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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 05: 融合 苦痛と快楽

   05: 融合 苦痛と快楽


 サブリナは、思った通り、コンピュータのあるコンソールの前にいた。

 ここがデートの待合い場所なら、ひねりがあって言う事はないんだがと考えながら響児はサブリナに話しかけた。

「どうやら、おやつの時間には間にあったようだね。」

 サブリナの顔が薔薇の様に輝いた。

 何だって『薔薇のよう』にだって?若手SFXの鬼才・獅子吼響児にしては、あまりにクサい比喩じゃないか、俺は本当にどうかしちまっている。


「きっと戻ってくれると信じていましたわ。リセットボタンを押していいですか?」

「ああ、帝王の最後のいたずらだ。充分楽しませてもらうよ。」

 白髪のハリーハウゼンが、悪戯っぽく舌をだして写り込んでいる有名な写真を思い出しながら、響児は雨に濡れた黒髪を後ろに撫でつけた。

 その後、サブリナの隣の椅子に深く腰掛ける。

 雨で冷えた身体にサブリナの体温が染みこんで来るようだった。

「ねぇ。サブリナ。俺がもし奴らと融合しちまったら半分、化け物になる。そしたら君は俺の面倒をみてくれるのかい?」

「ええ、勿論。昔からどんな孤独なヒーローにも、最後には理解者が現れるものですわ。」

 冗談なのか、本気なのか?

 たぶんこのひたむきさから見て、この娘は本気なんだろう、と響児は思った。

 暫くサブリナの顔を眺めていると、コンピュータのディスプレイがひとりでに点った。

 腕時計を見ると、3時3分前だ。

 帝王と呼ばれた男のお手並み拝見と行こうじゃないか。


 隠し部屋の壁が震え始めた。

 心なしか空気の密度が増した様に思えた。

 突然、部屋中が白光に包まれ、響児は一時的に視力を失ってしまった。

 続いて酷い頭痛に見舞われる。

 部屋中を満たす強烈な硫黄の臭いに鼻が順応した頃、「ハリーハウゼンが用意すると言った人間はお前か?まさかその、か細い女ではないだろうな。」と闇の中でいきなり女性の声が響いた。

 いや、その闇は、響児の頭蓋の中の闇だったかも知れない。

 その理由は、最初「声」と感じられたものが、自分の耳から聞こえたものではないような気がしてきたからだ。

 その「声」は、イントネーションこそ狂ってはいるが地球規模で統一された第二水準の共通言語に間違いなかった。

 そういった言葉を、今初めてこの世界にやってきた異形の者が喋れるとは思えない。

 だがテレパシーのようなものなら、それは可能なはずで、当然その言葉は響児が普段使っているものになる。

 それよりも驚かされたのは、その声が大きすぎた事だ。

 無理矢理叫んではいない、いわいる地声、あるいはテレパスが並外れて大きいのか。

 頭蓋がその「声」で、割れるように響いた。

 「声」のする方向から硫黄の様な臭いが漂って来る。

 方位のあるテレパシー?いや本物はそうなのかも知れない。


 目が慣れてきた響児の目の前に、髪を引っ詰めでアップに結い上げた、スタイルの良い長身の黒人の女性が部屋の中央に立っていた。

 アスリートかモデルか?

 いや、黒人ではない。

 彼女が、一歩前に足を踏み出す。

 人間の動きではなかった。奇妙だが、醜くはない。

 大型の猫科肉食獣のような動き。

 そしてその肌の色は確かに黒かったが、人間の皮膚のものではなかった。

 黒く染められた鞣し革の黒か、あるいは甲虫の黒。

 その中間の光沢のある奇妙な黒色をしていた。

 体毛がまったくないその身体は、黒いゴムで全身が覆われているようにも見えた。

 が、反面その皮膚は質感的に相当な硬度を感じさせもする。

 更に、初めアップに結い上げた髪と見えたのは、その異形の異様に斜め後ろに迫り出した後頭部だった。

 頭髪は全く無い。

 身近なもので例えればヘルメットのようなものだ。

 眼球は黒目と白目の区別がなく、真っ赤なルビーがはめ込まれている様にみえ、更にその下には真っ赤なエナメルで塗られた様な、やや反り上がった唇が見えた。


「まあ、簡単なメイクで出来る扮装だね。帝王が仕掛けたにしちゃ、もう一つの出来だ。お嬢さん、もうそのラッテックススーツを脱いでもいいよ。長い事着てると身体に悪い。」

