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レジェンド オブ 転生  作者: 新名とも
第一章  アルフェンの里編
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8  西の都



 時は少しさかのぼる。

 古の森よりはるか北、エルフの民が外の大陸と呼ぶエストア大陸は、この世界で一番大きな大陸である。

 西の街、スースラ。そこの一角に立つギルド、いわゆる仕事斡旋の施設に一人の男が立ち寄った。

 冒険者らしく、背中に大きな剣を背負い、頭に黒いターバンのようなものを巻いた壮年の男で、190センチに届く身長と、日焼けした肌に、鼻筋の通った顔。

 ギルドの案内所で係をしている女も思わずその端正な顔に見入ってしまう。

「ほ、本日はどういったご用件でしょうか?」

「いや、連れと待ち合わせだ」

 そっけなくあしらわれて女はあからさまに残念そうな顔をした。ほかの女冒険者たちが声をかけようかどうか迷っている間に、男はその視線に気づくことなくさっさと奥の酒場へと入って行ってしまった。



 まだ日も落ちていない時間帯にもかかわらず、店内はほぼ満席で客が酒をあおって騒いでいた。

 雑踏の中、男が連れの姿を探して店内を見回すと、

「隊長、こっちです」

 と、気づいた一人が酒場の奥で手あげた。

 こちらも同じように頭に黒いターバンを巻いた若い男で、やはり整った顔をしている。脇に立てかけられた大きな弓を見てもわかるように彼も冒険者の一人のようだった。

 隊長と呼ばれた男は、テーブルに着くと若い男の向かいに腰掛けた。


「ずいぶんと早く着いたんですね」

 と、若い男が言った。

「行き違いになると面倒だと思ったからな」

「いえ、助かりました。正直、八方ふさがりだったんで…」

「その後の手掛かりはどうだ?」

 聞かれた若い男は、申し訳なさそうに首を振った。

「今、コモルが商人に話を聞きに行っています。その男が、何か知っていればいいのですが…」

「急く気持ちはわかるが、焦るな。例の情報の事実がどうであれ、慎重に事を運ばねば犠牲が増えるだけだ」

「…はい」

 リーダーらしい、実に落ち着いたその言葉に、若い男はほっとしたように表情を緩めた。名前はサイルスといい、コモルと一緒に西の偵察を行っていたエルフ族の一人である。


 そして、その偵察班のリーダーを務める男の名は、ガルフ・ブランド。エルフ族最強の戦士である。

 彼はコモルからの連絡を受け、すぐにこの西の都へと馬を走らせた。本来なら4日はかかる距離を、たったの2日と半日でついてしまうほどだ。それだけ、今回のことがいかに重要なことか理解できるだろう。

 到着早々、近くの宿に部下を待たせ、ガルフは待ち合わせの酒場に一人でやってきた。ただでさえ目立つ容姿だ。大人数で移動するのは危険だと判断してのことだった。



「コモルが出てどのぐらいだ?」

「もう一時間になります。ここで待ち合わせの予定なので、もうすぐ戻ると思います」

 サイルスの言葉にガルフは頷くと、とりあえず酒を一杯、若い部下のために注文した。


 それから20分ほどたった頃、酒場の入り口に灰色のローブを着た男の姿が見えた。目深にフードをかぶり、鼻先まで隠れているので表情は見えないが、サイルスがすっと手を挙げるとそれに気づいて頷いた。

