終端抵抗/未来モンスター・カリュド 38: 成仏 月夜のダンス
38: 成仏 月夜のダンス
Ω達が描いた新しい惑星浄土には、太陽はあるが夜空に輝く月と星はない。
ただし、月の代わりに『痘痕面』が、漆黒の天空に昇り、消えかかる寸前の線香花火の火球の様な、赤黒いどんよりとした光を地上に投げかけていた。
この月の代用品には、『痘痕面』というネーミング通り、痘痕のある男の顔が付いていた。
フローレンス達は、目をグリグリとびっくり人形の様に回し続け、口元に皮肉な微笑をたたえた『痘痕面』が、自分の視界に入らないように横を向いて特設シートの上で泥の様に眠っていた。
無人の四台のアタッカーが、砂漠の上で黒々と雄牛の様なシルエットになってうずくまり、その向こうでネオン管の光を瞬かせてキリストが横たわっている。
「第一次探査隊の内の誰が、こんなイメージを、この星に与えているのかしら?少しいびつすぎるわ。」
夜中に浅く目覚めかけたフローレンスは、薄目を開けて、周囲の光景をぼんやりと眺めながら考えごとをしていた。
彼女たちはトルーマン達が残した軌跡を辿って、この探査を続けている。
つまりこの世界はΩスクワッドの世界だ。
フローレンスは、ニルス天文台事件について、渦紋達から詳しい内容を聞かされた事がなかったので、現在の状況についてΩ達がどう関与しているのかは、切れ端の情報を寄せ集めて考えるしかなかったのだ。
ただし、今回の探査は単純に、「地球を浄化する方法を見つける」為だけのものではない事は、薄々気が付き始めていた。
特に黒木・白竜・渦紋の三人の男たちは、何か別のものを引きずって、この惑星浄土に来ているような気がした。
そしてその時、フローレンスは自分の横にいる筈の渦紋の気配が無い事に気づいたのだ。
起きあがって隣のシュラフを見ると、それはもぬけの殻だった。
『ナーム アーミ ドゥブツ! ナーム アーミ ドゥブツ!』
フローレンスの頭の中に、突然、金切り声の様な呪文が炸裂した。
闇の中で、高床式グランドーシートをドカドカとブーツで踏みならす音が聞こえたかと思うと、フローレンスの側を数人が走り抜けて行った。
「今、頭ン中に、聞こえたのは、シグモントの呪文だ。一号車からだ!行くぞ。」
白竜はフローレンスの顔をのぞき込むようにして怒鳴ってから、走りさった。
白竜は前の旅以降、フローレンスの事を仲間として扱ってくれていた。
フローレンスが、一号車に駆けつけたのと、ソレがよろよろとアタッカーの昇降台から降りて来るのは同時だった。
誰かが、他のアタッカーの屋根に取り付けてある投光器を使ったのか、一号車が闇の中に白く浮かびあがっている。
「あれは、シャイニィだ!」
そう叫んで、更に一号車に近づこうとする黒木を、投光器の側に結跏趺坐した渦紋が大声で制した。
「それ以上近づくな!外からだと儂の張った結界が破れる!」
シャイニィは、右と左の脚の長さが違っているのか、左右に身体を振りながら、ピョコンピョコンと、こちらに近づいて来る。
強烈な投光器の光に目の慣れたフローレンスは、込み上がって来る悲鳴を自分の手で押さえた。
シャイニィの首は、百八十度ネジ曲がっており、頭部からは様々なチューブが犇めき合うようにはみ出していた。
更によく見ると、左足首が失われていた。
ぎごちない歩みが止まると、次にシャイニィは両手両足の関節の動ける範囲を無視して、操り人形の様に飛び跳ね始めた。
「月夜のダンスね。」
闇の中で、どこからか楽しげな声が聞こえた。
多分、海渡だろうとフローレンスは思った。
暫く奇妙なダンスが続いたが、突然操り糸が切れたように、シャイニィは地面に倒れた。
「、、これで切り札が無くなった。」
フローレンスの隣に立っている黒木が落胆の声をあげた。
