終端抵抗/未来モンスター・カリュド 39: 夜叉 ボケ坊主のゾンビ
39: 夜叉 ボケ坊主のゾンビ
「これがハギスの言っていた神殿か?彼らの記録によれば、この神殿は確かハギス以外には感知出来ないはずだったが。」
「記録が取られた当時は、という意味だろう。スイッチが切り替わるみたいにトルーマンがハギスになったわけじゃないからな。現に俺達の目には、神殿がハッキリと映っている。」
白竜は若水の変化を思い出して、一瞬苦い思いに浸る。
だが直ぐに気持ちを切り替える。
以前のように暗澹の中に沈んだりはしない。
白竜の心が、回復しつつある証だった。
「地球からこの星に具象イメージを与えるのには数百年が必要だが、ここにいれば、念じた者の想念エネルギーは、そう時間を掛けないで具現化するのだろうな。この神殿が、我々が知っているタジマハールに良く似ているのはそのせいだ。俺の調べだとトルーマンは若い頃、タジマハールに何度も訪れている。」
白竜は、以前、調査官だった頃の記憶を引き出して言った。
「するとこの神殿はハギスの作じゃな。ハギス神殿とでも呼ぼうかいのう。」
そう感想を述べた渦紋の声は、どこまでも大らかだった。
渦紋ら生き残った七人の男女は(グルューネワイトの薔薇刑)を離脱して、六時間後に特異点に到着していた。
夜明けと共に姿を現した、砂漠の真ん中の神殿は、惑星浄土の奇異な景色を見慣れた彼らに取っては、懐かしさを喚起するほど「平凡」なものだった。
「ここには私達の知らない気が、凄く大量に流れ込んでいる。もしかして此処に除染の手掛かりがあるのかしら?地球は、浄土の侵攻を止めた程度では、もう立ち行かないレベルまで環境汚染が進んでいる。なんとしても手立てを探さないと。」
フローレンスの一言が、一行に与えられた本来の任務を思い出させた。
「入って、見るか?」
白竜が黒木に訊ねる。海渡が黒木の側にいる。
「当然だ。俺達は此処に来るために遣ってきたんだぜ。海渡さん、ホロの用意はいいのか?もしかすると、此処がこの旅の終着点かも知れない。」
黒木は神殿を前に活気を取り戻している。
「それは残念ね。私はもう少し貴男とこの星にいたいわ。」
海渡が黒木にしなだれかかっている。
対して大道和音は、先の事件により包帯で顔を覆った李の側に影の様に立っている。
フローレンスには、黒木がこういった状況をわざと作り上げている様に思えた。
更に、もしかしたら黒木の和音に対する愛の形とは、こういった形でしか成り立たないのかも知れないと一人、納得した。
屈折した、人達、、、自分はそんな邪魔くさいのは、御免だわと思った。
「行くぜ。」
黒木は和音を避けるように、周囲の人間に声を掛けた。
タジマハールに良く似た神殿は、内部に進むにつれ、外見の大きさと、内部の大きさに差がある事が判った。
屈強な彼らが三時間程歩き続けても、明らかに中心部であるとは思えない小ホールの様な所にしか辿り付けなかったのだ。
「此処で、休憩して飯にしよう。」
黒木の指示に従って、それぞれが大理石とおぼしい床に腰をおろしかけた時、小ホールの頭上の空間から「声」が、ふり注いで来た。
「じっくり最後の食事を楽しむ事だな。」
彼らの見上げる小ホールの天井付近に、腕枕をした青年が寝そべる形で浮揚していた。
それは若すぎる寝仏のようにも見えたし、青年を包むトーガが光輝いて、その毒の様な言葉さえなければ天使の様にも見えた。
「蚊龍!貴様、こんな所にいたのか?」
白竜の憎しみに血走った声が、ホールに響き渡る。
「白竜君、君は残念だったな。もう少しで、我々の仲間になれたと言うのに。」
蚊龍は、その真っ赤な唇でわざと大仰に言った。
「どういう意味だ、、まさか。若水がああなったのも貴様のせいか?」
「若水?あんな小物は、こちらで願い下げだ。奴は自分で自滅したんだよ。この星の毒気に当てられてな。奴の腐りかけた頭の中は、俺たちへの復讐で一杯だったが、肝心の俺は見つからないわ、頭はボケるわ、で蘇った時には、身近にいる人間が全て復讐の対象に見えていたってわけだ。坊主の惚けゾンビってところだな。」
