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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 52: 狂風 聖地へ契り

   52: 狂風 聖地へ


 コタの姉のカリュドが、宣戦布告者として異次元に出向いてから、トシュタット月が三度満ちた。

 各部族の間では、カリュドについて様々な噂が流れている。

 だがコタの部族では、少しその様相が違っていた。

『我々が原始的な(人型の部族)だから、人間の猿などに身体を乗っ取られるのだ。あのカリュドは猿の子供さえ、はらんだというぞ。』

 副部族長のノベリィに至っては、まるで自分自身が(人型の部族)である事を忘れたかのように、始祖の直系たる(人型の部族)の悪口を言いふらす。

 確かに、カリュドが異次元に出向いて行った同族達を、次々と殺しているのは事実の様だった。

 その事で、他の部族達から自分の部族への風当たりが強いのも確かだ。

 だからと言って、副部族長たる者が光栄ある始祖直系の『人型の部族』を、あしざまに言っていいものか!

 コタは、姉に似た漆黒の顔を獰猛に歪ませて真っ白な牙を剥いた。

 トシュタットが、満ちたら俺は「狩場」に行く。

 「狩場」に行って、裏切り者のカリュドを殺す。

 コタの夢想の中で、姉のカリュドが死の間際に見せるであろう、苦悶と快楽の表情が浮かんだ。

 姉の首筋に牙を打ち込んだら、姉は仰け反るだろう。

 姉の形の良い鼻梁と鼻の穴、ぬめぬめと光る赤い唇は半開きになり最後の息を漏らす。

 黒くて皺一つない薄い瞼は、きつく閉じられるだろう。

 コタのトシュタットは、カリュドの最後の表情を思い浮かべる度に力を増し、沸き立って来る。

 コタは巨大な菌糸の林の中でうずくまりながら、トシュッタットの疼きに耐えていた。


「コタよ、何をしておる。」

 『時の矢の種族』の視力には真の夜の闇は存在しなかったが、それでも今は部族の波動が穏やかになる時刻、つまり夜だった。

 その夜の帳をついて、夜より暗い影がコタに話しかけた。

「父上ですか、、。今、俺は耐えているんですよ。こうしていなければ、今すぐにでも俺は走り出して、誰かのトシュタットを喰いちぎりかねない。」

「トシュッタットが満ちておるのだな。ならば、時を駆ける代わりに、狩場に飛べばいい。」

 コタは不思議そうな顔をして、父であり部族長でもあるタフーンの巨大な角のある顔を見上げた。

 漆黒の肌の色つやに陰りが出始めているものの、その身体を覆った鎧のような筋肉を見ていると、どうしてもこの男が近々引退するとは信じられない。


 コタの部族は、最も厳格に『時の矢の教義』を守る部族として知られている。

 異次元へのジャンプでさえ、乞われて跳んだカリュド以外に、実行した者がいないのだ。

 そしてこの部族長こそが、教義を最も大切にして来た人物なのである。

 そのタフーンが、教義に反する事を実の息子の前で口走ったのである。

「始祖が何故、始祖自身の教義に反して、我々に狩場に行く事を許したのかわかるかね?我々の一部は、今のお前の様にトシュタットが満ちると、自分の内に沸き起こる力を抑える事が出来ないでいた。その為に、我々の一部は『群れ』を持つ事が出来なかったのだ。親は子を殺さない為に、子は親を殺さない為に、それぞれがそれぞれを捨てた。それを憐れに思った始祖が、狩場に飛ぶ事を許し、そこでトシュタットを解放する事によって我々に『群れ』と家族を与えたのだ。しかし我ら『人型』は、飛ばなくてもトシュタットを制御できるし、昔から自らの方法で『群れ』と家族を形作って来た。だがコタよ。お前に、それが出来ぬと言うなら、他の種族同様に狩場へ飛べば良い。」

