておいてください』


 

 試験が始まる前に、そうクラウから特別任務を言い渡されたクルックは、自慢の8倍率の双眼鏡を片手に、試合前からずっと周りの様子を観察してきたのだ。

 試験の流れや、職員の配置、数、備品の保管場所などを細かく記録し、さらに観客の主な情報までも記録し終え、なんとかクラウの順番までに完璧な情報をそろえることができた。あとは、これから何か怪しい動きをする輩がいないかをこの自慢の双眼鏡で見守ることが、クルックの本日最大の仕事なのである。


 ――――いよいよですね!頑張ってください、クラウさん!


 クルックは双眼鏡の先で立つクラウに心の中でもう一度声援を送り、ごくりと唾を飲み込んだ。





 一方、当の本人はといえば――――

 自分の番が回ってきたことはわかっていたが、クラウの頭の中は全く別のことで埋め尽くされていて、実は試験のことは頭からすっかり追い出されていたのだった。係りの教師が指示する声はちゃんと聞こえているので、念のためローブの帽子をかぶってから円内へと進む。

 定位置に立てば、新しいコボロムが魔法陣内に置かれ、早々に魔法陣が起動される様子が視界に映る。だが、クラウの頭の中はやはり別のことで埋め尽くされていて、この時のほんのわずかな異常を見落としていたのだった。


「では、花組5班の試験を開始する。テスタ<開始>」


 今日何度目かの起動を促された魔法陣が光ると、ボフッと何やらおかしな音を立てながら激しい風が巻き起り、コボロムが跳ね上がる―――と、そこまでは順調だった。

 何故か次の瞬間、魔法陣の輝きが失われ、風がピタッとやんでしまったのだ。

「お、おい、どうしたんだ?様子が可笑しいぞ…!?」

 周りの教師が慌てたところで事態は変わらない。発動が止まってしまった結界内では、打ち上げられたコボロムが、重力に従いそのまま地面へと落下していく。それも、何やら落下のスピードが速い気がするのは気のせいか―――


 ―――まさか、あのコボロムの実、中身が…!


「ク、クラウさん…!!!」


 双眼鏡で一部始終を見ていたクルックが、慌てて声を上げた時―――

 鋭く空気を切る音が3回なったかと思えば、コボロムが地面に落ちる地面すれすれで真っ二つに切れて転がったのだった。


「え、どうなってるの…?」

「よく見えなかったんだけど…何したんだ今?」

「ねぇ、何か、あのコボロム、変じゃない?」


 転がった殻の内側から、ぎっしり詰まった薄紅色の果肉と汁が流れ出て地面を汚す光景に、教師だけでなく観客からも動揺の声が上がった。そのざわつきで、別の思考へと飛んでいたクラウの意識も、完全に現実へと引き戻されたのだった。


「――ん?ああ、あの実、中身が入ったままだったみたいですね。もったいないことをしました。すみません」

 あれではもう食べられないだろうと、クラウはどうでもいいことを惜しんで隣でぽかんと立ったままの教師に頭を下げた。

「しかし、3つちゃんと破壊しましたし、試験の方は合格でよろしいのでしょうか?」

「………え?あ、ああ…えっと、君は、それでいいのかい?」

「と言いますと?」

「…これは、完全にこちら側の手違いだ。やり直しを申請しても、許可が下りると思うが…」

 つまり、今の試験はノーカウントにして、もう一度挑戦してもいいということだ。しかし、クラウは丁寧に辞退した。

 やり直したところで結果は一緒だ。クラウは合格さえもらえればそれでよかったのだから―――

 再挑戦は要らないと教師側に伝えると、大人たちはクラウの反応も意外だったのか、また動揺した様子で集まり、しばらく話し合いの時間が設けられた。同時に、何故こんな不手際が起きたのかと魔法陣や他のコボロムを確認するも、怪しいものは見つけられず、教師たちはますます首を傾げるばかりだった。


「…えっと、ほんとうにやり直さなくていいのか?オーウェン」

「はい」

 担任であるカゲトラが再度確認してもクラウは返事を変えることはなかった。ならばこれ以上の問答は無用と判断され、先ほどの結果をもって花組5班の合格が確定されたのだった。


「え、えー、大変お待たせし、並びに不手際があったこと誠に申し訳ありません。ただいまの花組5班の試験におきましては、準備における問題があったものの、きちんと課題の条件をこなしておりますし、本人の確認も取りましたので、再挑戦は行わずにこれで合格といたします。では、引き続き、試験の方を再開し…」


