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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 04: 酸性雨 ディドリームな彼女

   04: 酸性雨 ディドリームな彼女


 苔と黴だらけの地表に、酸性雨がけぶるように降りしきっている。

 ワイパーが、きしんだ音を立てながら、水を拭き取るという追いつかない行為を繰り返していた。

 遠くに、首都を囲む巨大な半球形のコクーンが見える。

 半球形の下部は、擬巨大樹が隙間なくびっちりと連なった白色、上部は木々が吹き上げる非流動性ガスで出来ているから、何とも言えない色をしている。

 あえて表現するなら半透明のミルク色か。


 14日、帝王のびっくり箱が開く日、獅子吼は先ほどからコクーンを円環状に取り囲む黴だらけの準生存可能指定ハイウエイを、車でグルグルと回り続けていた。

 城から逃げてきたのは、サブリナが自分に送り続ける怨みがましい視線に、耐えきれなかったからだ。

 下宿人に追い出された哀れな家主が、行く当ても無く、ぐるぐると雨の中を時間潰しに回っている。

 獅子吼は、頭の中で、夕べサブリナと交わした話の内容を反芻する。

 はっきりとその会話を、妄想癖のあるイカレタ可愛いお嬢さんとのお喋りと、割り切れれば良いのだが、帝王の地下室を見た後では、そう言い切れないところが複雑だった。


「御免なさい。こんな話をすると、貴方がもっと怒るのはよく判るのだけど、、。今、手を打たないと私達の世界に潜り込んでいる彼らは確実に勢いを増し、向こうの世界の援軍の力を借りて最後には私達人間を滅ぼしてしまいますわ。」

 切々と訴えかけて来るサブリナなのに、その美貌には、憂いが感じられた。

 顔の造作が、そう感じさせるのだ。

 ティム・ハリーハウゼンは、大女優のマレーネ・クーパーと結婚し、一子をもうけた後、離婚している。

 つまりそれがサブリナの父親だ。

 サブリナの美貌は、祖母にあたるマレーネ・クーパーの隔世遺伝だと言われれば、納得をせざるを得ない美しさだった。

 ちなみにマレーネ・クーパーは、憂いを秘めた退廃的な美貌で有名な女優だった。

 ただし目の前のサブリナは、その美貌は別にして、「退廃」とは無縁の性格をしていた。


「大昔から、インベーダーの地球侵略なんか、はSF映画の古典的モチーフだけど、俺は未だかって説得力のある彼らの侵略理由を見た事がないね。第一、地球にやって来れるような知性があるなら、侵略なんかより、他にやることが山ほどある筈だ。」

「理由はこうです。彼らを除いて、人間は将来において時間と空間を制御しうる唯一の可能性らしいのです。彼らは、それが気に食わないんです。」

「よく判らないな。二つの存在が、二つの未来を持ったところで、問題が起こるとは思えないが?」

 普通なら相手にもならない会話内容だったが、サブリナを目の前にしては、そうならない。

「時を制する者は、空間も制御します。人間が未来において、彼らの世界と交わる可能性が、大きいのです。と言うか、彼らは、それを知っている。」

「そう聞くと、これから始まる戦いってのは、なんだか一方的な侵略と言うより、向こうにしてみりゃ、防御戦みたいな感じもするがね。それに今の俺たちに、未来のお前達がこうだから、ああだからと言われて、攻め込まれてもな、、。もう、未来は確定してるんですか?って聞き返したくなるよ。まったく言いがかりとしか思えない。つまりさ、帝王が備えたいっていう、戦いとやらは、前提からして、何もかもが腑に落ちないっていうことさ。」

「彼らの時間に対する考え方を、先に理解する必要があると思います。私達は、空間を飛ぶ矢の先頭に生きてる様なものなんです。未来が有る事も、過去が有る事も知ってはいるけれど、それに手が届かないから安心して生きていられると思うんです。私達にとっては、未来は常にバラ色で、過去は常に苦しかったもので有る方がいい。そして今を生きるものは、過去にも未来にも属しない。それがベストなのだと、彼らは時を制御する力を得た故に、その事を強く意識したのじゃないかしら。時間を行き来する能力を得た彼らは、過去に行く事は有っても、未来には決して行かないそうです。未来をのぞき込んだ瞬間に、現在は過去になってしまうのですから『現在』という大切な我々の存在基盤が壊れてしまう。その考え方は、とっても利口だと思います。あっ、いや、納得出来ると思うんです。」

 支離滅裂でディドリームなサブリナだったが、響児は、その夢見るような瞳をいつまでも見ていたかった。

 サブリナが、この手の話をする時は、彼女の青い瞳の中に、不思議なさざめくような色の変化が浮かび上がるのだ。


「君のいうインベーダーどもは、時を超える能力をもったが故に、未来に嫉妬、いや遠慮深く生きてるって訳だ。だが、人間はそうはならずに、やがて好き放題に未来や過去に行き始める強欲な存在なんだよな。だからインベーダー達に嫌われた。我々は、人間とは仲のいい隣人にはなれない。そういう事か?」

 響児は少し挑戦的な口調で冷やかした。

 それで又、サブリナの瞳の色が変わる。

「私達の未来が、彼らの未来に接触したか、未来では回避出来ないぐらい重大な影を、彼らの世界に投げかけているのでしょう。彼らは、なんらかの機会でそれを知った。だから、私達の時代で、ケリを付けようとしているのだと思います。」

 昨夜、獅子吼の寝室まで押し掛けて来たサブリナとのいざこざは、そんな会話から始まった。

 最初は、サブリナに対する下心もあって、適当に相手をしていた響児だったが、絵コンテも描く響児は、サブリナのデタラメぶりに次第に批判的になっていったのだ。

「いいか、君の言うことを全て信じるとしょう。だが、人間世界の救世主候補が、なんで俺みたいなSFXの映画屋なんだ?ティム・ハリーハウゼンは、それなりに有名人だったんだぞ。やろうと思えばスポーツマンだとか、何かのチャンピオンだとか、もっとヒーローに相応しい人間を、罠にかけられた筈だろうが?」

「お爺様は、この世界の不思議を信じ、夢の形を愛せる人が、この役目を引き受けるべきだとお考えになったんだと思うわ。」


 ・・・今、思えば、大人げなかったのは、響児の方だった。

 夢想を飯の種にしている人間が、祖父思いの夢見る令嬢を足蹴にしてどうすると。

 響児も時間のパドラックスについて考え込んだ時期もあったが、おおよそその行為が、自分自身の人生にまったく関係ないことに目覚めた時から、そういった世界から足を洗っていた。

 そんなモノは、SFXシーンを作るときのネタにしか過ぎない。

 二十歳を少し過ぎて、しかも相当に美しいサブリナが、そんな考えをするのは、多分に帝王の影響が大きいのだろう。

 第一、サブリナは、その情報を何処から仕入れている?

 頭のイカれた帝王からか?

 だったら尚更、サブリナに非はない。


 そして響児は、何かというと、すぐにサブリナの事を考えてしまう自分に驚いてもいた。

奇妙なモノには、魅力がある。

 ましてや、その外見が美しければ、もっとだ。

 帝王が言った約束の時間に、何も起こらなければ、サブリナも目を覚ますだろう。

 もう少し、帝王の冗談に付き合って見るか、、、響児は、城に車を向けてハンドルをきり始めた。





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