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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 06: 解放運動 俺らは今、幽霊

   06: 解放運動 俺らは今、幽霊


「なかなか、いい娘じゃないか。」

 クナハ芳香院が、彼の駐車場から出てゆくサブリナのワゴンを窓から眺め下ろして言った。

「君の趣味じゃないなら、今度じっくり彼女を僕に紹介してくれよ。」

 浅黒い肌の頬を緩めながら、芳香院が冗談めかして続ける。

 サブリナは、ここから獅子吼と別れ彼女の自宅に戻る事になっていた。

 響児は、電源がつけっぱなしの十台以上のディスプレイを一つ一つ見て回りながら、芳香院の相手をする。

 すべて芳香院が所有してるSFX機材とコンピュータのモニターだ。

「あの娘に会えたのも君のおかげさ。しかしどうして帝王の公開遺言状の相手に、俺を推薦したんだい?SFXならサリューチンとか本間もバリバリだぜ。」

 事実、法律事務所から帝王の遺産相続相手の人選を委託された聖林文化院では、サリューチンと本間が、獅子吼と共にその候補に挙げられていた。

 だが事実上、最終的な決定権を持っていたのは、聖林文化院の中核である芳香院だった。

「知らなかったのか?彼らは、人選に洩れたんじゃなく辞退したのさ。それに、君は僕の親友だ。僕は君にインタビューをして、帝王の遺産をネタにした本が、又、一冊書けるという訳さ。」

 辞退だと?サリューチンの嘘付き野郎!何がお前が羨ましいだ。

 今度、会ったら、、、、いや俺が間抜けだった、だけなんだ。

 そんな想いを振り払うように、響児はワザと気さくな調子で話を続けた。

 全ての財産を失いかけている今、援助者となりうる男を、敵にまわす訳にはいかない。

「相変わらずだな。マルチな才能があるお前が羨ましい、、。今、何本、仕事を抱え込んでいるんだい?」

「ケーブルの昼ドラが三本。雑誌に連載が二本、その他、もろもろと言う所だ。」

 キィボードを叩きすぎて指先の皮が厚くなった手で、クナハは二つのグラスにウイスキーを注ぐ。

 響児は一口、酒を含んで、それを吐き出しそうになった。

 酒豪と言うほどでもないが、酒は嫌いではない。

 だが今は身体が酒を受け付けない。

 響児は、グラスを芳香院に気遣わせないように、そっとテーブルに戻した。


「お前、まだコクーン解放運動とかをやってるのか?警察や右翼にマークされてるんじゃないか。余り深入りをしない方がいいぞ。警察はさておき、最近の右翼はかなり過激だ。」

「とっくの昔に狙われてるさ。だが僕はこれでも有名人なんだぜ。法に触れない限り、奴らもそうたやすく僕に手は出せないさ。それに、今取り組んでいるのは文化人のステイタスシンボルに過ぎないコクーン解放なんて夢物語じゃない。徴兵制反対運動なんだよ。」

 芳香院のスーツの胸あたりに、丸いアピールバッジが二つ付いていた。

 ひとつはお馴染みのコクーン解放運動のバッジだ。

 ブルーの地に緑豊かな山脈が描いてあって、コクーンを卵に見立てたもの。

 その卵には亀裂が入っており、鳩が飛び立とうとしている図柄。


 コクーン解放運動の主な主張はこうだ。

 コクーン内の環境を向上させる為に割り当てられる費用は、税金から徴収されるが、それを少しでもコクーン外の環境改善に当てろと言う主張だ。

 確かに、三十年以上も前から、コクーンは人間が生活して行くだけの最低限の環境は保持できる様にはなっている。

 残りの三十年間に、行政機関がやってきた事と言えば、コクーン内の湿度を下げる事、オゾンの大量発生、一月に二度のクリーンな人工雨の発生だ。

 最近は微弱ながらも、「四季」を作りだそうとしているらしい。

 未だに「空路」を復活出来ないのに、そういう事だけは出来る。

 数分野だけの技術発展が残っている、「斑文明」の典型だ。

 コクーン内の人口は、出生率増加政策が功を奏して、やや過密状態になりつつある。

 今がドン詰まりの状況であっても、将来をみこせば、何世紀かかろうと、現在の快適さを我慢しても、コクーン外の環境改善に着手するのが賢明といえば賢明なのだ。

 コクーンを形成しているのは、あの不思議な「白い樹」の生態系だ。

 生態系故に、将来に渡っての安定維持は、誰にも保証できない。

 しかし、今やコクーンシティ内の経済は、コクーンの運営自体の上に成り立っている。

 こぎ続けなければ倒れてしまう自転車と同じだ。

 経済の新天地が何処にも求められない以上、コクーンという閉塞状態の中でもがき続けるしかないことを人々は薄々、気づき初めていた。

 コクーン間の戦争は、その最後のあがきと言えた。

 芳香院は前に、この状態を、コクーン復興前にあったウェラブルミュージックマシンという、ガラクタになぞらえて『密閉型経済の自己完結性の破綻』という本を出したことがある。


