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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 24: 弔い 愛鈴とサブリナ

   24: 弔い 愛鈴とサブリナ


「フローレンス・キュリーの本はどうでした?」

 サブリナは、本当の用件を切り出せずに、最近、愛鈴に貸した本の話題を持ち出した。

 愛鈴とは知り合って短い期間しかなかったが、年齢が近いせいもあり、何故か相性が合った。

 フローレンス・キュリーは、人類文明の衰退期、すなわち「斑文明」が始まった時期の思想家、そして自然愛護運動リーダーだった女性だ。

 最後は従軍看護師として紛争地に赴き、謎の失踪を迎えている。

 サブリナはそのフローレンス・キュリーが著者である、今では珍しい、「紙の本」を所持していた。

「御免ね、こっちから貸してって頼んだのに、あまり読んでないの。私、ああいいう立派な人、駄目みたい。」 

「確かに、ちょっとついて行けない部分があるよね。あっ、あのベンチに座りません?海がよく見えるわ。」

 ついて行けないというのは、愛鈴の手前でついた嘘だった。

 フローレンス・キュリーはサブリナが深く尊敬する人物だ、普通なら批判した相手に噛みついていた所だ。

 それほど、サブリナは愛鈴に気を遣っていた。


 二人は東桃源コクーンの港にある公園のベンチに腰を掛けた。

 サブリナは左耳の聞こえない愛鈴を気遣って愛鈴の右側に座っている。

「ここの夕焼けは、ホントに凄いね。ジャックが良く、まるで映画みたいだって良く言ってた。」

 愛鈴が空を見上げて、感嘆したように言った。

 実際には、コクーンが上空の広範囲に吹き出す大気浄化エレメントの作用で、夕焼けが見えるのだが、夕焼けの本物を知らない二人に、そんな事はどうでも良いことだった。

「・・・愛鈴、ジャックの事、ごめんなさい。」

「なぜ、謝るの?」

「薬をなんとか出来ていたら、ジャックを融合から救えたかも知れないのに、」

 サブリナが融合緩和剤を秘匿せず、乱望に差し出していれば、確かにその可能性はあったのかも知れない。

「貴女のように?多分、彼はそう言うの望まなかったと思うわ。彼、隠してたけど相当なナルシストだから。サイボーグ手術の時だって、ちょっとでも自分の外見が変わるような事は、受け付けなかったし。」

「知らなかった。あんなにハンサムなのに、随分、外見を気にしない人だなって、ずっと思ってた。」

「そんな風に、自分を演出してたのよ。それだって、彼の複雑なナルシシズムの一つ。」

「随分、よく知ってるんですね。」

「、、、、、。それより、貴女こそ、大丈夫なの?貴女の身体、化物になるんでしょ?獅子吼みたいに。」

 愛鈴の言葉に遠慮はなかった。

 悪気はない。

「ええ、多分、響児さんより、もっと早いスピードで変わって行くと思う。」

 イシスと名乗った『時の矢の種族』と融合してからまだ一週間も経っていないというのに、サブリナは自分の中のイシスにまったく違和感を覚えていない。

 それに反して、外見には変化は見られないももの、体組織が激変しているのが自分でも判る。

 響児の場合は、身体と心の中に凶暴な獣を抱え込んでいて、それを押さえ込む為に戦っているような印象があるのに、自分には、それがないのは不思議だった。

 適合率が高いのかも知れない。

「貴女、獅子吼と一緒になろうと思ってるわけ?一緒って、運命的にって意味だけど。私、そう言う考え方、あまり賛成出来ないな。」

 愛鈴にそう言われて、サブリナが下を向く。


 二人の足元に、岸壁から彷徨いでた大きな船虫の変種が這っていた。

 サブリナの綺麗な眉が微かに顰められる。

 小さい頃から、怪異な生き物に恐れを見せないサブリナだったが、唯一、「足の沢山生えた虫」だけは苦手だった。

 愛鈴はその船虫に気づいたのか、身体を前屈させて手で堰を作るようにして、船虫の進行方向を海のある方向へ誘導してやった。

「それに貴女は勘違いしてるみたいだけど、獅子吼は強い男だよ。もしかしたらジャックより強いかもしれない。ああなる前から、身も心もね。まあそれは、私も最初判らなかったけど。あのいかにも、自分は文化人ですって感じじゃね。」

 愛鈴は、サブリナの知らない部隊での、獅子吼のエピソードを思い出したのか、少し笑った。

「本当はジャックが映画屋で、獅子吼がジャックだったんだと思うよ。だから二人はツルンでいたんだ。獅子吼は、かわいそうな被害者じゃない。」

 もしかしたらそうなのかも知れないとサブリナは思った。

 そして、自分が愛していたいのは「悲劇の登場人物なのかしら?」とも。

「ねえサブリナ。人は変わって行くものなのよ。子供は成人に、成人は、老人に。一つの姿にとどまり続ける事は出来ないし、執着を持つ必要もない。私の名は愛鈴だけど、これは、私が生まれた時にすごく可愛いらしかったから、そう名付けたんだって。」

「確かに今でも愛鈴は可愛いわ。」

「じぁ私が百歳になったら?それでも私は可愛い?この容姿で、損をした事も得をしたこともたくさんある。でも全ては過ぎ去って、変わってくのよ。」

 愛鈴の言葉には説得力があった。

 ジャックと同郷のこの人は、自分が全く知らない人生を歩んできたのだから、とサブリナは思った。

「だから私は、ジャックに何時も言ってやったの、過去の自分に拘るのは辞めなさいって。過去の復讐の為に、今の自分の全てを費やすのは辞めなさいって。相手を殺した途端に、自分が空っぽになっちゃうンだからって。そんな事より、私が貴方を気に入っている良いところをもっと伸ばしてって、、」

「あのバカ、取り合ってくれなかったけどね。」

 勘違いしていた。

 愛鈴はジャックの復讐を止める為に、対ゴトー展開の人員に自分が選ばれるように、色々と動き回っていたのだ。

 愛鈴自身もダストキングの蛮行で被害をうけている事を考え合わせると、愛鈴がいかに抑制の効いた人間であるのかが、よく判った。

「凄いね、愛鈴、同じ年くらいなのに私、そんな風に考えられない。」

「私だって最初からこんな風にものを考えていたわけじゃないわ。色々あったのよ。それなりにね。サブリナだって、すぐに変わって行くわ。いえ、あんたの方が、これから先、辛いかもね。」

 確かに、この先、自分は変わっていくだろう、とサブリナは思った。

 ただそれは、愛鈴の言う意味での「変わり方」ではないだろうと、サブリナは予感していた。



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