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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 36: 茨冠 グリューネワイトの薔薇刑

   36: 茨冠 グリューネワイトの薔薇刑


「オペレーター指示確認不可。原因、存在レベル。エネルギー充填完了まで、後、十七相対分。」

 大蜘蛛の無機質な声を聞きながら、Gは突如、自分の意識の底から、イシスとサブリナが二重螺旋のように絡まり合いながら、浮かび上がって来るのを感じた。

 浮き上がって来るサブリナを抱き止めようとしてGの手が触れると、それは瞬く間に腐り落ち、やがてGの意識の深海に溶け逝ってしまう。

 イシスはそんなサブリナと共に消滅する。

 Gは、サブリナが腐乱していく姿を見た自分が悲鳴を上げるのものだと思ったが、そうはならなかった。

 むしろGは心の何処かで「サブリナの次に現れるもの」を、サブリナの出現以上に期待していたのかも知れない。

 そして「それ」は、サブリナ達が沸き上がって来た意識の深海の底から、小さな光点として浮上して来た。

 蛍火ほどの「それ」は、やがて爆発するように巨大な光球となってGを包み込んだ。

 その速度と偉容さは、まるで一人の人間の頭上の空から「惑星」が落ちてくるようなものだった。

 巨大な光球は、Gの中の矮小な抽象化された意識などではなかった。

 その姿は、凶暴な太陽エネルギーが、ウマーの鎧に変換された「結果」であり、同時にそれがGの制御下に置かれたエネルギーの「現れ」だった。

「オペレーター指示待機。オペレーター指示待機。エネルギー充填完了まで後一六相対分。」

 ついにウマーの鎧は、太陽エネルギーを、時空上を移動する為の稼動エネルギーに変換し終えたのだ。

「そうせかすなよ。作動準備は、どうすればいいの?」

 Gにはどういう訳か、今度は大蜘蛛がちゃんと答えるだろうという確信があった。

「オペレーターは、着点・着線・着面・着立方・着時空・着存在重を総て自操するか?パイロットに任すか?選択せよ。」

「パイロットというのは君だろう?大蜘蛛君。」

「オペレーター指示不明。原因(大蜘蛛君)。」

 Gは、くすくす笑いながら言った。

「大蜘蛛君とは、パイロット、君の事だ。選択は、、そうだな、行き先以外は君に総て任す。行き先は君が本当に生まれた所。そしてこの物語が始まった日と場所だ。」

「オペレーターの言語構造、及び言語存在偏向率解析終了。オペレーターの指示に従って一四相対分後に始動。途中、グリューネワイト岬に寄港。オペレーターはその地点にて、再度、エネルギー補充の事。」



「こちら一号車、白竜。グルューネワイトの薔薇刑に、二十分後に到着予定。各車、降順に従列で走れ。各車の距離は百二十。地表の状態が不安定だ、(猫の爪)を出して置け。以上、定時連絡終了。」

「白竜も、なんだか様子が変わちまったな。まあ仕事だけはキッチリやってくれているようだが。」

 李は手際よく白竜の指示に従って、操縦席の前面にあちらこちらに取り付けてある機械のスイッチ類を忙しくいじりながら、後ろの席の海渡に喋りかけた。

 アタッカーは(猫の爪)を爪袋から出して稼働の時を待っている。

 何故か、此処では普通のタイヤ摩擦ではブレーキの効き目が弱い。

 誰のイメージなのかは判らないが、調査隊が現在走っているこの「地表」に対するイメージの具現レベルが低いのであろう。

 ただ(猫の爪)は、単なるブレーキ代わりという訳ではない、アンカー的に地表に打ち込んでアタッカーの動きを強制的に制御するという役目もある。

 これから先、(猫の爪)をどう使うのか、李はまだそれを知らない。

 海渡はホログラフを撮影する事もなく、魂が抜けたように窓の外の景色を眺めている。

 一行がアタッカーで、白竜らが戻った丘を出発してから、既に四週間が経っていた。

 その間、一行は、白竜らの拡大された精神感応力による「人間地図」の働きで、過去においてΩスクワッドが体験せざるを得なかった多くの惑星浄土の危険を回避して、此処まで来ることが可能だった。

 が、それでもやはり、惑星浄土の怪異の地平は、それを見る者達の精神をゆっくりと蝕んでいるようであった。

 例えば海渡の場合、、。


「嬢ちゃん。最近、ホログラフを撮らなくなったな。」

「退屈なのよ。こんなどでかいお化け屋敷を、幾ら撮っても同じ事よ。驚くのは最初だけだわ。それに毎日毎日、還元水のシャワーに携帯食。街の灯が恋しいわ。」

 自分の言葉で何かを思いついたのか、海渡の目が妖しく輝いた。

「そうだ。私の力でネオンキラキラの街を出してあげようか?」

「そいつは有り難いね。」と言おうとした李は、黒木の言葉を思いだした。

『いいか。海渡には気を付けるんだ。超能力だけに限っていえば、渦紋が努力の秀才型なら、海渡は生まれ付いての天才だ。おまけにとんでもない、わがまま女と来ている。海渡を完全に掌握しておけよ。その為に、お前さんを二号車に配置したんだ。』