「コクーン解放は、我々に活力を与えてくれる。行政が、コクーン外に活路を求めていれば、戦争なんてものに手を出さなくとも経済は停滞しないんだ。人間とは、つくづく因業な生物だと思うよ。何か新しい事をやる度に自分のやって来た事にしっぺ返しをくらう。あるいは、今までやって来たことに、固執して失敗する。」

 芳香院の胸に付けてある二つ目のバッジには、擬人化されたコクーンがライフルを持って他のコクーンに突撃しているシーンが描いてある。

 その図柄の上には、大きな赤い×があるのだが、、。

「地球は地球自身が作り出した以上の物事を、面倒見切れるほど寛容ではないんだ。僕達は、その事の生き証人として、こうやって、このコクーンで細々と暮らしているはずなんだがね。」

 そこで芳香院は言葉を切って、グラスに残ったウィスキーを一気に飲み干した。

「で、その徴兵制反対運動の方は、上手く行きそうなのかい?」

「おいおい、他人事みたいに言うなよ。今度のは、僕達全員に関わりがある事なんだぜ。兵役三年の中で、本当に戦争が起こらないとでも思っているのかい?有事に備えてなんて、建て前を君も信じているのか?まあ、いい、君は昔から現実離れしていたからな。こっちの運動の方は上手く行くかも知れない。最近、どういう訳か、国会の左派の動きが活発なんだ。情報筋によると、何と、あの万年金欠左派が現金という実弾を使い始めてると言うんだぜ。その金の出所は、とんでもない人物らしいがな。」

 芳香院の目が輝いていた。

 彼の運動そのものには興味はないが、仕事を充分にやりきり、更に己を燃焼させるものを持っている友人の顔を、響児は眩しそうに見た。

 つい最近までは、自分もそんな生活充実組の一人だった筈なのだが、、、。

「どうした響児。お預けを喰らった犬みたいな顔をしてるぜ。僕は、これからデモにでる。その後は、出版社のパーティーだ。今夜は帰らんだろう、なんなら、此処に彼女を呼んでもいいぜ。自由に使ってくれよ。」

 芳香院はウインクをしながらドアを閉めた。


 響児はコードだらけの作業部屋を注意深く横切って、シャワールームに行き、汗を流してからリビングのソファに腰を下ろした。

 今の所、肌の肌理が細かくなっているような気がしたが、取り立てて身体には異変は感じられない。

 シャワーの温度が感じられなかったことが気に掛かったが、その思いを振り払うようにTVのリモコンスィッチを入れる。

 ニュースは、この春から実施される事になっている徴兵制と、芳香院が参加すると言った徴兵制反対市民集会の報道ばかりだった。

 スィッチを切ろうとして、響児は手を止めた。

 緊急ニュースのようだ。

 黒焦げになった見覚えのある古城が、今も灰色の空に煙を上げ続けている映像が映し出されている。

『今朝、七時頃、コクーン指定区域外ブロックB百二十五の獅子吼響児氏の住宅が突然、爆発炎上しました。尚、住宅跡には獅子吼響児氏と友人のサブリナ・G・ハリーハウゼンさんの死体が発見されました。』

 俺達が、爆死かい!?

 怪物に襲われた後で、何者かによって、自分の家を爆破される。

 おいおい、これじゃぁ、まるで映画の主人公だぜ、、。

 響児が、いくつかのチャンネルをずらして当たって見ると、いずれも同様の緊急ニュースが放送されていた。

 ジリリリリリィ!

 突然の電話の音に、獅子吼は飛び上がった。

 芳香院は顔の見えるヴジホンを、嫌って旧式の電話を引いていたのだ。

 それにしても、電話ってのは、何と酷い音が出るのだろう。

「はい。こちら芳香院。」

「獅子吼さん?」

「ああ。サブリナか。ビッグニュースがあるよ!」

「TVのニュースでしょう!私これから、そちらに行っていいかしら。これ以上、家にいると家族に迷惑がかかりそうだわ。」

「ああ、そうした方がいい。なにしろ俺らは、今、幽霊になったんだからな。」


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