「遅くなりました、ガルフさん」

「いや、ご苦労だったな。とりあえず一杯やれ」

 ガルフは隣に座ったコモルにも酒を注いでやった。

 そして一息ついたところで、三人は足早に店を後にした。



「これを」

 とりあえずコモルたちが使っている宿へと移動し、部屋へと入ると、コモルは懐から取り出した一枚の紙をガルフへ渡した。

 どこかの屋敷の地図らしい。

 ガルフは受け取ったそれをテーブルの上に広げた。


「今日会いに行った商人が出入りしている屋敷の地図です。そこの一階の一番東側をみてください。不自然な空間があるのがわかりますか?」

 そういってコモルは一点を指差した。

「壁と壁の間に、隙間があるのか?」

「そうです。窓も何もついていませんが、確かに空洞になっているようで、どこかへ出入りできるようになっているらしいんです」

「…地下か?」

「おそらく」

 コモルは半ば確信したように頷いた。

「ここにいるのか?」

 サイルスが聞いた。

 しかし、その質問にはコモルは首を振って「わからない」とだけ言って難しい顔をした。

「商人が何か怪しいというだけで、そこに人がいるかはわかっていません…」

 情報不足を詫びるように俯いてしまったコモルに、ガルフはその肩をたたいて励ました。

「一から整理しよう。お前が情報を得た経緯を詳しく聞かせろ。まずはそこからだ」

 ガルフは二人を席に座らせ、自分も腰を下ろすと、まずは情報を整理するべく、コモルに事の経緯を説明するように促した。



 偵察班は基本2人で行動し、普段はそれぞれの担当地区で旅人や冒険者に成りすましてひそかに情報収集していた。

 その日、コモルはちょうど一仕事終え、ギルドで何か適当な討伐依頼がないか探していたところだった。相方のサイルスは、使い切ってしまった矢を補充するために武器屋へと出向いていた時のことである。


 この時は特に混雑していて、それこそいろいろな種族の冒険者たちが列を作り、自分の番をまっていた。100年前までは想像もできなかった光景である。その頃は種族同士の争いが絶えず、当たり前のように戦争が繰り返されていた時代だ。今も小さないざこざは絶えないが、時間は確かに進み、世界もだいぶ変わり始めている。

 そんなことを考えながら時間をつぶしていると、前に並んでいた地人族の男が隣の男に話している内容が聞こえた。

 最初はどこの仕事の羽振りがいいだの、いい店を紹介するなど、他愛のない内容だったのだが、ある言葉がコモルの耳に入り、彼は顔色を変えた。


「お前、銀の民って知ってるか?」

 銀の民。エルフの髪色から、昔はそう呼ばれたこともあった。

「…エルフだろう?もうとっくに滅んだ一族じゃねーか。それがどうしたんだよ」

「それがよ…」

 男はそこで警戒するようにあたりを見回してから、そっと小声でつぶやいた。


「義眼のガーランドっているだろ、そいつがエルフ族だって噂だ」



「本当にそういったんだな?」

「はい」

 コモルの話に、ガルフは再度確認した。ずっと森とともに生きてきたエルフ族はとても耳がいい種族なのだ。あの距離ならば、どんなに小声でもそれを聞き間違えることはない。

 コモルは「確かです」としっかり頷いた。

「それで?」

「男の話を聞いた俺はサイルスと一緒にガーランドって男について情報を集めました」

「義眼のガーランド。文字通り、右の眼が義眼らしく、普段は眼帯を付けているそうです。身長は180センチ前後、黒の短髪で、40代後半の外見だそうです」

 サイルスはメモを開きながら、調べ上げた情報を報告する。

「黒髪?」

「はい、どうやら黒の染料でわざわざ染めていたようなんです。銀髪は目立ちますからね。そして何かの拍子にその銀髪を見られたらしいんです」

「それでエルフ族だと噂が広まったのか?」

「どうも、そんなところですね」

 何とも信憑性に欠けるが、ありえない話ではない。自分たちに対する世間の目がどのようなものかは、ガーランドとてわかっていたはずだ。だから髪を染めた。ガルフ達もよく使う手の一つで、現に仲間の何人かは染めている者がいる。

 しかし、四六時中警戒していることはできない。人間だ、油断することもあるだろう。それをたまたま目撃されたとして、誰も責めることはできない。


「俺たちは手分けして彼の行方を捜しました」

「しかし、探し始めたのは俺たちだけじゃなかったみたいなんです」

「というと?」

 噂は気づけばあっという間に街に広まっていた。中には興味を示さない者もいたが、大半の者がその噂の真偽を確かめようと躍起になってガーランドの行方を追った。

 そして、やがてその騒動はこの辺一帯の領主であるドルモア・ジージェラの耳にも届く。彼は腕の経つ傭兵を大金で呼びつけ、彼らにガーランドの居所を探させたらしい。

「…つかまったのか?」

 コモルは「わかりません」と首を振った。

「ただ、俺が今日話を聞きに行ったのは、そのドルモアの屋敷に出入りしている商人なんです。そいつが言うには一週間に一度、食料を配達しに行っているそうなんですが、ここ数週間、その量が明らかに増えたと。いつもの量の倍以上の食料を注文するので、これは何かあると、不思議に思っていたらしいんです」

「特別、催し物やパーティーが開かれた様子もありません」


 ここまでの情報に、ガルフはじっと腕を組み考え込んだ。

 その屋敷にガーランドがいるかどうか、判断はつかない。自分が狙われているのを知って、すでに別の街に逃げている可能性だって十分に考えられる。

やはり、圧倒的に情報が足りない。


「コモル、最初のメモでは、ガーランドのほかにも仲間がいると書いていたな。その根拠は?」

「ガーランドは時々街に来て、何日か滞在しギルドの仕事を請け負って、しばらくすると姿を消すそうです。そしてまた、数か月たった後ふっと現れて、また去っていく。その繰り返しだったようです」