「いや、結構だ。嬢ちゃんが街を呼び出したら、俺達はまたまた位置を見失って迷子になっちまう。今度は地図を作り直せないぜ。あの坊主達の顔色を見てりゃ判るだろうが。」

「それなら代わりにあんたが、私を楽しませてよ。」

「俺が?何をすればいい?」

 後ろを振り向いた李に、美人と言うよりは可愛い顔立ちの海渡の、カーリーヘヤーの小さな顔があった。

 しかし怖いほど、その目は座っている。

 そして何処か常軌を逸したその目が李を正視していた。

「オナニーして見せて。」

「、、馬鹿か?お前。」

「しないのなら、街を呼び込むわよ。それとも何。機械だらけの身体だから起たないの?判った、あんた、初めからあそこをちょんぎってるんでしょう。」

 そう言って海渡は、狂った様に笑った。

 その笑いは、辛うじて平静を保っていた李の暗部を直撃した。

 惑星浄土の地平の上にあっては、誰もが狂うのだ、、、。



「あの方を、こんな風にしてしまうとは。」

 そう呟いたパスカル神父の視線の先には、茨の冠を頭に戴く痩せた男が、腰に布を一枚巻き付けただけの裸体で、焼け付くような砂漠に横たわっていた。

 更によく見ると、その身体は血だらけで身体中に茨が巻き付いている。

 それは実に巨大なキリスト像、いや、悪趣味極まりない、グロテスクで途方もない大きさを持ったキリストの蝋人形だった。

 距離的にはアタッカーは、その男の素足の踵まで近づいているのだが、それでも男の「全景」が見えるのだ。

 それは、この浄土の風景の本質が、「見えている」という概念をつなぎ合わせた世界だからだ。

 勿論、全ては歪んでいる。

 正しい距離、正当なパースペクティブで、この風景を見るには、相当な精神力が必要とされるのであろう。

 ただパスカル神父には、黒木達と違って、二十メートルを越すキリストの巨大な足の裏は見えないようだ。

「Ω達も古代遺跡で発見されたグルューネワイトの絵の名前を地名にあてるなんて、なかなか洒落てるよな。しかし、何十分も小汚い足の裏を見せられるとうんざりする。」

 黒木は誰に聞かせるともなく、そう言った。

 既に白竜は話合える相手ではなく、パスカル神父も、古代宗教には縁の無い黒木には煙たい存在だったからだ。

「君はあのお方が、誰なのか理解できているのか?小汚い等と、だいそれた事を!」 

 この地点に到達してから妙に雄弁になった神父が、黒木の言葉尻を捉えてかみついた。

「知っていますよ、あれはキリストでしょう?でも目の前にあるのはホログラフみたいなものだ。それに神父、キリストは偶像崇拝を禁じているんじゃなかったんですか。汚いものは、汚いんだ。」

「暢気に言い争いをしている場合じゃない。黒木、お前の言っていた特異点は、この像の頭の方向、二百四十先だ。そこに辿り着くまで、キリストの身体から飛び出ているあの刺に刺されない様に注意して走行している事だ。アタッカーが、常にあの巨像に吸い寄せられているのを忘れるなよ。」

 白竜が陰鬱な声で言った。

 若水の意識が途絶えてから白竜は極端に寡黙になっていた。

 もちろん、「意識が途絶えた」と捉えているのは白竜のみだ。

 若水を火葬する事を、最後まで拒んだ白竜の手前、黒木は死体の腐敗を防ぐために若水を低温保存しているだけだ。

 そういった経緯で若水の身体は、今も彼らが乗っている1号車のコクーンに横たわっている。

 白竜は元来苛烈過ぎる程の責任感の持ち主だが、その責任感が、彼の負い目であった紗緋の象徴でもある若水に対する過失感を、特別なものにしていたのだ。 

 自責は沈黙を伴う。

 その沈黙の中で、白竜は自分自身を深く責めている。

 ただ、任務を一刻も早く遂行して、若水を地球に連れて帰るという使命感のみが、白竜を狂気の淵から救っている状況だった。

 だからこそ、そんな白竜が口を開いた時の「指示」には確実なものがあった。

 アタッカーが、ようやくキリスト像の脹ら脛にさしかかった時、白竜の言った「刺」が見えた。

 その刺は、巨大なキリスト像の内部から、キリスト像の表面の皮膚を突き破って飛び出て来るように見えた。

 いや蠢く蛇のように、それは実際に動いているのだ。

 間断なく数十本の刺が身体の内側から突き上がっては、キリスト像の皮膚を刺だらけにして行く。

 しかし気がつくと皮膚を覆い尽くした刺は消え去り、数秒の後、再び刺が突きあがって来ては、無限の苦痛をキリスト像に与え続けるという具合だった。

 意識を緩めると、キリストが歪んだ口を開ける苦悶の表情が見えるのだが、それは古代の宗教画家グルューネワイトが描いたフラスコ画そのもので、巨大キリスト像の実体としての存在感を喪失してしまう。