 教師の言葉に、状況を把握しきれていない観客のざわつく声が上がる中、奇妙な注目を浴びながら、クラウは一人静かに会場を後にした。






 出番も終わり、控えの間に戻ろうと人気のない廊下を歩いていると、向こうから駆けてくる生徒の姿があった。

「――――キラ?どうしたんだ?」

『あ、クラウ君、お疲れ様…!あ、あのね、イアちゃんが…』

「イア?」

『なんだかすごく、クラウ君のこと心配して、ずっとそわそわしてて…』

 クラウの試験が終わったとたんに走り出したイアを追いかけてきたのだと、キラは戸惑いながら説明してくれた。

「…そうか。すまないな」

 クラウはキラの隣にいた相棒に近づくと、しゃがみ込んでその顔を覗いた。

 心配そうに見つめるその瞳が何をいいたいのか―――

 言葉はなくとも、クラウはちゃんと理解していた。


「―――そうか、お前も気づいたんだな?…わかっている。少し、驚いただけだ。心配はいらない」


『ク、クラウ君、何かあったの?』

「…いや、大したことじゃない」

『で、でも……あ…!』

 キラが通りの向こうを見て、小さく声を上げた。

 薄暗い廊下の先に、ぽつんと佇む人影が一つあった。

 ローブに身を包んだ白髪の少年。青白い顔に、灰色の濁った瞳は、ただじっとクラウとキラの姿を見つめていた。


 すぐに気づいたイアが、小さく牙をむいて唸る。

 クラウはそれを瞬時に抑えて、その人物と向き合った。


「―――ノエル・ユグライトだな?」


 クラウが問いかけると、ノエルはこくりと頷いた。

「僕は花組5班のオーウェンだ。先ほどの試験見ていたよ。素晴らしかった」

「……」

 ノエルはまた一回、首を振って頷くだけであった。

 ただ、その灰色の瞳は一度もそらされることなく、まっすぐにクラウを捉えていた。

「一つ、聞いてもいいか?

 ――――その首にかけている飾りは、何かの魔導具か?」

 ノエルがまたこくりと頷く。

「…そうか。変わった形だったから、少し気になったんだ。ありがとう。…そう言えば、ライラックが君を誉めていたよ。自分より優秀な魔術師なのだと――――」


 リオの話題を出すと、ノエルはすこしだけ口元を緩めて笑った。

 それから、先ほどまでの無口さは何だったのかと思うぐらい流暢にしゃべりだしたのだった。


「初めてみた外の世界は、いろんなものが溢れ、いろんなものが存在しています。けれど、どれも大して興味はありませんでした。いずれ壊れ行くものに、何かの感情を抱くとすれば、それは人の情であって、俺には到底理解できるものではないようです。……でも、俺の色褪せた世界で唯一、ボスはとてもまぶしく光ってて、俺に“楽しい”をいっぱいくれます――――だから、好きです」

「…そうか」

 ノエルの言葉に、クラウは以前レンゲルの森で、ノエルがリオや仲間たち一緒になって花かんむりを作って遊んでいた光景を思い出した。

「君がここに来てから、ずっと周りの"小さい奴ら"が騒がしくて、毎日君の噂ばかりが耳に入ってきます。うるさくて、それがちょっと迷惑ですが、やっぱり俺には興味のないことなのだと思います」

「………」

「君たちが君たちの道を行くように、俺も俺の道を行きます。だから――――邪魔をしないでください」


 ノエルはクラウに向かって小さく頭を下げると、そのまま踵を返して歩いて行ってしまった。

 


『ク、クラウ君…今の、どういう意味…?』

「キラ、なるべくあの生徒には近づかない方がいい」

『え?ど、どうして?』

「――――彼は、おそらく、人以外の言葉を理解している。君や僕と、同じように」

『うそっ…!』

 隣でキラが小さく息を飲む様子が伝わった。


「今はまだ確かなことは言えない。だが、あの魔力は―――」


 そう、ノエルが試験時に見せたあの魔法。あれは単純な風魔法なんかではない。

 あの時、クラウの目にはちゃんと見えていたのだ。


 突然湧き出た魔力の色は―――『黒』



 ノエルが扱って見せたそれは、魔物や呪魔が持つ魔力の波動に、とてもよく似ていたのだった。








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