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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 53: 円環 終端抵抗

   53: 円環 終端抵抗


 始祖は、その頭頂部から巨大なツタ植物を繁殖させた女性のミイラだった。

 その身体の何処にも、欠損は見いだせなかったが、ただ左手の小指の先端だけは欠けていた。

 全身はエメラルドグリーンに輝く鱗状の表皮に覆われており、それが水分を失った筈の身体のフォルムを生前のままに維持させていた。

 コタはその美しさに打ちふるえていた。

 螺旋を巻いたツタが、鏃の先端を内から覗いたような4本の斜めの支柱と、それを網の目のように結ぶあらゆる建材物にからみついている。

 始祖が伏せた呼び鈴の鈴のように、地上数十メートルに浮いて居られるのはその為だ。

 見方を変えれば、始祖は猛然と繁殖したツタ植物の奇妙な果実のようにも見える。

 コタが始祖の姿をより観察しようと、その一歩を踏み出した時、コタの周りの空気がゆるりとゆらいだ。

 と同時に、コタの体内のトシュタット器官が、ねじり上げられたような痛みを訴えた。

 この感触は!!転移だ!

 誰かが、俺の側に転移してくる。

 そう思った途端、コタの背後に見覚えがある身体が姿を現し始めた。

「ねえさん。」

 通常の屈折率を歪ませた空間から、ひりだされたもの、それは美しい漆黒の女神の彫像、カリュドだった。

 コタは、透明な空間の歪みの中から徐々に現れた美しい曲線を描く鍛え抜かれた漆黒の脚に、欲情した。


 響児は、暫く見当識を失っていた。

 勿論、その生理的原因は、彼が初めて体験した「転移」のせいでもあったが、、、何よりも大きい精神への打撃は、先ほど別れたばかりのサブリナが、変わり果てた姿で彼の目の前にぶらさがっていた事だった。

 それに、このピラミッド型のモニュメントドームには見覚えがあった。

 それは最近、弓削の手によって、コクーンの中心に急造された「時の矢の種族戦・戦勝記念館」だった。


 コタは、何を思ったのか、両手を広げて響児の前に立ちふさがった。

 その姿は、まるで始祖の骸を響児から守ろうとしているように見えた。

「この裏切り者め!我らが始祖まで汚そうというのか!」

「始祖、、。それが、始祖なのか、、。」

 響児は、自分が初めて出会う種族の言葉が理解できる不思議にも驚かず、深いため息をつきながら言った。

 あっけなさすぎる旅の終焉だった、、。

 今度は、コタの顔が歪んだ。

 こいつは、姉ではない。

 裏切り者ですらない。

 姉の姿こそしているが、全く別の生き物だ。


「始祖は、時の矢の種族を滅ぼしたがっている、、。」

 異端者ゴドーとの会話で導き出された結論が、響児の意識の中を駆けめぐっている。

 目の前にぶら下がっている萎び切ってはいないが奇妙に乾いた死体が、本当にサブリナであるなら、、、すべての疑問の辻褄が合うかも知れない。

 それにしても、こんな姿で、この時空まで辿り着くとは、、、。

 響児と別れた後のサブリナの人生が、いや人類が辿った道筋がどんなものであったのか、彼には想像すら出来なかった。

 人は、たかが百年にも満たないその一生で、己自らを風化させてしまう存在だというのに、、。

 今、ここで再会を果たしたという事は、サブリナは、おおよそ不死と言って良いほどの生命力を、その身に得たに違いなく、従って彼女の瞳には、人が体験する悲痛の数千倍ものシーンが映し出されて来た筈だ。

 カリュドとして戦ってきた響児には、そのことだけは理解できた。

 そんな年月を経て、サブリナは「サブリナ」であり続けられるだろうか、、。

 一体、サブリナが彼女自身であった時と、始祖であった時と、どちらが長かったのか、、。

 同族を、いやもしかしたら自分にとっての孫や曾孫達を死に追いやる「時のトラップ」を仕掛けるほど、サブリナの彼らに対する憎しみは強かったのだろうか、、。

 響児は、サブリナに近づくため前に歩き出そうとした。

 それを阻止しようと、コタが攻撃を仕掛けて来たが、響児はあっさりとそれを退けた。

 それほどコタとカリュドの力の差は歴然としていた。

 尻餅を尽かされた格好で押し返されたコタの視線は、これ以上はないというほどに憎しみに満ちていた。


 よく見れば、始祖のやつれ乾燥した顔は、奇跡のように「サブリナ」そのものだった。

 そしてその顔だけが、悪夢を具現したグロテスクの固まりである彼女の身体から、ぽっかりと浮き上がって見えていた。

 かって慈愛と憂いを帯びた青い瞳を覆っていた柔らかな瞼は、乾ききり落ちくぼんではいたが、確かにそこにあった。

 その下で、とっくの昔に萎びきった筈の眼球は、いったい何を見つめてきたのだろう。

「サブリナ。おまえは俺にこうやって会うために、、、。おまえが、やり遂げたことを俺にみせるために、ここで待っていたのか。」

「じいさんの遺言を継いだのは俺で、おまえじゃなかったのに。」

 響児に、ある天啓が閃いた。

「、、まさかおまえは、その事を気にして、ここまで、やったのか、、。」

 その時、カリュドは背中に強い衝撃を感じた。

 放心状態の響児の隙を狙って、コタの抜き手が背中に突き刺さったのだ。

 カリュドは信じられぬものを見る思いで、自分の腹から突き出たコタの黒い手を見た。

 コタの手の中でカリュドのトシュタットが、今さっき抜き取られた心臓のように、どくどくと脈打っていた。

「カリュド!とった!!とったぞ。」

 歓喜の声を上げながら、カリュドのトシュタットを高々と差し上げるコタ。

 カリュドはゆっくり振り返って、今度は目にも止まらぬ早さでコタの顔面を鷲掴みにした。

 破裂するように陥没するコタの顔面。

 崩れ落ちるコタから自らのトシュタットを奪い返し、カリュドはそれを自分の腹の中にねじ込んだ。

 カリュドの形の良い腹から黒い血が流れ落ちる。

 そして毒々しい夕日が、始祖の背後に三角形に切り取られた空間に落ち、真っ赤に満ちた。

 残照の中を、緑の靄のようなものが儚げに流れて行く。

 それは一時だけ、降雪の勢いを失った緑の雪だった。

 この地に初めて訪れた者にとっては、どのような天変地異であっても、その全ては異界の既成事象のように見える。

 だか、この雪は「時の矢の先端」の世界の終焉を示していた。

 終わりの始まりだった。

 「死ぬのか、、俺は、、、。」

 始祖は、その響児の問いに、乾いた謎のほほえみを返すだけだった。





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