「シッ。誰かが、一号車から出てくるぞ。シグモント大佐か?」
李が包帯だらけの顔で言った。
今、彼らの集団の中にいないのは、シグモントだけ、単純な計算だった。
一号車から出現した者に合わせるように、大気がブルリと震える。
いや大気ではなく渦紋の施した結界が震えたのだ。
一号車から出てきた男は、シグモントではなかった。
やや小太りで丸い顔をした男。
その男は瞳がない白濁した目で、フローレンスらを見つけたようである。
その男からは、心なしか死臭が漂って来る。
「若水、お前なのか、、、。」
白竜の絞り出すような声が聞こえた。
『間違いなく、若水だ。操られているんだ。彼に、これ以上人を殺めさせないように、今度こそ葬ってやれ。彼はシグモントも殺したぞ。』
白竜の頭に、渦紋の声が響く。
『駄目だ。俺にはできん。渦紋、お前がやってくれ。』
『この期に及んで、何を言う。彼を殺せるのはお主だけじゃ。儂は今、皆を守るために結界を張っておるのだぞ。その儂の結界も長くはもたんのだ。』
若水はフローレンス達が立っている間際まで来たものの、目に見えない壁に阻まれているのか歩みを止めている。
渦紋の張った物理結界だった。
暫く脚を止めていた若水は、その見えない壁に頭を打ちつけ始めた。
ゴツン、ゴツンという音がして若水の額が割れた。
次にベギッという音がした。
若水の頭骨が陥没したのだろう。
それでも若水は見えない壁を打ち破ろうとして、頭を激しく打ち付けている。
渦紋の張ったバリヤーが物理的な効果を果たしているのだ。
『どうすればいいんだ!どうやったら若水を往生させられる!』
『お主が覚えている若水のイメージを、光球に包んで彼にぶつけるんじゃ。紗緋でも何処でもいい、まだ元気だった頃の若水を思い出せ。』
ベシャ。
とうとう若水の額が陥没した。
それでも若水は残った顔全体を使って、渦紋の結界を破ろうとしている。
その時、白竜から放たれた青白い光球が、若水の全身を包んだ。
若水は糸が切れた様に、瞬間的にその場に倒れ込んだ。
その刹那、気温が急激に下がった。
「皆!!一号車は、さけてアッタカーに乗り込むんじゃ。急げ時間がないぞ。」
呆然と若水の様子を見ていたフローレンス達に、渦紋の大声が届いた。
フローレンスは、渦紋がいるアタッカーに向かって駆け出した。
そんな彼女の視野の片隅で、黒木が嫌がる白竜を無理矢理引っ張っているのがチラリと見えた。
「なんなの!何が起こってるのよ。時間がないって、どういう事?」
海渡の混乱した大声。
しかし、彼ら全員は、その理由は判らないまでも、何か大きな異変が彼らの周辺で起こりつつある事を肌で感じとっていった。
渦紋は、アタッカーのアクセルペダルが悲鳴を上げるほど、強く踏み込んでいる。
黒木の方は、補助席で他のアタッカーと、忙しく連絡を取り合っている。
「どうやら全員アタッカーに乗り込んだようだ。皆ついてきている。しかしどうして、あの場から待避したんだ?」
「もうすぐ判る。皆、適当なモノに掴まれ。」
その途端、遥か後方ですさまじい爆発音がし、彼らの乗るアッタカーが大きく揺れた。
「今のは?」
「一号車が、爆発したんだ。たぶん積んであった火薬類も誘爆しただろうて。」
「馬鹿な、何故、爆発するんだ?アタッカーの安全対策は絶対だぞ。浄土の干渉さえ受け付けないんだ。俺はその為に、わざわざ現象以前の旧式の兵器ばかりを揃えたんだぞ。」
「先の若水の異変に、あのキリストが共鳴した、、。、いや浄土そのものが、共鳴して、ここにまったく新しい空間を作り出しているのだろう。そこでは、儂らのエネルギーの基本法則さえ通用しないのかも知れん。若水の復活は、その引き金だったんだ。我々の機械は、そんな空間に触れたら爆発するだけだ、、。」