「いつも一人なのか?」

「はい。どこかのパーティーに参加することもあったそうですが、基本一人で行動していたようです。それなりに腕は立つし、見た目のこともあるので、このギルドでも有名だったようです」

 エルフの最大の特徴はその髪色である。とがった耳もあまりほかの種族では見かけないが、地人族にも一応存在する。何よりここ数十年で種族を跨いだ子供、つまりハーフが多く誕生したせいもあり、外見的なつくりはそれほど問題にはならない。

 なにせ、『狩り』からもう100年以上たっているのだ。エルフはとっくに滅びた一族とされているし、若い世代の人間にはエルフがどういった種族なのか知らない者も多い。

 危険はあるが、髪色さえ見つからなければ、ひっそりと生きてはいける。


「ただ、彼は去る前に必ず寄る店があったそうなんです」

「店?」

「はい。それが…、子供の日用品を売っている店らしいんです」

「子供?…家族がいるのか」

「おそらく」

 もちろん、エルフ族の子と決まったわけではない。が、可能性は高いだろう。いくら住みやすくなったとはいえ、他の種族とともに暮らせるほどではない。


「住処はどこかわかったのか?」

 もし家族が近くにいるなら、ガーランドは必ずそこへ戻ろうとするだろう。

「仕事を一緒に請け負った男が、『山の方から来た』と、聞いたことがあると…。詳しくはわかりません」

「山か…。周辺の地図はあるか?」

「はい」

 サイルスは荷物から地図を取り出すと、同じくテーブルに広げた。

 ここスースラは、エストア大陸のもっとも西側に存在し、鉱山に囲まれた地域にある。中でもグルテン山脈は、武器の加工によく使われる紫鋼石しこうせきが豊富で、領主ドルモア・ジージェラは、その鉱山の管理・採掘権を独占する大地主である。

 ケチで有名なこの男は、金集めが趣味のような男だ。皮肉なことに商才が高く、「仕事」に関しては誠実な男なので、近隣の貴族連中の間では評判が高く、人脈も広い。


 もし、そんな男のもとにつかまったとしたら、どうなるか―――


 ガルフは頭にちらついた最悪の結末を振り払った。今はとにかく情報を集めるのが先だ。

「仮にお前たちなら、どの辺に隠れ住む?」

「…そうですね。やはり森の周辺を探してしまいそうな気がします」

「森での生活が一番落ち着きますからね」

 コモルとサイルスの意見に、ガルフも同感した。

 幾千年、ずっと森の自然とともに生きてきたのだ。故郷と似た土地を探してしまうのは仕方がない。

「山の近くで、住めそうな森は…。ここと、ここだな」

「どちらもドルモアの領地内ですね…」

「規模的に、隠れるにはあまり適してはなさそうだが、探してみる価値はあるだろう」

 ガルフはそう言って立ち上がった。あまり長い間同じ場所に滞在するのはよくない。

「いいか、とりあえずお前たちは一度宿を変えろ。目立つなよ。それから、ドルモアの屋敷を交代で見張れ。俺は森の方を探しに行く」

「はい」

「屋敷周辺に、レノを置いていく。もし何か動きがあったら、合図を飛ばせ。あいつにはいつでも動けるように準備させておく」

「はい!」

 若い二人は、「レノ」という名前を聞いて安心したらしい。緊張で固まっていた顔が、ほっとしたように緩んだ。

「いいか、絶対に深追いするなよ。確かに仲間の命は大切だ。だが、お前たちの命だってほかには変えられない。わかっているな?」

「はい。わかっています」

 真面目に頷くコモルに対し、サイルスはなぜかニカッと楽しげに笑った。

「俺、今度アリーシャ様にマッサージしてもらう約束してるんで、死ぬなんてそんなもったいないこと、できませんよ」

「はぁ!?お前いつの間にそんな約束取り付けたんだ!?」

 にやにやと締まりのない顔で笑うサイルスに、コモルは鬼のような形相で詰め寄った。

「お前、よりにもよって、アリーシャ様にマッサージとかっ…!母親にでもやってもらえよ!」

「うっせーよ。バーカ!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人に再度くぎを刺し、ガルフは宿を後にした。内心、うらやましいなどと思っていたことは、おくびにも出さずに…。







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