終端抵抗/未来モンスター・カリュド 35: 臨終 精神の旅
35: 臨終 精神の旅
現実世界では、渦紋と白竜の手をきつく握りしめながら、若水が口から泡をふき白目を剥いていた。
それを覗き込んでいるのは、黒木と李と和音だ。
和音が普段の黒木に対する慎み深さを忘れて、何処か勝ち誇った様な響きを忍ばせた声で黒木に言った。
「俊介、あなたが頼むなら、私がもう一度、パミータを射ってこのおデブさんを助けてあげるわ。」
「余計な口を叩くな。」
ギラリと光る目で、黒木が和音の口を封じる。
「このコードを、坊主から引き抜いたらどうです?」
李が、二人の間に流れる激しいものを無視して静かに言った。
「駄目だな。今、このコードを引き抜いたら残りの三人も逝っちまう。彼らは記録再生が全部終わるまで、こちらには帰ってこれない。」
「で?記録再生が終わるのてのは、何時の事で?」
「編集してあるが、それでも三日後だ、、。」
李が大儀そうに、首をすくめて見せた。
黒木が言った通り、三人は三日後に地獄巡りから帰還した。
そしてそれと同時に、四台のアタッカーを取り囲む濃厚な緑の大地は砂漠のそれへと変化した。
渦紋達四人が、第一次探査隊が残したデータを使って、現在位置の修復に成功したのだ。
三人とも傷だらけだったが、半分以上の傷は既に快癒していた。
黒木達には三日の、渦紋達は二カ月の主観生活時間がそれぞれ流れていたのだ。
リビングスペースに横たえられた若水の状態に一番早く気づいたのは白竜だった。
「黒木!若水はどうしたんだ?」
「植物人間だ。身体は生きているが、心は死んでる。」
Ωスクワットの記録世界での若水は、常に自分の身体の麻痺に苦しみ、不明な意識の中であえいでいた。
適合が不足していたのだ。
結果として、若水の参加は、古い電池を一つ混ぜた電池の直列接続のようなものだったのかも知れない。
しかし、第二次探査隊が窮地を脱出できたのは、若水を含む「四名」の功績である事に間違いはなかった。
それに白竜には若水を、最後まで守り通したという自負がある。
「・・・勿論、それなりの処置はしてくれているんだろうな?」
「いや、それなりの処置というのが、どういうものか俺には判らないが、とにかく君達が目覚めるまで葬るのを待っていた。」
「葬るだと?黒木、お前正気か?まだ死んでないじゃないかっ!」
白竜は黒木の胸ぐらを掴み、アタッカーの壁に押しつけながら狂った様に喚いた。
「それなら、お前が何とかして見ろ。」
黒木が、白竜から顔を背けながら言った。
「渦紋!」
黒木から手を離しながら、白竜は渦紋に助けを求めたが、渦紋は力無く悲しげに首を横に振るのみだった。
もちろん渦紋は、白竜がこの二ヶ月間、若水を賢明にサポートし続けた事を知っている。
あの旅の先導は渦紋が担い、しんがりをキュリーが勤めた。
そして白竜は、ずっと若水にその肩を貸してやっていた。
「若水をつれて帰る。俺達の星なら何とか出きるかも知れない。いや、きっとできるさ。」
「私達の旅が終わるまで、この人の身体は保ちません。この人の身体が生きているのは、身体に埋め込まれたサイボーグパーツが動き続けているだけの理由です。それも後一週間ほどで停止します。」
若水の身体から顔を起こしたフローレンスが、渦紋と白竜の二人に言った。
「それに、、残念ですが浄土の毒に犯された者は、二度と再生する事は有りません。私はこの様な人を何人も見て来ました。」
フローレンスの最後の言葉が聞こえなかった様に、白竜は奇妙に明るい声で言った。
「そうだ、渦紋。お前は最新型のパーツを身体に仕込んでいるんだろう? 最新型には相手のパーツの代謝機能に割り込んで代謝を調節出来る機能があると聞いているぞ。若水の代謝を落としてやってくれ。それから睡眠用コクーンの室温を最低にセットして、そこにいれてやれば、連れて帰れる。」
「儂にはそんな機能はない。もし有ったとしてもお断りじゃ。もう楽に死なせてやれ。なあ白竜、つらいじゃろうが、諦めるんだ。紗緋寺の流儀に従って若水君を葬ってやろう、それが一番じゃ。」
アタッカーの中に沈黙が訪れた、パスカル神父が十字を切る。
それを目敏く見つけた白竜が凶暴な声で吠えた。
「何をしてるんだ!若水はまだ死んじゃいないぞ。部屋の隅で震えているだけの役立たずが、余計な真似をするな!」
神父の身体がビクッと震える。
「李。シャイニィを寄越してくれ。彼に若水を動かしているマシン部分の代謝を落とさせる。苦痛を与えずにな。シャイニィなら、それが出来る。それに白竜以外の他の者は此処から出てくれ。それで彼は安らかに眠れる。眠らせてやるんだ白竜。俺も出る。それでいいな、白竜?」
黒木がそう決断をしたとき、白竜は若水の身体に取り縋っていた。
その身体が小刻みに震えているのがわかった。
鉄の意志を持つ男、白竜が震えていたのだ、、。
この男が、自分の気持ちとの折り合いを付けるまでは、黒木が思っている以上の時間が掛かるだろうと渦紋は思った。
黒木らは、白竜達がΩスクワットの残した想念の中で過ごした二カ月の生活時間がどんなものであったのか、想像も付かないのであろう。
アタッカーを出た渦紋とフローレンスは同時に異世界の空を見上げた。
四号車までの短い距離を歩く途中で、フローレンスは自然に頭を渦紋の肩にもたせかけ、腕を彼の腰にまわした。
三日間、いや彼らにして見れば二カ月間の精神の旅が、この二人の超常能力の巨人を結び付けていたようだ。
「私の心の目には、貴方が大地にしっかり根を張った大樹の様に見えます。でも白竜さんは違うのです。彼はその名の通り、ある時は神聖なホワイトドラゴン、ある時は伝説の凶暴な龍です。白竜さんは、今、悲しみに捕らわれて破壊をもたらす龍になりかけている。」
それは少し違うと渦紋は思った、自分が大樹で白竜だけが龍という事はない。
奴と儂は同類なんだと、渦紋は思った。
違いは超常能力の差だけだ。
そして白竜は、決して心弱い男ではない。
ただ情があつすぎるのだ。
若水の処置が終わったのか、アタッカーの陰でシグモント神父に詫びを入れている白竜の背中を見ながら渦紋は言った。
「奴は儂の中の暗いほむらを唯一人判ってくれる友人だ。儂は決して、この星で奴を狂わせはしない。儂に力を貸してくれるな、キュリーさん。」
「ええ、もちろん。」
そう頷きながらフローレンスは、改めて、ギフトの巨大さとその責任を共有できる同種の人間と出会えた自分の幸せを噛みしめていた。