「こっちのモニターを付けてくれ。様子が見たい。」
アタッカー内の救護ブロックで、フローレンスの膝の上に、力なく頭を乗せた白竜が言った。
その白竜の顔は、先のエネルギーの放出と、若水を消滅させたストレスで蒼白だった。
「いや駄目だ。お主には、見せられん。と言うより、人間には見ぬ方がよいものもあるのだ。」
「そうさ、見ない方がいい、、。シグモントのバラバラになった屍骸が、一号が停車してた上あたりでミキサーにかけられたみたいに、、、あれは、地獄の釜の蓋が開いた風景だ、、。」
李からの震えた声の通信が入った。
アタッカーが普段の巡航速度に落ちつき始めた時、フローレンスは気になっていた事を、黒木に聞いた。
自分一人が問いただしても黒木は、ごまかすかして、その質問に取り合わないだろうが、此処には渦紋と白竜が居る。
「ねえ黒木さん、貴方、シャィニィさんが死ぬとき、切り札が無くなったと、おっしゃったでしょう?あれはどういう意味ですの?それに間違ってたら、ご免なさい。シャイニィさんは人間じゃないのでは、ありませんか?」
渦紋と白竜は黙って、黒木の返事を待っていた。
「、、シャイニィは、わが社で開発した生体ロボットです。切り札と言ったのは、シャイニィにはコンパクトだが、地球にあるニルス天文台に帰還できる転送装置が装備されているからです。彼がいれば、確率はかなり低くなるが、我々は最初の転移位置に戻らなくとも自力で地球に帰れる事になっていた。」
「シュートカットか、、無茶な事を。何故、いままで、それを秘密にして置いたんじゃ?」
「それを言えば、隊の皆に里心がつくんじゃないかと思ってね。」
「嘘だな、、。シャイニィは、何人連れて帰れる?あの大きさだと、幾ら頑張っても、一人じゃないのか?ニルスを動かすのには、もっと大きなものがいる。」
白竜がブスリと聞いた。
黒木は答えない。
「まあいい。それぐらいでないと、黒木民間警備会社の総帥は務まらんからな。」
白竜は錆び付いた声を出した。
『ようやく、いつもの白竜が戻って来たわい。』
そんな白竜を見て渦紋は目を細めた。
何はともあれ、若水の本当の死は、白竜の精神に意外な復活のきっかけを与えたようであった。
「ところで渦紋、おまえ、どうしてあの場にいた?投光器とか含めて、なんであんな対応が出来たんだ。」
白竜は、もう黒木など眼中にないといった風情で渦紋に聞いた。
「実を言うと、パスカル神父の死体を発見した時から、若水の事が頭にひっかかっておった。血の跡が若水を納めてある一号車のコクーンにつながっていたからな。それが確信に変わったのは黒木隊長のナイフに関する名推理を聞いた時じゃ。若水がコクーンから起き出して、ナイフを使ったんだ。その後、又、コクーンに戻った、、それで筋が通る。だが白竜、儂もあんたと同じじゃよ。判っていても認めたくないものがある、、。」
渦紋は、真犯人の正体に気づいたあの時、ちらりとこちらの顔を盗み見た海渡の悪意に満ちた表情を思い出した。
彼女があざ笑ったのは、若水を無意識の内に庇おうとした、渦紋の姿勢だったのかも知れない。
「あの晩、シグモント大佐がシャイニィを一号車の方に連れ出すのを儂は見ておった。多分、大佐は一号車の中でシャイニィに詰めよるつもりでおったのだろう。あの時、儂も一号車に踏み込んでおれば、あの惨劇は防げたのかもしれんが。外で様子を見ている儂には、若水復活の気配が読み取れなんだ。そのあたり、復活した若水もΩらと互角の力をもっておったのか、あるいはΩらのこざかしさか、、。」
「、、いや、渦紋。お前さんが一号車に入らなくて良かった。これ以上、、、。」
「これ以上、なんじゃ?」
「何でもないよ。」
白竜がパンと両手で自分の頬を打った。




