終端抵抗/未来モンスター・カリュド 25: ウィルス 惑星探査船トレジャーの着水
25: ウィルス 惑星探査船トレジャーの着水
その日がやって来た。
もしトレジャーが、宇宙に打ち上げられた時の繁栄を、まだ地球が保っていたら、、。
と響児は、映画屋だった頃の気持ちで、考えていた。
今はもう、誰もが使いもしない「もし」だったが、惑星探査船トレジャーは、その希望に満ちた「もし」を前提にして、その長い航海を終え、地球に戻って来た筈だ。
ところがその現実は、『時の矢の種族』である異端者ゴドーがいなければ、この機械製の浦島太郎の帰還は、帰るべきわが家の屋根に激突し頓挫していたに違いないのだ。
、、、なんと世界は、皮肉に満ちているのだろう。
回収作業員達の喧噪の中で、響児はゴドーに聞いた。
「あんたはどうやって、人間の誰もが忘れてしまったトレジャーの帰還を知る事が出来たんだ?」
二十日鼠顔のゴドーが、自分が大枚を叩いて回収の為に雇った人間達の動きを満足そうに見つめながら答えた。
「その当時でさえ、多くの人間がこの船の事を知っていたわけではないよ。この船が飛び立った時代では、それは秘密裏に行われた。私は、ある導きで時を超え、その発端を垣間見たのだ。人間というものはな、昔から厄介な生き物なんだよ。今回の帰還を、大々的に世間様に宣伝してやったのは、この私だ。物事の転換点は、派手に演出してやらんとな。」
「転換点?自分の身を守るために、わざと此処に衆目を集めたんじゃないのか?」
「違うね。トレジャーは長い旅を終えて帰ってきたんだ。多少は、お祝いをしてやらんとな。これが『時の矢の種族』自体の夜明けでもあるわけだしな。私は二度目のジャンプで、トレジャーが我々の種族の種を持ち込んだ事を発見した。上手くいけば、私は始祖を出し抜いて、『時の矢の種族』にとって、二重の意味での救世主になりうるわけだ。」
「夜明け?なんの意味だ。さっきから話が、まったく見えない、、、トレジャーには、何があるんだ?」
「人間の異端者であるキョウジよ。不思議な事だが、私はお前に親近感を感じ始めている。大昔からの仇敵の様にな。お前なら、私の孤独を理解出来るだろう。だが今は、トレジャーが運んできたモノの正体を、お前に教えるには早すぎる。もう少し待っていろ、その時が来たら教えてやる。」
響児達が乗っているサルベージ船は、東桃源コクーンシティが海洋環境復興用に建造した移動式ベースフロートを改造したものだ。
海に浮かぶ平坦な敷地と、その度真ん中に立つ巨大な鉄塔。
おおよそ、船のイメージからは程遠い。
それが惑星探査船トレジャーの帰還を待ちわびていた。
そしてそのサルベージ船を、東桃源コクーン空軍の戦闘用ヘリコが六機、追うように飛んでいる。
下から見上げると軍用ヘリコは、運悪く人家に紛れ込んでしまって、外に出ようと必死に窓ガラスにぶつかっている蜂を思わせた。
コクーンと言う虫篭に閉じこめられた空軍が、ゴドー警護の為にかり出されているのだ。
空軍と言っても外界の空では、活動できないから、実質は警察の上部機関のようなものだ。
『時の矢の種族』は、余程、人間社会の実力者に成りすます能力に恵まれているに違いない。
ゴドーは他のコクーンからの移住者の分際で有りながら、わずか六年間で東桃源コクーンの軍隊を動かせる程の民間人になり上がっていたのだ。
この時、乱望は観光用の快速艇を、十台貸し切りにして、そこに部隊全員を乗船させていた。
サブリナも乱望と共に、その快速艇の一隻に乗り込んでいた。
「弓削氏の伝手で調べてみたんだが、トレジャーは今の我々には復元する事も不可能な推進装置を使用していたらしい。どれほど遠くまで行ったのやら。、、、羨ましいかぎりだよ。私は、いつも宇宙に憧れてきた。」
乱望は、サブリナとの間に入った亀裂が、百年前の出来事の様に、いつもの口調でサブリナに話掛ける。
「貴方に限らず、コクーンに生きる人間は潜在的に『外に出たがって』いるものですわ。、、でもトレジャーは何を積んで帰って来るのかしら?」
「様々な宇宙空間の情報。人間が間近に見る事の出来ないでいた星々の実態、、だと思う。だが今となっては、宇宙どころか、空を失ってしまった我々には無用の長物にしか過ぎないがね。」
「、、でもその中に、ゴドーが主張した仮説と関係するものがある。信じられない話だわ。」
