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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 41: 到達 361度都市

   41: 到達 361度都市


 大蜘蛛は、八本の脚を自分の球本体に収納して、全身を「眼球」に変えた。

 とは言っても、この物理的変形自体には大きな意味はない。

 過去に、その変形を「イデア的変形」と呼んだ生命体もあったが、その言葉にも意味はない。

 大蜘蛛は、「道具」だからだ。

 「脚」は大蜘蛛の移動分野の機能を多く現し、「目」は知覚・観察分野機能を現す。

 あまり多くはないが、時には球体全部をアギトに変えて世界を「吸収・採取」する事もある。

 今は、オペレターGのリクエストに応えて、混濁を極めたこの惑星上の多元世界に紛れ込んだ二人の男女を捜している。

 探査にあたって、惑星浄土は大蜘蛛にしても厄介な星だった。

 単に超時空ゲートが開かれた惑星という以上に、この星自体が「異様な存在」だったからだ。

 ただ大蜘蛛は、道具にしか過ぎないから、そこに脅威を感じたり、敵愾心や冒険心を持つことはない。

 自分に分析できない事は、ただ「分析出来ない」のに過ぎないのだ。

 それでも大蜘蛛は、己の機能を最大限に駆使して、二人の人間の居場所を発見した。

 彼らがいたのは、この惑星の多元世界の中で、一番古く、もっとも安定した世界だった。



 二人が転移した足元は、下水から溢れ出した汚水で水浸しになっていた。

 街の外れの裏路地だ。

 立て込んだ建物の作った闇の隙間から街の灯りが見える。

 久しぶりに嗅いだ汗くさい文明の臭いに、白竜は満足していた。

 白竜の足元を小さな黒いものが走り抜けて行った。

「今のを見たか。鼠だよ。鼠。この星に来て、初めて見たまともな動物だ。此処がハギス達が行こうとしていた361度都市なんだ。」

「361度都市?」

「ああ奇妙な名だろう。トルーマン、いやハギスが名付け親だ。此処での本当の呼び名は判らない。円の1周が360度、それより1度多い、妙だろう、円は完全のイメージなのにな。許容されない多様さが、安定や完全を妨げている。それを言いたかったんじゃないか?」

 白竜の興奮した様子を珍しげに眺めながらGは、彼らがいる路地の奥まった所から、ちらりと見えるネオン看板を見ていた。

 白地の中に赤い楓の葉の形がマーク化されており、それの上に(クールス)と丸いロゴが読み取れる。

 地球のアルコール度の低い炭酸飲料の名前である。

「でもニルス天文台があんな犠牲を払ってまで目指していたのは、この星の超文明だったんでしょう?此処は、まるで赤のチナ・タウンみたいだ。」

 チナ・タウンは、一時代前の古式騒然とした建築群がある事でも有名だったが、この街も負けず劣らず、いやそれ以上に、時代がかっていた。

「、、まあそれは後にしよう、今は渦紋とフローレンスを探し出すのが先決だ。彼らの側まで、転移出来ないか?」

「渦紋さんの気配はあるけど、なんだか様子がちょっと違う。それに此処に来てから、転移距離が稼げないんです。これなら歩いた方が速いかも知れない。」

「じゃぁ歩こう。それと服を何処かで手に入れないと駄目だな。プロテクトスーツに、そのボンテージ、これじゃ俺達はSMショーダンサーズだ。ここで二十分程、待っててくれ。」

 白竜は、人の臭いのする街を歩ける事と、渦紋の生存を知って浮き立ちながら、路地を出ていった。

 それから正確に二十分後、手に大きな紙包を二つ抱えて白竜が戻って来た。

「人間がいた!言葉は思った通り通じたよ。少し、イントネーションが違うくらいだった。」

 白竜の顔が上気している。

 軽い運動でもして来たという感じだ。

「さあ、これを上から羽織るといい。そのウマーの鎧って奴は、脱がない方が良さそうだからな。」

 紙包を開けると中から、黒い革のミニスカート、白いハイネックのセーター、黒いブレザー、濃紺のコート、その他装身具の類が、綺麗に折り畳まれて出てきた。

 いずれも、上品なデザインだった。

 それに下に着たままの「ウマーの鎧」に合うチョィスだった。

 金のネックレスを首に付けながらGは、コートに手を通している白竜に、いたずらぽっく聞いた。

「いい趣味ですけど、お金はちゃんと払ったんですか?」

「いや、払おうにもレジが閉まっていてね。まあ、信用払いって所かな。しかし、どうやらこの世界は冬らしい。お互いに冬物が着れて助かった。薄モノだと下に着込んでいる装備が誤魔化せないからな。」