「、、すみません。俺にはトシュタットを制御出来そうにもない。」

「謝る事はない。カリュドもそうだった。お前達二人は、我ら人型の中でも群を抜いてトシュタットの恵みが強すぎるのだ。今、飛ばなければ、お前は滅んでしまう。」

 タフーンが、うずくまったままのコタに手を差し伸べた。

「そうだ。お前が、狩場に行く前に、始祖に会わしてやろう。」

 驚きが、コタの立ち上がりをゆっくりとしたものに変えた。

「それは俺に、部族長の座を譲るという意味ですか?部族長の名誉はカリュドのものと決まっていたのでは?第一、部族長達はカリュドを狩場に送り出す時に瞑想会まで開いている。」


 部族の掟では、始祖の骸を部族長の立ち会いの元に見せられる者が、次の部族長の資格を持つ。

 更に、始祖の骸を見ることの出来る資格者は、最も強いトシュタットを有する者と決まっていた。

 瞑想会は、「全ての種族」の命運を左右する時にのみに開かれる最高決議機関と言えた。

「コタよ。お前は、狩場に行きカリュドを殺すのだ。それですべてのかたがつく。」

 娘を殺せと実の息子に言い放ったタフーンの黒い肩に、緑に輝くモノが一粒降りかかってすぐに溶けて無くなった。

 それが緑色の雪である事を、タフーンもコタも知る由がなかった。

 狩り場の暦で言えば、コクーン復興世紀から数えて実に八世紀ぶりの降雪であった。


「行くぞ。我らが狂風を吹かせる。」

「おお、狂風ですか!」

 タフーンが言う「狂風」は、新しい長が生まれた際の、部族民に対する荒々しい告知儀式だった。

 新しい長を認めたくない者は、その時に実力を持って反対の意思を示せばよい。

「そうだ。その時が来た。」


 始祖が葬られた聖地までに点在する『時の矢の種族』の『群れ』に、狂風が吹き抜けた。

 狂風が吹き抜けた跡の『群れ』には、累々たる死骸が積み重ねられた。

 彼らの暦で八十年に一度の狂風の通過の跡の骸は、いつもならば、苔と黴が覆い隠したが、今回は緑の雪がそれを覆い尽くした。

 赤ワイン色をした空と雲から、緑の雪が果てしなく舞い降り、地表をエメラルド色に輝く大地に変えてゆく。

 その雪の原を、タフーンとコタの二つの黒い狂風が駆け抜けて行った。


 (人型の部族)と違って、『時の矢の種族』全体が使う「狂風」の意味は、疫病であり天変地異であり、時に同族の暴力の総称でもあった。

 長の世代交代以外でも、(人型の部族)が聖地に出向く際には、聖地に近づくにつれ制御しきれない程に増大してゆくトシュッタット力の圧力を逃がしてやる為、聖地へのルート上にある近隣の『群れ』を殺戮して回るのだ。

 それが荒ぶる「人型」部族の特徴だった。

 その殺戮が余りに早く激しいので、殺戮から生き延びた各部族は、それをある種の畏怖の念を込めて、「狂風」と呼ぶのだ。

「父上!この力の高ぶりは何なのですか?力は、生きる者をすべて屠れと、ただそれだけを俺に命じる。」

 赤い瞳を燃えたぎらせながら疾走するコタを誇り高く見守りながらタフーンが答えた。

「コタよ。よく我慢しているな。お前の側には、もう殺せる生き物は、この父しかいないと言うのに、、。私が狂風になった時は、この時点で先代の右腕をもぎ取っていたが。」

 コタの先を走るタフーンの足元からは、もうもうと緑の雪煙が巻き上がっている。

 彼らは聖地に赴く時、眠る以外は、闘うときも食べるときも決して走ることを止めなかった。

 その姿は、まさに狂風だった。

「始祖だよ。始祖のトシュタットが、我々のトシュタットに共鳴を起こさせているのだ。」

「そんな馬鹿な。トシュタットは、永きに渡って我々の個々の生命と共にあります。トシュタットが覚醒する程の共鳴は、戦いの場面以外には起こりません。始祖は、我々に戦いなど望みはしない筈だ。それに始祖は、既に死んでいるのではありませんか。」