「何、言ってるの!これ本物です!」

 サブリナが、響児にしがみついて言った。

 響児の顔から引きつった笑いが消えたのは、自分の腹に異形の抜き手に構えられた赤く鋭い爪が、突き上げられ、差し込まれた時だった。

 狂わんばかりの苦痛が全身を駆け巡ったが、響児は気絶する事が出来なかった。

 しかも、何故か、その手が自分の内蔵やら胃の側を通過するのが解った。

 信じられないように、自分の胸下を見た響児は、突き破られた筈の腹部から血が一滴も流れだしていない事を発見した。

 更に、異形の腕は深く差し込まれ、肘の深さまで達している。

 もう心臓まで、その手は届いている筈だった。

 響児は、異形の顔が自分の眼前に迫った時、圧倒的な苦痛の片隅で奇妙にも『こいつは結構いい顔立ちをしているな』と思った。

 蛙も蛇に飲み込まれる寸前には、自分にはない蛇の肌の美しさに、魅入られるのかも知れない。

 自分の手足が勝手に踊るように、びくびくと跳ね回っている。

 「死のフィストファック」、妙な単語が単語が頭の中で点滅した。

 心臓やら肺やら内臓を、黒い手でかき回される感覚に、三分程耐えた跡、響児はやっと意識を失う事が出来た。



 闇が溶けて、いつもの様に朝が来た。

 今日の朝飯は何にしよう。

 いや、ちょっと待ってくれ。

 もしかしたら一昨日の様にサブリナが朝食を用意してくれるかも知れない。

 とにかく腹が減った。

 こんな気分は久ぶりだ。

 バケツ一杯のミルクが飲めそうだ。

「良かった。目が醒めたのですね。それに髪の毛も元に戻ってる。」

 サブリナが響児をのぞき込んで泣きそうな声で言った。

「ああ?サブリナ。どうしたんだい?目が真っ赤だよ。それに此処は何処だ?」

 響児は自分に掛けられた毛布をはぎ取って起きあがった。

「私のワゴンの中です。」

 運転席のグローブボックスから保温ボトルを引き出して、サブリナはコーヒーを入れてくれた。

 窓の外には、見慣れた苔と黴だらけの陰惨な大地が広がっていた。

 今日は珍しく雨が上がっており、その代わり低い灰色の雲が世界の蓋の様に広がっていた。

「どうして、俺はワゴンに乗っているんだ?」

「お爺様の計画は成功したようだわ。でも彼らは中継点である私達の家の異変をすぐに察知する筈だから、逃げ出して来たんです。今の貴方じゃ、奴らとはまだ戦えないと思います。」

「なに言ってるんだ。君まで俺をかつぐ気かい?冗談は城の中だけにしておいてくれ。」

「あの時、隠し部屋の天井が開いたの覚えています?そこから高圧で薬品が入ったカプセルが、彼女と融合しかけた貴方に打ち込まれた事は?」

「残念ながら、両方とも覚えていないね。それ以上は、言わないようにしてくれ。君とは、喧嘩をしたくないんだ。」

「・・・そうですね。貴方には、まだ無理なようです。でもとりあえず、城を離れる事だけは、了解してほしいんです。」

「ああ、あの城は広すぎるからな。俺も、あそこでの生活に飽きてきた。一旦、コクーンシティの友人の所に行ってみるよ。」

 一向に噛み合わない会話を打ち切るように、響児は運転席のサブリナと席を代わり、コクーン首都に向けて車をスタートさせた。

 身体は、目覚めの気分の悪さと正反対で、すこぶる調子が良かった。

「この車、スピードがでないね?」

「何を仰ってるんですか。メーターを見てください、120キロは出てますわ。」

 サブリナが青ざめながら言った。



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