終端抵抗/未来モンスター・カリュド 30: 出発 誰にだって修羅場はある
30: 出発 誰にだって修羅場はある
「Gは、自分探しの為のタイムマシンでも捜しにいったんじゃろう。忙しいやつじゃからのう。」
寺からの連絡で、Gが完全に失踪した事を知って、渦紋はそう呟いた。
ここはアメリア合衆国のはるか上空に係留されてる宇宙船トレジャーに乗り込む為のシャトル発射場である。
それでも渦紋は、心の何処かで、自分たちの出発の日に、可愛らしいGがひょっこりと顔を出すのではないかと期待していた。
その気持ちが、先ほどの渦紋の呟きに滲んでいた。
Gを危ない目に遭わせたくないと思っている反面、Gの顔を見て安心したい自分もいる。
渦紋程の剛胆な心の持ち主でも、密かにGの助力を願わざるを得ない今回の任務だった。
「皆さーん、お揃いかな?シャトルに乗り込む前に、もう一度、確認しておきたい事があるんだが、こちらに集まってくれないか?」
黒木俊介が、発射台への通路広場に揃えられた折り畳み椅子に長い足を組ながら座り、メガホンを使って、歌うような調子で叫んでいる。
その声に反応したのは数人だけだ。
ミッション自体は、世紀の大イベントと呼んで良いほどの規模だが、その運行は実にひっそりしていた。
国連が惑星探査船を特異点ゲートから他宇宙に打ち出すというのに、この日陰ぶりは、異常だった。
あちこちから、同じ軽量型プロテクトスーツを着た男や女達が不承不承集まって来ては、黒木を取り囲む形で折り畳み椅子に座る。
そこに組織の統率のとれた雰囲気はなかった。
渦紋と白竜もそれに倣って、席に着く。
黒木はぐるりと集合した人間の顔を見回してから、満足げに頷いて喋り始めた。
「いよいよ、後、二十分で出発です。そして向こうでトレジャーに乗り換えゲートまで行けば、すぐにあっちに引っ張られるでしょう。スリープをやりますから、宇宙の旅自体は、実にあっけない。そして向こうに着いたら、早速、我々には予期出来ない緊急事態が起こるかも知れない。そういう星ですからね。そこで一番大切なのは、指令系統です。正規の軍隊のようなものなら問題はないが、我々は、残念ながら混成チームだ。僕の数日間の観察によると、皆さんは、向こうに着いても各自の思惑でバラバラに動く可能性は極めて高い。此処で、もう一度、確認しておきましょう。誰がボスなのかをね。」
黒木は、そこで一区切りつけると、唇を舌で湿しながら、静かな口調で言った。
「渦紋先輩、貴方は僕の大学時代の特別講師であり、武道の師範代でもあった。そして今は赤国科技管理機構の調査官だ。つまり今回のミッションの中核になってもおかしくない人物だ。その貴方に、聞きます。ここでの貴方のボスは誰です?」
渦紋は、顔を赤くしている。
渦紋は、自分自身の地位やプライドには鈍感な男であったが、他人の傲慢さを許せない質の男でもあった。
だが渦紋は、任務で、ここに居るのだ。
黒木のわざとらしい挑発にも我慢を見せるだろう。
白竜は、そんなパフォーマンスを披露してみせる黒木を見て、にやりと笑った。
『そうだ、その調子だ、黒木の坊や。まず相手を呑んじまうことだ。最初のターゲットに、国家への忠誠心の強い渦紋を選んだのは、大正解だよ。ここに集まった連中は、お互いの肩書き以上の事は、相手を知らん状況だが、渦紋がどんな男だかぐらいは、ヤツのオーラで一目でわかるからな。』
白竜の読み通り、渦紋は自分の熱いものを呑み下したように言った。
「黒木俊介、あんたがボスだ。そういう指令を受けている。」
「・・そう言う事です。みなさん、事前説明でも聞いておられる筈だが、改めて、この件について疑問のある方は、今、申し述べて下さい。」
「疑問なんて、ないね。誰がボスかは、状況が決める事だ。俺の経験では、何時もそうだった。やばければ、やばい程、そうなる。」
後頭部で長い金髪をまとめた、痩せぎすのひどく背の高い男が声を挙げた。
アメリア合衆国陸軍のシグモント大佐と紹介されている。
「残念だが、大佐。貴方の貴重な経験は、惑星浄土では役に立たないだろう。何度もいうが、浄土とはそういう星だ。その事だけは、お忘れにならないように。それともう一つ、念を押しておきますが、自分の精神がおかしいなと感じた時には、例の呪文を唱える事。貴方がたは、通常のエスパー部隊の標準装備である結晶体容量の十倍にも適応できる優れた精神力の持ち主だ。それでも狂う時は、狂う。その時のために、貴方がたの結晶体には、特別な処理が施されてある。その時が来たら、自分で何とかしようと思わず、呪文を唱える事です。これはとても重要なアドバイスですよ。経験者は語るというやつだ。呪文は結晶体作動のキィワードになっています。」
黒木が人差し指で自分のこめかみをトントンとやる。
早速、折り畳み椅子に座っている一人の女性から、小声で呪文を唱える声が聞かれた。
「社長、用意が整った様です。」
黒木の背後から影の様に現れた女が、出発の準備を促す。
その女は、長い髪がポニーテールに纏められて髪型が変わっていたが、間違いなく大道和音だった。
シャトルに向かう為に、大道和音を伴いながら大股で歩み去って行く黒木を追いかけ、白竜が話しかける。
大道和音が睨み付けてくるので、白竜は彼女にウィンクをしてやった。
「黒木、なかなか見事なスピーチだったじゃないか?人を束ねるツボを押さえている。」
「黒木さんと呼んで貰いたい所だが、相手が伝説のホワイトドラゴンじゃ仕方ないですね。さっきの話ですか。僕なりに、修羅場をくぐり抜けて来ましたからね。」
「僕なりの修羅場ね、、、。まあ、誰に取っても、修羅場はあるもんだ。」
黒木の顔に少し変化が生まれた。
黒木には、白竜に強い対抗意識の様なものが、あるようだった。
「出発の前に言っておきたい事があるんだ。黒木、君は今度の浄土行きにGを指名しなっかた。その事については感謝している。」
「確かに、Gを連れて行けば、今度の仕事は随分楽になる。けれど奴は一応、私の命の恩人ですからね。危険には晒せない。」
そう答える黒木の口元に、久しぶりに黒木らしい影のある笑顔が浮かんだ。
シャトルにリフトアップするステージに黒木と乗り込みながら、白竜は黒木の顔を見ないで訊ねた。
「ところで、ニルスに残された浄土のデータは、どうやって持ち出した?」
「貴方か、僕のどちらかが、死ぬ間際に教えてあげますよ。」
黒木が、いたずら坊主の様に笑った時、彼らはシャトルの搭乗口に到着した。




