終端抵抗/未来モンスター・カリュド 40: 再会 蜘蛛の糸
40: 再会 蜘蛛の糸
虚無の海を漂っていたGの眼前に、突如、宇宙が開けた。
正面の青い星、遠くに見える太陽。
Gは、一瞬地球に帰って来たのかと思ったが、二つの星を除く星系の配列があまりに違う事と、地球にある筈の月がない事に気づいた。
「パイロット。あの星はなに?」
「グルューネワイト岬を内包する惑星です。」
大蜘蛛の言語能力は、格段の進歩を示していた。
ただし大蜘蛛から「ウマーの鎧」のシステム作動上の問題以外で、Gに話しかけて来ると言う事はなかった。
「グルューネワイト岬を内包する惑星って、なに?」
「オペレーターの存在レベルでは、言語的に認知不可能。ただしオペレーターの記憶の中に、その名称があります。惑星浄土です。」
「グルューネワイトの名も、僕の記憶から引き出したという事だね。で、時間を遡行している途中に、あれがあるの?」
「現在発動中の機能は、時間遡行では有りません。しかしオペレーターの存在レベルでは、時間遡行に該当します。」
「僕の存在レベルでは時間遡航?難しいんだね、、まあいいや。」
Gの眼前でグングンと球体の模様が、浄土の地表に変化し、広がってゆく。
「何処からは、どう見ても、地球だね。」
Gは、地表の様子が読み取れる高度で航行しながら言った。
Gの足元からは飛行機雲が発生し、はるか後方に繋がっている。
「でも、人もいなけりゃ動物もいない。人工物もない。あるのは植物だけだ。」
やがてGは、一つの大陸の海岸線の上空にさしかかった。
その時、ウマーの鎧が着陸体勢に入っている事に気付いた。
どうやら眼前の岬が、次の目的地のグルューネワイトであるらしい。
海の見える岬の一角に、白いペンキで塗られた木造の洋風の小さな家屋があった。
ウマーの鎧は、この家屋の玄関に舞い降りた。
「なんだか懐かしい感じがするな。浄土が見る者のイメージを反映するなら、これは僕のイメージなの?」
「惑星浄土の中継点は、浄土の干渉を受け付けません。この形態はオペレーターが認知しやすいように中継点自身が取っているのです。オペレーターは三重存在です。その内の一つに、中継点が対応しています。」
Gは白い家のドアを開けながら大蜘蛛に聞いた。
「三重存在?この家を作り出したのは、その内の誰?」
「オペレーターは、サブリナと呼んでいます。オペレーターに新しい身体を受肉させたものです。」
部屋の中は、レースのカーテンの採光で、淡い光に満ちている。
部屋の隅に古ぼけたピアノが置いてあった。
瞬間、そのピアノの前に金髪の少女が座っている様に見えたが、Gは頭を振ってその幻想を追い払った。
「今は、誰のものかも判らない思い出に浸っている場合じゃないな。パイロット君、次は何をするんだい?」
珍しく大蜘蛛の反応が遅れた。
「警告。ただ今、中継点に浄土の干渉を探知しました。至急、浄土の干渉を排除されたし。このままでは、グルューネワイトからのエネルギー補給も、ジャンプも出来ません。」
「何の事だか判らない。どうすればいいんだ?」
「部屋の真ん中から増幅された結晶体のエコーが漏れています。それを見つけて、浄土の中継点に対する干渉を排除して下さい。」
Gはウマーの鎧のマスクを解除し、ゆっくり探る様に部屋中を眺めた。
部屋の真ん中に、縦に細い糸の様な空間のほつれ目が、キラリと光って見えた。
そのほつれ目から、「ナーム アーミ ドゥブツ」という呪文が聞こえて来る。
大蜘蛛の言う、中継点に対する干渉とは、白竜が無意識の内に送ったSOS信号に他ならなかった。
その懐かしい声は、瞬時に調査官・白竜の姿として、Gの脳裏に浮かび上がった。
「白竜さん!」
Gはウマーの鎧の鈎爪を、空間のほつれ目に差し込み、それを観音開きにして、ほつれ目の内側へ自分の身体を潜り込ませていった。
海渡の赤むけの顔が白竜の顔前に迫り、生臭い息が彼に吹き掛かった時、彼らを囲んでいた「闇」が突然、解けた。
「闇」は、元の神殿の小ホールに戻っていたが、渦紋とフローレンスの姿はない。
「闇」が溶けたその瞬間、海渡は十メートル後ろに跳び、小ホールのある一点を、獲物を狩る動物のような目で見た。
海渡が見る方向の床から百六十センチほど数えた空間に、黒い鈎爪が現れ、次に空間を押し開く様に二本の黒い革手袋に包まれた手が現れた。
海渡が、口をバックリ開け、光球を、その革手袋の手に打ちだそうとした。
身体の自由を取り戻した白竜は、雄叫びを上げながらハンドガンを抜き射ちし、その縦断を海渡に浴びせかけた。
弾倉が一本、空になった。
神殿にハンドガンの発射音の残響が残っている。
白竜は、まだハンドガンを構えたままだった。
その銃口の先には、頭部の全ての皮膚を失った海渡、そして白竜と海渡の間には、血だらけの黒木の身体があった。