白竜の歯ぎしりの音が、他の人間たちにもハッキリと聞こえた。
「Kが欲しがってたのは、お前と渦紋だ。Gがここの所、妙な力を身に付け始めたからな。お前と渦紋をGにぶつければ我々は、この涅槃でたっぷり昼寝が楽しめると言う寸法さ。しかし俺は反対したんだぜ。Gを殺すのは、この俺だからな。」
「黒木、皆にシールドをはらせろ!ここは俺と渦紋がやる。」
「ククッ。俺と渦紋でやるだと、貴様ら虫の分際で!わざわざ俺が手を下す必要もないわ。お前達は、そこの二人の夜叉に取って食われるのさ。」
蚊龍の消滅と共に、神殿が消え、七人の男女は完全な闇の空間に投げ出された。
白竜はこの世界が蚊龍の作りだした幻覚世界でない事をすぐに理解した。
足元からは、しっかりした堅さが伝わって来たし自分を羽交い締めにしている凶暴な闇の力も本物だった。
ただ全てが黒く塗られている世界だった。
不意に目の前に、三人の男女の姿が現れた。
闇の中なのに、目を凝らすまでもなく、彼らの細部が読み取れた。
ただし、だからといって、物理的な意味でこの三人が、自分の側にいる訳ではない事ぐらいは見当が付いた。
蚊龍が、何処かに隔離した、黒木・海渡・和音の三人の様子を、白竜に見せつけているのだ。
海渡と和音が激しい言い争いをしている。
黒木は座り込んだまま、自分の右足首を必死の形相で抑え込んでいる。
白竜は、蚊龍の言った二人の「夜叉」の意味を理解した。
黒木に取り付いているのは、まさしく「夜叉」達だった。
白竜の視点が変わって、黒木の右足首をクローズアップする。
黒木の右足首はブーツ毎、喰いちぎられていた。
ただし断面からは血が出ていない。
黒木に施された処置が機能しているのだ。
だとすれば、あと数秒で痛みも和らぐ筈だ。
海渡の口が赤い、黒木の足首を喰いちぎったのは、どうやら海渡らしい。
和音の方は、『黒木は私のモノだ。』そんな意味の言葉を喚きちらしている様だが、それ以上は良く判らない。
白竜に伝わって来る音が、断片的だからである。
和音が海渡の顔面に手を掛け、爪を潜り込ませた。
海渡のこまっしゃくれた顔の皮膚が剥されてゆく。
『その顔が悪いんだ。私だって、俊介の為に幾度この顔を取り替えたか。それをあんたみたいな、』
海渡は半分引き剥された顔の皮膚をぶらぶらさせながら口から光球を放って和音を吹き飛ばす。
日焼けした皮膚をペロリとめくる気軽さで、ぶらついた顔の皮を引き剥した海渡は、黒木の左脚に取り付いた。
黒木の絶叫。
『逃げられなくなったら、ゆっくりペニスを、食ってやる』
黒木の股間に顔を埋めかけた海渡の頭髪を掴んで、それを阻止したのは、腹部が綺麗に無くなって白く輝く金属製の背骨をむき出しにした和音だった。
『おどき、このメス豚、これは私の、』
海渡は髪の毛を掴まれたまま、サイボーグ化された和音のものすごい力で、振り回された。
海渡のカーリーヘヤーが持ちこたえられず頭皮ごとズルリと剥けてしまい、遠心力で身体ごと飛ばされてしまう。
和音は、黒木の身体を右手一本で押さえつけ、左手でいともたやすくペニス部分を保護していたプロテクターをもぎり取ってしまう。
ペニスを喰いちぎり、嚥下する音が拷問のように白竜に伝わってくる。
和音はペニスだけでは満足せず、黒木の腸まで喰らっているようだ。
ゴツンと鈍い音がして、和音の愛欲の食事は一時中断された。
舞い戻って来た海渡が、金属のボールの様なモノで、したたかに和音の後頭部を強打したのだ。
海渡は、白竜の方を見つめ、にやりと笑いながらその金属のボールを投げてよこした。
足元に転がって来たボールを見て白竜は総毛立った。
それは李の頭だった。
「次はお前だよ。」
李の金属の頭蓋骨に、はめ込まれた二つの眼球はそう言っているように見えた。