「始祖は特別だ。始祖の体には、無数のトシュタットがある。それらは種族の誰より強力だ。そして母体の死を無視して、トシュタットは永遠に生きるのだ。母体が完全に枯れ果て塵となって、この世から消えてなくならぬ限りはな。」

 それを聞いたコタの身体に震えが走った。

 コタは今まで誰にも話した事がなかったが、密かに自分の身体の中にあるトシュタットに恐怖を覚える事があったのだ。

 そのトシュタットを無数に持つとは、、。


「何を、おびえておる?」

 コタとタフーンは言葉だけで話しているのではない。

 成人した『時の矢の種族』は礼儀としてテレパシーを用いず言葉で話す。

 それは種族に残された数少ない社会性の一つだったが、おびえと恐怖だけは相手に隠す事は出来ない。

 ましてやコタの相手は部族長だった。

 コタの精神は部族長の前ではガラス張り同然だった。

「お前は小さい頃から不思議な子だった。人一倍強いトシュタットを持ちながら、そのトシュタットにおびえを抱いていた。まるであの異端者のゴドーの様だ。」

「私は異端者などではありません!」

「言うな!例え、お前が異端者であっても、儂はかまわん。この空を見ろ。冷たい塊が舞踊っておるわ!それに、この身体の凍えはどうだ!今までと違った異変が、これからこの世界を襲うのじゃろう。お前のような異端の長が、おってもおかしくはないわ!」

 コタは、見た。

 タフーンが、疾走しながら自分の腕を噛みちぎるのを。

 タフーンも又、自らのトシュッタットの膨れ上がる圧力に耐えかねているのだ。

「見えた。聖地だ。」

 今まで世界は、有機的な曲線に依って縁どられていたが、コタの眼前に展開される風景は直線で構成されていた。

 数千にのぼる大小様々の直方体が、吹きすさぶエメラルドの吹雪に幽鬼の様に林立している。

「これは!」

 コタは、精神感応によって、他の時の矢の種族が見た「狩場」の映像を感じ取った事がある。

 今、目の前に展開している「聖地」は、その「狩場」とそっくりだった。

 それはかって、カリュドが「狩場」に出向く前に、下準備として特別に見せられた各部族長の瞑想会の映像だった。

 コタはその映像を、彼女にねだってリレー中継してもらったのである。

 部族長たちは、先兵達から送られて来る「狩場」の光景を、人間の「コクーン首都」と呼んでいた。

「聖地は、あのコクーンの事なのか!?狩場とどういう関係が、、」


 タフーンは、コタが今までに見た事がないどこまでも続く平坦な道を、聖地の深部に向かって歩き始めた。

 彼らの狂風と呼ばれる巡礼は、終焉を迎えようとしていたのだ。

「今、聖地をコクーンと呼んだか?」

「いいえ。父上。俺の見間違いです。」

「隠すな。かってゴドーも、そう叫んで種族を追われたのだ。しかし瞑想会で、そう考えたのはゴドーだけではない。この儂もそうじゃ。狩場は、違う時の矢にあるのではなく、儂らの矢の尾にあるのではないかとな。しかしそれでは始祖の教義がげせぬ。もしそうなら、始祖は儂らの死を願っていた事になる。」

 タフーンは、一度も振り返らずに、三角形の屋根を持った真っ直ぐで巨大な洞にコタを導いた。

 それはすべてが朽ち果てていたが、その異様な骨組みだけが残った建物だった。

「此処までだ。よく耐えてくれた。始祖は、この下にいる。ここからは掟通り、儂を殺してから行け。」

 そういうとタフーンが、初めてコタに振り返った。

 タフーンは、自らの自傷行為によって弱り果てていた。

 このまま衰弱死したのでは、「トシュタットの恵み」さえ受ける事ができない。

 それは部族長の死としては、恥ずべきものだった。

 コタは、長に死を与える「誇り」を感じながら、待ちかねた様に、己のトシュタットの飢えを満たした。



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