銃撃は、海渡を倒すことは出来なかったが、Gへの光球の攻撃だけは阻止したようだ。
Gは、それらの目に飛び込んできた光景で、おおよそを理解した。
「ここは僕に任せて、黒木さんを早く見てあげて下さい。」
海渡は野獣の鋭さで、Gが自分に取って強敵である事を見抜いていた。
故に、白竜が黒木の側に駆け寄るのを、威嚇するだけで手出しはしなかった。
敵の出方を観察しているのだ。
『何?この小僧。でも、こいつには私一人じゃ勝てない。大道を呼ぼうか。大道を、そそのかせば何とか使える。』
海渡は、先程まで小ホールを覆っていた「闇」を、ドアの形で自分の背後に呼び出した。
そして海渡はゆっくりと自分が呼び出した長方形の「闇」の中に向かって後ずさりを始めた。
海渡の横に、大道が姿を表した。
海渡は、自分に飛びかかって来る大道に羽交い締めにされながら、苦しい息で彼女に何かを説得しているようだった。
「黒木、しっかりしろ!Gが俺達を助けに来てくれたぞ。」
黒木は、力無く瞼を開け、白竜とGの顔を交互に見た。
「、、Gなのか?なんだか、あの頃と雰囲気が変わったな。その手のバイトをしているのは、薄々気づいていたが、、、。今度、生まれ変わったら、、、俺とデートしてくれよ。とっても綺麗だぜ。、、、ああ、白竜さん。」
「なんだ。俊介。」
白竜が、優しく尋ねた。
「俺の事を俊介と呼んでくれるのか?、、、そうだ、データをどうやってくすねたのか、、、まだ言ってなかったな、、。」
黒木の途切れがちな声が続く。
「そんな事は、どうでもいい。」
「いや、、、。約束だから、、。あの時、、Gと一緒に、あんたを軍の救急車に運び込んだ時、、さ。あの時、あんたの機動スーツの予備メモリに、、移し変え、、傑作だろう、誰も、、、」
「おい!しかっりしろ!全部、聞いてないぞ。黒木。黒木!」
享年二十九才、若き黒木民間警備会社の総帥の死であった。
Gは、黒木の骸を白竜に預けて、ゆっくりと立ち上がり、海渡達のいる方角を見た。
「どちらが、黒木さんを殺ったのですか?」
「何、この女?女だよね。それともオカマのガキなの?それに何だか、見覚えがあるような、」
大道和音が海渡に訊ねた。
どうやら二人の共闘は成立したようだ。
「さぁね。とにかく私はこいつの顔が欲しい、あんたはこいつの身体を頂くといいわ。どう?言ったとうりでしょう?こいつの身体、ピチピチしててグッとくるわ。その変なレオタードみたいな上からでも判るよ。青い果実ね、もうちょっとで、食べ頃って感じ。」
素敵なドレスを見つけた少女の様に目を輝かせながら、海渡は長い舌で、元は肉感的な唇があった部分を嘗めた。
「まだ、答を聞いていません。和音さん、貴方が殺ったのですか?」
「どうして私の名前を知ってるの。、、その声、何処かで聞いた事がある。貴方、、、女みたいに見えるけど、Gなの?、、G!あんたが私から俊介をとったんだ!俊介は、大学であんたと知り合ってから、私を避け始めたんだよ。畜生。俊介を帰せ!」
大道の叫びと共に、小ホールの空気が帯電した。
大道和音の頭部に、青白いスパークが発生する。
それに合わせる様に、海渡は光球をGに放とうとしたが、Gの肩に乗っていた大蜘蛛が、海渡を阻止した。
大蜘蛛が海渡に向かって大量の糸を吐き出したのだ。
もちろん、只の糸ではない。
「ウマーの鎧」を作り出した超知性が編み出した糸である。
それは時空に、作用する武器だった。
絹糸に全身を包まれた海渡は、彼女が求め続けていた最後にして最大の快楽である死をむさぼりながら、縮んでいく蜘蛛の糸に圧殺されながら消滅していった。
Gは、和音の電撃をウマーの鎧に吸収させながら、彼女に静かに歩み寄って行く。
和音はGが接近してきても金縛りにあったように身体が動かない。
異空間では、「ウマーの鎧」を纏ったGの力は圧倒的だった。
「貴方も、貴方の愛の形を、成就させなさい。」
そう優しく大道和音の耳元に囁きながら、Gは和音の胸に鈎爪を突き込み光球を放った。
大道和音の身体が蒸発していく。
大道和音が先ほどまで立っていた床には、美しく光る宝石の様な、脳髄型の結晶体だけが残った。
Gは、それを大事そうに抱えて、黒木俊介の血だらけの胸に置いてやった。
黒木の手を結晶体の上に重ねてやると、タンパク質の抜け落ちた隙間だらけの結晶体は、粉々に崩れ、黒木の胸部にキラキラと舞い散って行った。
「済まん、G、君には助けられてばかりだ。助けられついでに、もう一つお願いがあるんだ。渦紋とフローレンスという女性が、見あたらない。彼らを探してくれ。」
数年前の白竜なら、渦紋達の失踪よりも蚊龍の追跡を重視しただろうが、ここにいる白竜は過去の彼ではなかった。
それに、彼らを率いるチームリーダーは、既に絶命していた。
「了解。僕の手に、つかまって。」
Gと白竜は、消えた渦紋らを求めて、ハギス神殿から転移した。