 二次元が三次元に、三次元が二次元にグネグネと入れ替わる、正に夢の中の世界だった。

「しかし何故、この様なものが、この星にあるんだ。」

 苦難のキリスト像に共鳴するかのように、苦痛に顔を歪めながらパスカル神父が言った。

「一説によると、惑星浄土の地表は、我々、人間の想念に満たされていると言いますからね。このキリスト像も我々の御先祖様の代々続く想念が生み出したのかも知れませんよ。」

 一応、黒木は表面上パスカル神父には敬意を示していた。

「我々が、キリストの苦痛を望んでいたと言うのか、、、。」

「望んでいたのではなく、楽しんでいたんだよ。」

 黒木と神父の会話を聞いていなかった様に見えた白竜がブスリと言った。

 何時もながら、白竜の一言はきついと思いながら、黒木は何気なく他の車をモニターし、ある画面を見つけ、その顔をひきつらせた。


「大変だ!二号車がキリスト像に引き寄せられているぞ!(猫の爪)はどうしたんだ?あれほど五百メートル以上、キリスト像には近づくなと李には指示してあったのに。」

「降りるぞ、黒木。俺たちで助ける。神父、あんたは運転を頼む。」

 そう言って白竜は、爆走するアタッカーから飛び降りた。

 チームの内の何人かは、体力をなんらかの方法で増強された本物の「超人」である。

 白竜も短い時間なら暴走するアタッカーを走って追跡する事は可能だった。

 その白竜を追いかける為、車から飛び降りようとした黒木に、神父の頼りない声が掛かった。

「ど、どうやればいいんだ?」

「アクセルを四十に踏み込む。Tバーを左に二十五度に保持するだけでいい。(猫の爪)が効いている。そうすれば車はキリストに引き寄せられないで、この位置で留まり続けるはずだ。もし保持できなければ、あの刺に車ごと串刺しになるか、アタッカーごとあんたの好きなキリストさんと混ざりあっちまう。頼みましたよ。」

 黒木はそう答えて、走り続ける車から飛び降り、強化筋肉の段階を戦闘レベルにして白竜を追って駆け出した。


 生体強化された黒木が感じる筈の無い「乾き」が、彼の口の中にあった。

 足が砂に取られて思ったような加速が得られない。

 それでも黒木は、事態を知って急停車した、他の二台から遅れて飛び出してくる渦紋、シグモント大佐には追いつかれずに済んだ。

 かたまって走る彼らの姿は、砂漠を砂煙を上げながら疾走するオートバイのように見えるかも知れない。

 黒木の目に五十メートル先で、キリストに引き寄せられているアタッカーに走りながら取り付こうとしている白竜の姿が見えた。

 アタッカーが引き寄せられていく先のキリストの皮膚には、真新しい刺が数本伸びだして来るのが見て取れる。

 黒木は火のような荒い息を吐きながら、腰に吊るした遠距離用BBGを抜き出し、中腰になってキリストに向かって乱射し続けた。

「こんな事なら、BBGに御払いじゃなく、聖水でもかけておくんだった。」

 黒木の後悔とは別に、ブロックバスターガンは、李の乗ったアタッカーを刺し貫かんとキリスト像から伸び上がった巨大な刺を数本、轟音をたてて粉砕した。

 黒木が白竜に遅れてアタッカーに進入した時には、既に白竜がアタッカーをキリストから引き離すべく操縦席に入り込んでいた。

 操縦席には誰もいない。

 どうやら李と海渡の二人はアタッカーを自動運転モードにしていたらしい。

 (猫の爪)は自動モードでは有効に働かない。

 それがキリスト像の引力に引き込まれる原因になったのだろう。


 二号車のリビングスペースでは、白竜ら二人の侵入にも気がつかぬのか、一人の女とグロテスクな機械人形がもつれあっていた。

 黒木がよく見ると、複雑なメカニックがぎっしり詰まった機械人形の手が、海渡の陰部に深々と差し込まれている。

 黒木は、機械人形にBBGの銃口を向けた。

「止めろ!そいつは李だ。」

 操縦席から白竜の声が飛んだ。

 呆然としている黒木の足元に、元は一枚の肌色の厚布であったと見て取れるものが、バラバラにちぎれ散乱していた。

 それは、海渡が超常能力によって引きちぎった李の顔面の人工皮膚だった。

「李、目を覚ませ!お前まで、狂っちまったのか?」

 機械人形はぐるりと頭をまわして、白く輝く金属性のドクロにはめ込まれた、そこだけが妙に人間らしいむき出しの眼球で、キョトンと黒木の顔を見つめた。

「若、、、、。俺は、一体何を、、、、。」

「その男は、ペニスが無いのよ。だから自分の手を、私のに突っ込んだのよ。、、良かった。良かったわよ。」

 海渡が、己の裸体を隠そうともせず、歌うように言った。

「黒木、李を責めるなよ。どうやら被害者は、李の方らしいぜ。」

 白竜の陰鬱な声が、アタッカーに響いていた。




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