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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 48: 敗走 未来の幻視

   48: 敗走 未来の幻視


 そこは鬱蒼としたジャングルだった。

 硫黄の臭いが、充満している。

 どうやら夜らしい。

 湿った薪を使っているのか、煙ばかりが多くて禄に炎が立たない大薪を中心にして、黒い陰が蠢いている。

 その陰は、様々な形をした異形達だった。

 響児は、そのジャングルに見覚えがある事に気づいた。

 丁度、コクーン外の苔や黴を拡大したらこうなる。

 巨大に成長した苔と黴の影の中で、二つの異形が、叫び声を上げながら死闘を演じている。

 いや、それは死闘ではなく『時の矢の種族』のSEXなのだ。

 先ほど、カリュドとバラデュールが行った行為だ。

 人間は、環境を復元する事なく、自らを破壊され尽くした環境の方に適応させてしまったのか、、

 次に、こんな言葉が響児の脳裏をよぎった、『原始生活』。

 衣服も付けず、さしたる道具も持たず。

 良く言えば、彼らは言葉のない世界で、物質を必要としない精神文明世界をもう一度作り始めた。

 そこでは、破壊の快楽と死の裏表が、全てを律する。

 「生」をより生きるとは、そういう事なのか!?これは進化なのか、退化なのか。


 自分の下に組み敷いていた筈のバラデュールの姿がなかった。

 その事に気付いた途端、目の前の幻視光景が、消え去った。

 そこに残ったのは夜の底にある公園だった。

 バラデュールは、カリュドに未来の幻視だけを残し、次元の果てに跳び去ったのかも知れなかった。

 しかしせめてもの救いは、響児のトシュタットが、『時の矢の種族』の生殖を目的としない死の交配のさなかで、時のジャンプの方法を思いだしたのではないかという可能性だった。

 決して終わる事のない追跡を繰り返す回転木馬が、バラデュールの波動の余波を使い尽くし、ゆっくり停止するのを、見つめながら、響児は自分が見た人類の未来の残光を思って泣いていた。



 ゴドーの死が、彼らにどう言う影響を与えたのか、『時の矢の種族』は、その戦い方を変えていた。

 軍事的な侵略と言うよりは、むしろ、好き放題に人を殺す快楽を追求し始めているようだった。

 彼らは自分の気の向いた時に、コクーンに入り込んでは、平均して五十人以上の人間を狩って楽しみ、飽きればコクーンの外に帰ってゆくという行為を繰り返している。

 人は自分達の状況を表現する為に、『コクーンという大きな檻の中に入れられた鶏』といった不名誉な比喩を使うようになっていた。

 この頃には、多くの人間たちが、『時の矢の種族』という名前は知らずとも、コクーン外には何か得体の知れない怪物が沢山棲息している事を知っていたのだ。


 サブリナ達が『時の矢の種族』追撃に使用していた六輪装甲バギーは、既に、彼らを追跡する事、六時間でコクーン外適応生物の紫陸珊瑚に絡めとられて座礁していた。

 つまり部隊は、コクーンの周囲五十キロの準生活可能地域で、たった一人の『時の矢の種族』を追い詰める事に失敗していたのだ。

 彼らは、その『時の矢の種族』を、ウルフマンと呼んでいた。

 それでも彼らは、ダンボを中心とした斥候チームと、後詰めのサブリナチームの二手に分かれて追跡を続けていた。

 だが準生活可能地域を越えた地点で、しかも徒歩の追跡とは、それだけでも部隊は危険にさらされていた。


 顔面全体を覆う灰色の密着型ガスマスクに穿たれた二つの覗き窓からでも、くっきりと判る大きなアーモンド型の目を強く光らせて愛鈴が言った。

「ダンボの奴。弱腰になったものね。折角、サブリナを連れて来てるのに、ウルフマンを逃がしちまうなんて。」

 愛鈴の声は、フイルターを通じて聞こえる為、奇妙に掠れて聞こえる。

 掠れているのは声だけではなかった。

 あれ程、抑制的で、多くの困難を包括出来る筈の愛鈴の心もこの闘いで荒み初めていた。

「仕方がないわ。ウルフマンの回りには、何処から盗み出して来たのか沢山の赤ん坊がいたんだもの。」

 愛鈴の野戦服の胸元から見える、ガスマスクからつながったゴム引きの下着が、夜露を落としながら大きく震えた。

「それが甘いって言うのよ。本当なら病院のベッドで寝ている筈の赤ん坊が、苔の生えた地面を跳び回っているのよ。あれは私たちの赤ちゃんじゃないわ。誰もやれないんなら、私がやってやる。」

 サブリナと愛鈴の前を黙々と歩いていた李夏が、振り返った。

 李夏は背中に巨大な通信機を背負っている。

 コクーン内なら何処にいても通信通話が出来る大出力の代物だったが、此処ではほんの気休めぐらいにしか役に立たない。

「レディ。今、先を行ってるダンボから通信が入った。後一時間でダンボ達と合流して、その後はこの追跡を打ち切るそうだ。これから先は、我々の装備では踏破出来ないらしい。」

 レディとは隊員達が、サブリナに付けたあだ名だった。

 変態後の彼女の姿を考えると、実に皮肉なネーミングとも言える。

 部隊の中で、このあだ名を使わないのは、愛鈴だけだった。

「賢明な判断だわ。他の皆にも、伝えてあげて。」

 李夏は、腰に吊り下げてあったフラッシュを抜き出し、不規則に点滅させて見せた。

 サブリナを中心にして分散しながら進行している隊員への合図だった。

 巨大な黴の薮に見えかくれする隊員達の姿がその度ごとに浮き上がる。

 全員が付けているガスマスクが髑髏の様に見えた。

 その瞬間の白光の中に、小さなものが跳び跳ねた。

 最後の光りの中で、身長が三十センチにも満たない生命が一人の隊員の首に喰らいついているのが見えた。

 隊員のガスマスクから、くぐもった絶叫が聞こえて、次の瞬間首の辺りから大量の血がシャワーの様に吹き出している。

 愛鈴が間発をいれずに、大口径ライフルを片付けしてその生命体を撃った。

 今の愛鈴の身体には、暗視パーツはなかったが、失われた左耳を補う倍増された聴力があった。

 その小さな生命体の息吹を頼りに銃弾を発射したのだ。

「やったわ!でも、他に沢山いる。糞可愛いベイビィ達よ!」

「駄目よ!彼らはウルフマンのトシュタット器官に共鳴して興奮してるだけなのよ。人間なのよ!」

 サブリナの叫びが、空しく闇にとけ込んでゆく。

 数分間、激しい銃声が聞こえた。

 サブリナは自分の波動を全開にして、周囲の生命体の共鳴をウルフマンから、自分のそれへ奪い取るための必死の努力をしていた。

 しかしそれは徒労に終わった。

 サブリナの救援の為の波動が、『時の矢の種族』の破壊と殺戮の波動にかなうわけが、なかったのだ。

「終わったわ。これを見て頂戴。」

 闇の中で愛鈴が兎を吊り下げるように、生命体の死骸をサブリナに突き出して見せた。

 愛鈴の血塗られたゴム手袋の五指の下に、表面が紫色をした葡萄の房の様な凹凸のある、体格に比べて大きな頭がぶら下がっていた。

 口には唇がなくピラニアの様な歯がびっしりとむき出している。

 目がある部分には何もなく、それがかえって鼻梁のない鼻の穴を目だたせていた。

 サブリナは小さな悲鳴を上げて、思わずそれを愛鈴の手からはたき落としてしまった。


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