 白竜の言う通り、361度都市の季節は冬のようであり、街を忙しげに行き交う人々の吐く息は皆白かった。

 独自に体温調整が出来る二人には、あまり関係のない事だったが。

 街のにぎやかなイルミネーションは、特別なデコレーションが施され、地球の年の暮れの喧噪を思い起こさせた。

 所々のビルには(祝、天舞神祭)と赤く染め抜かれた垂れ幕があった。

 文字も地球のそれと同じだ。

「しかしどうも、君のその爪は厄介だな。」

 白竜はスーツの下に着込んだプロテクトスーツの、グローブをはずして、コートのポケットに突っ込みながら言った。

 Gは、黒い鈎爪を白竜に見せるようにしてから、革手袋ごとそれを消して見せる。

「この扱いにも、だいぶんと慣れてきました。ウマーの鎧の末端部は全て格納できる様です。」

「それが判っていたら、ハイヒールも持って来るんだった。それは娼婦が履くものにしか見えない。刺激が強すぎる。」

 革ブーツを履いているように見せるには、少し異様な感じのする、Gの形の良い脚にぴったりと張り付いたウマーの鎧の脚部を見ながら、いかにも残念そうに白竜が言った。

「白竜さんは、時間があれば、床屋に行きたいでしょう?」

 Gは、笑いながら言った。

 白竜の見事な剃髪は既になく、巻毛の柔らかい黒い髪は耳にかかる程度に伸びていた。

 この顔の面影には何処か見覚えがあると思ったが、Gにはその正体がわからかった。

「うむ。それもあるが、時間が許せるんなら、食事がしたい。」

「いいでしょう。渦紋さん達は元気でいるようですしね。それにこの街の様子を知っておくのもいいかも知れない。」

 少し奇妙な表情をしてGが答えた。

「丁度いい。あの店に入ろう。金は服のついでに用意しておいた。」

 こうして、背の高い伊達男と男言葉を使う美女のカップルは、煌々と明かりの点る巨大なチナレストランに入っていった。

 361度都市が、天舞神祭を祝う夜の事であった。


 チナレストランはほぼ満席で、白竜とGがクロークにコートを預けて、大ホールのテーブルに案内されたのは、彼らが入店してから二十分後の事だった。 

 チナレストランの構造は二階分を大ホールにし、二階に当たる部分の壁にはステージが設けられ、そこでバンドが名前も判らぬ楽器を奏でていた。

 演奏されているのは、天舞神祭にちなんだ曲らしい事が、白竜らにも他の客のざわめきで知る事が出来た。

 聞き覚えのあるような、ないような不思議な曲調だった。

「とこで、G、此処にはどうやってきた?俺達を追いかけて来てくれたのか?」

 白竜が得体の知れない緑色のスープを飲みながら聞いた。

「いいえ。白竜さん達と遭えたのは、まったくの偶然です。僕は時を遡ろうとしていた。ただウマーの鎧が、目標地点に着くにはエネルギーの補給みたいな事が必要らしくて、中継点に立ち寄ったらそこが、この浄土だったんです。」

「目標地点は、何処だったんだ?」

「現象が起こる前の地球か、ウマーの鎧を作りだした世界か、いずれかに向かうように大蜘蛛に言いましたが。今どちらに向かっている途中なのか、大蜘蛛は教えてくれません。」

「もしGが過去の地球に向かっている途中なら、此処は地球と密接な関係のある場所なのかも知れない。この街を歩いて見て判ったんだが、この街は、少しズレがあるが、赤のチナ・タウンそのものだ。言葉だって、殆ど判る。俺が新任の頃の担当地区が、チナだったから良く覚えているんだ。ハギスの言った特異点とは、惑星浄土上で、地球と同時に並列存在する地点を言うんじゃないかな?」

「そこのところは良く判りません。今、僕が判るのは、ネイチャーアタックなどの(現象)が、浄土に住む人々から、直接送り込まれているのではないと言う事です。それに(現象)には、二つの流れがあるようだ。悪意とそれから、もう一つの何か、、」

「その内の一つは君自身や、ウマーの鎧だろう?」

「さあ、どうでしょう?惑星浄土の地球への干渉と超時空ゲートの存在は本来別物ですが、ニルス天文台で起こった事件が、その二つを完全に引っ付けてしまった。それに似た出来事は、意外に沢山あるでしょう?」

 そう言ってGは不思議な笑みを口元にたたえた。


 メインディシュが来た時に、ホールに乾いた鋭い連続音が轟いた。

 たちまちホールは、人々の悲鳴や逃げまどう動きでパニックになった。

 三人の男が、マシンガンを持ってホールに乱入して来ていた。

 内二人は、二階のステージに駆け上がって行く。

 二度目の威嚇掃射を空にしてから、ホールに残った男が怒鳴った。

「皆、その場所を動くな!死にたくなければジッとしてるんだ!」

「お決まりのシーンに、お決まりの台詞だな。」

 白竜の手が腰のベルトに差し込んだハンドガンにゆっくり伸びるのをGが小声で制した。

「駄目です。この世界には余り介入しない方がいい。」

 その時、ホールの全ての照明が落ちた。

 月も星もない世界の事である、漆黒の闇の中で周囲の状況を見る事が出来るのは白竜とGだけだった筈だった。

「アルトゥーロ!諦めろ。今日は本気でやるぜ。」

 ホールの入り口あたりから、若い男の声がした。

「ふざけるな白竜!俺にちょっとでも手を出したら、人死にが出るぜ。」

 アルトゥーロと呼ばれるホールに残った男が、注意深くゆっくりと移動しながら怒鳴り返した。

『どうやら、この世界にも白竜って奴がいるらしい。パラレルワールドってヤツか、、ワクワクするな。』

 白竜は、会話をテレパシーに変えてGに楽しそうにそう囁いた。



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