『時の矢の種族』は、部族毎に様々な身体的な特徴を持っており、その数は均等だったが、何故か『空を飛ぶ者』と、『海に住む者』の形状を持つ部族構成数だけは小数だった。
『海に住む者』の部族であるカローンとビッツェとキキは、部族長の指示通り、人間との融合もせず、『人の海』で待機している。
キキは先ほど、人間達が黴後家クラゲと呼んでいる巨大な生き物を補食したばかりだったので、自分達に割当られた任務のつまらなさを、少し忘れる事が出来ていた。
カローンは海中で、胸鰭と表現するには、余りにも人間の両腕に近いモノを時々動かしながら、今にも眠り出しそうなキキにトシュタット器官を通じて警告を送った。
「部族長ボヌアーヌが今のお前のていたらくを見たら、お前のトシュタットをもぎり取るぞ。しっかり異端者の乗る船を見ているんだ。ボヌアーヌが開発したこの狩場を消滅させる何かを、異端者は見つけたらしい。」
そうは言ったもののカローンも又、何処か浮き立っていた。
この海が、あまりにも美しすぎる為だ。
彼らの故郷の海に、肉眼で一メートルを見通せる透明度を保つものはない。
アンモナイトの貝殻部分に、人の手足を無理矢理ねじ込んだようなビッツェが、海面に向けて広げた触手を波打たせながら言った。
「カローン。トレジャーとやらが落ちてきたぜ。あれは何といったか、パラシュートが今、開いた。」
「よし、行くぞ!ただし異端者が目的のモノを手にするまで事を急ぐな。」
三体の異形は、海中を獰猛なスピードで、サルベージ船に向かって突き進んで行った。
サルベージ船の管制室からでも、惑星探査船トレジャーが着水の時に上げた水柱の大きさと、周りの青に対比するその鮮やかな白さが、クッキリと見えた。
「これでいい。これで取りあえず、運命は確保された。」
ゴドーに笑顔が広がった。
広がり過ぎて人間の顔の皮が一回転し『時の矢の種族』の本当の顔がズルリと現れそうだった。
ゴドーは慌てて自分の顔を両手で押さえた。
「私とした事が、サンプルを手にいれるまで、我慢するんだ。」
ゴドーは自分に言い聞かせるように独り言を漏らす。
「もう、そろそろいいんじゃないか?トレジャーは何を運んで来たんだ。」
そう聞いた響児の顔も半分、カリュドの顔に変化しかけている。
もうマスクは付けていない。いや付ける必要がなかった。
周囲に漂う『時の矢の種族』達の大量の波動は、否が応でもカリュドを半覚醒の状態にしていたのだ。
だが、その顔はまだ人間の肌の質感を保っているので、女性の様に見える。
今、響児が意志の力で変化を押さえきれないのは、ゴドーと違って興奮の為ではない。
間近に『時の矢の種族』の波動を大量に感じ、身体が共鳴しているからだ。
「一種のウィルスだよ。それに感染した人間は、トシュタット器官の原型となるものを身体に発生させる。ガン細胞みたいなモノだな。やがて人間はトシュタット器官を抱えたまま生き延び、『時の矢の種族』に進化する。」
お前はもう判っているだろう?
そんな謎めいた口ぶりだった。
「それはトレジャーの何処にある!」
響児の変態は完了していた。
しかし目の前のゴドーは人間の姿のまま、管制室の空間の中に薄らぎ始めた。
「待て!何処に行く!」
「『時の矢の種族』は、トシュタット器官の代謝を終えた時、時空を自由に操作出来るのを忘れたのか?」
ゴドーは響児の前から消え去ろうとしている。
やはりゴドーは、何かを企んでいたのだった。
響児の頭脳はめまぐるしく回転した。
『奴は近未来から来た。トレジャーの何処にそのウィルスが回収格納されているのかを既に知っている。科学班の丁寧な分析などを待つはずがない。直接、トレジャーからウィルスの入った保護冷凍カプセルか何かを取り出す筈だ。そして何処かの時に、飛ぶつもりだ。それから奴が何をするのかは判らない。だがそれは無視していい。問題は侵攻だ。いや、今となっては奴らの侵攻を止めるのは簡単だ。ゴドーが言った事が事実なら、この時点で、ウィルスを消滅させてしまえば、奴らは根こそぎ消えて無くなる。』
カリュドとなった響児は、自分の理屈に古典的なタイムパラドックスとしての矛盾が有るのを気づかぬまま、鉄塔の頂上にある管制室の窓を突き破って、トレジャーが引き上げられたベースにダイビングしていた。




